第468話 注文の多い住民たち
本日も少し短めとなっております。ご了承ください。
「まずは方向性を決めよっか」
「方向性というと、どういったものがあるのでしょうか?」
何かを作るシミュレーションゲームを遊ぶ場合、最初におおまかな最終的な着地点を決めておいた方が、進行がスムーズになる。
別にこれは絶対に決めないといけない、というものではないのだが、場合によっては一から作り直しになることもあるので、イメージ程度はあった方が無難だ。
「行き当たりばったりでも、よくない?」
「まあ、良いんだけどね」
「その方が楽しいよきっと。ハル君と違って、うちらは慣れてないんだし」
「色々教えてください!」
「お世話になりますよー」
「……カナリーちゃんはある意味で大ベテランだよね?」
「……そうね? 現実という壮大なゲームで、実際に神様経験がある数少ない人材よね?」
しかもセーブロードが無く、失敗が許されない過酷な世界だ。
そんな中で国家運営を百年以上にわたって続けてきた。壮大すぎて誰も太刀打ちできない。
「カナリー様の方向性は、どうなるのですか?」
「まあ、それは当然、『景観重視』とか、『満足度重視』だよね」
「ハル君は『効率重視』だもんね。完全に真逆だ」
「そうなる」
「いやー。言うほど住民の満足度を重視はしていなかったですよー。私の目的が、最終的には最優先でしたからー」
「なら、カナリーは間を取って『バランスタイプ』って感じなのかしらね?」
大きく分けると、その三種類になるのだろう。
景観や住民の幸福さなど、“良い街”を運営することを重視するロールプレイ型。
そこを崩してでも、システム的な数値の高さを重視する効率型。
効率を考えつつも、住民の事はおろそかにしないバランス型。
ルナの言うように、カナリーはバランス型なのだろう。
何だかんだ言いつつも、決して民のことをないがしろにはしていなかった。
「では今回も、『バランスタイプ』がいいと思います!」
「そうだねー。うちらが居る以上、どうしても効率は優先しちゃうし」
「アイリちゃんの意思を重視する以上、景観重視になるでしょうからね?」
森で資材を収集しながら、方針を固めてゆく。
やはりアイリはお城を作りたいようで、それに合わせてファンタジー風の街並みとすることにした。
このゲームは現代の街を再現するのが基本だが、そうした時代を遡ったデザイン、または未来をイメージしたデザインでも街づくりが可能だ。
公共施設や交通機関等も丁寧に設定すれば、魔法で回っているように見せかけることも可能そうだ。
今回はそれを目標としたら楽しいだろう。
「じゃあ、やっぱ石造りの家なのかな? ハル君、木を集めるの止めて岩にする?」
「いや、最初はやっぱり木が堅いよ。まずは村を軌道に乗せて、十分に稼げたら理想の街に建て替えよう」
「愚民どもから税金をがっぽがっぽね?」
「圧政ですよー?」
「胸が躍るのです!」
「……君たちが言うと冗談に聞こえないから止めようね?」
お嬢様に神様に王女様。金への汚さとは無縁の彼女たちだが、今回はそれを脱ぎ捨てて、容赦のないロールプレイでいくようだ。
もちろん、そういった方針も楽しい遊び方だ。現実では出来ないことをやれるのが、ゲームの良いところである。
「まずはこの森を丸裸にしてやるのです! ……やっぱり景観的に残すのです!」
「アイリは暴君には向いてないね」
「ハルさんは、暴君だったのですか?」
「いや、暴君すぎても効率が悪いんだ。だから暴君に徹するのも、またロールプレイ型だね」
「不満度のようなパラメータがあるんでしょうねー」
「そうね? 生かさず殺さずが効率プレイには鉄則よ?」
「あはは……、もう暴君というより魔王だね」
住民にはそれぞれ要求があって、それを叶えてやると幸福になり、生産効率も上昇する。
そのあたりがまだアイリにはイメージ出来ないようなので、木材集めはこのくらいにして、ここからは実際に村を作りながら説明しよう。
ハルたちは少し面積の減った森を後にして、最初の町に良さそうな土地を見つけ、そこへと移動するのだった。
*
「家はどーします? やっぱり私たちらしく、自分でデザインしますかー?」
「そうね? でも最初は、プリセットの家を使うのが良いと思うわ?」
「うちら初心者だもんねー」
「お任せします!」
ハルも、アイリたちに合わせて既製品のデザインを使うのが良いというルナの意見に賛成だ。
このゲーム、家として最低限の要件を満たせば家として認識されるシステムになっているのだが、そこに少し落とし穴がある。
あくまで最低限であるので、住民の要求をまるで満たせない場合が多いのだ。
家を並べて村が完成したは良いが、いきなり不幸のどん底に幸福度がダウンして、せっかくの住人が全員出ていってしまうという結果は初心者にありがちだった。
そこに慣れるまで、必要な部屋が全て揃った“建売住宅”を使うのが良いだろう。
「では、この一番ちいさなおうちで……、わ、結構大きいのです!」
「二階建てが最小って贅沢じゃない? せっかく集めた木材、ずいぶん持っていかれちゃった」
「森にも限りがありますからねー。節約したいですねー」
この世界では素材は『採取ポイント』のように無限に採れるシステムにはなっていない。
木を伐採すれば、その木はそこで消滅する。先ほどの森も全てを採りつくせば、そこはただの平原に様変わりする。
「結構、部屋の要求が多いんだよ。お風呂、トイレ、その他もろもろ」
「色々な幸福度を自宅で全て満たす必要があるの。代替施設が完成すれば、その辺りは適宜省いていけるわ」
そのように最初は、住人の満足度をしっかり満たしてやり、小規模の村でしっかりと税収を得ていくのが王道だ。
無論、慣れればどこを省いても問題ないかが見えてくる。
スタートダッシュを早めたいときは、必要最小限の家を大量に並べて、生かさず殺さずの圧政の始まりである。割と楽しい。
そんな要求の多い住人たちが、完成した家へと入居してきた。
「わ! 早速要求がきました! お水が足りないそうなのです!」
「ナメてますねー。この規模の集落で、こんなに水が潤沢に使える訳ないじゃないですかー」
「お風呂何回はいる予定なんだろ。それとも畑でもやるのかな」
「基準が現代日本なのよ。そこを満たしてやらないと怒り出すわ?」
そして不満が溜まり過ぎると出ていってしまう。
どこからともなく現れて、消える時もその場で消滅してしまう住人たち。普通ならば大抵のことは我慢するであろうこの僻地においても、要求に一切の遠慮はなしだ。
なにせ満たされなければ消えればいい。良いご身分である。
その要求で、多くの場合ネックになるのが水である。
水が無いと、人間は生きていけないので当然であるが、その使用量は節約の二文字が一切頭にない。
節制の神様であるシャルトが見たら卒倒しそうだ。
「川の近くに作っといて良かったね」
「そこは、我が国でも基本ですから。魔法で水を出せるとはいえ、やはり川が近くにあるというのは安心感が違います」
「ですねー。梔子のほぼ全ての街は、川べりに作られてますよー」
しかし、やはりそこは王女と元神様。無意識に、最適な土地を選んでスタート出来ていた。
生きるための基本である水を確保したハルたちの町。とりあえずは、いきなりの廃墟は免れた。
ここから少しずつ彼らの要求を満たしてゆき、徐々に街を広げていくのがゲームの基本的な流れとなる。
理想の都市を目指した第一歩がここにスタートしたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/17)




