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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
追章 メタ編2 ~あるいは陽だまりで微睡む平和な世界~

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第463話 霊障と怨霊

 少しずつ少しずつ、しかし確実に、霊障のオーラはハルの動きを鈍らせていった。


 ニンスパのキャラクターは、基本的にステータスが一律だ。

 これが他のゲームであれば、もっと多岐にわたってキャラクター性が設定されており、その使用キャラごとに能力値パラメーターも細かく設定されている。ことが多い。


 しかしニンスパにそれはない。

 見た目や追加スキル、装備で個性は出せるが、最後にはプレイヤー本人の力が試される、横並びのステータスなのだった。


「もう完全にステ底だろ!? 何で勝てねぇ!」

「先読みされてる。完全にこっちの行動全部読まれてる」

「この人数!?」

「もっと人数増やしていこう! 外でやってるチームにも全体チャットで声かけて!」

「無駄だなあ。全員はこの部屋に入らないよ」


 今やハルのステータス、キャラクターの(疑似的な)筋肉の力、反応速度、そうしたものは既に呪いで最低値まで落ちている。

 腕の振りを時速に直すと半分以下だろう。

 ここまでくると常人ならば、二重の速度低下で水の中にいるようなスローモーションとなり、何ら抵抗も敵わずに袋叩きになる。


 しかし、ハルはそれに対応する。筋力低下自体はさすがにハルでもどうしようもないが、反応速度の低下はまるで問題としないためだ。


「置き単分子やめてもらえませんかねぇ!」

「あれみたいだね、鋼鉄のワイヤートラップ」

「面白いように勝手に飛び込んで行くよね」

「観戦してないでお前らも参加しろぉ! ぐえっ!」

「よそ見してると衝突事故起こすぞぉ。もう遅いっぽいけどー」


 そんな、何時まで経っても倒せないハルに対抗するため、いま試合に参加している殆どのプレイヤーが集結しつつあった。

 しかし、その全員が一つの部屋には入りきれず、無理に空中機動を行おうとして、味方同士で正面衝突を起こしてしまっていた。


 このゲームは倒されても、ルール設定にもよるがだいたい二回まで復活できる。

 他にも傷が浅いまま体力がゼロになれば、チームの味方に手当してもらうことで復活回数を消費せずに復帰が可能だが、今回は関係ない。必ず真っ二つになる。


 そのため、倒されても何度もハルへと挑んでくる者もいるが、それでも限度がある。徐々にだが、部屋へと突入してくるプレイヤーは減っていった。


「あの、何でそんな速く動けるんですか? 検証動画では、今の半分くらいだったと思うんですけど」

「さっきも言われてたけど、先置きで動いてるよ。遅くなったぶんを事前に行動予約しておけば、ペナは実質半分で済む」

「怪物かよ!」

「バケモンだー」


 人間の反応速度には限界がある。

 コンマ一秒を競うアクションゲームや、対戦ゲームをやり込むほど実感する人も多いだろうが、人間の体のいわば『仕様』として、“見てから反応できる最速値”は約0.1秒ほどが限界と言われている。

 これは目から脳、脳から筋肉、というルートを反応が通るために仕方のない遅延だ。


 思考をそのまま入力できたり、そもそも筋肉の遅延が無いフルダイブであったりと、現代ではこの通説よりはもう少し高速で反応が可能になっているが、それでもゲームに反応遅延が付き物なのは変わらない。

 そこで何時の時代も重要になってくるのが、先読みによる事前行動であった。


 見てから回避、見てから迎撃では間に合わない。間に合うスピード感にするとゲームスピードが遅すぎて盛り上がらないため、大抵のゲームはそうなる。

 そこで、敵の行動を事前に予測し、敵のアクションが目に映るその前に、自身も対応を開始しておくのだ。


 対戦型ゲームで上級者が、どのゲームであれ読み合いの重要性を語るのはそうした理由である。


「参考までに、どうやって読んでるか聞いても?」

「今の状況、三次元軌道だから無限に攻めの選択肢があるように見えて、実際は三種類くらいしか選ぶ余地はない」

「というと?」

「ここと、ここと、ここ。その方向だけ張っておけば問題ない。無限に見えてただの三択だ」

「じゃあこっちからだぁ!」

「そして、その三択以外なら見てからカウンター余裕」

「がはっ……!」

「いや余裕じゃねーから……」


 壁や天井を跳ねまわる、一見複雑そうなニンスパだが、そこにも良手、悪手が存在する。

 敵の死角を突き、最適な姿勢で敵に突進することが必殺の肝である以上、その最適を叶えるパターンというのは意外に少ない。

 故に、取るべき手法はおのずと限られる。


 いや、このゲームだけではない。もっと複雑なゲームでも、逆にもっと単純なゲームでも、必ず最適解が生まれ、そしてそれが定石セオリーとなる。

 そこから外れる行動を取れば良いというものではないのは、今見たとおり。


 不意を付ければ刺さりはするが、もし出来なければ、相手の最適解に簡単に潰される。

 だから今、ハルを倒そうとするならば、取るべき選択は実質三つのみ。そしてハルの読みは、それを決して見逃さない。


「そうか、大人数で蹴りまくって、もう足場になる壁が壊れて残ってないから……!」

「そこまで考えて、この部屋で待機してたのか……」

「いや考えても普通やらねーだろ!」


 そう、足場にすると壁や天井は壊れて行く。足場ゼロにしないために一部は絶対に残るが、それでも無限と思われた選択肢はぐっと狭まる。

 ずっと同じ部屋に留まるとシステム的にペナルティがあるが、一方で有利な部分も出てくるのだ。


 今も、無事な足場を使って忍者がハルの首を目がけて突っ込んでくるが、他の多くと同様にあっけなく白刃に切り裂かれて散る。

 その行動後の硬直を、体勢の不安定さを突こうと次の一人が間髪入れずに別方向から来るがそれも、ハルの読みの前には無意味であった。


 単分子ブレードの切れ味の最も便利な部分は、切れ味を発揮するのに大きな振りが必要ないことだ。

 そのため大きく手の振り体のこなしが必要とされず、連続で襲い来る敵にもきっちり対応できる。


 ならばと今度は三つの定石その全ての方向から、一瞬もたがわぬ絶妙なコンビネーションで忍者たちが迫るが、別にハルがその場を動いてはいけないルールは無い。

 完全に同時であるが故に、一歩身をずらすだけで全員がハルの居た地点で正面衝突してしまう。


「同時でもダメとか、無敵か!」

「てか何で単分子ブレード壊れねぇんだよ!」

「確かに、あれって二、三回切れば耐久力尽きるよな?」

「……多分、切ってないからだ。こっちから切られに行ってるから」

「とはいえ、そろそろ耐久やばいけどね」

「チャンスか! いや、そう見せかける罠か……!?」

「もうなんも分かんねー!」


 切れ味の代わりに耐久を犠牲にしたこの装備だが、正しい角度で切れば切るほど刃こぼれが無く、攻撃力も上がるというのがニンスパだ。

 完璧に刃筋の立ったハルの技巧により、その難しい刀もここまで持ちこたえていた。


 だがそれでも限界はある。もうハルの言ったとおり壊れる寸前。

 そしてハル自身も、霊障の最終段階により体力が風前の灯火になっていた。HPで言えば1。もはや刃の先端が、ちくり、とかすっただけでも死ぬだろう。


 この場に集結した相手が冷静になったら負け。

 そんな状況で、ハルはこの試合の終結に向けての組み立てを、慎重に、慎重に進めていく。





「なあ、この霊障ってのどこまで続くんだ……?」

「知らない。こんなに進行させる人なんか見たことないし」

「ある意味祭りだ。外もめっちゃもりあがってる。ハルさんあざっす! いっそ行きつく先見てみたくねぇ?」

「それな。なかなか無いもんなこんな団結感も」


 どれだけ攻めてもハルが倒せないため、今なお残った精鋭たちは、この滅多に無い状況を出来るだけ楽しもうという空気に飲まれてゆく。

 別に、彼らにとっては日に何度も行う試合の中の一つ。その刺激と、生放送をしている者にとっては取れ高。そのメリットが闘争心をいで行った。

 全力で取り組むべき、大事な大会ではないのだ。


 だが、それがハルの狙い。この、禍々しくもおどろおどろしく成長した霊障の、終着点を見てみたいという気持ちによって、彼らの手を止めた。


「引きこもりを放置しすぎっと、どーなんだっけ?」

「確か大怨霊が出て来ちゃう。だから放置すんなってシステム」

「見たことない」

「俺あるよ。やり始めのころ」

「俺も。右も左も分からん頃って、何も出来ずに出ちゃうこと多いんだよな。強すぎて全滅したわ」

「全滅?」

「そう。最終的に勝者なし。出した本人も死ぬ」

「レイドボス的な? ちょっと興味ある。たまには別ゲーやろうぜ」


 既にハルを倒すことよりも、その見慣れぬ敵と戦うことへと意識が向いていた。


 その目的の怨霊が、そろそろ登場しようとしていた。実はこれが、生半可な相手ではない。

 忍者よりも速く動き、侍よりも射程リーチが長い。禍々しい爪に刈り取られれば、復活可能でも一撃でゲームオーバー。

 放置を許した参加者全体へのおしおきとして、その試合全体をリセットする災害なのであった。


「うわ、前見た時よりでかそう……」


 その災害の規模は、溜め込んだ怨念の量に比例する。

 一人が放置するだけで全滅必至の強敵が生まれるが、今回はそれに上乗せしてハルが倒した忍者たちの血をこれでもかと吸っている。


「来るぞ!」


 そして霊障のオーラは部屋の中央に収束し、巨大な死霊しりょうの怪物となって姿を現す。

 さりげなくハルは部屋の外へと退避するが、もうそれを見とがめる者は誰一人として居なかった。皆怨霊に釘付けだ。


 そしてついに、それが部屋の中央へと出現した。


「しゃあ! やるぞ、ぐぇ……」

「は? はやす……」

「マジ速すぎ、ありえねぇ!」


 出現と同時、予兆も容赦もなく、それは攻撃を開始する。

 部屋を一薙ひとなぎで覆いつくすほどの、毒々しい色の爪の薙ぎ払い。それによって、一撃の下にこの場の忍者たちが次々と葬られて行く。


 忍者自慢の速度で逃げようとするも、システム上この大怨霊がゲーム最速。

 今回の体の大きさも相まって、すぐに距離を詰められて全員が数秒のうちに散っていった。


 そして次のターゲットは、当然のようにハルとなる。


「まあ、普通はここでノーゲームになるんだけど、どうせなら倒したいよね」


 霊障のペナルティが消え、機敏さを取り戻したその体で、怨霊の一撃を回避しながらハルは言う。

 敵チームは全員消えたが、勝利判定はまだ出ない。この怨霊を消すまでは。


「じゃあ、最後の取れ高を提供するとしますか」

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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