第486話 素敵な神の住まう家
「で、ハル君どーするん? 入賞狙いにいくん?」
「いや、そこは特に気にせず、好きに作ろう。デザイン系は評価を狙い過ぎると、凝り固まってつまらないし」
「それが楽しいですね!」
結局ハルたちが選んだのは、自国である梔子の国の平野となった。
四季の素直に出るこの地は、気候が日本とほぼ変わらない。そのためごく自然に、ハルたちも建築に臨むことが出来るという考えだ。
「まあ、別にここで選ばれなくとも、ハルならばやろうと思えば好きなデザインで行政に建築を進めさせることも出来るものね?」
「ハルさんの作る新しい街、婿入り王子様の公共事業ですねー。王族による公務ですねー」
「いやそんな介入の仕方しないから……」
変な方向に話を広げるのは止めていただきたい。基本的に、この地のことはこの地の人々に任せようと思っているハルである。
よほど問題が大きくならない限り、ハルからの政治介入は行わない方針だ。
ハルの影響力は甚大であり、もし気軽に口出しでもしてしまえば、鶴の一声として全ての工程をスキップして即座に実行に移されかねない。
「じゃーどんなの作るー? せっかくだから、色んなの作って遊ぼうぜい」
「待ちなさいユキ? 作るならば、統一感は持たせた方が美しいわ?」
「あー、この前みたいなやつなー。確かに、揃った街並みって綺麗だった」
「んー。ここはあえて、不揃いで出してもテーマパークみたいで面白いと思いますけどねー? あえて揃えないと言いますかー」
「楽しそうですね!」
ああでもない、こうでもないと、ハルたちは皆で意見を出し合ってゆく。
辿り着いたイベントスペースは、実際の土地ではなく、選択した地域の風景を投射した仮想のマップだった。
このスペースで好きなように、好きなだけ作り直し、完成したものがその大きさに合わせて現地へと再現されるようだ。
「これって、どの程度大きくしていいのかしら?」
「基本的に、好きなだけ広げて大丈夫ですねー。空地はいくらでもありますからー」
「まあ、いくらユーザーが増えたといっても、全部の土地を埋めつくすほどの大作は不可能っしょ」
「そうだね。ユキの言うとおりだし、それに、広げればそれだけ、クオリティを上げるのが難しくなる」
「確かに! ですが、この前はわたくしの国以上の大きさの街を、作りましたよ?」
「あれはかなりコピーしたからね。細部も適当だよアイリ」
「そうね? このイベントは一応コンテストだから、そうした作り方では基準を満たせないわ?」
建物のコピー&ペーストを繰り返せば、いくらでも面積は広げられる。
しかしそうした作り方では見ればすぐに分かるものだ。大きく作れば見栄えはするとはいえ、まったく同じ形の家が並んでいれば心証が下がるのは避けられないだろう。
そのため、前回の街づくりとは別の、細部まで拘った作り方が今回は求められていた。
「同じ街づくりでも、違った楽しさがあるのですね! わくわくです!」
「そうよアイリちゃん。このジャンルは、楽しみ方が奥深いの」
それに加えて今回は、街の運営要素、住人の生活要素を考慮する必要が無い。
いや、コンテストの高評価を狙うのであれば、そうした部分までしっかりと考えなければならないのだが、そこはそれ。
完全にデザインのみに振り切った、好き放題の家が建築可能だった。
「じゃあさじゃあさ。各自、一軒一軒、好きに家を作って合体させるのどうかな!」
「いいですねー。それぞれの個性がぶつかる、カオスな街になりそうですねー」
「不安だわ……」
「楽しそうな街になるのです!」
「そうだね。別に街を作る必要はないんだけど、それも面白そうだ」
そうして、ハルたちは再び街づくりゲームに臨むこととなった。
前回は、皆で一つの街を協力して作り上げたため、個人個人の個性を発揮する場面が薄かった。そこを、今回このイベントを使って挑戦してみるのも悪くない。
ハルたちはそうして四方に別れて、各々の好みの建築に取り掛かってゆくのであった。
*
「さて、どうしようか。好きなデザインとは言うものの、改まってそう言われると、何をしたらいいか悩む」
一人となったハルであるが、正直なところ何処から手を付けていいか考えあぐねていた。
これといって、自分の好みというものが薄いハルである。『好きなデザイン』、と急に言われても、ぱっと出てこない。
女の子たちは、なんだかんだすぐに決まったようであり、各々自分の好きな形の家を作り始めている。
ハルも目的があればすぐにそれに沿った行動に移せるのだが、行動の指針から自分で決めなければならないとなると、少し弱いところがあるのであった。
「まいったね。百年以上、自分を持たずに無為な時間を過ごし続けてきたってことを、ここに来て突き付けられた気がするよ」
「だめなんですよー? きっと今まで、ルナさんの尻に敷かれて言われるままに過ごしてきたんでしょうねー」
「尻にって……」
「お尻、好きでしょー?」
「……まあ、好きだけどさ。それより、カナリーちゃんはどうしたのさ?」
「あー、私ですかー? そのですねー」
そしてここにも、始められない仲間がもう一人居た。
ハルのことをからかいに来たカナリーだが、彼女自身もまた、何から手を付けていいか決めかねてハルのもとに来てしまったようだ。
「だめだよカナリーちゃん。個人戦なんだから、人を頼っちゃ」
「デザインは苦手なんですよー。それに、別に勝負じゃないじゃないですかー。協力しましょうよー」
「……それこそ、僕らが協力したところで、何か進む?」
「確かにー。右往左往する人が、二人になるだけかも知れないですねー」
元がAIであり、人間になってから日が浅いカナリーだ。その当時の性質を、今もまだ引きずっている部分は大きい。
すなわち、創造性を求められる作業における苦手意識。
このゲームを作るにあたって、当時も非常に苦労したという、AIの鬼門にあたる部分であった。
「あ、もしかして、今回のイベントって、データ採取の面も兼ねてる?」
「あ、バレましたー? 実は、そうなんですよねー」
「なるほど。まあ、コンテストってそういう面も多分に含むものだしね」
「実のところー、これは今回に始まったことではなくてー、対抗戦とかにあった建築要素も、日本人の感性データの収集という側面もあったんですよねー」
なんとなく、そんな気はしていたハルだった。神々は、事あるごとにユーザーのデータを収集しようとしていた節があった。
それは自らが苦手とするアイデアの産出を任せる他、人間その物のデータを収集することが目的なのだろう。
ハルに最も近いカナリーが、ハル本人のデータにしか興味が無かったため最近は忘れがちだったが、そのデータ採取は今もなお続けられているらしい。
「……君以外の神様は、まだ自分の目的を叶えるために頑張ってるんだよね?」
「不安ですかー?」
「いや、不安は無いよ。君たちのことはみんな信頼してる。まあ、結果的になにかまた騒動が起こっちゃうくらいは、覚悟してるけど」
「マリーゴールドとか、危なそうですねー」
「いや、マリーちゃんみたいにあからさまに怪しそうなのより、マリンブルーのような無害そうなのが危なそうかな」
数々の戦いを経て、ハルと神々の絆は非常に深いものとなった。今更彼らを疑うまい。
しかし、それはそれとして、彼らが望みを叶える際に、混乱が起こらないと断ずるのはまた別の話だった。
神様の行動は規模が大きく、望むと望まざるに関わらず影響する範囲も広い。
ならばいざ事が起こった際に、慌てず騒がず、手伝ってやれるように準備を進めておくことが、彼らの主でもあるハルに求められることだろう。
「……まあ、その準備と想定を、軽々と上回ってくれるのが君たちなんだけどさ」
「どきどきですねー? でも、ハルさんを驚かせちゃっていいのは私だけなんですよー?」
「いや、君こそ止めてね? 頼むよ?」
とはいえ、口ではそう言いつつも、悪い気はしないハルだった。振り回されつつも、それが何だか心地いい気もする。
……そんな心持ちでいるから、尻に敷かれているなどと言われてしまうのだろうか?
最近少し、振り回されることに慣れ過ぎたかも知れない。
「……よし、作る家の方針は決まった」
「おー、決まりましたー? じゃあー、さっそく一緒につくりましょー」
「君ら身勝手な神様を、縛り付けておく神殿にしよう」
「あー! ハルさんが酷いんですよー! 亭主関白ですー! 緊縛プレイですー!」
「カナリーちゃん? ルナからまた変な学習した……?」
ツッコミどころのある発言はまあ置いておくとして、良い天啓的発想を得られた気分のハルだった。そこは来てくれたカナリーに感謝しよう。
口では縛り付けるとは言ったが、実際にそんな気はまるでなく、気持ちの源は彼ら神様への感謝であった。
神を祀り、感謝し、快適にそこへ住んでもらう。そのための家。
その想いを込めて、家をまるごとデザインしていこうとハルは思う。
系統としては、神殿というよりも神社のようになるのだろうか。
木造を中心とした、優しい雰囲気で作り上げたいという、そんなイメージが沸いてきた。
「ぶーぶー! ふーんだ、そんなお家、手伝ってあげないんですからー。せいぜい一人で作るといいんですよー?」
「ん、頑張るよ。カナリーちゃんも、頑張って自分の作ろうね?」
「うぅー……、頑張りますけどー、行き詰ったら、手伝ってくださいねー?」
「もちろんだよ」
「それなら、安心ですねー」
そうしてカナリーも自分の建築へと戻って行った。
ハルもまた、決まったアイデアが薄れぬうちに、集中して作業へと取り組んでいくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/18)




