第471話 都市計画の行きつく果て
石造りの大きなお城を、ハルたちは資材を収集しながら作っていく。
これでお城を建設するのは何度目だろう。王族であることを半ば疎んじているアイリであるが、例外的にお城だけは大好きだった。
そのため、かつての対抗戦や今住んでいる天空城、それらの建築要素のある作業では、大抵お城がセットになっていたのだった。
ただし、住む用ではない。シンボルとしての建築が主である。
今の天空城でも、実際に居住に使っているのはカナリーの神域から移設したお屋敷部分だ。
「今回も観光名所にするんですかー?」
「ど、どうしましょう! ハルさん、そういえばわたくし達のおうちは、どうなっているのですか?」
「別に決まってないね。このお城でもいいし、何なら最後まで無くてもいい」
「マイホームを自由に決めることが出来るのよ? 豪邸から、小さな一軒家まで、どこでもいいわ?」
「うちらって都市にとって何なんだろうねー」
そこは、特に設定されていない。
政治的に言えばあらゆる決定権を持った絶対的な君主、もはや神のような存在であるが、『支配者』の役職は不明であった。
そこは神様でもいいし、王様でもいいし市長でもいい。己の演じたい役割によって、好きに決めて良いという方向性だ。
「このお城を家にすると、どうなるのですか?」
「それは簡単な話。支配者の個人宅として、システム的に住人から認識されなくなる」
「それはまずいのです!」
「そうね? ここは首都の中央部の予定地。そこがぽっかりと空白になってしまうことになるわ?」
「どうにかならないんですかー?」
「うん、なるよ。お城の一部をちょっぴりアレコレと秘密のテクニックで、別の土地扱いにしちゃえばいい」
「うわでた。ハル君、仕様の穴を突くのが得意だもんなー」
このゲーム、作った建物が家として判定されるかどうかは自動で判断されている。
その判断基準は、自動であるが故に完璧ではなく、時に思い通りの結果にならないことだってある。
見た目はどうみても家なのに、家として判定されなかったり。逆にどう見ても家には見えないものが、家として判定されたり。
二軒の家を建てたつもりなのに、システム上一軒として認識されたり。逆にどう見ても一軒なのに、内部で二軒に分割して判定されたり。
そうした自動であるために起こる不自由さを逆手に取り、判定基準を完全に頭に入れれば、見た目を維持しながらシステム的に有利に立ち回ることも可能だった。
「とりあえず、塔の一本を使って、この上のあたりを私宅にしちゃおうか。繋がってるように見えて、実は真ん中で完全に途切れてる感じにしよう」
「言うなればうちら、テーマパークに住んでるん?」
「まあ、おかしくはないわよ。管理人のようなものだし」
「お城どころか世界の管理人ですけどねー」
お城と、塔の一部をシステム的に切り分け、そこをハルたちの私宅として改造してゆく。
少し小高い丘に建てられたお城の、更に上部の塔。なかなか高級な立地である。まだ建設中であるが、ここから首都を一望でき、遠くには最初の街の営みも見渡せる。
全てが完成すれば、さぞや絶景だろう。
「流石はハルさん、色々なゲームをやり込んでいますねー」
「まあ、一時期ね。寝れなくて暇だった時とかに。僕は頭がいっぱいあるし」
「思考が、と言いなさいな……」
「あはは。頭いっぱいある神様みたいなハル君思い浮かべちゃうね」
「三面六臂のハルさんですねー。強そうですねー」
シミュレーションゲームは、暇つぶしには最適だ。眠ることのできないハルは、ルナと暮らし始めて最初の頃、一人の夜をよくそうして過ごした。
本当に一人きりでずっと過ごしていた研究所時代、病院時代には、何も気にならなかった独りの時間。それが二人になって、途端に長く感じるようになった。
そんな孤独な永夜を紛らわせる手段として、当時のハルが手を出したのがこうしたシミュレーションゲームだ。
ある意味、『ゲーマー・ハル』の出発点とも言えるかも知れない。
「それで、暇つぶしする時間で色々と細かいことを知ったんだ」
「……ユキ、よく考えてみて。このゲーム、発売日はそれなりに最近よ?」
「あっ……、あははは、あるよねー」
「ハマってしまったのですね!」
「そうなんだよね、お恥ずかしい」
最初は孤独な夜を紛らわすために始めたゲームなのだが、いつしか夜の間だけでは時間が足りなくなっていた。
夢中になっているうちにすぐに朝は訪れ、ルナたちが起きだしてからも続きをどうしてもプレイしたくなる。
「そうして僕は、ゲームにログインしながらリアルでも普通に活動する術を習得した訳だ」
「すごいですー……」
「アイリちゃん? ここは呆れるところよ? 実際凄いし、驚きはしたけれど……」
「目の前で普通に生活したり学校行ってる人がー、実は意識の一部でフルダイブゲームしてるなんて思いませんものねー」
「流石ハル君、バケモンだね」
まあ、そんな風に、動機は非常に不純なハルの特技であったが、これは非常に役に立った。
カナリーのゲーム、異世界で戦っていく中でも、意識を多数に分けた分身を操る術は欠かせない技術だっただろう。
また、ゲームに夢中になっているのが表出しないように、半自動で肉体を動かす技術。そしてそれを補佐するAIである黒曜の作成は、生身での戦闘能力の向上に役立っている。
安全に、また詳細に肉体を自動操作する技術は、普通に体を動かしているだけでは到達しえない運動性能を獲得するに至った。
突発的な事故などの危険回避のため、感知能力の向上も発達している。
そんな風に、ハルの戦闘能力の源流が『長時間ゲームするため』であることは、褒めていいやら呆れていいやらといった苦笑いによって受け入れられた。
最初にこの事を知った時のルナの表情は、とても見ものであったものだとハルは幼かった当時を回想する。
普段はクールな彼女の反応としては、非常にレアなものだったのだが、掘り返されたくないであろうそれは、自分の心の内だけに大切にしまっておこうと思うハルであった。
*
「城下町もけっこう出来てきたねー。まだ人は入れないの?」
「首都の全体像が整ってから入れましょう。今は入られると邪魔だから、ロックしておくわ?」
無人の街が少しずつ完成していく。ファンタジー風に整えられた街並みはアイリの世界のそれをお手本としており、異世界をここに再現しているに近しい。
この首都が完成したら、一気にここに人口を流入させ、この地を基準に全ての物事を進めて行く計画である。
最初に作り、現在稼働中である街も、その際に大幅な再開発を予定しており、この首都のデザインに合わせたファンタージーな街並みに建て替えを行う。
「むむむ……、しかし、資材がかつかつです……! 今の量では、再開発まで手が回りません!」
「確かに! 石造りの建物が多いから、近場の石はあらかた掘りつくしちゃったし。ハル君、どうするん?」
「どんどん人口を増やす」
「するとー? どうなりますかー?」
「エーテルネットが強化されるのよ。それに伴って、好きな資材を無から産み出すことが出来るわ?」
もちろん、現実のエーテル技術では無から物質を作り出すことは適わない。それは魔法の領分だ。
そこは、ゲーム的な都合、という奴である。無から人間が生えてくる世界。今更であった。
「人口が増えれば増えるほど、その生成力も強化されるから、ここからは一気に都市を広げていくよ」
「バランスの乱れも、貯まった資金で強引に解決可能ですものね」
お城、そして城下町を作っている時間で、それなりの資金が貯まったハルたちの財政。
需給バランスが崩れた際は、それを湯水のように使って解消していく。
そして更に増えた人口は更なる収入を生み、人口は加速度的に上昇していく非常に良いサイクルが生まれる。
都市計画はついに中盤を過ぎ、後半戦に突入といったところだった。
「そこで安定すれば、もうシステム上はゲームクリアと言っていいかもね。後は、どこまで都市を広げるか、どこまでやって満足するかって話になるかな」
明確なクリアという終わりが無いのがこうしたシミュレーターの特徴だ。自分が満足したら終わり、満足しなければ、何時までも続けられる。
「昔のハルさんは、どこまでやったのでしょう! さぞかし、美しい世界が広がっていたのでしょうね!」
「いやー、それがね……」
「……美しい世界では、収入が最大値を得られないものね?」
「うん。あれはやり過ぎだった。反省しているよ」
当時のハルが求めたのは、景観よりも効率の極み。
どれだけ人口は増やせるか、どれだけ収入は増やせるか、そしてどれだけ幸福度は無視できるか。それを突き詰めることに腐心していた。
最悪な支配者である。
「さっきの、家の判定の穴もそこで見つけてね」
「なんとなく読めましたねー。判定ミスを使って、通常ならありえない家を作ったんですねー?」
「うん。世界中を一つの家にした」
「うわぁ……、ハル君らしい大胆さというか……」
このゲーム内の空間一杯を覆いつくす巨大構造体。それを一つの家として判定させ、そこに全人口を押し込んだのだ。
まさに都市は家族、住民は兄妹。比喩抜きで。
このゲームでは、家の中に入った住民は、処理の負荷軽減のために簡略化される。
その仕様を悪用し、全ての人口を常時簡略化してしまったのがハルの巨大構造都市である。
簡略化されているため、家の内部に建てられた職場にも一瞬で通勤が可能で、ストレス等の判定も甘くなるのだ。
「つまり最終的に、空のまったく見えないアリの巣みたいな都市になったんだ」
「……この人、絶対に人の上に立たせちゃいけないハル君だわー」
「私の国も、危なかったですねー」
「いや、現実にそんなことしないけどね?」
これも、ゲームならでは。ともあれ今回の都市は、そんな悪癖が出ないよう、美しく仕上げていこうと改めて心に決めるハルだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/4)




