第470話 発展と人口に関する考察
「水が足りません!」
「まあそうなるよね。人数を増やすとどうしても」
「ケンカが起こってます!」
「喧嘩というか犯罪だね。人数を増やすとどうしても」
「ごみが溢れています!」
「人数を以下略」
ハルたちの町が発展するにつれて、小規模な村であった時には表面化していなかった問題が現れてきた。
つつましくも皆で協力していたのどかな村は、悲しいかな対人トラブルたっぷりの住みにくい町に早変わりしてしまったのである。
「人が増えるということは、こういうことよね?」
「ねー。だから、私は家で引きこもるんだ」
「わたくしも、お屋敷を移して隠居したら平和になりました!」
「今日も自虐ネタが好調ですねー」
これは、どこの世界でもある話だ。人が増えれば、その数だけまた対立も増える。それは仕方のないことだった。
これは人間が人間である以上どうしようもないことだ。
「でも実際のとこってどうなのハル君? やっぱり、小規模のコミュニティの方が平和なのかな?」
「いや、実はそうでもないよ? 人が多いってのは、それだけ選択肢も増えるってことだから」
「というと?」
「嫌な人が居ても、関わらないという選択が取れる」
「なる」
人間、どうしても馬が合わない相手というのは存在する。そのような相手が居るのは、集合体の大小に関わらず変わらない。
その時、大きな集合であったら、その中で距離を取れば解決するのだが、小さな集合だとそれもやりづらい。
ユキやアイリのような対応が取れるのも、コミュニティが大きいからに他ならなかった。
「でもなんとなく、小さなコミュの方が平和そうな感じはするよねー」
「それは運よく平和にまとまった所が残るからそう見えるだけだろうね」
「そうね? その裏で、多くのコミュニティが維持できずに消滅していっているわ」
「組織の維持は難しいのです!」
人数が増えれば、問題も増えるが対応策も増える。小さい集合だと対応しきれなかった問題も、分業し対応できるようになるのが強みだった。
今プレイしているゲームは、個々人の相性まではシミュレートしていないが、村規模で相性最悪の人間がもし所属してしまったら、その時は最悪である。
無理矢理システムに当てはめて例えるならば、どう頑張っても警察の作れない村で、凶悪犯罪者が誕生してしまった、というところだろうか。
「それこそエーテルネットだって、人数の多さ、接続してる人間の数あってのものだからね」
「魔力も、人がたくさん集まることで加速度的に多く生まれるのでしたね! ……人数が多い、ということには、何か神秘的な、特別な意味があるのでしょうか?」
「ある、とは思うけど。でもそれが何なのかは、今の僕らにはまだ分からないな」
「いつかハルさんなら、解き明かしてしまいそうです!」
人間の脳を、直接ネットに繋げるエーテルネット。その電脳世界を運用する力の大本は、末端である個人ひとりひとりだ。
脳の余剰リソースを少しずつ利用して、巨大な処理能力として束ねあげる。それが、万能ともいえるエーテルネットの力の源だった。
これは、どんな天才であっても絶対に一人では賄い切れない。単純に処理能力が足りないのだ。ハルであっても無理なのは変わらない。
前時代で例えるならば、パソコン一台で百万人が同時接続するサーバーを運用するようなものである。
その処理能力の絶対量以外にも、人数が増えることによる謎の恩恵は多い。エーテルネットの根幹、タイムラグ無しの超光速通信も、人数が揃って初めて可能となる。
これはアイリたちの異世界を経由することで、空間的な距離を無視できるためであるが、その詳細な理屈は未だに不明だ。
恐らく魔力の発生と何か関りがあるのだろうが、その研究に関しては急ぐことなく、気長にやっていこうと思っているハルなのだった。
「そういやさ、今やってるゲームにもエーテルネットってあるん?」
「ああ、あるよもちろん。人口が一万人を越えないと設置できないけどね」
「無意識のうちに、人数が必要だと分かっているのかしらね? その後も人口が増えるごとに、機能強化されるわ」
「エーテルネットを解禁しないと、各種エーテル技術も使えない設定だね。ここは、使う使わないは選べる」
「よし! まずは一万人めざそう! さっさとめざそ!」
エーテルネットの無い社会など考えられぬ、とばかりにユキが張り切る。彼女にとっては死活問題だ。
ちなみにハルにとっても現実では文字通りの死活問題となるが、ゲームの中では特に設置にこだわらない。時には無しでプレイすることもある。
いわゆる『縛りプレイ』というやつで、エーテルネット縛りの他、各種技術縛りで遊ぶこともまた流行っているのだった。
無いなら無いでそれも面白さが発生し、通信技術が一切なしだと当然連絡は足で行うこととなり、その様子を眺めるのもまたある種の面白さがあるのだ。
なお、実際にやるのは絶対にゴメンだと思うのは言うまでもないハルであった。
「お水の問題も、エーテル技術で解決したりするのですか?」
「うん。<水生成>は、エーテルネット開通直後から可能だね。本当はそこまで低難度の技術じゃあないんだけど、ゲームだからね。救済措置の一面も、あるのかな」
「エーテルネット縛りは、そこがきついのよね。<水生成>があるのが前提になっているから」
「わたくしの世界も、お水を出す魔法が無かったらと思うとゾッとするのです……!」
「でしょうねー。なので普及させましたー。人口密度に対して、水源が心もとなかったですからー」
最初から大量の人間が移住する形で始まったカナリーたちの国だ。それだけの急な需要を、満たせる土地ばかりではない。
この今のゲームでもそれは同じで、<水生成>を使用しないと、どうしても水源が足りなくなる。
湖を吸い尽くし、川は干上がり、地下水は枯渇する。そこをどう解決していくのかが、縛りプレイの面白さになるのだった。
「まあ今回は、その辺りは普通に使おう。それまでは、警告が出ても水を吸い続けていいよ」
「分かりました! どんどん人口を、増やすのです!」
時には安定性を度外視して、発展を推し進める必要もある。
一時的に不満度は溜まっていくが、人口が閾値に到達し、新技術が解禁されれば一気に解決する場合も多い。
もちろんじっくりと進めても構わないが、ユキのためにも、この段階は駆け抜けてエーテルネットまで突き進むことにするハルたちだった。
*
強引に川の水位が下がるほど水を吸い上げ、森を切り山を砕き、ハルたちの町は発展を推し進めていった。
もはや最初の閑静な村の面影はなく、見渡す限りに人類の文化圏が広がる、大きな街へと進化している。
「だいぶ安定してきましたね!」
「そうだねアイリ。需要と供給のバランス、施設と求人のバランスも良い感じだ」
「コミュニティとして見た場合、この塊でサイクルが完結できている良いバランスですねー。私たちの国で言えばー、地方領主の治める都市一つ、って感じでしょうかー」
「ですね、カナリー様。もっとも、技術力では完敗ですが……!」
カナリーたちの国では、都市国家的な塊としての共同体が各地に点在する形式をとっている。
人口はそれぞれの都市に集中しており、そこを離れると住居はほとんど見られなくなるのは今のゲーム状況と似たところがあった。
もちろんそれは安全上の観点からそうなっているので、単純に比較はできないのだが、内部で必要な公共設備が完結しているという点において、共通したものがあると言えた。
「お水も安定したねー。干上がりそうだった川の水も、だんだん戻ってきてるよ。……これって溢れないん?」
「大丈夫だよユキ。その時は<水生成>を絞るから」
「わたくしの国でも、あまり作り過ぎないように条例があるのです!」
エーテルネットの開通と、それによるエーテル技術の解禁により、資源問題は一気に解決をみた。
都市機能は安定し、人々は不自由の無い豊かな生活を送れるようになったのだ。
各種表面化していた問題は人口の力により解消し、平和で満ち足りた世界が住人にもたらされたのである。
しかし、それをこころよく思わない勢力が存在する。
犯罪者たちだろうか? 否である、プレイヤーだ。
「ただここまで安定してしまうと、都市を広げるのに逆に苦労するのよね。安定し過ぎて……」
「なるほどー。これ以上に人口が増えると、今のバランスが崩れて一気に不満が出ちゃうんですねー」
「うちらとしても、せっかく忙しい時期を脱したのに、またさっきの状況に戻るのは勘弁だしねぇ」
需要と供給のバランスが安定しているということは、そこから需要を増やすとその安定が崩れるということでもある。
一か所崩れたバランスは、そこからドミノ倒しのように各地に波及し、全体が一気に立ち行かなくなる事態に発展することだってあった。
国家運営の難しさとして、アイリやカナリーもそのあたりは憶えがあるらしい。
「離れた所に、衛星都市でも作りますかー?」
「それも有効な攻略手順ではあるわ?」
「そうだね。安定した集合を、同じように次々に用意すれば、それは当然のように安定した大集合に発展できる」
「でもやっぱ、さっきと同じことやり直すんでしょ? 私としては、変化が欲しいかなー」
その地道な作業こそ、こういったゲームの醍醐味と感じる者もいれば、今のユキのように退屈と感じる者もいる。
そうしたプレイヤーごとに別解が出るのも、こうしたシミュレーターの楽しさだった。
そんな変化の欲しいユキのためと、もう一つの理由から、同じような衛星都市を作る案は今回は廃案とすることにハルは決める。
その理由とは、土地ごとにもっと特色を出していきたいからだ。
安定した街の集合はもちろん安定した世界になるが、しかし特色の無い世界となってしまう。
せっかく皆で集まって作る街だ。もっと見どころのある内容に仕上げたいという気持ちがあった。
「じゃあ、ここらで、最終的な完成図を見据えた計画に切り替えていこうか」
「というとー? どうするのですー?」
「お城を作ろう」
「やりました! 腕が鳴るのです!」
お城が好きなアイリの発案で、首都の中央に大きな城を建てることは決まっている。
恐らくは、完成すればそれは都市を象徴する建物としてシステム的に認定され、大きな経済効果も生むだろう。
城自体は今の街ではなく、少し離れた場所に作ってゆく。
その周囲に、きちんと都市計画から考えた首都をあらたに作り上げるのだ。
当然その作業には時間がかかり、その間には今の安定した都市から得られる収入が貯まっていく。
城が完成したらそのリソースを使い、一気呵成に計画を進めて行く予定となる。
そんな一石二鳥のお城作成の作業が、新たな施策として開始されるのであった。




