第462話 霊障渦巻く呪われた日本屋敷
最初の三人組を撃退したハルが取った行動は、その場に留まり続けることだった。
この行動、一見安全策のように見えて実はデメリットが存在する。
これは、かくれんぼ行為を抑制すると共に、強い人が待ちに入ったら、それを無視して放置し、残りメンバーだけで試合運びを進めることを避けさせるためだった。
積極的なぶつかり合いを推奨しているニンスパは、双方動かずで試合がダレることを良しとしていない。そのため、一定時間ひとところに留まってしまうと、そのプレイヤーには罰則が付くのだ。
まず、周囲の空気がどんどん淀んでゆき、外部から位置が分かりやすくなる。
次に、徐々にそのプレイヤーと戦った際のポイントにボーナスが付き、狙い撃ちにするメリットが増える。
最後に、体の動きも鈍くなっていき、更には空気の淀みはダメージを発生させるに至のであった。
そのように、ずっと潜伏しているとそれだけで、絶好のカモが出来上がる。そのシステム的なペナルティは、演出としては『霊障』と呼ばれていた。
争いを渇望し血を求め、自分たちの仲間を更に増やそうとするこの場の霊たちが、臆病者を炙り出すのだ。という、設定だ。
「《ハル君またオーラ出てんじゃん。すきだね、オーラ出すの》」
「こんなに邪悪なの出したのは初めてだけどね」
今はその第一段階。ハルの居座る部屋の位置を示す霊障が広がり、外で暴れているユキの目にも留まったようだ。
「《お客さんは?》」
「一件。あとは様子見っぽい」
「《慣れた人多いみたいだからね。実力見抜かれてるんでしょ》」
「だね。まあ、ポイント増えてきたら来てくれると思うよ」
ハルのチームは、かつては高レベルプレイヤーとして活躍していたハルがランクを引き上げているため、初心者が来るべきではないレベル帯に最初から投入されている。
あまり褒められた行為ではないが、潜在的には実力者ばかり。すぐにアイリたちのシステム的なレベルも追いつくだろう。
そんなレベル帯における対戦相手は、霊障を発生させた敵に嬉々として突っ込むことはしてくれない。
まずは誘いと疑い様子を見て、明確なメリットが発生してから初めて攻め込むのだった。
「《ぽいよ? 既に周囲でぐるぐるしながら待ってる人ら居る。霊障濃くなったら突入する気だね》」
「それをユキは気付かれずに眺めてるわけだ。流石だね相変わらず」
「《まあねー。全部私が狩っちゃっても良いんだけど、ここはハル君の筋書きに乗ろうかなー》」
「助かる。おっと、そろそろ来そうかな」
「《お手並み拝見》」
ユキと話している間に、部屋を包み込む霧のような紫がかったオーラが、一段階濃くなった。
これにより、その発生源であるハルと戦闘した時のポイントが加算され、絶好のカモとなっていくのだった。
さほどの間もなく、先ほどとは別の四人組が室内に乱入してくる。こちらも、同じチームなのだろう。
「敵のチームリーダーを発見ー!」
「上位勢が新メンバーをキャリーっすかぁ? 感心しないなぁそういうのぉ」
「でも一切手伝わないその姿勢は良いと思います!」
「ポイントごちになりゃーっす!」
どうやら既に外部でアイリたち初心者組と一当たりしたらしい。
どんなゲームにも、プレイヤーが慣れてくると自然とセオリー、暗黙の了解というものが現れてくる。それに沿って行動するのが当たり前になり、その当たり前を行わないのは必然的に初心者と看破される。
もちろん、あえてそのセオリーの裏を突く作戦もありえるが、それもやはり、『環境に対する対策』としての、セオリーの一部と言えた。
しかしそこにかすりもしない試合運びの組み立ては、それだけで目だってしまうものだ。
「よっしゃ散!」
「あいさー!」
普段から連携に慣れていると思われる言葉いらずの連携で、一斉に四人がハルの周囲を取り囲む。
既に他の誰かがやられた後だということも、状況から推察しているようだ。先の三人のような余裕で狩ってやろうという油断はない。
部屋全体を使った、三次元的な反射を繰り返し、忍者四人による立体的で美しい幾何学模様が部屋に描き出される。
これが美しく整うのも、彼らの練度の高さを現していた。
「いや美しいね。一部の隙も無い」
「そうだろ? そうだろ? 練習は大事なんだよなぁやっぱ!」
「コンビネーションで天下取りに行きますからぁ!」
「凄い凄い。でも一人ひとりの腕は?」
「やっぱまだまだなんですよねぇ。……って何言わせとんじゃあ!」
ノリが良い人たちだった。エンターテイメントを意識している。恐らくは外部に生放送を中継して、今も視聴者を楽しませているのであろう。
その格子細工の中心に捕らわれたハルは、もはや籠の鳥。
脱出しようと走りだせば、そこを狙い撃ちにされる。まるで反射レーザーで構成されたトラップだ。
「刀収めてもいいんですよ。待ってあげましょうか!」
「いや、このままでいいよ」
「抜刀術スキルも使わないで、ニンジャ四人の連携を相手にしようとか、ナメプが過ぎんぞぉ?」
「格上だからって、驕りはいただけないなぁ?」
「そう言って煽って、どうせツーマンセルで仕掛けてくるんでしょ? 良い趣味してる」
「バレテーラ!!」
速度で勝る忍者に、侍が対抗するためのスキルとして、いわゆる抜刀術、居合い抜きスキルが用意されている。
これは普通に刀を振る時よりも圧倒的に振りが高速になる、納刀してからの抜き放ち技。それにより飛び込んでくる忍者を、空中で迎撃するカウンターとなるのだ。
しかしそこにはもちろん弱点が設定されており、振りぬいた後は逆に、著しく体の動きをにぶくされる。
そこであえて一人は犠牲にして、その硬直を狩るという戦法がチーム戦においては有効だった。
とはいえ、有効と分かっていても普通はやりたがらない。そこを躊躇なく行えるのは、個より全体を優先した良いチームである証だ。
そのコンビネーションにより編み上げられた、ハルを閉じ込める美しい檻もさぞ動画映えしているだろう。
「でも美しいが故に、読みやすい」
「はいここ!」
「シュウちゃん待った! 今まずい!」
掛け声と共に、その反射忍者のうち二人が死角から飛び込んでくる。
突進する役とは別に、目くらましとして一歩奥で観察していたメンバーが危険に気付くも既に遅し、もう空中で止まる術はない。
ハルはその場で半歩だけ身をずらすと腕だけをねじる様に振り返り、一人目の忍者の首筋に合わせ、ただそっと刀の薄すぎる刀身を添わせるように待ち構える。
弾丸のように突っ込んでくる敵は、己の速度によって切り裂かれる運命が決定した。
「まじかこなくそぁ!」
せめてもの抵抗として、自分もなんとか身をねじって、ハルを狙っていた忍者刀を防御に回す。
ハルの刀に触れる結果はもう動かせないが、ダメージを最小限にすれば生き残れる可能性があるといった選択だ。
この一瞬でその判断が出来るのも、また非常に優秀。
「でも、残念ながら防御力が足りない」
「かはっ……」
ハルの持つ刀は、超科学により生まれたという設定の単分子ブレード。極限まで鋭利ならば、極限まで攻撃力が高いはずだという、その願いにも似た理屈のごり押しで、この装備の攻撃力は異常な高さに設定されていた。
更にハルの技量も加わって、敵忍者の軌道修正にも、ぴたり、と追尾して合わせ、防御の小刀は避け、ガードの腕ごと再び体を両断した。
続いて飛び込んでくるもう一人も、さすがにその驚きには耐えきれず体を硬直させてしまい、続けてハルの愛刀の露と消える。
更には逆側で冷静に見ていた、リーダーであろう三人目も、せめて一矢報いようと二人目の首が飛んだ瞬間を狙ってハルへと迫ってきた。
一度地面に、畳みを吹き飛ばさん勢いで着地し、風圧と共に低空を駆け抜ける。
これでハルを打ち取れたら非常に格好いいだろう。放送のファンもきっと拍手喝采だ。
「だがそうはいかない。取れ高は諦めてね」
「……いやこれはこれで、また取れ高」
「うーん、貪欲だ」
時には自らが負けてしまう姿すら、一種の見どころとして演出する。エンターテイナーの鑑であった。
負けず嫌いが過ぎるハルには、決して真似のできない尊い姿勢であるといえよう。
だがそれはそれ、ハルはハル。勝てる試合で負けるようなプレイは、決して己が許さない。そして、ハルを倒すには、まだまだこの程度では詰めが甘い。
残るは四人中一人。コンビネーションが売りの彼らでは、もはやハルに勝てる要素は一かけらも残っていなかった。
「さて、残りは君だけだ、どうする?」
「そりゃあ、やるっしょ……、その? 絶対勝てないとしても?」
「いい覚悟だ。先手は譲ってあげよう」
「うーわ傲慢。サムライなんだからカウンターになるのは当然じゃないすかー。あー、えっとその、最後にお名前いいっすか? あ、生してるんすけど」
「ハルだよ、よろしく」
「お名乗りいただきましたぁ! はいでは逝きまーす!」
「ノリ良いなあ……」
華と散る宣言と共に最後の一人も突進を終え、無事にハルを取り囲んだ全員が壁と床の華と消えたのだった。
◇
「いけるいける、どんどん突っ込んで! 相手は単分子ブレードだから、もう切れ味落ちてるはず!」
「おっとー? じゃあお先にどうぞどうぞ。なんか全然ナマってる気がしないんで」
「奇遇ですねぇ。俺もそう思います」
「なら人を突っ込ませようとすんじゃなぃわぁ!」
ハルを包む霊障は第三段階に至り、徐々にハルの動きを重く制限してくる。
まさに好機。敵対するチームが次々と集まり。そして次々と血の花を咲かせていった。
既にその血でハルの周囲は真っ赤に染まり、その血だまりからは更に怨念のオーラが吹き出しハルを取り囲む。
「大丈夫。あんたのチームの死は無駄にしない。その怨念で彼が更に弱ったところを、見事討伐してみせるから!」
「だからどーぞどーぞ。俺もそちらさんの死を無駄にしない」
「あー、むしろお前から殺って怨念ブーストするのが早いかなぁ?」
「その場合お前の方に憑いて祟ってやるけどねー」
「いいからかかってきなよ」
とはいえ元は皆が敵チーム。ハルを前にしても、かつての敵同士が一致団結! とはいかなかった。悲しいことである。
隙あらば、後ろから刺してやろうとお互いに狙い合う。それはハルという餌場に集結した、肉食獣たちの縄張り争いにも似ていた。最後に立っているのは一チームなのである。仕方がない。
もちろんハルを倒せば最高にポイントが稼げるが、それはそれ。共闘相手もまた貴重なポイント源なのである。
「こうしたギスギスした愛憎ドラマって画面映え的にどうなの?」
「いえ、結構ウケいいですよ。あとギスとは程遠いです今。和気あいあいです」
「あと愛は無いっす」
「それはよかった。じゃあかかってきなよ」
「らーじゃ。この人が行ったらで」
「右に同じでーす」
これはもしやコントなのだろうか? そうして漫才を繰り広げているうちにも、ハルのステータスは着々と下がっていく。
これが次の段階になると、ついには直接ダメージが入りはじめる。もしかしたらそれを待っているのかも知れない。
さすがにハルでも継続ダメージはどうしようもないのだが、もうここに来てはハルがこの場を離れることが、その行動自体が逃げであり負けになる。
なんとか負けず嫌いの意地にかけて、最大級のハンデを背負ってでも勝利してみせる。そう腹をくくるハルなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/15)




