第474話 みゃみゃうなう
昨日は一日お休みをいただいて、本日より再開いたします!
「にゃうにゃう」
「お、メタちゃん、どうしたの?」
「にゃう、にゃにゃなう、みゃみゃうなう」
「小腹がすいた? おやつでも作ろうか」
「にゃん♪」
街づくりのゲームでとっぷりと遊び、夕食を頂いて、皆が寝静まってしばらく。猫の神様、メタがハルにじゃれついている。
今日はハルたちは皆でずっとフルダイブして遊んでいたので、メタはハルたちとは遊べなかった。その寂しさを埋めるべく、こうして夜中に構ってくれとせがんできている。猫らしい。
「メタちゃんー、最近少し思うんですけどー、だんだん猫らしさが減ってきてませんかー?」
「うみゃっ!?」
しかしながら、ハル同様眠らぬ民であるカナリーは、異なる所感を抱いていたようだ。
真逆の意見となるが、これについてはハルも理解できたりする。カナリーの言っているのは、行動の猫らしさではなく、情報伝達の部分だろう。
「まあ、確かに最初は『にゃうにゃう』程度にしか鳴かなかったもんねメタちゃん」
「ですよー? 主張を明確に伝えようとして、言語がだんだん複雑化してますねー」
「これは僕のせいだね。僕がメタちゃんの気持ちを汲み取りやすいように、しっかりと伝えてくれるようなったから」
「ふにゃーん……、むみゃみゃう……」
「いいんだよ、気にしなくて。会話が通じた方が、僕も嬉しい」
相手の所作や癖を解析して、行動を先読みするハルの得意とする技能。それによって、メタの『言葉』もだんだんと理解できるようになってきたハルだ。
メタも思いが通じると嬉しいのか、どんどん自分の気持ちを詳細にハルに伝えるために、鳴き声を複雑化していった。
結果、今はもう殆どのことであれば、メタはハルへと言いたいことを伝えられるようになっている。
メタの方はもちろん日本語も解するので、二人は完全に会話が通じている状態になっている。
「別に良いとは思うけどね。メタちゃんは、普通の猫じゃないんだし。僕だって、なろうと思っても普通の人間にはなれやしない」
「みゃー」
「私もなろうとは思いませんしねー」
「にゃん!」
ハルたちに肯定され、少しは安心した様子のメタだ。くすぐるようにハルが撫でると、気持ちよさそうに喉を、ごろごろ、と鳴らす。
そのままハルの膝の上に乗ってくると、その場で丸くなり目を閉じた。
「ごろ♪ ごろ♪」
「ハルさんと遊ぶんじゃなかったんですかー」
「にゃ!?」
「自由でいいじゃない。今は眠たくなっちゃんだよね、メタちゃん」
「ふみゃー……」
不安そうにじっと顔を見上げてくる、膝の上のちいさないきもの。
自分の行動が、果たして猫らしいのかどうか、気になっているようだ。
「とりあえず、その不思議そうな顔は猫っぽいよメタちゃん。まあ、僕は猫にはあまり詳しくないけど」
「そうですねー。何か知りませんが、猫って見上げてきますよねー。何考えてるんでしょうねー」
「にゃん♪」
ひとまずの合格点が出たことで、不安は消えてごきげんになったようだ。
寝ようとしていたことなどもう忘れてしまったかのように、ハルと、隣に座ったカナリーの膝の上を行ったり来たりして、二人の体に飛びついてくる。
まあ、もともと寝ようとしても眠れないメタだ。最初の予定の通りに遊んで過ごす方が有意義だろう。
まずは、おなかが空いたらしいメタのために、夜食のおやつを共に作って過ごすことにしたハルたちだった。
*
夜番のメイドさんに声をかけて、キッチンを借りる。本来使う時間ではない深夜に入り込むキッチンは、なんだかわくわくさせられた。
身軽に台に飛び乗るメタも、うきうき顔だ。たぶん、恐らく。
まだまだ猫の表情には明るくないハルであった。
「なにから作るんですかー? 作るんでしょうかー?」
「この子が一番楽しそうだね……」
ついでとして同行したはずのカナリーが、まさにうきうき顔で期待を露わにしている。
これは確実にうきうき顔だ。人間の、特に彼女の表情には明るいハルである。
「ふみゃー?」
「そうだね。基本的にお菓子って時間がかかるから、準備しつつ、すぐに食べられるものも作ろうか」
「にゃん!」
「ですねー。おあずけばかりは、きついですからねー」
「じゃあ、メタちゃんはこの粉と卵を混ぜてね」
「みゃ!」
小麦粉や卵など、お菓子に欠かせない材料を人揃え台の上にハルは用意する。
その中から、ホットケーキの材料をメタの前に並べ、その配合を任せるのだった。
猫とは思えない器用な手さばきと、物理的に届かない部分は<念動>のような魔法を駆使して、メタは粉を混ぜ合わせてゆく。
金属ボウルのそばに二足歩行で立ちながら、両手、もとい両前足で泡だて器をしっかりと持ち、ぐるぐると混ぜ合わせる。
その姿は、何とも言えない可愛さでハルたちの目を楽しませた。
ただし、そこにもはや一切の猫らしさは無い。些末なことだ。
「にゃーにゃーにゃー♪ ふみゃみゃー♪」
「いいねメタちゃん。じゃあ、それを焼いちゃおう」
「にゃう! ……なう、なうー」
とろりと混ぜ合わさったタネの液を、熱したフライパンにおたまで慎重に注いでゆくメタ。
初めての試みであるようで(いや当然か……)、恐る恐る、といった慎重さがまた可愛らしい。緊張にぷるぷると身を震わせながらも、メタはパンケーキのタネを落とすことに成功した。
「なう!」
「じょうずじょうず」
「ですねー。きっと美味しくできますよー?」
「なう、なう」
じりじりと固まっていくパンケーキに、興味津々のメタ。身を乗り出して火に体を近づけてしまうので、そっと体をつかんでハルはその身を離してやる。
まあ、料理に使う程度の火など浴びたところで、全くダメージを受けないメタの体なのだが。
そうして半ば焼きあがったところで、ハルがホットケーキをひっくり返し、もう片面を焼き上げる。
不慣れなメタによって、少しいびつな形となったのも何だか愛おしい。
そんな初作品を、ハルは皿に盛りつけて、りんごを煮て作ったこのお屋敷の自家製ジャムをたっぷりとかけて、メタに出してやった。
「にゃー?」
「うん、いいよメタちゃんが食べて。君の初めてのお料理だからね」
「そうですねー。あげちゃいますよー? ただし、ハルさんは早く次のを焼いてくださいー、わたしにもくださいー」
「はいはい、ただいま」
「みゃう♪ がつ、がつ」
許可が出たメタは嬉しそうに、そのままパンケーキにかじりつく。
ジャムで汚れた鼻先を、カナリーが優しくふき取ってやっている様子を横目に、ハルは次のパンケーキの焼成にとりかかった。
そうしてひとまずのお腹が満ちた面々は、そこから時間のかかるお菓子に取り掛かってゆく。
ケーキ、クッキー、シュークリーム。
夜は長いのだ。眠ることのないこの三人で、思いつく限りの素敵な食べ物を、明け方まで作って過ごそう。
ハルたちは様子を見に来たメイドさんも交えて、思い思いのお菓子作りに没頭していった。
「むー、むー、むにゃー」
「おお、メタちゃん上手だね」
「素晴らしい器用さにございます、メタ様」
「むみゃ!」
褒められて上機嫌のメタがやっているのは、練り上げたクッキー生地をのし棒で平らに伸ばす作業だ。
猫がよくやる、ぐーっ、と伸びをする仕草。あれを繰り返すことで、器用に平らに伸ばしていっている。とても愉快な光景だった。
そこにはもう『猫らしさ』など微塵も存在しないが、ハルたちもメタも、もうそんなことは気にしていない。
こうして皆で楽しく過ごせることの方が、何倍も何倍も大切なことだ。
そうしてその夜は、ずっとお菓子を作って楽しく過ごしたハルたちだ。起きてきた皆に、自信満々に振舞うのを想像しながら。
なお、メタは神様であり魔法の体なので、キッチンに抜け毛をばら撒くことは無い、とここに注釈をしておく。




