第464話 霊は桜の下へ還る
「ハルさん! 大丈夫でしょうか!?」
「アイリちゃん近づいちゃだめですよー。私がヘイト取りますからねー」
「あ、わたしもやるっすやるっす! ようやく慣れてきたところですからね、いいとこ見せるチャンスっすっす!」
「君らなんでもうこっちの仕様に順応してんの? あと『す』は一回まで」
「っす!」
この部屋から溢れる霊障のオーラが消えたことで、何が起こったのかと外に待機して居たアイリとカナリー、そしてエメの三人が飛び込んできた。
敵チームは全てこの場に吸い寄せられていたので、戦う相手が居なくて暇をしていたのだろう。
カナリーとエメの神様二人は、既にもうこのニンスパの動作に十分に慣れてしまったようだ。ほぼ理論値を出さなければ、一度の回避すら難しい怨霊の攻撃を余裕で何度も避け続けている。
あまり高レベルのアクションをやりすぎると、『あれは何者だ』、と話題になってしまいそうだが、まあ仕方ない。本人たちが楽しい方が優先だ。
「ハル様、HP崖っぷちじゃないすか。タゲ取っとくんで回復しましょ、回復」
「いや、いいよ。どうせ当たったら一撃死だし。それに瀕死スキル積んでるからね」
「どんな効果なんですー?」
「あ、わたくし見ましたわたくし! HP減れば減るほど、強くなるんです!」
「そうだねアイリ。流石きちんと読んでるね」
「はい!」
ニンスパはその試合に持ち込む装備とスキルを、事前に組み合わせて用意して開始する。
その組み合わせの相性により、有利不利が決まるのだが、今回完全に動かずカウンターを決め打ちするつもりのハルは、索敵や潜伏系のスキルが全く必要なかった。
移動も捨てているため、完全な戦闘構成。敵集団の猛攻を弱体化を受けた状態でしのぎ切ったのはこの影響も大きい。
そして、その呪いは今は形を変え、モンスターと化している。
霊障の弱体効果は解け、更にスキル<背水の陣>により最大級の強化効果が発生。通常、対抗できないように出来ている大怨霊にも、なんとか拮抗できるステータスへとハルは上昇した。
それにより、ギリギリのところでこの出たら試合終了の死神と渡り合えている。
当然、一撃でも貰えばそこでお終い。だがそれは、先ほどまでの対人戦と変わらない。
「むしろ敵がCPUのぶん、読みやすくなったとも言える」
「PvPにいきなりPvEぶちこんでくるとか、なんなんすかーこのゲームー」
「僕の設計をディスらないでくれる?」
「さーせーん」
「おっとー? 生意気ですねーエメー? 貴女から切りましょうかねー?」
「この手のゲームってそういうノリじゃないっすかー!」
確かにいきなりゲームジャンルが変わってしまった感があるが、これは倒せるモンスターではなく、実質生きたゲームオーバー。
あらゆる手順をミスしなければ、ギリギリ撃破可能というバランスは、負けず嫌いの極まったハルによる調整の結果だった。
近くのプレイヤーを手当たり次第に排除しようとするこのボスの猛攻を、ハルは刀で打ち払うように切り取って霧散させていく。
侍の移動速度では、<背水の陣>による強化を含めてもボスの怨霊相手では厳しい。それよりも圧倒的となった攻撃速度で、怨念のオーラで構成されたその身の内に活路を切り開く。
「ハルさん凄いですねー。そのままいけますかー?」
「ははっ! 当然だよね! でも正直きついからフォロー欲しいかな!」
「うお、めっちゃ楽しそうっすねハル様」
「ハルさんは強敵との戦いが大好きですから!」
「ですねー」
こうした、本当の意味でただのゲームで遊ぶのは久々だ。決して負けたくはないが、その反面で別に負けても良い強敵に挑むのも久々。
負けず嫌いならばそんな行為は矛盾しているように見えるが、このスリルが病みつきになってしまうのはハル自身にもどうしようもなかった。理屈ではない。
「何発ですかー?」
「三発が限度! いやぜんぜん限度じゃないけど! でもきつくなる!」
「んじゃあわたしらで三発スイッチでカバーしまっす!」
「アイリちゃんは下がっていてくださいねー」
「はい! ご武運を!」
がむしゃらに振り回してくる長く巨大な敵の腕を、正面から切り飛ばすにも限度がある。何せ反則じみた速度で次の瞬間には再生するのだ。
腕の振りだけでその連撃をしのぎ切るのは難しく、ときに身をかがめ、後ろにそらし、体全体で回避せざるを得ない。
その限度は三回。そこでどうしても、ハルであっても次が厳しい体勢に追い込まれることは避けられなかった。
四撃めを避けるのは無理ではない。決して無理ではないのだが、それこそコンマ一秒の猶予すら無い。
本当に、決して無理ではないのだが、カナリーたちの援護があれば格段に楽になるのだ。無理ではないのだ。
「こっちむけでかぶつー」
「実体が無いAIとか今の時代甘えですよねぇ? せめて、せめーて、機械の体くらいは持っておくべきですよねぇ?」
「……ツッコミどころに困る煽りはやめよう!」
挑発を放ったエメ本人が、今は人間の体を捨てて魔力で作られたボディへと戻っている。自虐ネタだろうか。
この場でツッコミを入れてしまいたい気持ちを抑えるのに、微妙に脱力して体勢を乱してしまうハルだった。
試合の参加者が、観戦だけ出来る設定で残っているせいで、言うに言えないハルだ。
エメ本人の、背後からのすれ違いざまの切り込みのおかげで無事ではあるが、帰ったら少しおしおきしようと心に決める。
そんなエメと、そしてマイペースな口調に似合わずきっち仕事をこなしてくれるカナリーは、忍者の速度を生かして一撃離脱の連続攻撃でボスの敵対判定を引き受ける。
エメが大胆に飛び込んでハルから気を逸らし、彼女を狙った隙をカナリーが突く。
そこでハルに晒した背面を、ばっさりと大きく切り裂く余裕を作ってくれた。
「……この瞬間だけ普通の霊刀が欲しい! 相手が霊体だから耐久度減らないのは良いけど!」
「科学武器は効きが薄いですねー」
「でも単分子ブレード積んでこなきゃ、序盤の忍者を捌き切れなかったっすからねぇ。難しいところっすねぇ」
「序盤とか前座扱いするの止めてあげてくれる!? あれが一応本編だから!」
対人戦では煽り合うのがマナー、という定義がエメの中では設定されているのか、いつもより口が悪い彼女だった。
飄々とした口調も相まって、なんだか絶妙に腹が立つ仕上がりとなっていた。
そんな彼女も、こう見えて神、高度な計算力を持つ元AIだ。きっちりとハルが欲しいタイミングで、ボスの気を逸らして翻弄してくれる。
近い敵を手当たり次第に、という暴走気味のルーチンしかない相手である。ミスさえしなければ勝てるように出来ている。だがそれが難しい。
見た目の迫力、攻撃の圧倒的な威圧感、それらがプレイヤーの身を竦ませ、繊細な判断力を奪う。
そんな中でもこの三人ならば、そこに気おされること無く、正確無比な連携を放ち続けることが可能だった。
「あはっ、なんだか楽しいですよ、わたし!」
「まあー、そうですねー。この三人がゲームで一緒に遊ぶなんて、思ってもなかったですからねー」
管理ユニットのハル、AIのカナリー、そしてエメ。かつての研究所のメンバーが、こうして何の目的も無い、ただのゲームに興じている。
そのことにハルも、感慨深い想いを抱かずにはいられない。
「でも、このパターン入ったルーチンワークはそろそろ飽きたっすねー」
「ですねー。終わりにしちゃいましょうかー」
そしてそこも、ハルも同意見であった。
先ほどからハルが三連撃を加えた直後に、エメが背後より切り結び、そのカバーをカナリーが行う。
そしてハルが立て直す、という一連の動作を一セットとしてまるでリプレイのように繰り返していた。
これは完全に安全なパターンではあるが、それだけ長引き見栄えが悪い。
どうせなら最後は、もっと格好よく決めたいと思ってしまうのがハルたちだった。
「じゃあ、そろそろ終わりにしようか」
「ですねー。合図とか要りますかー、新人のエメちゃーん?」
「不要ですよ!」
少しずつ削り取るのは終わりにして、一気に勝負を決めに行く。
それは当然ハルたちにも、大きなリスクを強いる作戦である。というよりも、ほぼ不可能と言ってもいい。
敵の速度がこちらの最高速を上回っている以上、こちらから攻めても勝ち目はない。カウンターや不意打ちでしか、有効打は与えられないからだ。
だがそこには、ハルたちにしか突けないシステム上の穴があった。
「はぁっ!」「てやー」「食らいやがりぃ!」
地上からハルが、空中の二方向からカナリーとエメが、“全く同時に”攻めかかる。
あらゆる攻撃の優先度を計算しつくし、その判定を“全く同条件”の値に一致させる。
現代であれば、そこらの雑魚モンスターであってもすり抜けそうな単純な重みづけ。だがこの大怨霊は、その暴力的なステータスの高さゆえに、そんな複雑な処理を必要としていなかった。
故にこの一瞬、同条件の無限ループに陥り、自慢の速度がゼロとなる。
その一瞬は、されど極めた忍者と侍には間合いを詰めるには十分。
両の肩口から腕を根元より吹き飛ばされ、更にボスの判定は混乱を極める。
その決定的な硬直に一歩遅れて真打が。ハルの大上段からの一刀両断が、怨霊の身体を頭から、真っ二つに切り分けてこの現世から消し去ったのだった。




