第479話 周年前夜
一周年。それはどんなゲームであっても、いやゲームでなくとも、ネットサービスですらなくとも重要な節目。
基本的にその日に合わせて盛大に祝おうと、運営は何か月も前から企画を練り、準備を重ねる。
まあ、中にはもろもろの契約が一年を契機に終了し、それを更新することなくそのまま終了なんてこともあるが、それはそれ。
順調であるものは、どこも皆お祭り騒ぎだ。
これはもちろん神々の運営するゲーム世界も例外ではない。運営の神様たちは、そして日本における窓口を移管するルナの会社も、ご多分に漏れずそのための準備に追われていた。
日本にあるそのオフィスで、ハルとルナは二人、大方の作業が片付いたことを祝っていた。
「ニンスパが連休スタートじゃなくて良かったわ? 本当に」
「だね。もしそうだったら、やること二倍だった」
「ただでさえ連休には手を打たないといけないのに。もう来年以降は手出し無しでいきたいわね?」
「経営母体の合併は済んだんだ。今後は任せられるでしょ」
「だといいけれどね? わからないわ、問題が起これば対処はこちらに回ってくるのだもの」
ルナの会社で元々運営していたゲーム、ニンスパは、アップデートの少ない半ば手放しのゲームだ。システムが画期的であるという一点でウケている。
そのため時節ごとのイベントなども最小限で済み、工数の大半で今回の件に対応できた。
これがもし、通常のインフレを必要とするゲームであったなら、このタイミングで人手が足りなくなる可能性もあり得るところであった。
「やっぱり、もっと雇う人数を増やす必要があるかしら? 機密保持の関係上、あまり増やしたくないのだけれど」
「そうだね。僕らの扱うものを考えると、少ないに越したことはない」
人の口に戸は立てられない。秘密の厳守を約束させるより、最初から知る者が居ないことが望ましい。
ハルの秘密、異世界の秘密。ゲームと同時にそれらを扱うルナの会社は、なるべく一般人お断りだ。
「まあ、バラされそうになっても揉み消せば済むけど、秘密を知っちゃった社員がその場合は可哀そうかな」
「さらっと揉み消せるのを確信しているあたりがハルなのよね……」
そう言いながら、ルナもまた揉み消せると考えている側だ。彼女と、そして彼女の母の影響力は甚大である。
ルナの経営手腕についても、その恩恵を受けているとの見方がまだ大きく、彼女本人への評価はまだ控えめだった。
そこを、ルナ自身の手腕であるとの確固たる評価を固めるためにも、事業の拡大は必須と言える。
ただその為にはどうしても、人手の不足が課題としてのしかかって来ているのだ。
「まさに猫の手も借りたい。メタちゃんはいっぱい居るけど」
「あら、メタちゃんは優秀よ? 人間用のインターフェイスが使えないのが玉に瑕だけれども」
「なんと。もう借りてるんだ、猫の手」
「ロボットボディで、疲れ知らずなのが優秀だわ?」
「ブラック……ッ!」
「うみゃ……っ!」
自身が話題に上がったことで、隅で大人しくしていた子猫タイプのロボット、メタの日本への派遣体が、こちらに寄ってきて控えめに主張する。
遠隔操作により世界をまたいで送り込まれたこの身体で、人知れずメタはハルたちを手伝っていた。
「メタちゃんもお疲れ様。ごめんね? もっと日本の野良猫の観察がしたかったでしょ?」
「にゃにゃ!」
「……そのために日本に来たのかしら?」
猫に交じり、猫を目指すメタにとっては大切なことだ。その作業を置いてまで、ハルとルナの仕事を手伝ってくれた。
多数のロボットボディを同時に操るメタは、思考の分割数はハル以上。文字通りの頭数となって非常に役に立ってくれた。
エーテルネット全盛の今、問題に対処する要員が人間である必然性はなく、きっちりと役割をこなす姿はまさに職人、いや職猫。
二十四時間対応のにゃんこサポートセンターは安心度が違う。そんなメタの協力もあって、煩雑な事務手続きをどうにか乗り切れた。
ちなみに、データ処理の作業に限らず、エメによって日本へと魔法の道具が転送された際には回収にその分身が活躍してくれるなど、メタには多方面で世話になりっぱなしのハルだった。
「ふにゃ~」
「対人の対応が出来ないことなんて気にしなくていいって。十分だよメタちゃん」
「そうね? それこそ、そこまで出来たら全部あなた一人で、いえ一匹でよくなってしまうわ?」
「にゃっふぅ」
照れるように身を縮めるが、褒められてまんざらでもない様子。照れ隠しに、ぐしぐしと身づくろいをする様子が愛らしい。
そんなメタの様子を愛でながら、ハルはもう一人の協力者、対人対応の要となったもう一人の功労者について思いを巡らすのであった。
*
「これはハル様。わざわざお姿をお見せくださるなど、光栄の至りにございます」
「やあ、アルベルト。不自由してない?」
「とんでもございません。皆様、よく便宜を図ってくださいますから」
「にゃふっ」
「……そこな動物にも、ことハル様のお役に立つことに関しては負けていられませんからね」
「にゃっふっふ」
「張り合うな、張り合うな」
ハルが顔を見せた先はルナの実家。この時代においても人と人が直接顔を合わせることを重んじる、対人関係における決戦の地だ。
ルナの母への面会を求め、自然と各方面の要人が集うこの家にて、直接交渉担当のアルベルト、日本における現地名『小林さん』がハルを出迎えてくれた。
一見、スーツ姿の受付嬢といった姿にしか見えない彼、いや今は彼女は、その実メタと同じ完全な機械の体。
元々はカナリーたちのゲームが日本に進出するための窓口。架空会社の事務所で、受付をしていた現地担当者であった。
「あちらの事務所には、結局ハル様とルナ様以外のお客様はついぞ訪れませんでしたからね。私、本来の業務が全うできて充実していますよ」
「本来なら、君も“中身”がバレる危険性を考えると裏方に回るのが丸いんだけどね。その、便利すぎてどうしても頼っちゃう」
「感謝の極みにございます」
恭しく礼を取るその立ち居振る舞いは、異世界でのあの執事のような、SP服の彼を彷彿とさせる。姿も性別さえも違えどアルベルトなのだ、とハルに感じさせた。
「して、お嬢様はご一緒ではおられないので?」
「先に奥様に挨拶に行ったよ。基本的に普段は、僕はお顔を見せて下さるまで待機さ」
「嘆かわしゅうございます。今に、見返してやりましょう」
「いや、気色ばむなって。一番残念がってるのはむしろ奥様なんだし」
「ですね。よく存じ上げております」
その出来る女スタイルの雰囲気をいたずらっぽく歪ませて、やんわりと笑みを浮かべるアルベルト。彼女も、この家に滞在する過程でルナの母について色々と理解を深めたようだ。
ハルたちの認識でアルベルトは、この小林は当然ながら元々の仲間であるが、形式的には運営の吸収合併により同時にルナが雇用した従業員という形になる。
その人間の姿を持つ強みを生かして、最近はこうして日本における最前線とも言えるこの家で活動してくれていた。
その働きはゲーム運営における現地対応に留まらず、異世界の事情を知るルナの母と協力し、二つの世界を繋ぐ橋渡しとしての役割を果たす大役もまた務めているのだった。
「とりあえずそんな訳で、奥様を待ってる間に報告でも聞こうか。最近はどんな感じ?」
「基本的には、常時送信しているデータの通りとなります。奥様の意向は、世界の接近は十分に慎重を期して行うこと。当面は、エメの与えた影響の経過を見守る、といった方向になります」
「開花した超能力者と、魔道具の影響だね」
「いかにも」
厳格にして苛烈な性格で各方面から恐れられる奥様ではあるが、その実ルナの母の性格は非常に温厚であり平和主義だ。
出来るならば大きな変化による混乱は望んでおらず、発展もゆるやかで堅実なものを望んでいる。
そのため、異世界と魔法による恩恵を最大限活用するよりも、互いの世界を少しずつ慣らしながらの交流を彼女は望んでいた。
「とはいえ、利用できるものは最大限利用するところが彼女の強かなところ。最近はジェードとマリーゴールドを常にオンラインにして、何やら企んでいるようです」
「企んでって……、奥様を悪者みたいに言うなよアルベルト。まあ、言いたくなる雰囲気はあるけどあの方……」
「これは失敬」
裏方担当の神様二人。特に経済の神であるジェードは、エーテルネットによる高度情報の統べるこの日本こそ、彼の真価を発揮する世界となる。
古い段階の経済観念から解き放たれた経済神が何を企んでいるかの方が、ハルとしては不安を憶えることだった。
まあ、情報を止めているのが奥様である以上、ハルとルナを驚かせようとしてのことだろう。
そこを楽しみにしつつ、可能なら今日その情報をできる限り白状してもらい、安心を得たいと考えずにはいられないハルなのだった。




