第489話 魔法世界の増築事情
そのままその場のノリで、全員で天空城に戻りお屋敷の改築作業が始まった。
思いついたら即実行がハルたちの集まりの良いところでもあり、ハルがたまに困惑する部分でもある。
これはハルだから無理矢理に精神的スイッチを入れて付いていけているだけ、なのではなかろうか?
「後にしない? いまから急にとか、メイドさん困惑するよ?」
「しないわ? 彼女らはプロよ?」
「その通りにございます、ルナお嬢様。既に準備は全て整っております。お任せを」
「流石ね?」
「いや、もうプロだからで納得できるレベルを超えてるよね?」
彼女らが影に徹するので忘れがちだが、メイドさんもまたハルたちと精神が繋がっている。
この未来予知レベルの先読みも、ハルたちの行動をその繋がりを通じて察知してのものである。
無論、その行動の迅速さと正確さは、主人への深い理解がもたらしたメイドさんたちの献身の結果だ。頭の下がる思いのハルだった。
「でもさでもさ? なにぶん急なことだよ? うちらもお掃除手伝おう!」
ユキの言うとおりだろう。メイドさん達がいかに万能とはいえ、物理的な限界というものがある。
やはり短時間ゆえ、どうしても手の行き届かぬところがあった。それは掃除というよりも、改装に際しての家具家財の移動や退避であろう。
「そうですねー。大切な食料などが、傷ついてはいけませんねー。ここは、神が一肌脱ぎましょー」
「カナリーはもう神じゃないじゃん! 一肌脱ぐのはボクらなんだよなー。それで、なにするのさ?」
「そこで手伝っちゃうあたりがマゼマゼだよね」
「素直じゃない男みたいな扱いやめてくれないかな!?」
名乗りをあげたあたり、マゼンタも何をするのかおおよそ理解しているのだろう。
カナリーが指示したのは、家具家財の退避。プレイヤーが持つ倉庫機能のように、別の空間へと物資を次々と転送していった。
プレイヤーのそれとは異なるところは、圧倒的な容量の差だ。
通常、大きな背負い袋程度しか物質は収納できないプレイヤーとは違い、マゼンタの作り出した空間は無尽蔵に家具を飲み込んでゆく。
本気でやればこのように限界はなく、ユーザー向けは専用に小規模設定されたものだとよく分かる。
「……便利ね? 最初から、それが使えれば世話がなかったのだけれど」
「そうもいかないよ、全てのユーザーがこれ使えたら、NPCの混乱がひどいことになるからね。経済面からも、ジェードに止められた」
「でしょうね? 面白半分で、経済は立ち行かなくなるわ?」
「ああ。実際に、拡張スキルを得たプレイヤーが一人出ただけで、流通に問題が起きたからな」
「あれは逆にジェードの差し金だってのが笑い話だけどねぇ」
冬用の物資が買い占められて、世界規模での問題となった時の話だ。
これと同じ問題が、ストレージが最初から無制限に詰め込めたなら各方面で次々に起こっていたことだろう。
それ故に、プレイヤーは現地の物質を少しずつしか移動できない制限を与えられている。
その代わり、ゲーム内に必要な物資は全て魔力的なアイテムで完結する作りになっていた。物質的な商品はあくまでオマケ要素だ。
「よし、収納終わったよ」
「おー、凄いね! マゼマゼが居れば、引っ越しも家ごと運んで一瞬じゃん!」
「……それ、もう引っ越しの意味なくない? それに、ボクいなくても君ら家ごと運んでるじゃん」
「確かにそうだ!」
こうして天空城にそのままの形でお屋敷を移設したハルたちだ。それはもう引っ越しというより、家ごと行く旅路。
そのお屋敷を、これから拡張工事にとりかかる。
「準備したはいいですけどー、どうするんですかー? 神には分かりませんよー?」
「デザインは苦手だからねボクら。あとは人間たちに任せた!」
「……勝手に始めておいて、無責任な神様だ」
「仕方がないわね……」
「ここからは、わたくしたちの力の見せ所なのです!」
「力仕事しか出来ない! 人間だけどあとは任せた!」
建築のこと、家のことは、知識のあるルナとアイリに、そして家の全てを取り仕切るメイドさんの意見に任せよう。
ハルは彼女らの提案によって決まった、その意見を現実へと描き出す実務担当だ。
二階建ての今のお屋敷。縦方向へと改装を拡張しようということに決まり、ハルは魔法にて屋根を丸ごと持ち上げる。
だるま落としのダルマに体を追加するように、その浮遊した屋根と二階の間の空間に<物質化>した資材を搬入して行く。
それを組み合わせてはエーテル技術により接着するように素材同士を癒着させてゆき、見る間にそれぞれの部屋が新しく作成されていくのだった。
「おー、すごいねハル君! なにやってるかまるで分からん!」
「同じくです!」
「……あれは、日本で行われているエーテルを使った工法よ? 魔法との合わせ技で、ここまで早くなるとはね」
「二つの世界の、力の融合ですね! わたくし達のおうちに相応しい工事です!」
「んー、でもさー? 二階までと作りが違っちゃうよ? 大工さんの職人技で作った方がよくない?」
「僕にそんな技能を期待しないでよ……」
そういった手作業は、ハルの専門ではなかった。やって出来ないことはないだろうが、ナノマシンを使った作業で代用できる技術は、習得する気があまり起こらない。
より優れた作りの物は生み出せても、完全な再現が行えない。伝統工芸にありがちな問題とも似た話であった。
「んー、まあ、いいんじゃない? ちゃんと住めるようには作ってくれてるだろうし」
「ハルさんの技術は完璧なのです!」
「そうでしょうけど、ユキの言うことも一理あるわ? 日常をずっと過ごす場所だもの。細かな違和感と言うものは無意識に気になるものよ?」
「……確かに。特に、毎日お仕事をしてくれるメイドさんは目についちゃうかもね」
「問題ありません。どうかお気になさらずに、ハル様」
そうは言うものの、細かい部分までしっかりとお掃除してくれる彼女たちだ。作りの些細な違いも、そのつど目に入ってしまうだろう。
今は仕方ないとして、そのうち、同じ工法で作り替えることも考えてもいいかも知れない。
それこそメイドさんも含めて、皆で仲良く時間をかけて、少し大がかりな日曜大工に興じるのもまた一興かもしれないのだった。
◇
「さて、次はボク達の家だね! こっちは遠慮せず完全に高速工法でオッケーだよ。ボクらまるで気にしないからさ」
「待て。その前に、屋敷に掛かっている魔法の調整をさせろ。三階だけ無防備なのと、それにより全体のバランスが崩れているのが見ていられん」
あらかた、大雑把ではあるが細部まで形を整えて、ハルが作業を終えて次に行こうとすると、それまで後ろで黙って見守っていたウィストが声を上げる。
どうやら、新しく改装を追加したことでお屋敷に掛けられている魔法のバランスが崩れたのが気持ち悪くて耐えられなくなったようだ。
魔法に関しては非常に几帳面な彼らしい。
「これを期に、元々掛かっていた物も一新してやる。我らのトップが暮らす本拠地としては、防備があまりに貧弱だからな」
「むー! なにおう! 文句あんですかー私の掛けた魔法にー」
「当然だ。貴様は魔法技術の専門ではない。オレが掛けなおした方が良いに決まっているだろう?」
「そーゆー正論はいいんですよー! 私が手塩にかけて育てた家なんですよー!」
「だが貴様はもう魔法の更新が出来んだろう」
「うぐぅ! ……痛いところをー。仕方ないですねー。本当は、さいきょーのハルさんの居る家だから防御なんて要らないんですけどねー。ぶーぶー」
「やめろ。無意味な慢心をするな……」
気分的に残念に思う気持ちは分かるが、ここはウィストに任せた方がいいだろう。
人間となったカナリーには、もう魔法は使えない。ハルがやってもいいのだが、こと魔法に関しては、やはりウィストが一枚も二枚も上手な知識と技術を持っている。
それに、今や彼もこの地に共に住む仲間の一人。その彼に任せることに何の不安があるだろうか。
「頼むよ、ウィスト」
「任せろ」
「うっわぁ、相変わらずキモいなぁこの細かさ。神が見ても何やってるか分からないとか相当だよ?」
「黙れ。オレは気持ち悪くなどない」
病的とも言えるウィストの操る魔法式が、屋敷の壁を一瞬のうちに取り囲んでゆく。
その精密さ、複雑さはウィスト本人には申し訳ないが常軌を逸していると言わざるを得ず、ハルもさすがに完全に内容を理解するには至らなかった。
「目が回りそうなのです! これは、結局のところ何をする魔法なのでしょうか!」
「ただの警戒だ。だが大抵の状況には対応できる」
「な、なるほど!」
「いや分からないでしょそんなんじゃ! ……でも、だからって詳細は聞かない方がいいよーお姫様。言葉で説明すると一日二日じゃ済まないだろーからねぇ」
「凄まじいのです!」
説明書に纏めたら、辞書何冊分もの紙の束になりそうだ。
その防衛の強固さでありながら、今後やることになるかも知れない作り直しや更なる増築の際の破損は邪魔しないという融通の効きっぷりだ。
もはや意味が分からない。何でもありである。
そんな超ハイレベル防御魔法の設置も終わり、神様たちの家の建設の番が回ってくる。
先ほど色々とイベントついでにデザインは出したが、まだどんな物を作ってほしいかは聞いていなかった。
そもそも、本来の彼らは家を必要としない存在だ。そこに求められるのは、実用性より居心地や見た目、要は気分の問題なのだろうか。
はたまた、やるならば徹底的に人間らしく、普通の人としての生活をなぞった物がいいのだろうか。
「……というか、そもそも何軒建てるの?」
「確かにそうね? それによって、話もいろいろと変わってくるわ? 全員がここに住むのかしら?」
無言で頷くマゼンタに、特に反応を示さないウィスト。だが、否定しないということはウィストもその気でいるのだろう。
飽きてどこかへ出かけてしまったセレステは、家が要るのか要らないのか微妙なところだ。増築したお屋敷内に部屋があれば満足なのかも知れない。
そして、まだ話を聞いていない何人か。彼らに意見を聞かずに進めてしまっては、それも不義理かも知れない。欲しい家、住みたい場所などあるかもだ。
「そうだな。それと、エメの奴は来るのがいつになるんだろう。まあ、時間かかるだろうしそれは後に、」
「はいはいはい! 引っ越す、引っ越してきまっす! 終わりました! いやー、マッハで引き継ぎしてきましたよハル様! 褒めてください、偉いでしょわたし。あ、もちろんわたしもここに住みますよ。当然ですよね。あ、でも、家が欲しいとか贅沢は言いません。ミニマリストですから! 小さいながらもあたたかなお部屋が頂ければ、嬉しいなって、えへへ」
「やかましい……」
「エメさん、おかえりなさいませ!」
「ただいまです、アイリちゃん!」
噂をすれば、というやつだ。むしろ自分の噂が出るまで待機していた可能性もある。
その、話に出たエメがちょうどこの地に帰還し、ハルたちの天空城は更に騒がしさを増していくのだった。




