表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
追章 メタ編2 ~あるいは陽だまりで微睡む平和な世界~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

475/1772

第475話 ねこのおちゃかい

「にゃう、くあぁ~~~」

「ふふっ、ねこさん、また大きなあくびをしています」

「にゃっ!」

「ぽかぽかですもんね! わたくしも、眠たくなっちゃいます」

「にゃうにゃう」

「はい! 試してみますね!」


 翌日の朝、日はすっかり昇りそろそろお昼にさしかかろうという頃。お屋敷の庭で猫のメタと、アイリがじゃれあっていた。

 互いに会話は通じていないが、特に意味のある内容は存在していない。二人とも楽しそうだ。


 お気に入りの木の下の陽だまりで、のんびりと微睡まどろむように横たわるメタ。

 そこに向けてアイリも、てこてこ、と興味深そうに小走りで寄って行っている。横に並ぶと、ぽすん、と勢いをつけてその場に腰かけ、手触りの良いメタの毛並みにやさしく指をはわせた。


「なうー♪」

「にゃうー♪ 心地いいですね、ねこさん」


 しばらくそうしてメタを撫でていたアイリだが、不意にぽんぽんとその場を叩いて確かめたかと思うと、思い切って自身もメタに並んで寝ころんだ。

 そのままメタを撫で続けていたアイリだが、次第にその手の動きは鈍くなり、やがてまぶたが重たくなってくると、メタに手を置いたままゆっくりと寝息を立て始めてしまうのだった。


「みゃー」

「やあメタちゃん。窮屈じゃない?」

「んにゃっ」

「そっか。じゃあ、悪いけどアイリが起きるまでお願いできる?」

「なう!」


 その二人の様子をこっそりと見守っていたハルが、アイリが寝入ったのを確認して姿を現す。

 アイリに抱え込まれるようにして自身も身を丸めていたメタだが、当然ながらメタ自身は起きている。

 お昼寝しているような様子は多いメタだが、実際に眠ることはない。


 すうすうと、柔らかい日差しの下で気持ちよさそうに夢に落ちているアイリを、眠らぬ二人が優しく見守る。

 メタが身じろぎすると、アイリはその手をがっしりと掴んで、離してくれないようだった。


「捕まっちゃったねメタちゃん」

「にゃん」


 どうやら彼女が起きるまで見守る必要があるようだ。

 すぐに目覚めなかったら屋内まで運ぼうと思っていたハルだが、メタも付き合ってくれるようなので、ここでこのまま過ごすことにする。

 アイリも夜更かしをした訳ではないので、そのうち目を覚ますだろう。


「なにか食べて待とうか。クッキーでいい?」

「うみゃっ」

「昨日たくさん作っておいて良かったね」

「にゃうにゃう」


 昨夜メタと、そしてカナリーと共に、一晩中お菓子を作って過ごしたハルだ。

 完成する傍から多くはカナリーがぱくぱくと食べてしまったが、それでもまだまだ多く残っている。


 簡略化デフォルメされた猫の型で抜いた、かわいらしい小さなクッキーたち。

 そのクッキーをお洒落しゃれな小皿に入れて出すと、それをつまみながら二人はアイリの目覚めるまでの時間を潰し始めるのだった。


「がつ、がつ♪」

「美味しいね、メタちゃん。いっぱいあるから、どんどん食べてね」

「にゃ。がつ、がつ」

「器用だねえ」


 そのちいさな口で、人間用のクッキーを器用にんでいく。

 そんな様子に、なんだか猫用の乾燥食ドライフードを食べているみたいだな、と考えてしまうハルだ。


 まさに食欲旺盛、といった様子で美味しそうに次々とクッキーを食べていくメタの様子に、ハルも自然と笑みがこぼれる。

 自身もクッキーを頂き、その甘くて素晴らしいものを二人して頬張った。


 バニラ、ジンジャー、シナモン、チョコレート。

 ハルとメタによってどんどんとかみ砕かれるそれらは甘い匂いをこの場に漂わせ、お休み中のアイリにも届いていった。


 夢見心地の中で鼻をひくひくとさせたかと思うと、うっとりとした笑みを寝顔に浮かべる。

 匂いが切っ掛けになって、自分もお菓子を食べる夢でも見ているのだろうか。


「おっと、お皿が空だね。まだ食べる?」

「んにゃ、んなう」

「もういらない? あ、そっか、喉が渇いたんだね」

「なう!」


 渇きものばかり食べた弊害だろう。しっとりさよりもサックリさ重視の、固焼きのクッキーだったために余計にだ。

 その皿に注いで欲しいとアピールしてくるので、ハルがミルクを取り出して注ごうとすると、それを見たメタはゆっくりと首を横に振った。どうやら間違えてしまったようだ。


 猫といえばミルク、といった安直な考えは、どうやらお気に召さなかったらしい。

 ……ミルクも好きなはずなのだが。今は、気分ではないということだろうか?


「何が飲みたい? いつも僕らがお茶会で飲んでるような、紅茶でいい?」

「にゃん♪」

「そっか、お上品な猫さんだね、メタちゃんは」

「にゃうにゃう」


 そっと音もなく近づいてきた、仕事の出来過ぎるメイドさんが、淹れたてのお茶をお皿に注いでくれる。

 ハルもカップを受け取り、クッキーの甘さと合わせてお茶の香りを楽しんだ。


「ふう、ふう」

「メタ様のものはちゃんと冷ましてございますよ。どうぞそのままお飲みください」

「みゃ♪ ぴちゃ、ぴちゃ」

「メタちゃん、猫舌だったっけ……?」

「……にゃん」

「ふふっ。最近はそちらがお好みのご様子です」

「ふにゃ!? にゃーん……」


 楽しそうに報告してくれるメイドさんによって、ただのロールプレイだということがバレてしまうメタだった。その様子に思わずハルも笑いが抑えられない。

 猫ならば猫舌であるべき、というこだわりなのだろう。実際は神様のメタは、たとえ沸騰していても勿論ノーダメージだ。


 そんな可愛らしいこだわりの温度で淹れてもらったお茶を、小さな舌で少しずつ飲んでゆく。

 半分ほど減ったあたりで、何かを訴えるようにハルを見上げてきたので、察したハルはお皿にミルクを注ぎ足してやる。

 赤と白の綺麗な渦を巻きながら、ミルクティーへと変化したそれをメタはまた美味しそうに飲み始める。


 ハルもまた自分のお茶にミルクを注ぎ、しばし陽だまりのお茶会に身をゆだねるのだった。





「……甘い香りがするのです」

「うん。おはようアイリ。メタちゃんとお茶会をしてるんだ」

「素敵ですー……」

「おはようございます、アイリ様。御髪おぐしを整えさせていただきますね」

「お願いします!」


 お茶を淹れてくれたメイドさんが、すぐさまアイリの寝乱れた髪と身だしなみを整えてくれる。

 こんなお転婆が出来るのも、この天空城ならではだろう。王宮では、厳格な王女を演じ続けなければならなかったらしい。


 そうしてそのままお行儀悪く、アイリも交えてお茶会を再開する。

 不意に吹いた風が甘い香りをかき消して、直後に立ちのぼるすっきりとした紅茶の芳香がアイリの目を覚ましてくれた。

 すぐに元気よく、アイリもクッキーをぱくぱくと口に運び始める。


「えへへ、本当に、お行儀が悪いですね。もうすぐ、お昼ご飯ですのに」

「好きなだけ食べて構わないよ。お腹いっぱいになったら、減らしてあげるから」

「便利で凄いです! でも、あまりそれに甘え過ぎてはいけませんね……!」

「……いや、たまには甘えていいんだよアイリは。なんていうか、常時それに甘え切ってる子がうちには一人いるからね」

「カナリー様はお菓子が大好きですものね!」

「にゃふふ♪」


 もしやアイリがお行儀悪くなってしまったのはカナリーの責任なのだろうか?

 それは、だらしなくなったと嘆くべきか、自由でのびのびと過ごしてくれるようになったと喜ぶべきか、判断に悩むところである。


 そんなアイリが、お茶を楽しみながら周囲をしばらく見渡したと思うと、少し不思議そうに首をかしげていた。


「どうかした?」

「いえ、ここの木陰の位置は、昔から変わっていないはずなのに、なんだか今は感じ方が違うな、と思いまして」

「ふみゃ?」

「そうだね、メタちゃんは知らない時期の話だけど。このお屋敷は元はカナリーの神域にあったんだよ」

「にゃー」


 メタがお屋敷にやってきたのは、ここが天空城に移設されてより後だ。比較しようがないメタも不思議そうにしている。

 そしてアイリの疑問の方は簡単だろう。地平が近すぎるためだ。


 そこまで広くない天空城の敷地だ。岩の大地が宙に浮いている様は、下から見上げれば圧巻だが、目線を合わせて暮らせばすぐに端まで見渡せる程度。

 昔は、カナリーの神域に居た頃は、見渡す限りの草原や、小高い山に囲まれており、空がここまで近くはなかった。


 知っているのに知らない風景が、アイリの感覚に齟齬そごを起こしているのだろう。


「そういえば、ここも少し寂しいままだよね。桜が無いのも、だいぶ手落ちだったし」

「そうですね。来年は桜を用意して、ここでお花見をするのです!」

「楽しみだね」

「はい!」

「にゃん!」


 移設の際に持ってきたのは、お屋敷の庭の範囲内でほぼ全てだった。木や花はあるにはあるが、天空城の全体で見ると少し寂しい。

 冬の間は、『冬はそういうもの』として気にならなかったが、春が訪れ、下界は花の芽吹く時期に入ると、この地の寂しさが少し浮き彫りとなってくる。


 ここは空の上、自然に植生は変化しない。

 稀に風に飛ばされた種が飛んでくることもあるだろうが、確率は低く、また浮島の周囲を覆うバリアに弾かれてしまいそうだ。


 変化を求めるならば、ハルたち自身で積極的に動かねばならなかった。


「……そうだね、春になるというのに、確かにここは少し殺風景か」

「もっと、綺麗なお花で飾りたいですね!」


 不満を持っている、という程ではなさそうだが、アイリも自分たちの住居を華やかに飾りたい様子。

 もちろんハルも賛成である。ここは可能な限り協力する考えだった。


「よろしければ、我々で良さそうなものを見繕って参りましょう」

「いいえ! その必要はありません! ここはわたくし自ら、自分の庭を飾る華を用意するのです!」

「まあ、ご立派にございます、アイリ様」


 メイドさんの提案を断り、決意を込めたアイリが立ち上がる。

 そんなアイリを見るメイドさんの目は優しげだ。まあ、全てハルとアイリで、というのも厳しいので、メイドさんたちにも裏で準備はしておいてもらおう。


 そうして、お昼寝で英気を養った本日の午後は、庭を飾るお花集めと相成るのであった。

※誤字修正を行いました。(2023/5/14)


 追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/17)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ