第484話 周年発表会
一周年の記念イベントは、様々な方面からお祭り感覚をゲームにもたらしていた。
例えばHPMPの回復速度を上昇させて、ユーザーがより長くゲームを遊べるようにしたり。例えばダンジョンの採取ポイントや、モンスターからのドロップ確率を上昇させて、アイテムがより手に入りやすくなったり。
店売りの品もセール価格で提供されて、それに合わせてハルたちのギルドホームでも、一周年記念の特別セールを開催中だ。
普通のゲームなら、設定値を変更するだけで実現可能なこの対応も、ここでは非常に大盤振る舞いとなる。
全てのアイテムやキャラクターの体力は魔力によって構成されており、それを安く提供するということは、運営の保有する魔力がどんどん流出して行くということに他ならないからだ。
「思い切ったね。収支は平気そう、シャルト?」
「ええ、なんとか赤字は抑えられていますよハルさん。値引きの値よりも、それによる活性化や周年の人数増が効いているからね」
「それは何より。流石のバランス感覚だね」
「任せてくださいよ。伊達に節制の神はやってないよ」
黄色の髪の毛を後ろで三つ編みにした少し生意気な少年、シャルトがやりきった顔で語る。
新たに黄色の神として就任した彼もメインの運営としての対応が板についてきており、この一周年の企画にも積極的に参加しているようだ。
「カナリーの抜けた穴、というより、君の抜けた“外”への対応の穴は何とかなってる?」
「ええ、妙な話になりますが、外と内を隔てるバリアは外の連中に維持させてます。最近は、このゲームに参加したがる外の神も多いからね」
外なる神たちの襲来、として恒例のイベント化された郊外の土地への襲撃イベント。
メタやゼニスブルーを始めとした襲撃者が、バリアに開いた穴を通り中の魔力を求めて攻め入って来る。
その行動に嘘は無いのだが、だからといって彼らも完全に敵という訳ではない。
自身の行動がイベントとして盛り上がるほど、人間も集まり魔力が増えることは彼らも理解している。
なので現状、攻める側の神たちが、守る側のバリアを維持する、という奇妙な協力関係が成立していた。
「まあ、メタちゃんなんかハッキリ言ってもう完全に僕らの味方だしね」
「にゃう!」
「うわっ、いつの間に出てきたんですかこの猫は! ……そうですね、メタが自分たちの陣営に付いてくれたことは、正直言って幸運でした。ゼニスブルーも、もうかなり馴染んでるしね」
三人は、その目を今回のイベントのため特設された豪華なステージへと向ける。
その上ではまさに話題に上ったゼニスブルーと、彼女がライバル視するマリンブルーが並んで登壇してきた所であった。
可愛らしい衣装に身を包んだ二人を、多くの観客たちの大歓声が迎える。
「《みんなー♪ 一周年、おめでとーー!!》」
「《今日は私たちのライブに集まってくれて、ありがとう!》」
そう、アイドルを自称していた二人はユニットを組み、二人で共に活動をしていくこととなった。
互いのわだかまりはそうして解けて、ゼニスもほとんどこちらの陣営の一員となっている。これから彼女にも、徐々に個人的なファンが付いていくことだろう。
「にゃん♪ にゃん♪」
「メタちゃんもノリノリだね」
アイドル二人の歌が始まると、足元のメタも曲に合わせて器用にぴょんぴょんと跳ねはじめる。
会場の盛り上がりも好調で、そこから発生する魔力に隣のシャルトもまた満足げだ。
「シャルトはステージには出ないの?」
「自分は裏方ですよ。こういう場はマリンブルーに任せておけば良いんです。そういう役回りが長かったから、舞台裏に慣れちゃってね」
「君にもファンはついてきたろうに。顔見せてあげれば?」
「……考えておきます」
一周年の目玉イベントであるこのライブ。行われるのは歌だけではない。
いつものように司会を務めるマリンブルーによって、このゲームについての運営からの発表会が開催されるのだ。
その内容はこの一年の過去を振り返る思い出の総まとめ。このゲームの現在の状況を発表する情報の決算。
そして、これから先の未来を占う、運営予定の公開だ。
二年目はどんな展開が予定されているのか、どんなイベントが開催されるのか、ユーザーは皆それを楽しみにしていた。
「しかし、一年目から派手に動き過ぎたよね。二年目の弾残ってる?」
「誰のせいで展開が早まったと思ってるんですか、誰の……」
「僕だね。すまない」
「みゃ~……」
「メタちゃんは気にすることないよ。よくやってくれたよ」
「とはいえ、ハルさんのおかげで盛り上がった面もあるので責めづらいのですが。隠すべきところはハルさん、ちゃんと隠してくれたしね」
オンラインゲームとして、多くの人間を一度に集めることの出来るメリットのある反面、そこにはもちろんデメリットも存在した。
それは、常に新しいことを試みて進み続けなければ、飽きられてしまうという点。
そのための残弾、イベント準備は常に備蓄しておかなければならないのが運営の悩みとなる。
そのストックを、ハルが派手に動くことでだいぶ吐き出させてしまった。
これによって、ゲームの寿命が縮まったと言っても過言ではない。
「自分らが最も恐れるのは、盛り上がらずに人が離れることです。それを考えれば、加速のし過ぎは大した事じゃないよハルさん」
「そう言ってくれると助かる」
「エメを、いやエーテルの塔を押さえたことで、その分は十分に補填されてるしねぇ」
「シャルト君、悪い顔してる」
「むにゃにゃ!」
にんまりと、金貨を数える悪徳貴族のような笑みを浮かべるシャルト。しばらくは節約を考えずとも済むことが、ずいぶんと嬉しいようだ。
エメの作り出したエーテルの塔が運営の管理下に置かれたことで、魔力事情は大きく改善された。
外の神の協力により世界を維持する計算力も増し、またキャラクター性も増えて更にゲームは盛り上がる。それが魔力を呼び、順風満帆なサイクルと化す。
節制の神シャルトとしては、ようやく心穏やかな日々が訪れたようだった。
「しかし、君がジェードの投資を許可するとは意外だったね。半分賭けになるんじゃない、あれは?」
「ええ、それなんですけどね。っと、見ててください、そろそろみたいですよハルさん」
「ふむ?」
「にゃー?」
大きな賞金額で人々を釣るとはいえ、それだけで成功を完全に約束することは難しい。
結局、成否を決めるのはゲームそのものの出来に左右される。ゲームがどうしようもないクソゲーであれば、大会そのものの頓挫も十分にありえるのだ。
そのリスクを、シャルトはどんな理由で許容したのか。
それがこの発表会ライブで語られるようだ。ステージはちょうど、今後の予定として計画されていることを巨大モニタでスライドしている所のようで、ハルはそれをシャルトやメタと共に見守る。
そこで、件の話がどのように絡んでくるのだろうか?
「《さーて、ここからは~? なんとコラボの発表だー! コラボ担当大臣の、ジェード先生どうぞー♪》」
「《大臣じゃないですよー。では、私からご説明させていただきます》」
「《わくわく♪ このゲーム始まって以降、初めてのコラボだね♪ いったい、どんなコラボなんだろう》」
「《現在、わが社にてとある新作ゲームが開発中です。それの開催に合わせ、連動企画を計画中です》」
「《自社コラボだったー! なーんだ♪》」
マリンブルーのツッコミに、会場がどっと沸く。一部でそんな感想が出てしまうことを、先だしして緩和したのだろう。お調子者に見えて繊細な対応だった。
しかし自社とはいえ、新作ゲームの情報となるとゲーマーたちは途端に目をぎらつかせる。
新しいゲームというのは、それだけの力がある。しかも連動企画となれば、自動的にこのゲームも盛り上がることになるのだ。否応にも期待は高まる。
「《いったいどんなゲームなんだー! ジェード先生、教えてくれるかな♪》」
「《もちろんです。そのゲームは、この世界における戦闘システムのノウハウを応用した、画期的なゲームとなります。ユーザーの皆様ならば、自然に参加いただけるはずですよ》」
「《おおっとー? ご愛好プレイヤー様有利の内容かー! これは、始まる前にお友達にこのゲームを教えてあげなきゃね♪》」
これは、ハルにとっても初めての情報だ。例の高額賞金の大会は、このゲームのシステムを流用して行われることとなるらしい。
そして、それこそがシャルトが巨額の魔力投資を許可した、損失対策のようであった。
「……なるほど。“予習”として先んじてこっちに人を集めることで、投資分の損失を回収する腹なんだね」
「その通りです。更には、経験者であれば例の大会のスタートを有利に切れるクーポンの発行を計画中です。これで、あっちが仮に大失敗したとして、こっちの宣伝になるからね。失敗したらこっちにそのまま取り込めばいい」
「クーポンて……」
「く~ん……」
「犬みたいに鳴かないでくださいよメタ……、猫でしょうあなた……」
なるほど、よく出資の許可をシャルトが出したと思ったが、こうした背景があったらしい。
どう転んでも、このゲームの利益となるように。投資がダメになっても広告費として役に立てばいいという計略を打っていたようだった。
あちらも同じ、ルナの会社に編入されるということを上手く利用した良い手であった。
「しかし、失敗を織り込み済みってことは、出来に難があるの? そのゲーム?」
「さあ? いえ、自分もよく知らないんですよね。だから不安になって手を打ったといいますか。情報封鎖には随分と慎重になってるみたいだよ? 賞金の額が額だし、仕方ないけどさ」
「ふむ? でも、神様にも内緒なんだ。神様からは絶対に情報は洩れないのに」
「みゃ!」
仲間外れにされたことにメタも不満げだ。そこまでして、いったいどんな大会を計画しているのだろうか?
壇上のジェードからも、ゲーム内容の詳細は明かされず、『あちらの発表を待て』、との旨が告げられるに留まった。
期待感は否が応でも高くならざるを得ない。ハルもまた、その時を心待ちにするのであった。




