第477話 黄色の花と、こどもごころ
開けた高台の地面の上に、一面に咲き誇る鮮やかな黄色の群れ。
桜と同じくありふれた春の色彩だが、ハルやアイリの目を奪うには十分であった。本日初めての、野生の花畑。
立ち止まったハルたちをよそに、メタがその中に向かって駆けてゆき花の中に飛び込んではしゃぐ。
そこで我に返った二人も、その楽しそうに自然とたわむれる猫のもとに小走りで向かうのだった。
「美しい黄色ですー……」
「そうだねアイリ。こんなに群生してるのは、初めて見たよ」
「そうなのですね! きっと、カナリー様の土地だからです!」
「そうかもね」
「ふにゃー?」
カナリーの、黄色を司る神の治める地。それに相応しいと言われればそう見えてくる。
きっと、本人にそんな意思はなかっただろうけれど、偶然の一致だったとしてもなんだか不思議と楽しい気分になってくるハルであった。
本人がここに居たら、頬をぷくりと膨らませて否定しただろうか?
「そういえば、この国はやっぱり黄色の花が特産とかそういうのあるの?」
「もちろん縁起ものとして扱われていますが、特産かと言われるとそういうのは……、あっ!」
何か思いついたかのようにアイリが顔を輝かせる。しかしそれも一瞬のこと、直後にはなんだか複雑そうに、言いよどんでしまうのだった。
「どうしたの、アイリ?」
「みゃみゃ?」
「えへへ、その、特産はあるにはあるのですが、黄色の花の。でも花がメインかと言われると、そうでもないような」
「ふむ?」
「ふみゃ?」
「菜の花の、大きな畑があるのです!」
「なるほど」
菜の花。この春には綺麗な黄色の花を咲かせる植物。
広大な畑に一面に栽培された菜の花は、この春の季節には畑一面を黄色く染め、それは遠目からも鮮やかによく映る。
では何故アイリが言いよどんだかというと、その美しいものはしかし花がメインで栽培されているのではないからだったのだ。食べ物なのだ。
「菜の花というよりも、菜っ葉なのです!」
「そうだね。それこそ花の部分すら食べられるもの」
「えへへへへ、食いしん坊が出ちゃいました」
「にゃうにゃう♪」
たっぷりの湯で煮上げて、茎まで美味しくいただける。美しい黄色の花の部分も、そのまま煮びたしにして食べるほどだ。
なので、どうしても観賞用というよりは食用としての認識が強くなってしまう複雑な花なのだった。
栽培目的も、油を採るための場合もあり更に食用感を加速させる。
「ですが、一面の黄色が美しいのは確かなのです!」
「うん。僕も見たことがあるよ。あれは圧倒される」
「みゃー?」
「猫さんは、見たことがないですか? 首都には無いですが、二つ隣の都市では一大産業になっているのですよ。以前、視察で見に行きました」
「にゃうにゃう!」
「ちょうど今が時期じゃないかな。後でこっそり見に行ってみようか」
「はい!」
カナリーが引退した後も、黄色を冠する国であることに変わりはない。奉納先がシャルトになるが、黄色の物を神に捧げる祭りでもあったら楽しそうだ。
企画してみようか、と思うハルである。せっかくの黄色が特徴な特産品なのだ。
「菜の花は食べ物としてですが、やっぱり黄色の花は我が国では人気ですよ。お花屋さんでも、必ず黄色はいっぱい仕入れるそうです」
「確かに、今まで意識してなかったけど、街を歩くときも常に目の端に入ってた気がするよ」
「はい! 皆、カナリー様を慕って、家に黄色の花を飾るのですよ! 今は、シャルト様ですけど、えへへ」
では、この目の前に広がるタンポポの黄色もきっと人気なのだろう。
栽培するという意識なくとも、結構どんな土地でもたくましく根付く花だ。恐らく街でも、そこかしこで見かけるはずだ。
子供たちがタンポポを手折って、見よう見まねで神像の下へ日々の感謝と共に捧げるのかも知れない。
そんな光景を想像して、思わず口元が緩むハルだった。
「……あーいや、子供といえば、本命は黄色い花じゃないかもな」
「そうですね! やっぱり、こっちなのです!」
「なう!」
力強くそう宣言すると、アイリはメタと共に、てこてこてこっ、と目的の物に向けて元気に一目散に駆けてゆく。
一面の黄色の中において、一足早くその花を白く、綿毛のふんわりと丸い種へと変化させたタンポポの花。
その前にメタと共に到着したアイリは、おもむろに屈みこんで、メタと二人で大きく息を吹きかけるのだった。
「ふーっ!」
「ふにゃー!」
「いやメタちゃん器用だな……」
まるで人間のように大きく息を吹き出す猫の姿はこの際置いておくとして、ハルは二人のその吐息の先を目で追った。
白い綿帽子は吐息にほどけて宙を舞い、すぐにばらばらの一粒ずつの種として飛び去っていく。
それは羽毛のように軽くふわりと、やがては春風に相乗りして遠く別の地へと旅立って行った。
これがタンポポの子孫を広く分布させる生存戦略。そして、子供が大好きな種飛ばしの遊びである。
息と共に空へと種が運ばれる様子は、しゃぼん玉を吹いて遊ぶのと似た楽しさが人気であった。
「一度、やってみたいと思っていました! また一つ目標達成で、満足です!」
「にゃー?」
「アイリは王女様だからね、メタちゃん。普通の子供の遊びは、してこなかったんだ」
「迷惑な話なのです! ずっと王宮でおすましをしているのは、息が詰まりました!」
その反動か、ハルの前ではとても子供っぽい姿を隠さないアイリだった。『歳の割には』は禁句である。見た目は小さいのだ、問題ない。
そんなアイリと、そしてメタと、綿毛となったタンポポを探して歩く。
まだ少し時期が早く、多くは黄色の花を咲かせているものばかりだった。
しかし時にはその中に、気が早くすでに種をつけているタンポポが混じっている。逆にそのことが、レアアイテムを発見したような嬉しさとなる。
そんな、四つ葉のクローバー探しのような探検をしながら丘を駆け回り、白い綿毛を見つけては吹いて種を飛ばす。
次第にハルも童心に戻り、自身もアイリとメタに習ってその種を空へと吹き散らすのだった。
思えば、ハルだってこのような遊びをした経験は皆無である。
「ハルさんは、ルナさんのおうちで育ったんですものね! やっぱり厳しかったのでしょうか!」
「まあ、ねえ。奥様は優しい方だったけど、表向きは作法にはめっぽう厳しいし。少なくとも、タンポポ吹いて遊ぶことは許されなかったよ」
「おんなじなのです」
「まあ、それ以前に家の敷地内にタンポポなんて無かったんだけどね……」
「徹底しているのです!」
「みゃ!」
エーテルネットの発達している日本では、飛来する雑草の種なども自動で処理する設定が可能となっている。
種の内部に入り込んだナノマシンが、その機能を停止させる。地に落ちても、芽吹くことはない。
ルナの家中に張り巡らされたその設定にはタンポポも引っ掛かり、さしもの繁殖力も形無しだった。
「それを疑問に思ったことなんて無かったけど、こうして遊んでみると、損をしてたのかもね」
「ですね! なので今から、取り戻すのです!」
「そうしようか」
「みゃう♪」
そうして二人と一匹は、白く綿帽子となったタンポポを探して走る。
最初と目的が変わってしまったが、楽しいので問題ないだろう。
発見しては吹き散らしてと、次々に種を飛ばし丸坊主にして蹂躙して進む。三人の通った先には、一つとして綿帽子は残らない。
そんな恐怖の行軍は、ついに別の群生地を突き止めるに至った。
その地のタンポポ畑は、一足早く皆、白く種をつけている。
その一面の白に、思わず顔を見合わせた二人と一匹は、いたずらを思いついたかのようにニヤリと笑う。
代表としてアイリが一歩前に踏み出すと、おもむろに風の魔法を発動させる。
巻き起こる一陣の風に吹かれた綿毛たちは、一斉に、まるで天使のはねのように、空へと舞い上っていく。
そんな、童心に帰り遊ぶハルたちは、しばらく三人で笑いあう楽しい時間を過ごしていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/17)




