第473話 理想の街と現実の街
そうしてハルたちの都市は完成した。首都の中心部にそびえる城、その天守から見渡す城下町は、見渡す限りに地平へ広がり、この疑似的な国家の盤石さを示すようだ。
その空には多くのドラゴンたちが、ドラゴン運送として物流を担い、ひときわ大きなドラゴンが街の人々を乗せて主要な移動手段となっている。
地に目を向ければ、中型の様々なモンスター。馬のようだったり、恐竜のような見た目だったり。ドラゴンに乗るまでもない近場へは、人々はそうしたモンスターに乗って移動する。
言うまでもなく、自動車のデータの改造によるものだ。
その脇、歩道をゆく人々は、更に小型の可愛らしいモンスターたちと一緒に、楽しそうに歩いてるのが見える。
ハルの『ゾッくん』のような、ふわふわでファンシーな彼らは、今回もアイリのデザインによるものだ。
ペットとして設定されているデータの改造であり、更にはペットを飼う人口の割合を極端に増やしていた。その結果が、この街中に溢れるかわいらしさである。
家畜などの見た目も全てモンスター化されており、いまひとつ、もうひと押しだったこの街のファンタジーらしさの輪郭が、これでぐっと引き締められて明確になった。
「街に動物は、猫しか居なくなったね」
「猫さんは、特別ですからね!」
「メタちゃんが居るからって、特別扱いですねー。ほだされてますねー」
登場する動物は、全てモンスターに置き換わったように見えたが、よく見ればたまに野良の猫が、のんびりとモンスターに混じって生活していた。
自分よりも大きな彼らを気にすることなく、堂々とお散歩やお昼寝をする様は、なかなかの大物っぷりだ。先輩としての威厳を感じる。
そんな、異国情緒というには強烈すぎるものを放つこの街の特色はそれだけではない。街の通路を見れば、どこもかしこも清潔な水路が小さく走っている。
その水源を辿っていくと川、かと思いきや、それは特に何処にも繋がっていない。
いや、強いて言えば公園広場の噴水だったりするのだが、噴水一つでそれだけの水量を担保するのは不可能だ。
「精霊の街の方も、うまくいったわね? 特に水は、傑作だと思うの」
「だねー。自画自賛になるけど、凄い良いよこれ。リアルにも欲しい」
「まあ、実はリアルでもエーテル技術で似たようなことはしてるんだけどね」
「まじか!」
「まじだよ。ただ、こんな風に目に見えて分かるレベルにしちゃうと、エネルギーの使い過ぎだからこうはなってないけど」
ユキやハルの語るそれは、家々の壁に存在した。
雨も降っていないというのに、近づいてよく見てみれば家の壁面をさらさらと水が流れ落ちている。
それが集まり、水路へ流れ、街中を清らかな水の流れで満たしているのだ。
それは日光を受けて美しい輝きを周囲へ放ち、街の情景を神聖なものと変えていた。
これは、精霊の力による恩恵、という設定である。
「まあ、本当はエーテルネットの有り余るリソースを使った力技の水生成なんだけどね」
「リアルでも、ということは、日本でもよく見ると壁に水が流れているのですか」
「ちょっと違うかなあ」
エーテル技術に明るくないアイリが小首をかしげる。どう説明したものだろうか。
「そうだね。こうしてこの街は絶えず水が流れているけど、水路はどこも全然汚くないでしょ?」
「はい! とっても清浄で、いつでもキラキラです! 我が国も見習いたいです!」
「でも実は、この水路って別に誰も掃除してないんだ」
「なんと!」
実際にこんなことをすれば、壁の汚れを取り込んで、それをかき集めた水路もまた、すぐに汚くよどんでしまうだろう。
いくら水が流れているからといって、その全てを押し流すことなど不可能だ。
だがこの街にはそれはない。どれだけ時を重ねても、常に清浄さを保っていた。
「これは、水を生成する際にその中に同時に汚れを分解する機能も発生させてるんだ」
「つまりは、洗浄機能入りの水、ってことよアイリちゃん? そしてリアルでも同じ、というのはこの部分なの」
「なるほど! エーテルネットを構成するナノさんが、日々おうちの壁を綺麗にしてくれているのですね!」
「場所によるけどね」
実際には、エーテルネットの力を発揮するリソースはここまで潤沢ではない。その力の多くを、現実ではネットワークの運用そのものに使っているためである。
物理的な力を発揮するのも、それは当然公共サービスが優先で、こうした末端への対処は後回しだ。
しかし、常時ではないとはいえそうした微細な清掃作業は行われており、今の日本は家がどんどん劣化し古ぼけていく、といった現象は控えめになっているのだった。
「すごいですー……」
「そのあたりの技術は、やっぱり日本は進んでいますねー。あちらも魔法で色々と対応しているのですがー」
「ですね、カナリー様! 見習いたいです!」
「魔法は、どうしても個人が扱うものだからね。出力の終端はどうしても局地的になる」
「どゆことハル君?」
「全体効果の支援をかけたいのに、単体対象の魔法しか無いってこと」
「おお、わかりやす」
日本の空を覆うエーテルの雲が、何処であっても同じように力を発揮できる科学側に比べて、異世界の魔法は個人により発動される。
たとえば今の例の壁の洗浄でも、行おうとすればその技術を持った魔法使いが、一軒一軒、家々を回らなければならないのだ。
技術を習得している者ばかりではないし、現実的ではない。
「その代わりエーテルネットは、出力の上限とか、個人の扱える力が控えめだけどね」
「だからハルは、魔法使いに憧れていたのですものね?」
「まあ、うん」
ルナの言葉が、今はなんだか懐かしい。
アイリの世界に渡り、魔法使いとなったハルは二つの世界の力を自在に操れる存在となった。
両方の短所を補い合うことが可能となったその力の合成は、まさに『万能』と言っても過言ではない。
「あ、そだ、アイリちゃんの世界も、ハル君よろしく科学技術を輸入すれば良いんじゃないの?」
「ええ、実は、わたくしが主導するまでもなく、使徒の、“ぷれいやー”の皆様が少しずつ恩恵を与えて下さっていますね」
「おお、なるほど! まあ彼ら、自分が現地で優位に立ちたいだけだろうけどねー」
「それで構いません。お互い、得があるのが一番です!」
「うぃーん、うぃーん、ですねー」
「カナリーちゃん、winwinの発音が面白いね」
もちろん、エーテル技術を異世界にもたらすのはいくらプレイヤーであろうと不可能だ。肝心のエーテルを、ナノマシンの群れを持ち込めない。
しかし進んだ科学知識は、魔法に頼ることの多く未発展な異世界には役立つもの。
中には即戦力で便利なものもあり、専門知識を持つものや、ゲーム的な立ち位置を優位に運ぶため必死に勉強した者たちによって、少しずつ浸透していっている。
「多かれ少なかれ、変化は避けられないでしょー。あとは良い方向に進むように、神々の腕を見せる時ですねー」
「あはは、カナちゃんもう他人事だ」
「まあ、少しは手伝っても良いですけどー」
「僕も手伝うよ」
「わたくしも、王族として力になります!」
現実は、今のゲームのように思い通りにはいかない。
家一つとっても、この街のように支配者の意思一つで好きには作れない。
今後起こるのは、きっと良いことばかりではないだろうが、皆となら乗り越えていけるだろう。
逆に住人も、ここのようにただ与えられるままに恵みを享受するだけの存在ではないのだ。共に手を取りあって、進んで行ける。
「そういえばカナリー? このゲームみたいに、使徒に街を作らせるっていうのはどうなの? いい労働力になると思うのだけど」
「考えたことはありますけどー、特にイベントにはしませんでしたー。郊外の防衛都市が、その名残ですねー」
「どーしてやめちゃったん? どんどん国が広がると思うけど」
「まあ、それはねユキ。現実では、このゲームみたいに人間が地面から生えてはこないからさ」
「……あー」
「無人の都市が、生まれるだけなのですね!」
少しずつ少しずつ、地道に進めていくしかない。ハルたちの時間は長い、のんびりと付き合おう。
そうして良い感じにオチもついた雰囲気となったので、ハルたちはこの街づくりゲームを切り上げることにした。
最後に、この理想の美しい街並みをゆっくりと見て回る。
現実ではこうはいかないだろうが、あちらはあちらで、また自分だけでは成し得ない意外な驚きと出会えるだろう。
そうしてハルたちは、十分に観光気分を堪能し、ゲームをログアウトしていった。
※前書きにあった、お休みのお知らせを削除しました。




