第467話 神様ごっこの出来る世界へ
翌日からは、あいかわらず日常をのんびりと過ごしながら、アイリと皆で楽しめるようなゲームの選定に努めるハルたち。
ニンスパをやって皆が感じたのは、アクション性や競技性の高いゲームであると、どうしても勝つことが重視されてしまい、『みんなで遊ぶ』、という感覚が薄くなってしまうということだ。
そうした性質を持つ人間がここには多い。
なので、そうした感情を気にせずに済む、協力型のチーム完結ゲームが良さそうだった。
「僕らだけで対戦するゲームでも良いんだけど、そうするとまたムキになっちゃうからね」
「そだねー。私もハル君も、仲間うちであろうと勝利は譲れないってタイプだし」
「それに、ハルさんが敵に回ってしまったら、わたくし勝てません!」
「ですねー。私の幸運も、外のゲームシステムまでは適応されませんしー」
「なら、私たち全員でチームを組んでハル一人と戦えばいいのでなくて?」
「ルナがいじめっこだ……」
ハルとて無敵ではない。特にシステム上で強さの上限が決まっていることの多いゲームでは、人数の差というものは如実に出る。
ゲーム上級者の多い彼女たち全員が相手では、ハルとて太刀打ちできなさそうだ。
「やはりここは、平和なゲームをやるのです!」
「そんじゃー、私のラインナップは今回はお預けかなぁ。私って対戦ゲームやってばっかだしさ」
「ユキはそうでしょうね? なら、私とハルがやっていたものが役に立つかしら?」
「ルナちーは、ハル君と一緒によくシミュレーションゲームをやってたんだよね」
「ええ。とは言っても、ハルの好きな戦略シミュではないけれど」
「あれだと四人でかかっても負けちゃいそうですねー。翻弄されちゃいますー」
まだこのゲームを始める前、ユキともゲーム外では顔を合わせていなかった頃。ユキと対戦ゲームで遊ぶ一方、ルナとはまた違ったゲームを楽しんでいた。
それが、各種シミュレーションゲーム。一人か、少人数で完結した作って楽しむ系のゲームだ。
例えば、街を作る。例えば、薬などのアイテムを作る。例えば、料理を作る。
「……料理は、うん。僕らの、エーテルネットの技術じゃ、まだ味をイマイチ再現しきれないから残念な出来なんだけどね」
「そうね? 懐かしいわ? あれからしばらく経ったけれど、劇的な技術革新は起こっていないわね」
五感を電脳世界に再現するエーテルネットのシステム。しかし、その再現率は完全ではない。
視覚、聴覚はほぼ完璧なのだが、それ以外にはまだ問題点が多い。
触角はそれなりにレベルが高いのだが、味覚と嗅覚はかなり遅れている。
これは視覚聴覚と違い、脳内で記憶として反芻する機能が弱いことに大きく起因し、感覚情報のデータ化に難航しているためであった。
「そのあたり、この世界のシステムは優秀ね? キャラクターの体でも、きちんと食べ物は美味しいわ?」
「ですねー。まあ、そうじゃないと私たちが食事を楽しめなかったので、当然なんですがー」
「そんな理由だったんかーいカナちゃーん!」
「美味しいごはんは、大切なのです!」
とはいえそこは、この世界の食べ物が本物の物質的な料理だということの方が理由として大きい。
魔力で再現した料理だと、日本のゲームと同じで神々も美味しい味を再現できていなかった。
「それなのだけれど。なんだか最近、お母さまがこのゲームの料理に目を付けて何かやっているらしいのよね?」
「ああ、うん。ルナの会社に編入されるにあたって、奥様もこっそりこのゲームプレイしてるみたいでね」
「なんと! お義母さまは、この世界を楽しんでいただけているでしょうか?」
「多分ね。顔には出さないけどかなり楽しそうだよ。でもあの方はどうしても、システム的なものが無意識に気になっちゃうみたいだね」
「職業病ね? 私も、お母さまのことを言えたものではないのだけれど」
このゲームの、異世界の画期的なシステムを何かに活用できないか、それを気にしてしまうのは開発者や経営者なら仕方ない。
実際に、このゲームを分解的技術解析して自社のゲームへ再現しようという勢力は日に日に増加しているが、成果を挙げられた者は一人も居ない。
当然だ。使われている技術が、魔法というまるで違う物理法則であるという前提を知らなければ、辿り着けることは決してない。
しかし、今のルナの母には、カナリーを始めとしたこちらの世界の神々が技術顧問としてついていた。
持ち前の影響力と合わさり、このゲームの技術を有効に活用できる立場となっている。
「何かよからぬことを企んでいる顔をしていたけど、大丈夫かしらお母さま……」
「まあ、平気だよ。たぶん僕を通してルナの会社で画期的な料理ゲームか料理ソフトを出して、僕の実績を増やしてくれようとしてるだけだから」
「……サプライズのつもりが読み切られちゃってるとかー、ちょーっとお母さんが不憫ですねー」
「お優しいのです!」
最近は、人間の思考に詳しいマリーゴールドと、経済に明るいジェードの二人の神と密に連絡を取っているらしい。
どちらも武力以外の計略が得意な神様なので少しばかり不安な気持ちはあるハルだが、奥様ならば平気であろうと自由にしてもらっている。
いずれ、二つの世界が更に近づくためには、ハル一人の力だけでは限界がある。
理解者である彼女に、精力的に手伝ってもらえるのは有り難いことであった。
「……さて、それはさておき、現行の料理ゲーは却下だよ? あれはアイリにはやらせられない」
「えー、私は良いと思うけどなー? うちらのソウルフード、アイリちゃんにも存分にご賞味いただこうぜーハル君!」
「ちょっと興味があるのです!」
「やめなさいユキ。君だって最近は、『やっぱ美味しい方がいいよね』、ってなってきてるじゃん」
「そうね? 話の種にはなるでしょうけれど、わざわざ食べる必要はないわ?」
それこそ、ルナの母が画策している計画が成功してからでいいだろう。その時は存分に、ゲーム内で料理を楽しもう。
そうしてハルたちは料理以外から、共に遊ぶゲームを選んでいくのだった。
*
何もない草原に、ハルたち五人はなげ出されている。
周囲は見渡せど見渡せど、人工物は確認できない。ただ優しく吹く風が、足元の草を揺らすだけだった。
「素敵なところなのです! なんとなく、カナリー様の神域を思い出します!」
「ですねー。あそこも、なんにもなかったですもんねー」
「そういえばカナちゃんってデフォの神殿とアイリちゃんのお屋敷以外は何も作ってなかったよね。なんでなん?」
「いずれ去るからですよー」
「そうね? 立つ鳥跡を濁さずではないけれど、実際にこうして引退したものね?」
「ですよー? シャルトも、やりやすかったことでしょー」
今、黄色の神域はシャルトの治める土地となり、彼によって幾ばくかの建造物が追加されている。
管理者となる現地住人、直属の信徒も新たに呼び込んで、新体制によるスタートを切っていた。
それと同じく、ハルたちもこの草原に人工物を追加していくのが、今回のゲームの目的だ。
「ではわたくしたちも、さっそく街を作るのです!」
「そうだねアイリ。良い街にしよう」
「はい!」
街を作るゲーム。古くから愛される一ジャンルである。
それは箱庭の中の小さな町を作って眺めるゲームだったり、超大都市を作り上げて経営するシミュレーターであったり。その方向性も様々だ。
このゲームは、その中でも大規模な方。作れるマップの広さと、詳細な設定まで制御できる自由度の高さが人気の大作だった。
代わりにやれることが多すぎて、初心者にはとっつきやすさが足りないのが難点ではある。
今回は、ハルやルナという熟練組が居るので問題はないだろう。
「……ですが、住民のみなさまは、何処に居るのでしょう?」
「あー確かに。こんな見渡す限りの秘境に町作っても、どこから呼んで来るんだろね?」
「まあ、ゲームだしね。交易もあるけど、じゃあ何処と交易してるんだ? って考えると疑問は尽きない」
「住民も生み出しますかー?」
「あはは。発想が神様だ」
「私たちで産み出すのね? そういうゲームだった、と。レーティングは大丈夫かしら?」
「発想がルナだね」
まあ、ある意味では住民も生み出していると言っていいのかも知れない。この世界では街を作ると、その街の規模に合わせてそこに住む住人たちも生成される。
彼らを使い更に街を発展させ、彼らを導くのがゲームの目的だと言っていいだろう。
無論、その目標にあえてそわない遊び方をしても構わない。
ただ今回は素敵な街にするのが目標なので、そうした横道には行かずに済みそうだ。
「わたくし、これまでも対抗戦でたくさんの建物を作ってきたのです! 今回も、頑張っちゃいます!」
「確かにね。そういう意味ではアイリだってもう初心者じゃない。それに、もっと楽な機能も付いてるし」
「ヴァーミリオンの北の領地に、防衛塔を作った時に近いのよアイリちゃん。プリセットで、コマンド一つで作成済みの家が建つわ?」
「便利ですね!」
アイリが目の前にウィンドウパネルを呼び出して内容を確認している。
今はゲームを始めたばかりなので、小さな家しか登録されていないが、それでも様々なデザインの家が登録されており数は大量だ。
見ているだけでも楽しいそれを、実際にこの場に作り出し中にも入れる。
そんな環境ソフトとしての楽しみ方も出来るのが魅力のゲームだ。
大都市は作らずに、牧歌的な村に留めて終了する楽しみ方をする者も一定数居る。ゲームクリアの時期は、自分で好きに決めていいのだ。
「でもさでもさ? どうせなら、定められた目標は達成したいよね!」
「はい! とっても大都市にするのです!」
何をしても良いゲームだが、それゆえ指標がなければ動きにくく感じてしまう者も居る。
そのための導線として、段階的に目標も提示されていた。
人口を何人にしよう、であったり、資金をいくら貯めよう、であったり。特殊な施設を建設してみよう、であったりだ。
今回はアイリが初めてということもあり、それに沿って遊んでいくこととしよう。
「じゃあまずは、小さめの家をいくつか作ろうか」
「頑張ります!」
「お金はいくらか持ってるんだね。これでプリセットの家作るん?」
「それでも良いのだけれど、自ら素材を集めて建築することも出来るわ? お金はワイルドカードとして、いくらでも使い道が出てくるから」
「最初は節約が大事なのですねー」
細かいところまで作り込めるのは、何もシステム面だけの話ではない。
用意された既存のデザインだけだはなく、自分でいちから設計することも可能だ。
それが家として判定される要件を満たせば、オリジナルの建物で町全体を埋めつくすことだって出来る。
そうして作り込まれた力作は他のプレイヤーに公開することも可能であり、極まったものはお金を取れるレベルも存在するのだった。
「ハル君の街とかって公開してるもんあるん?」
「いいや? 僕のってシステム上の最適化が主な目的だから、景観的には見れたもんじゃないんだよね」
「数値的なランキングがあったら、きっとトップだと思うわ? 公開したら話題にはなったと思うわね」
「へー、もったいないね」
「いやー、ハルさんのことですから、きっと脳が理解を拒む街になってたんでしょうねー」
「どきどきです!」
今回は、皆と作る街だ。そんな方向にはいかずに、景観の良い土地にしたい。
そんな、街づくりゲームの第一歩。ハルたちは家の建材を収集するため、遠目に確認できる森へと木を伐りにまずは向かうのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/21)




