第491話 家族として許容する
「……ハル様は、獅子身中の虫を飼うことに不安は覚えないのですか?」
「ああ、そんなことか。それを気にしてたのね」
「はい」
「本人がそれを言い出す段階で、もう気にする必要はない、と言いたいとこだけど。そういう話じゃないんだよね」
「そうなりますね。我々は、そうした良い人演技などいくらでも可能なのですから」
この期に至ってそんな話か、とハルは少し脱力した。
もしかしたら、今後に控える新ゲームについて、何か規約上ハルには相談できない心配事のようなものがあるのかも知れない、などと懸念していたのだ。
心配して損した、とまでは言わないが、もうハルの中ではとうに通り過ぎた話題だったからだ。
「いいか、ジェード。僕は君が裏切るとは、もはや一切思っていない」
「危険ですよ、その信頼は。どうかお考え直しくださいハル様」
「……普通逆だろ。信じてって言おうよそこは」
「性分ですので。論理的に筋の通らないことは、納得しかねます」
「難儀だねえ……」
要するにジェードは、以前に完全に敵対行為を行った己に対しては、もっと警戒し距離を置くべきだと言っているのだ。
これは彼の几帳面さに加えて、ハルの性格を慮ってくれている部分もあるのだろう。
ハルは、己と敵対したものを決して許しはしない。そのハルがジェードを許し傍に置くのは、ハルにとってのストレスになると考えているのだ。
そこに少し勘違いがある。そもそもかつてジェードを完全に敵と認定してはいないし、敵だとしても逆にその事情を慮れないハルでもない。
もしそこまで苛烈な性格ならば、最初のアベルからもう友人にはなっていないだろう。
「君は、僕らや僕らの周囲に迷惑をかけたと気にしているようだけど。そんなこと言ったらエメこそ許されないだろう。迷惑の規模が違う」
「そこも、不思議に思っていましたよ」
「思うな、思うな。まあ、エメ本人にはもう一切言わないけどね。泣いちゃうだろうから……」
もし、ハルが一般的な感性を備えていたら、多くの人間に迷惑をかける大規模な計画を実行したジェードやエメに忌避感を抱いていただろう。
だが生憎、ハルは出自の特殊によりそういった事情を軽く見がちだ。
「むしろ、僕と僕の仲間にターゲットを集中させた、マリーゴールドの方が罪が重いとも言えるね。そう、君はマリーちゃんのふてぶてしさを見習うべきだ……」
「はっはっは。無理をおっしゃいますな……」
特殊な感性をしており、要警戒という意味では、今もアイリと楽しそうにお花畑を作っている女神、マリーゴールドの方がむしろ上位に位置する。
なにせ彼女の行動はほぼ善意からなるものだ。罪悪感が無いぶんより悪いとも言える。
だがそんな彼女も、エメも、当然ジェードも、ハルは敵として切り捨てる気などまるで無かった。
「家族だからね、言うなれば。これを言うと、僕自身が人の枠を逸脱しているって認めるようで複雑なんだけど。それでも同じ出自をもつ数少ない同胞には違いない」
そんな彼らを見捨て、距離を取るなど、どうしてハルに出来ようか?
はっきり言ってしまうなら、ハルは今後また彼らに裏切られることだって想定済みだ。いや、裏切ると言うと言葉が悪い。集団の利益よりも優先しても、叶えたい願いもあるだろう。
「もちろん、仲間に害を及ぼすようであれば容赦なく叩き潰すけどね?」
「そこは、当然そうなさってください。あまりお優しいと心配になります」
「優しいとは少し違うんだけどねえ……」
むしろ、裏切られることまで冷静に想定することは人間的な感情を排した冷たい考えなのではなないか、とハル自身は不安に思うこともある。
ただ、そのような理由から、以前は敵対した神々と共に暮らすことは何の躊躇もないハルだった。
「そもそもの話、カナリーちゃんを徹底的に信じ抜いた僕が、今さら君ら程度の陰謀に揺らぐ訳がなくってね……」
「……確かに、開始当初のカナリーの怪しさは、それはもう酷いものでしたね」
思わせぶりなことばかり言う。変な方向にハルを誘導しようとする。それでいて重要なことは何も語らない。
……他にも箇条書きにすれば、疑わしい要素が満載のカナリーだった。
そんな彼女を信じぬいてここまで来たハルからすれば、神様たちがまだお腹の底に何かを抱えていることなど、織り込み済みに決まっている。
「まあ、そういうことだから、安心して悪だくみしなよ」
「……悪だくみ、ではないのですが。申し訳ありません、今はまだ、話せないことはありますね」
「いいね、楽しくなってきた。予定調和ばかりは、退屈だしね」
本音を言えば、停滞と安定を好むハルだが、一方でゲームが大好きなのもまたハルだ。
彼らの起こす騒動を“攻略”するのは、大変に思う一方で楽しかったのも事実だ。今後もたまには、そんなゲームに参加するのも一興だろう。
もちろん、平和な時間がこれからも続くに越したことはない。
しかし、ただ穏やかなだけの生活では、未だ叶わぬ願いを胸に抱く神々は報われないだろう。
時が来たのであれば、その彼らの望みに手を貸してやろうとハルは思う。
「とりあえず、今は自分の家を決めなよ。一人だけグダグダとしてる方が、直接的に僕らの迷惑になるよジェード?」
「なるほど、全くその通りですね。では、銀の城の隣に高層のマンションを所望しましょう。景観の良いこの地に居住者をつのり、がっぽりと収入を……」
「いきなり部外者を呼び込もうとするな! 分かってて言ってるだろお前、質わるいな!」
「はっはっはっは」
仲間であろうと、家族であろうと聞けない願いもある。
ハルはジェードのその要求を一蹴し、少しお屋敷から離れた土地に、小ぢんまりとして近代的オフィスを与えてやるのであった。
*
「ウィストとマゼンタは決まったの? 最初から見てるけど、まだ動きがないじゃん」
「んー? なんだかんだ言ったけど、ボクは正直なんでもいいかなぁ。家って実際、こだわりが無いんだよねぇ」
「へえ、座敷童っぽいのにねマゼンタ君」
「いや、どこがさ! 小さいって部分しか共通点なくない!?」
家人に気付かれないように、ひっそりと幸福を運んでいくところである。
彼の守護する国であるヴァーミリオンは、表立って自分を信仰させることなく、陰からこっそりと支援するのがマゼンタの神様としてのスタイルだった。
ツンデレである。むしろ報われない系ヒロインである。
「女子かって」
「むしろ親友ポジションではないか? こいつに聞けば好感度の詳細も分かりそうだ」
「ああ、その例えは分かりやすいねウィスト」
「なに言ってんの二人して!?」
相変わらず打てば響くマゼンタだった。最近、一切攻めに回れていないようだが大丈夫だろうか?
「んー、ボクは余ったのでいいや。そういうオーキッドもまだじゃん。先に決めてよ」
「フン。優柔不断だな。オレは別に迷っていた訳ではない、貴様らが欲しがっていては困るだろうと選ばなかっただけの話」
「ウィストも、そういうとこ優しいよね」
「やめろ。オレは優しくない。気味の悪くなることを言うな」
そんな、照れ隠しというには本気で嫌そうな顔をした彼が家のデザインを選ぶ。彼もツンデレだ。間違いない。
ウィストが選択したのは、ハルが最初にデザインした神社風の雰囲気をもつ、朱色で日本風の木造建築だった。
どうやら、最初からそれが目当てであったようで、だが評価の高かったその家は他の神も欲しがるかも知れないと遠慮していたようだ。
不機嫌そうな見かけによらず、奥ゆかしく仲間想いの神様だった。
「オレもジェードと同様、屋敷からは少し離せ。騒がしいのはかなわん」
「了解。まあ、みんなが本気で騒がしくなったら、この天空城の全域を漏れなく巻き込むだろうけどね」
「やれやれ……、先が思いやられるな……」
「そーんなこと言っちゃってー、いざとなったら真っ先に収拾に動いてくれるんでしょー? 素直じゃないんだから、オーキッドはさぁ」
「やめろ……」
図らずも来た反撃の機会に、ニヤニヤと楽しそうなマゼンタだ。
ただそんなマゼンタこそ、いざ何か起これば面倒そうに文句を口にしつつも、真っ先に動いてくれる神様の筆頭だとハルは思うのだが。まあ、口にはしない。
そんなマゼンタが選んだ家は、少し古風な日本家屋だった。こちらは神社風味ではなく、一般的な日本のイメージのもの。
最近では、逆にかなりのお金持ちしか住まないタイプの家である。
口では否定しつつも、座敷童と評されたことが気に入ったのだろうか?
そんな風にして、各人がそれぞれに想いを色々と胸に抱えつつも、続々とこの天空城へ引っ越してくる。
何だかんだと言って、誰一人としてこの地に住むことに対して否定の念を示す者が皆無であることには、ハルも内心喜びを隠せないでいるのであった。




