第485話 日本異世界建築情緒
まだ見ぬ新しいゲームは気になるが、今はこの世界で催される一周年のイベントだ。
ハルは久しぶりに、こちらのゲームへと参加する。いちプレイヤーとして介入すると、もう影響が強すぎるため久しく参加はしていなかったイベント類であるが、この祝いの時ばかりは構わないだろう。
久々に見るハルの姿に、古参のプレイヤーは目を輝かせ、新規のプレイヤーは興味深そうにその視線を送っていた。
「よぉハル! 引退したのかと思ってたぜ」
「やることやりきった感あるもんな。でもずっと入ってたよな。引退ってより隠居?」
「ログボ勢だ。ログボ」
「ログボ目当てが常時インしてるかっての、はは」
「でも未だにNPCから話は良く聞くよ? 影のフィクサーやってるの?」
「リーダー、なんなんすかあの人。有名人?」
「一周年ミュージアムで何度も出てた人じゃん! 超強いらしい人!」
「でも最近やってないんだろ? 俺、追い越しちゃってたりして!」
「調子のんなお前。お前なんか瞬殺されんぞ? 冗談抜きで。文字通り瞬で死ぬ、マジで」
「さ、さすがに嘘っすよね……?」
「え、もしかしてこの前ニンスパの一部屋耐久動画に出てたハルさんと同じ人? このゲームやってたの!?」
直接的に、または間接的に、数々の声がハルに掛かってくる。久々の感覚だった。
数か月も一線を離れていると、ハルの活躍を一切知らないプレイヤーも出てきている。ハルとしては少し寂しいが、良い傾向なのだろう。
このゲームに、どんどんと新しい風が吹き込んでいる証拠である。
中には、この一周年の噂を聞きつけて始めたばかりの、レベル一桁のプレイヤーなども見受けられた。
「周年組ってやつだ、感慨深いね。競合の周年もあるのによく始めてくれたこと」
「ハルは寝こけてたから知らないか? ここも大手に合併されたんだよ、一周年記念でな」
「あは。記念合併ってなにそれー。でも、あっちで広告ほんと良く見るようになったよね」
「……ニンスパ運営は大手じゃないでしょ」
「お、やっぱハルも知ってんじゃん。いやいや、もう十分大手よ界隈はみな注目してるぜ」
「そそ、今いちばんホットな成長株ってね。コラボの話題が外に出回れば、更に火が付くよ~」
「そりゃ大変だ」
とぼけるハル。まさかその話題沸騰の会社の一員だと言う訳にもいかずに、苦笑いが浮かんでしまうのをかみ殺す。なんとか平静を保てただろうか?
しかし、こうしてルナの会社の評価を肌で感じられたのは収穫だ。
次々と革新的なゲームを手がける会社として、ゲーマーからの評価は高いようだ。そのことは、素直に嬉しかった。
そんな初心者も多く居る今、従来通りの対抗戦のようなイベントを開催しては彼らが置いてきぼりになる。
イベント内容も、全員が楽しめるようなレベル差の出ない形式で用意されていた。
その一つが、間もなくスタートする。ハルも彼らと別れ、久々に仲間たちと共にこのゲームのイベントに参加することにしたのであった。
*
「さて、まずはデザインコンテストみたいだよ。審査員は住人達、NPCだってさ」
「……よくそんな大胆なものが通ったわね?」
「プレイヤーにとってー、神と住人の区別なんてあって無いようなものですからー。審査員が我々か、アイリちゃん達か、その些細な違いですー」
「あ、そかそか。もうすでに、魔道具コンテストとかあったもんね」
「なるほどね?」
このゲームにおいて、一般のプレイヤーにとって神々も、現地に暮らす人々も、認識としては同じ『良く出来たAI』だ。
なまじカナリーたち神様が人間と遜色ないレベルで完成されていたため、本当の異世界人であるNPCへと審査員が移っても、もう何も違和感を抱かなくなっているのであった。
「しかし、わたくし共としては、二つの世界がぐっと縮まった気がするのです! 皆様が楽しむ“ゲーム”に関わらせていただけるというのは!」
「これってアイリちゃん達、というかこの世界の王族による会議で決まったんですよねー。使徒に向けて、もっと存在をアピールしていきたいとー」
「はい! わたくしは参加していないのですが、お兄様が頑張ったと自慢げに聞かされました!」
隣人、隣の世界の住人として、徐々に距離が詰まってゆく地球とこの世界の人々。
ある意味ハルとアイリの結婚が皮切りとなり、奇妙な闖入者としてだけではなく、互いに手を取り合える友人同士として歩んで行きたいという意識が、事情を知る王族の中で高まっている。
プレイヤーの中にも、このゲームのNPCは、そしてこのゲームの国はただのデータと断じるには何かがおかしいと気付き始める者もちらほら出てきた。
事実を完全に把握し、また社会的な影響力のあるルナの母の知るところとなったのもあって、その流れは少しずつ、そして確実に、今後は進んで行くことだろう。
その第一歩がこのイベントによって歩を進められるようだった。
「しかし、融和と言いつつ小ズルいのです。使徒の皆様から、建築的な恩恵を一方的に受け取ろうなど……」
「善意で政治は動かないさ。その辺りは、仕方ないってアイリ」
「そうね? 貪欲に、利用できるものは利用するのは悪いことではないと思うわ?」
「ですねー。イベントの際に振舞われる料理は用意してくれるようですのでー。それでいいんじゃないですかー?」
「カナちゃんたち、お料理苦手だもんねー。あはっ」
「むー。うるさいんですよー? ユキさんにも、お料理させますよー?」
「わとと、やぶへび、やぶへび。でも、最近は私もお料理練習してるんだよ!」
「花嫁修業ね、ユキ」
「ファイトなのです!」
すかさず乙女な部分をからかわれ、どうあっても藪蛇となってしまうユキだった。あたふたと大きな体をばたつかせ、もじもじとしてしまう様が可愛らしい。
そんな料理の話は置いておいて、第一の記念イベントは、誰でも参加できる建築デザインのコンテストであった。
そのお題は、『NPCに好かれるデザインを考えよう』。
常に行われるであろう、地球人が審査ではない、まるで好みが違う生活を送る人々が審査員を務める、風変わりな大会であった。
「運がよかったね。うちら、最近街づくりで練習済みだ」
「でも、作るのは街なの? それとも一軒家の範囲内なのかしら?」
「規模は自由らしいですねー。この前作ったような、超大作でも別にいいしー、おうち一つに、持てる全てをつぎ込んでも構いませんー」
「腕が鳴るのです!」
……このイベントに、アイリが参加してしまって良いのだろうか?
いや、その“現地の感性を知る者の協力を得る”ことも、優秀な戦略のひとつとして想定されているのかも知れない。
そして、現地の者が作ったからといって、高得点が取れるとは限らない。
このイベントにNPCが求めるものは、異世界の新しい風を取り入れることだ。既存の建築を再現しても、『つまらない作品』、と一蹴される可能性は大いにある。
「なるほどね。誰でも参加できるカジュアルなイベントでありながら、この世界の人々の好みを把握している古参プレイヤーが有利な面も持ち合わせている」
「考えてんねー。私は、そーゆーの考えて参加するのは面倒だからパスだけどー」
「デザインなんて、何がウケるか分からないわ? 案外、ユキが感性だけで作ったものが評価されるかもしれないわよ?」
「げげ、変に期待しないでよルナち~。感性も、パース」
この世界の人々の、見た目の好み。それは、古きを良しとするか、それとも斬新さを評価するか。その見極めは、確かに至難の業である。
しかし、実用性において何を求めているか、そこの認識の有無は大きく勝負の明暗を分けるだろう。
地球人の暮らしの常識のまま作っても、それはそのまま理解されない。彼らの理解へと落とし込んで、初めて実用的な作品として評価される。
例えるなら、モニター型のゲームにフルダイブ用のUI、すなわち操作システムをそのまま移植しても動かしにくくなるのと似たようなものだ。
「この建築は、現地の空いた土地を利用して行われるんですよー? いずれは優秀作品をそのまま移植しようという、姑息な魂胆が見え隠れしますねー」
「カナちゃん、言い方、言い方!」
「まあ、そこでもゲーム性は出るね。土地を選ぶセンスとか、土地に合った建築を考えるセンスとか」
「そうね? 競技性においても、利のある提案だわ?」
「わたくし共の打算に対するフォロー、痛み入るのです……!」
このゲームの国は、それぞれ個性のある特色を持っている。そこを選ぶところからまず、戦いは始まっているのだ。
基本的な平野が広がる梔子の国。山岳と森林を多く有する藤の国。水辺の多い群青の国。寒さの厳しいヴァーミリオンなど。
そんな様々な気候の土地。ダンジョンも存在せず、普段はわざわざ歩いて訪れなければ見ることのできないそれを眺めているだけでも、プレイヤーは楽しそうだ。
ハルたちもまた、その中からどれを選ぼうか、頭を悩ますのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/23)
追加の修正を行いました。(2023/5/15)
また、変換漏れを修正しました。報告ありがとうございました。(2023/5/18)




