第472話 魔法都市
首都が稼働し始めると、都市の発展は加速度的に進んでいった。
ハルが人口による収入の値を『加速度』と評したのにはここに理由がある。人が金を呼び、金が次の人を呼ぶ。その好循環が、発展ペースを高く高く押し上げていくのだ。
人口の増加により不安定となった都市機能は、その膨大なリソースにより即座に復旧される。
公共設備の建設費は変わらないため、もはや百でも二百でも、好きなように配置が可能になっていた。
「人口増加によって、エーテルネットも強化されるしね。<生成>用のパワーも、ここまで来るとどんどん溜まる」
「家を作るのが間に合いません! 嬉しい悲鳴なのです!」
「住宅作るのも効率化してるのにねぇ。それ以上のペースで収入が増えてるね」
ユキの言う効率化とは、壁や扉、窓などのデザインを登録して使い回すことだ。
この都市ではある程度デザインが共通された住宅で景観を統一しているため、一度作った素材で使い回しが効く。
完全コピーはしないが、家というものは当然ある程度法則性が出るので、そういった使い回し重宝された。
「全部同じじゃつまらないですねー。たまーに、アクセントのように変わった家をつくりましょー」
「ではここは、街でも有名な薬屋さんの工房なのです! 店主さんは風変わりな方なので、周囲から浮いた外観になっています!」
「いいわねアイリちゃん。そういったストーリーを感じる作りは、とてもいいわ?」
「僕が効率を極めたときは、非常に、何か言いたそうだったからねえルナは」
「当然でしょう? ……システムは芸術的だったからこそ、複雑な気分よあれは」
ルナは収益がそれほどでもなくとも、景観の良い街が好みだ。現実では経営者として、効率的に考えざるを得ない反動だろうか。
そのため、圧倒的な高収益を叩きだした『世界を埋める檻』と名付けられたハルの狂気の都市や、渋滞緩和のために全ての住人に<飛行>を許可した結果、空を雲霞の如く黒い点が埋めつくした都市など、効率のために景観を犠牲にしたものは否定的だった。
……いや、ハルもあの人が虫のように飛び回る光景はもう見たくはない。
「……そういえば、今回は飛行機能とかどうしようか。街のガワが完成見えてきたから、都市機能も考えていきたいけど」
「そうね? アレの二の舞はごめんだから、全員飛行は論外として……」
「そう聞くと見てみたいかも!」
「お止めなさいなユキ。あれは、眩暈がするわ?」
「そんなにかぁ……」
今回の都市計画として、『アイリの世界のようなファンタジー風の街並みにする』、『魔法のような力を再現してみる』、という挑戦がある。
街並みに関しては、もう散々クリエイト系の作業に慣れた面々によって、問題なく達成されそうであるが、まだ魔法に関しては手付かずだ。
住人たちは今のところ、ファンタジー風の街で、科学技術の恩恵を受けて生活している。
魔法的なものとしての見た目としては<飛行>を解禁するのが手っ取り早いのだが、このゲームのAIはそれをすると、誰彼構わず飛びたがる。
結果、ハルとルナの恐れるあの光景が再び再現されてしまうことになりかねない。
それだけ飛行移動というものは、効率が良いことの証でもあるのだが。
「とりあえず、まずは一気に見栄えの部分を完成させちゃおうか」
都市機能に関しては、その後で考えれば良いだろう。ハルたちは手分けして、大都市への完成の道を推し進めて行く。
*
「そういえば、このゲームって渋滞が多いんだっけ?」
「街づくりゲームはどれも多いよ。まあ、今回はかなりマシな方かな」
「そうね? 家が全て手製で、ファンタジー風のものだから、高層住宅が無いのが効いているわ」
「ここを現代日本とするならー、かなり贅沢な土地の使い方ですねー」
出入口が一つなのに、同じ場所に人数が集中すると、当たり前だがそこが渋滞する。
その大きな原因の一部となる、居住地の集中があまりないこの世界はそこが上手く分散されている。
なので見た目に反して人口は伸びないのだが、そこは見渡す限りの広範囲に街を広げることで賄っていた。
「うん。だいぶ圧巻の見た目になってきたね。一大王国って感じだ」
あらかたの作業が終わって仕上がってきたその王国を、自宅扱いの塔の上から皆で見下ろす。
美しい城下町を多くの住民が行きかうその様子だけで、既に達成感はひとしおだ。
「王様不在だけどねー。お城は、飾り」
「まあ、実質僕らが王様みたいなものだよユキ」
文字通りの絶対王政。支配者の決定には何者も逆らえない。『位置が少し気に入らない』、というだけで、一夜にして家がなくなっていた、などという事態は日常茶飯事だ。
拒否権など存在しない。酷い話だ。
こういった街づくりゲームでは良くある話であった。
なお、そうした住人の権利までもリアルにシミュレートした硬派なゲームもあるにはあるが、まあ評判は低くなる。
いかにシミュレーターの部類とはいえ、ゲームはゲーム。やはりストレスなく、自由に進めたいと大半の者は思うものである。
「あとは公共施設が浮いているから、それの見た目だけ弄って、それで完成でもいいのでなくって?」
「そだねー。私は初めてだし、もう満足ではあるよ?」
「でもー? せっかくハルさんと遊ぶんですからー、もっと完成度を高めたいですよねー」
「はい! わたくしも、そう思います!」
現状を例えるなら、現代日本の地方都市が、見た目だけ異世界に変わったようなものだ。
それはそれで十分に楽しいのだが、せっかくならもっと記憶に、思い出に残るような内容を残したいところであった。
なかなか自由度の高いこの街づくりゲームだ。主に、ゲーム内のエーテルネットを応用することで、様々な事が可能となる。
ハルのように仕様の穴をついて回らなくとも、工夫次第で面白いことが可能だ。
どんなことが良いだろうと考えていると、まずはユキから提案が上がってくるのだった。
「じゃあさじゃあさ、やっぱりファンタジーなんだから、モンスター出さない? モンスター」
「敵ってこと? 野生動物の見た目を弄れば、いけなくはないと思うけど」
「それだ! そんで街に攻めてくんの。それに対抗するために傭兵ギルド作ってー」
「ユキ? 平和な街というコンセプトからズレてしまわないかしら?」
「加減が難しそうですねー。常に攻めてきたら、慌ただしすぎますしー。頻度が低ければ、傭兵が職業として成立しませんしー」
「なるほど! システム的に、専業の職にしか登録できないのですね!」
「あー、傭兵って基本兼業だもんねー。何でも屋というか」
処理が複雑になりすぎるため、兼業や副業、そういったものはシステム上不可能だった。そのため、職業はきちんと恒久的に需要のあるものにしないと成り手がこない。
そしてモンスターを狩るハンターの需要を恒久的に調整すると、街を攻めるモンスターの数が多すぎになるのだ。
「そうです! ならば、味方にモンスターを入れれば良いのです!」
「おお、良いねアイリちゃん。動物を変えるなら、家畜でもいいもんね」
「ペットでもいけそうだ。匂いとかもろもろの問題を解決して、共同生活を送っても問題ないように品種改良しようか」
「かわいい見た目が良いと思うわ? ふわふわの小動物モンスターが、たくさん街に溢れると良いと思うの」
「素敵です!」
「女の子らしくていいですねー。でもハルさんには肩身の狭い街になりそうですねー?」
「あはは、そうかも。カッコいい男の子向けモンスターも同時に作っとこうかな」
「ドラゴン作ろハル君。ドランゴン!」
一つ案が出ると、とんとん拍子に方針が定まってゆく。
この世界は人とモンスターが共存するファンタジー都市。街をゆけばどこを見ても、可愛らしいモンスターや、カッコいいモンスターの姿が見える。そんな世界を想定する。
そのためには、都市機能の一部をモンスターの姿に代替するのが一番だとハルは考えた。
「乗り物を、カッコいい系のモンスターの姿にしよう。足の速いモンスターの背に乗って、住人たちは移動する」
「素晴らしいのです! わ、もう実装されてます!」
「モンスターが信号待ちしてる。うける」
「それは、待たないと成り立たないわ……? きちんと調教が行き届いている、って背景が想像できるわね」
「飛行船みたいな大きな空飛ぶ乗り物も作ってー、それの見た目をドラゴンにしましょー」
「いいねカナリーちゃん。正直、一つの都市内だと移動手段としては過剰だけど、お金は余ってるんだ、贅沢に使おう」
見上げれば大空をドラゴンが羽ばたき、街の主要な移動手段となる。
中型のドラゴンは荷物を抱えて、都市の血流を担う大事な仕事に就いた。
そうして一気にファンタジー感の増したハルたちの都市は、完成へと近づくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/17)




