第488話 神々の逗留地を作ろう
「あ、これボクの家? 欲しかったんだよね。お城は生活用品入ってないしさ」
「なんか続々と集まって来るね。セレステ呼んだ?」
「呼ぶ訳がないとも」
出来上がった家を前にセレステと話していると、唐突に現れたマゼンタと、その後ろにはウィストの姿も確認できた。
神様が続々と勢ぞろいだ。最近は、ハルがゲームに参加することも珍しいので様子を見に来たのだろうか。
「この家は私のものだぞ? 後から現れての欲しがりは遠慮したまえよ」
「フン。貴様こそ遠慮するがいい。屋敷に部屋をもらえばいいだろうが、貴様の場合は」
「そうだそうだー。ボクらは男子禁制のせいでお屋敷には入れないんだぞー」
「えっ、みんなうちに住みたかったの?」
よく遊びに来るとは思っていたが、活動拠点にしたがっていたのだろうか。
そうなると、本気でお屋敷の増築と、別宅の建造を考えた方がいいのかも知れない。さすがに今のままでは、神様全てを収容するには容量不足だ。
「あの、それでしたら、お屋敷の規則を変更いたしましょうか? メイドたちには、わたくしから言って聞かせますので」
そこに、自分の作業を終えたのか、アイリもてこてこと歩いてやってきた。
お屋敷が男子禁制なのは、もともとがアイリが未婚であった際に、悪い虫を寄せ付けないための警戒だ。
ハルと婚姻を結んだ今、そして常人の決して寄り付かぬ天空城に居を構える今、その規則はもはや有名無実と化している。
何より神様相手であれば、不敬であるとアイリが気にするのも無理はない。
「あー。ごめんね、いいよいいよ。ちょーっとセレステに一言いってやりたかっただけだしさ」
「ああ、そうだな。あの屋敷は言うなれば今は、お前たちの家庭だろう。そこに乗り込むほど、野暮なつもりは無い」
「まあ……、家庭だなんて、照れてしまいます……」
「いや、結婚していて家庭以外のなんだというんだい……?」
セレステが呆れるが、ハルとしてはアイリの気持ちも理解はできる。
お互い特殊な出自の影響で、一般的な家庭とは自分は縁遠い存在だという認識が強くある。なのでお屋敷も、家庭というよりも拠点という見方が大きいのだった。
「そうね? いっそもっと家庭的に、改装するのもいいのでなくて?」
「セレちんたちのお部屋も作るついでにねー」
「ハーレム屋敷ですねー。ドロドロですねー?」
「……君ら、聞き耳立ててたの?」
続いて、ルナ、ユキ、カナリーも連れだって現れる。皆、自分の作業は終わったようだ。
彼女たちもまた改装には前向きなようで、ここにきて急にお屋敷の増改築が現実味を帯びてきた。
そんな中、カナリーが唐突に妙なことを言い出した。
「男子禁制が嫌ならー、マゼンタもオーキッドも、女の子になれば良いんじゃないですかー?」
「なに言ってんのこの子!?」
「どうやら人間になって思考ルーチンがバグったようだな。嘆かわしいことだ」
「なにおぅー? 画期的な解決法じゃないですかー。どーせ、AIには決まった性別なんて無いんですからー」
「いやいやいや! ご主人様のために性別女に固定した奴がよく言うよね!? それに性別はなくても拘りはあるから!」
「そうだな。今更自分のキャラクターを捨てろと言われて、おいそれと捨てられるものではない」
自己定義というやつだ。己が己であると定義づけるもの。自己認識のための基盤。
生まれ持った拠り所の無い彼らには、ある意味で人間以上にそれは重要なものであるとも言えるのだった。
「では女装すればいいのではなくて? 幸い、二人とも顔は整っているのだし」
「……ルナも何言ってんの? 女装しても、男じゃん?」
「あ、わたくし、最近お勉強しました! バレるまでは、女の子なのです!」
「……いや何のお勉強させてるのさアイリに」
「あはははは、死んでもごめんだねぇ」
「同じくだ……」
ルナの悪い癖であった。最近は鳴りを潜めていたと思ったが、異世界事情を取り巻く情勢が真面目だったので控えていただけらしい。
なにかにつけて、ハルを女装させようと目を光らせている彼女の趣味が、平和になって再燃してきたようだ。
「第一、隠してたら余計に問題でしょ。実際は男の子なんだから」
「やめろ。オレは男の子という年齢設定ですらない」
「えー? オーキッド結構似合うんじゃない? イケメンだし、そのままクール美女になれるって。任せたー」
「やめろと言っている。貴様こそ、小柄な体格を生かして少女になってしまえ。オレは骨格的に厳しいのでな」
「そっちこそ止めろってば! あとお前、病的に細身だから平気だろ!」
「病的とか言うな」
「……いやさー、神様なんだからアバターチェンジすれば良くね?」
非常にもっともなユキのツッコミだった。ただ、趣味に乗ってくれてルナはご満悦だ。
ルナとしてはボディに調整を入れるのは邪道であって、素材を生かしていかに分かりにくく仕上げるかが美学としている節がありそうである。
ハルも、童顔でありすらりと細い出で立ちなことから狙われている感がある。
とはいえ、ハルは肌を晒せばしっかりと男性的な筋肉の付き方をしているため、手足を隠す衣装でしか女装は不可能なのであるが。
「……ともかく、僕らはお屋敷にお邪魔する気はないよー。でも、近くに家があると便利なのは確かかなー」
「そうだな。直接転移するにしても、ワンクッションあった方が良いだろう」
「女の子になればいいんですけどねー。残念ですねー」
「やめろ」
「マジでやめてよねカナリー」
結局、女装うんぬんはともかく、神様たち皆で天空城に住みたいようである。
ならば今回のイベントの家のデザインも、そのいい予行演習になるだろう。造形が苦手な神様たちの為に、ハルと女の子たちで案を出し合おう。
少し目的が変わりながらも、ハルたちの一周年は和やかに、そして賑やかに進んでゆくのだった。
*
「この後は何があんだっけ? 神様教えて?」
「スポーツ風のレクリエーションだな。専用のキャラクターに精神を移して、新規とレベル差の出ない方式をとっている」
「ふむふむ。皆で横並びで遊ぼうってことね」
「ユキの言い方はなんか悪意あるなぁ。ま、その通りだけどね。一周年の運営戦略的なところでは、新規優遇による人口増加があるからね」
「まあ、それは分かるなー。人口減ったオンゲは未来なし」
家をいくつか作ったところで、デザイン系の作業が比較的苦手なユキが飽きてしまったのか、神様たちとその場に腰かけて話し始めた。
話題は今回のイベントのこと、このゲームのこれからのこと。
一年を越えて順調なこのゲームだが、まだまだここで終わるつもりはない運営の神々だ。
開始当初に比べて魔力は大幅に増加したが、それでも十分ではない。未だ、真の『世界の果て』である境界線、ゲーム内外を区切るバリアの位置にすら魔力は届いていないのだ。
「すまないね。僕がエーテルの塔の魔力をほとんど使っちゃわなきゃ、今後魔力に困ることは無かったんだけど」
「んー? いいよ、ハルさんがそんなこと気にしなくってさー」
「ああ、その通りだ。結局あれは降って沸いたもの。そんな物を充てにするオレ達ではない」
「そうとも! それに、無駄遣いというなら槍玉に上がるべきはカナリーだからね!」
「あー! 言いましたねー! その使用権を決めるための運営バトルだったじゃないですかー!」
わいわいと、神様たちと元神様が騒ぎ立てる。彼らは最初から家作りには不参加の構えで、ハルたちのデザインの完成を待つのみだ。
自分の家となるものではあるが、出来合いのものから適当な好みに合うものを選ぶだけで満足らしい。
「それにさハルさん。ボクらは別に、『この世界のために魔力を増やしてやろう』、なんて殊勝な考えは持ってないんだ。結局自分に必要な分だけがあればいい」
「そうだな。オレとしては、あればあるだけ、それに越したことはないではあるが」
「魔法馬鹿ですもんねー。やめてくださいよー? 集まったら集まったで、惑星規模の魔法に手を出すのとかはー」
「フン。今のところ、そんな非効率に興味はない」
「精密さを追及する病気だもんねオーキッド。でもなー、それって面白そうなの思いついちゃったらやる、ってことじゃないのぉ?」
「ですねー。心配ですねー?」
「やめろ。オレだって最低限の協調性くらいはある。こいつとも、契約していることだしな」
そう言って、ウィストはちらりとハルの方へと視線を向けた。
形の上とはいえ、彼も今はハルの配下に入っている。特に何かを強制するつもりの無いハルではあるが、ありがたいことにハルの方針に従ってウィストも動いてくれていた。
「そうとも。我々は自分勝手ではあるが、他の神々の事情がどうでも良いという事もまたないさ」
その総括を、セレステが締めくくる。己の願いのために動く彼らではあるが、ライバルである神々も、この世界におけるただ一種の同類達だ。
その結束は、競い合いながらも血より濃いだろう。
「だから、願いを叶えたカナリーは祝福するし、エメのことを、エーテルを救ってくれたハルの行動になんの文句などありもしない」
そんな仲間の為ならば、魔力などどれだけ使っても惜しくはないと。
その言葉に、この場の神々は皆等しく無言で頷くのだった。
「ただ、それはそれ。自分の目的の為には、やっぱ無茶する奴も出るんだよねー」
「ありゃ。良い話だったのに、混ぜ返すじゃん。マゼマゼだけに」
「そろそろ、混ぜ混ぜは止めてくれないかなぁユキさん……」
「一周年イベントの話だね。これも、様々な者の思惑で動いているのさ。特にそれは、我々のような目的の薄い者ではなく、」
「今もなお、己の夢に向けて邁進している者の思惑が色濃く表れているな」
「うむっ! そういうことだとも!」
セレステとウィストの語るのはつまり、謎の新ゲームの準備という意味だろう。
この建築デザインコンテストしかり、次のスポーツイベントしかりだ。
参加者全員が別キャラクターにログインしなおす、という方式は、マリンブルーの主催した『お魚さんイベント』を思い出す。
建前としては新規を慮ったものだが、これも新ゲームのテストの一貫だと考えられる。
「その辺、関係者から聞いてない?」
「ないねー。ジェードは『守秘義務』って言い出してたから、絶対喋んないよあいつは」
「マリーも、技術協力しているらしいよ? つまり、現実の土地ベースではなく、魔力空間で新ゲームは作られるのかもしれないね」
「そしてオレには参加要請は来ていない。魔法技術の行使は薄めだということだ」
「おー、神様の参加割合で、随分と分かるんだね!」
ユキと共に、ハルも感心する。そして思ったより神々も、あちらの方に興味を持っているようだった。それぞれ個別に考えていたらしい。
とはいえ、それはそれ。今は彼らの興味は、新しい自分の家に向いている。その話はそこまでとなった。
ハルもお喋りはそこまでにして、気合をいれて神様のために、家のデザインへと没頭していった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/15)




