第466話 普通の人、普通の猫
ここ数日多忙となっておりまして、一話が短く小分けになってしまい申し訳ありません。
明日よりまた頑張ります!
「くあぁ~~~」
音にならない声と共に、大きなあくびがハルの膝の上で聞こえる。
猫のメタが大口を開けて、心地よい春のお昼寝タイムから目覚めたところだった。
「おはようメタちゃん。よく眠れた?」
「みゃ!」
日は既に傾き、少しは長くなった昼の時間も終わろうとしている。
夕日が徐々に赤さを増して、桜散る川べりを朱に染めていた。
ずっと眺めていたこの四半日、この間だけでもう随分と桜の花が散ったように思える。
絶えることなくはらはらと、ゆったりとした流れに常に桃色を飾り付けていっていた。見ればもう、葉桜の予兆が枝の根本に確認できる。
「もういいんですかー? もうすぐ日暮れだからって、気を遣いましたかー?」
「……みゃみゃん」
「人間の都合を気遣うなんて猫らしくないですねー。その辺が、まだまだですねー?」
「ふみゃーみゃ……」
「カナリーちゃん、いじめないの。ありがとねメタちゃん。帰ってご飯の準備しようか」
「にゃう!」
猫であるなら、猫になりきるなら、人間の事情などなんら気にすることなく寝たいだけ寝るものだ。というカナリーの厳しい演技指導が入ってしまった。
メタとしても、そこは少し葛藤があったのだと思われる。
猫になりきるため、もう少し寝たふりを続けるか。
それともこちらを気遣って、遅い時間にならないうちに起きるか。
その中間が、この黄昏時になったと思われる。元々眠れないメタだ。心中ではさぞかし、そこで思い悩んだことだろう。
結局、ハルたち人間の事情を優先してくれた。猫の道へは遠のいたが、そこはちょっぴり嬉しく思うハルだった。
「飼い猫なら、ご飯の時間に合わせて起きるようになったりするからね。問題ないよメタちゃん」
「にゃう!」
「またハルさんはそうやって甘やかしてー。優しいだけでは成長はしないんですよー?」
「……この数時間の間に二度もおやつのおかわりを買ってきたカナリーちゃんも、ずいぶんと甘やかしてる気がするんだけどね?」
「にゃんにゃん♪」
「……きこえませんねー? お夕飯は何ですかねー。軽い物だといいですねー」
「きちんと全部食べるんだよ?」
と言いつつ、きっちりと消化を手伝ってやってしまっているハルだった。甘やかしすぎである。
実は少しだけ、教育と忠告もかねてぷくぷくと太らせてやろうかと思ったこともあるハルなのだが、失敗に終わってしまった。
カナリーの体にお肉をつけると、『こういうのがハルさんの好みなのですかー?』、と強力すぎる手札を切ってくるのだ。
なまじルナの体を、同意の上でそうして弄った過去があるのが、ここで効いてきてしまった。
そんなこんなで、今日も今日とてカナリーの体は、いくら食べてもすらりとスマートそのもの。
あれだけ食べたのに足取りも軽く、ぴょこぴょこと跳ねるように桜並木の小道へと帰路につこうとしていた。
そこに、お腹の重さはすでに感じられない。
「……なうん」
「……そうだね。カナリーもあの辺、ぜんぜん人間らしくないよね」
「なう、なう。にゃにゃう」
「そうだね。僕らは結局、どうあがいても普通の人間や猫じゃないんだし、あまりそこに拘る必要はないか」
「にゃ♪」
メタに向かって猫たるやを説いたカナリー本人も、人間らしくある努力が足りないことをメタは指摘したいようだ。自分の言葉が跳ね返ってきたカナリーである。
とはいえ本気で気にしている訳でもなく、最後は全員で『そういうものだ』というところに落ち着いた。
どんなになろうとしても、単なる人間や猫には成れないハルたちだ。本気でなるつもりも特に無い。
ただの人間ではないからこそ、可能になったことや、これから必要になることもある。その力を捨ててまで、“普通”になろうとは思わなかった。
そんな普通でない二人と一匹。手と手を繋いで、メタはハルに抱きかかえられて、普通でない住居の天空城へと帰っていった。
人気のなくなった小道で、桜をふくむ風に吹かれてかき消える姿は、もし見るものが居たら幻想的な光景だろうか。
そんな桜の季節もそろそろ終わり。最後にカナリーとメタで、見納めのお花見が出来たのは良い時間だっただろう。
余談だが、最近はメタの言葉、というよりも何を主張したい雰囲気であるのか分かるようになってきたハルであった。
*
「あ! ハルさん、カナリー様! おかえりなさいませ!」
「メタすけもおかえりー。姿が無いとおもったら一緒だったんだねぇ」
「メタちゃん、下に降りていたなら家に入る前に足を拭きましょう?」
「にゃうにゃう♪」
ハルたちがお屋敷へ帰ると、既にアイリたちはニンスパからログアウトし、こちらへ戻ってきていた後だった。
まあ、分身がずっとゲームもしていたので、あまり『今帰りました』という雰囲気は薄いのだが。
「ニンスパは楽しかった、アイリ?」
「はい! びゅんびゅんと、とっても興奮するゲームですね!」
「でしょー。やらされてる感のある動きとはいえ、なんだかんだ病みつきになっちゃうんだよねー」
「わたくしは、まだその境地には至れないので、純粋にすごい! でした!」
「私のゲーム、楽しんでくれてなによりよ? でも、最初の目的の『ハルと遊ぶ』、としては微妙だったかも知れないわね?」
「あー、どうしてもランクが違うからねー」
「すぐに上げちゃいます!」
チーム戦が基本のニンスパでは、プレイヤーのランク、強さを現す公式の指標レベルが違うと、本来の楽しみ方はどうしても難しい。
そのため、あまりハルとアイリでは一緒に遊べなかったのが、失敗といえば失敗ポイントだった。
楽しんではくれたようなのが、幸いなところだ。
「仕方ないですよ。というか気にする必要ないんじゃありません? ランクなんてゲームから離れていれば、それだけでどんどん下がっていくもんですし。そんな復帰勢はかつてのチームでやるなと言われても、『知らん』て話ですしー。そもそもアイリちゃんの実力は十分高ランクで通用します。保証するんで、わたしが!」
「エメが保証して何が変わるってんですかー。おうちに帰ったらゲームのノリ引きずるんじゃないですよー、この子はー」
「エメさん、熱かったです!」
「にしし、お恥ずかしい」
対人戦は熱く盛り上がるもの、というそれなりにありがちな空気感をエメも実践しているのか、ゲーム中は少し言葉遣いが荒くなっていたエメだ。
そういったTPO、その場の空気に合わせるのを重視しているのだろうか。なんとなく、周囲に没入することを得意としてきた彼女らしい性質だとも思える。
そんなエメが、アイリのゲームプレイにずっと付き合ってくれていたようだ。
彼女も当然ながら一からスタートであり、カナリーの分身も合わせて、三人で仲良くゲームランクを上げていたようだ。
また一緒にプレイする約束を交わしている光景を、ハルは微笑ましく思う。
もっとも、カナリーはエメに対して、『また遊ぶ気か、義務をサボるな』、といった釘を刺していたようであるが。
……恐らく、カナリーが率先してエメを責めることで、かつてハルに迷惑をかけたことへの罰を演出しているのだとハルは感じる。
以前はルナが自身を悪役にしてカナリーを責めて、その行いをかばっていてくれたように、今度は自分がエメを守りたいのだろう。
心が繋がっている身。なんとなくそうした想いも流れてきてしまうのだが、ここは気付かないふりをしてハルは見守ることにする。その気持ちもまた、流れていってしまうのだろうけれど。
「次こそは、一緒に遊べるゲームにしましょう?」
そんな想いをハルが馳せているところ、ルナの言葉で引き戻される。
アイリはニンスパのプレイに満足したようだが、最初の目的が果たせていないのが、開発者のルナとしては申し訳ないようだった。
「はい! 楽しみです! どんなゲームがあるのでしょう。やっぱり、“ふるだいぶ”、でしょうか?」
「そうだよアイリちゃん。いくらでも楽しいのあるぜー。まあ、当たり前だけどモニター型ゲームの数には及ばないけどね」
「わくわくです!」
ニンスパが激しいアクションのゲームであり、それを堪能しただろうから、次は大人しいゲームでも良いだろう。
次なる遊びの予定を脳裏に描きつつ、この日はここまでとし、皆で夕食の手伝いへと向かうことにした。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/4)




