第481話 人の動きと経済の動き
「さて、ジェード先生。釈明を聞こうか?」
「《嫌ですねぇー、悪意があった訳じゃありませんよ。ただ、そう、私はサプライズパーティーのために内緒にしていただけなんです》」
「まあ、僕も知ってて放置してた訳だけど、話に上がった以上は聞いておかないとね」
ルナの母が秘密裏に企画していた、異世界を舞台にした第二のゲーム。その存在を知ったハルは、裏で糸を引いていた(と言うと言い方は悪いが)、経済の神ジェードを呼び出していた。
日本のこの家から今までも、たびたび連絡を取っていたようで、音声だけでなくホログラムによる立体映像にて姿を現した。
まずその姿に、少し疑問を覚えたハルは先にそこについて突っ込んで聞くことにした。
「ジェード、君キャラ変わった? まあ、もともとがキャラクターなんだから不自然じゃあないんだけど」
「《ええ、少しばかり。私の使徒の要望を汲んだ形になりますね。ハル様はお気に召しませんか?》」
「いや別に? 爽やかでいいんじゃない?」
落ち着いた大人の教師、といった雰囲気はそのままに、髪の毛が女性のように長いストレートロングとなっている。
それが理知的な瞳と合わさって、『出来る学者だ』、というイメージを醸し出していた。
実際の学者は、そんなスタイルのものは少ないだろうけれど。要はゲーマーに共通のイメージである。
「なんだかんだ君も女性ファンが多いようで。それは良いんだ、本題に入ろう」
「《はい、ハル様。では、ご説明させていただきましょ》」
「頼んだ」
ジェードは空中にホワイトボードを取り出すと、教鞭のような指示器を手に取る。
そしてその中に円を描写すると、円の中に更に小さい円を書き込んでいく。小さな円には矢印が指され、“魔力”と書き込まれた。
ハルと、そして数歩下がってルナと彼女の母は、黙ってジェードの説明を待つ。
いつの間にかメタが部屋の中に現れており、ルナの母の膝の上で撫でられていた。世界屈指のセキュリティなど、どうということはないらしい。
「それは、異世界の現状だね」
「《正解です。ご覧のように、魔力量に関しては現状、我々の一強状態となっています。これはゲーム運営の成功、現地人の存在による因果関係、後は、エメの企みによるものになります》」
「その図って正しいのかしら? 他の円は、ずいぶんと小さいように見えるのだけれど?」
「《ある程度は簡易なものとなりますが、正確に現状を表しておりますよルナお嬢様》」
「そう。ずいぶんと開きがあるのね?」
ルナの言うとおり中央付近に描かれた大きな円に比べ、他の神々が治めているであろう円は小さいものだ。
これは、ジェードたち、ひいてはハルの陣営が一強状態であることを分かりやすく示していた。
神々同士で戦争や競争をしている訳ではないが、これだけ差がつくと外の神々としても、焦りや羨みも生まれるかもしれない。
「それで、他の陣営もこちらに習ってゲームを、ということなのね?」
「《正解です、お嬢様。成功者の模倣は市場の基本。上手くいったならば、それを真似すれば同様に上手くいく。そうして世に浸透していきます》」
「……まあ、世界中がゲームになるのは、この場合どうかと思うけど」
だがジェードによる経済の講義を聞くまでもなく、その気持ちはハルにもよく分かる。
今まで、遅々として魔力が増えなかったところに、爆発的な増加に成功した勢力が生まれた。それは、自分も模倣して後に続きたいと思うのは自然な考えだろう。
「しかし今回、他の勢力がゲームを作ることになったのは模倣じゃない。むしろこちらから君が持ちかけたことだ。違うかい、ジェード?」
「《素晴らしい。満点の読みですよ、ハル様》」
「……他の勢力がこちらに追いつくためではなく、こちらが更に躍進するための策、ということね。貪欲だこと?」
「美月ちゃん。勢いに乗っているときは行けるだけ行くの。教えたでしょう?」
「分かっているわ、お母さま。あと、今のでお母さまの差し金だということも分かったわ?」
「うっ……! 娘の成長が刺さるわぁ……」
ジェードはホワイトボードの新たなスペースに、大きな円と小さな円を並べて書き記す。
そこには大きな円から、小さな方に魔力が流れていく様が図解されていった。
「《仰る通り、此度の事業はこちらからの提案。ある意味で委託しての事業拡大となります。このように、初期費用となる魔力を、あちらへ貸し出して行います》」
「この忙しい時期に、倹約家のシャルトがよく許可したね?」
「《彼も、投資の重要性は理解しておりますので。それに一周年は盛り上がりが担保されたイベント。ある程度のマイナスは取り戻せます》」
慣れた手つきで、魔力の減少と増加の予測値を、ジェードは空いたスペースにグラフとして書き込んだ。
一度がくりと落ち込むが、その後は元の値以上に、一気に回復する予測が記されている。
それだけに留まらず、グラフはどんどん上昇幅を増して角度をつけていった。
「《当然、無償で貸し付ける訳ではありません。魔力、資金、ノウハウ。それらを提供する代わりに、我々は“売り上げ”の一部をいただきます》」
「傘下の子会社、って感じだね。ああ、それで奥様が関わっているってことか」
「バレちゃった! そうなの! お母さんから、ハルくんへのプレゼントよ? この子会社を吸収して、どんどん大きくなってね」
「……お母さま、嬉しくはあるのだけれど。また、合併の手続きに追われろっていうの?」
「そうよ? 大きな目標に向けて、がまんがまん」
「奥様って結構スパルタだよね……」
やっと忙しさから解放されると思ったら、次があると知らされる。ルナの辟易した顔が印象的だった。
ただ、異世界のためにも、魔力的な事業拡大は必須だろう。今の運営では、これ以上の大きな増加ペースは望めない。
惑星中が魔力で満たされた世界を取り戻すため、こうして次の手を打っていくことはハルもまた賛成であるのだった。
◇
「……まあ、いいわ? 覚悟を決めましょう。ジェード、貴方も手伝いなさい?」
「《勿論でございます。全力で、支援させていただきます》」
「それで? そのゲームはどんなゲームなの? また大規模な、オンラインRPGのようなもの?」
「《いえ、同じ物では、我々のゲームには決して及びません。準備期間が違います》」
「だね。そしてあれは現地の人々の協力あって初めて成り立ったものだ。二つ目を用意できる類のものじゃない」
カナリーたちが作り上げたゲームは、異世界の人々をまるごとゲームの登場人物、NPCとして取り込むことで成立させたもの。
現地の人間はあの地にしか存在しないため、そこを模倣することは不可能だ。
ならば一般的なAIで代用し、魔力でNPCを作ればいいかというと、そうもいかない。
作り上げるための魔力、動かすための計算力、それらが膨大になるのは避けられない。そして、苦労して作り出したとしても、生きた人間のリアルさと比べられてしまえば、『下位互換』の烙印を押されることだって十分に考えられる。
そのリスクを考えると、同系統のゲームというのは賢い選択とは思えなかった。
「《もちろん、ノウハウのある同じ手法でやれば、現在の数割程度の収益増は見込めるでしょう》」
「だが、それではわざわざ手を出す意味が無い」
「《左様。投資分の回収も含めると、もっと爆発的な収入が求められます》」
「そこで、お母さんの出番なのよ!」
「……意外ね、お母さま。お母さまは、ゲームの市場にも明るかったの?」
「専門じゃないわ? 無知でもないけど! でも、お金については、お金を増やすことについては専門よ? 魔力も、お金と同様に考えればいいわ」
「なるほど、人を集めれば増える魔力は、確かにお金と似ているかも知れませんね。流石は奥様」
「えっへん」
誇らしげに大きな胸を張る奥様だ。その子供っぽい態度に、娘のルナがため息をつく。
これが、あの冷徹な目をした厳しい人と同一人物とは、分かっていてもにわかに信じられないだろう。
「その辺の知識は、僕が一番下かもね、この中だと。大きな集団の動きってのは、なんとなく苦手で」
「人の観察が得意なハルくんなら、すぐに慣れるとお母さん思うんだけどなぁ」
「《そうですハル様。経済の動きは、人の動きと変わりません。むしろ人よりも素直であると言えるでしょう》」
「うんうん!」
「いや、素直じゃないって。予想外の動きが多すぎて、どうも」
「《個人こそ、予想外の動きをするものでしょう。経済全体を、仮想の個人として捉え、観察するのです》」
「うんうん! 『経済さん』を想定するのよ、ハルくん?」
「……まあ、その講義はまた今度で」
今は、ルナの母が提唱したらしい新たなゲームの仕様の方が優先だ。逃げではない。決して逃げではないのだ。
まあ、実際、結構ハルが気になってきたのは事実だった。
いったい、奥様の考えたゲームというのはどんなものなのだろう? 運営としてよりも、一ゲーマーとして興味があるハルだ。
人を集める手腕としては、この日本においては運営の神様たち以上だろう彼女が、どうやってユーザーを増やし、異世界に精神を送り込み、魔力を増やしていくのか。期待は尽きない。
「楽しみですね。いったい、どんなゲームなんです、奥様」
「過信は禁物よ、ハル? お母さまは、ゲーム自体は初心者なんだから。セオリー外のことをやりだしたら、ハルが手綱を取るのよ?」
「大丈夫、お母さんに任せて!」
「《我々も検証しましたが、問題は無いと思いますよ。成功は堅いと思わなければ、ゴーサインは出しません》」
「人を集めるのなら、やっぱりお金よ!」
自信満々に宣言したルナの母の言うことは、ある種、絶対の法則だ。
お金が人を呼び、そして集まった人が更なるお金を生み出す好循環。
そして、それを分かってはいるが、カナリーたちのゲームが、神々が取れない方策でもあった。異世界側がスタートである故、日本円はほとんど用意できない。
だがルナの母という強い味方を得た今、それが可能となるのだ。
「大会を開くの!」
「それは、対戦ゲームの試合を開催する、ということかしらお母さま?」
「いいえ、RPGで、大会を開くの!」
「《我々のゲームでも、魔力が爆発的に増えるのは対抗戦のような定例イベント。それを、常時開催してればいいという大胆な発想ですね》」
「ふむ……?」
はたして、どんなゲームになるのだろうか? 期待半分、不安半分。その全貌が明らかになる日は、そう遠くないようであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/18)




