第461話 血桜舞う月下に君を待つ
「じゃあ、対人戦で遊んでいこうか。僕は観戦して待ってるから、遊んでおいで」
「えー、ハル様行かないんすかあ? せっかくなんですから皆で揃って遊びましょうよー」
「僕が入ると自動で最高ランク帯でマッチされるんだよ。というか何しれっと居るんだエメ。どうやって入った」
「うへへ。体を日本に飛ばすのは無理でも、意識だけログインならどってことないです! あ、いや、ホントは結構苦労したかなー、なんて」
アイリの慣らし運転が終わり、いざ実戦というところで急に、待機部屋にログインしてくる影があった。
そのふてぶてしい口調は、あちらの世界に残ったはずのエメだ。間違えようがない。
確かに、異世界からもエーテルネットにはアクセスできる。そうでなければゲーム運営などやっていられまい。
しかし、ネット内で運営される他のサービスに神がログインしてこれるとは初耳だった。
もしかすると、ハルが今まで知らないだけで、人知れず今までもこういうことはあったのだろうか?
「えっ、流石にゲーム内で神様に暗躍されてたら困るんだけど。把握しきれないというか」
「いやー、大丈夫じゃないですかねえ。わたしだからこそ、入って来れたところあるんで。でも、大丈夫でしょ。相互監視きいてますし。入ってたとしても普通にゲーム楽しんでるだけっすよきっと」
「まあ、不審な動きがあれば奥様の目にとまるだろうしね」
「ゲーム内で出来ることなんて知れてますしねー。それより、仕事は済んだのだからさっさと帰りなさいエーテルはー」
「今はエメですぅ。それにかえりたくないですよぉ、私も皆さまと遊びたいですぅ!」
「この子はもー」
まあ、アイリのログインを手伝ってくれた恩もある。それに自分の運営するゲームでの話だ、少しくらいの誤魔化しは効くだろう。
「まあ、いいか。しかし君を許可すると、他にもゲームやりたいって言い出す神様が出て来そうでなあ」
「いいじゃないですかー。やらせちゃいましょう。きっとゲーム作りのいい経験になりますよ! カナリーたちの成功で、最近はゲーム作りたい奴らも増えてることですし」
「そういや、そんな話だったね。でも、作ろうと思ってすぐ出来るもんじゃないんじゃない?」
「そうでもないですユキ様。別に、NPCを異世界人にしなければ、そう時間は掛かりません」
「確かにそうね? カナリー達が長い時間を有したのは、土地と歴史を成熟させる必要があったからだものね?」
「はいっすルナ様」
カナリーたちの成功。日本人の意識をゲームという体で呼び込み、自身の領土に直接魔力を発生させる。
この効率の良さは外の神々にも当然魅力的で、自分もその成功にあやかろうと考える者も当然出てくるだろう。
しかしながら、先行者の優位性は当然大きく、すぐに真似しようと思っても出来るものではない。
まるで本物の人間のような(本物の人間なので当然だが)NPCや、魅力的な街の数々。広大な土地に広がる数々のダンジョン。そこに待ち構える多数のモンスター。
そういった、実体を持った様々なデータを用意するのは、一朝一夕では適わない。
データ上でほぼ無制限に作れるこちらの世界のゲーム開発とは違い、向こうは何をするにも魔力が必要になるのだ。
「これからは、わたくしの世界でゲーム戦国時代なのですね!」
「そう聞くと好き勝手してるなあ……、まあ、魔力の回復には役立つんだろうけど……」
「はい! 感謝しなければいけません!」
「前向きね、アイリちゃん? そうね、それならば、今の運営がノウハウや魔力を供与して、マージンを得る商売を始めてもいいかもね?」
「おー、ルナちーは流石は経営者さんだ」
「あいつらの事よりも早く始めましょうよー」
いざ出陣というところで話が逸れてしまったため、カナリーが焦れてしまった。
かわいく頬をふくらませて不満をアピールするので、いつものように突っついて空気を抜いてやる。
それで満足したのか機嫌を直してくれた彼女を先頭にして、ハルたち一同はバトルフィールドへとチームを組んで転送されていった。
*
ハルたちが運ばれたのは、空に月が美しく輝く夜のフィールド。
夜桜が咲き誇る広い庭をたたえる、豪華な日本屋敷。
ニンスパは忍者が縦横無尽に駆け回ることを売りにしている関係上、こうした屋内を持つフィールドが大多数だ。
蹴る壁も反転するための天井も、身を潜める遮蔽物も無い屋外では、忍者の性能も半減。
基本的には、忍者たちは室内で互いにぶつかり合う。
しかし、そこに例外が一つ。
「ハル君、サムライなんだ」
「今日の主役はアイリたちだからね。僕がニンジャやったら、一人で全員狩りつくしちゃう」
「凄い自信ですねえ。流石はハル様、ご自身の作ったシステムでは無双なんですね」
「……これでも、相当にハル不利で一般人有利なシステムなのよ?」
いわば、このニンスパというゲームは、『普通の人をハルに近づけるシステム』、を搭載している。
ハルの持つ空間把握能力、とっさの判断力。それらをゲーム側がサポートして強化してくれるのだ。
そしてハルにとってはそれは逆に邪魔になる。更に高精度の判断と体捌きを、己の力で実行可能だからだ。
それでもなお、ハルの圧倒的な空間把握は他の追随を許さない。
能力は全く同じのはずなのに、気付いたらプレイヤー達はハルが己の背後に回り込んでいることに、死の間際になって悟るのだった。
「サムライさんは、どういうタイプのキャラなのでしょう!」
「うん。ニンジャのように素早く移動は出来ないけど、視界や攻撃範囲、攻撃速度が高いタイプのキャラクターだね」
「得物のリーチが長いからねー。死角に飛び込んでくるニンジャを待ち構えて、カウンターで撃ち落とすのが基本戦術だよアイリちゃん」
「あまり上級者がカバーしすぎるのも良くないから。僕は後方で待ちだけやってるよ」
ニンスパは対戦ゲームであり、その対戦組は主に実力を参照して行われる。
故に今回の対戦は実力者が多いフィールドへと飛ばされている。ハルのチームに入ってしまっているからだ。
そこで、経験者のハルたちが初心者であるアイリたちを手伝い過ぎるのは、対戦相手に不快な気分を与えるし、アイリの成長のためにもならない。
ハルが侍を選んだのも、忍者の速度に追いつけないために、必然的に戦場が分かれるためだった。
……刀が好き、という理由もある。
「じゃー私も、あんま戦場が被らないようにソロで動こうかなー、ってことでお先!」
そう短く告げて、ユキが初期位置の部屋から廊下へと出て行った。
転送が済んだ時点で、既に対戦は始まっている。配置された各チーム、並びに個人は、直後にはもう己の有利な地点を探して移動を開始するのだ。
「アイリたちも行っておいで。武器もスキルも無い状態だから、三人で固まって迎撃優先で動くといいよ」
「はい! カナリー様、エメ様、よろしくお願いします!」
「がんばりましょーねー、アイリちゃんー」
「エメでいいですよぉ」
そうしてアイリら三人も、多少ぎこちなくも既に順応を始めた動きの良さで、戦場へと向かって行く。
恐らくは敵の方から発見されて、それに対抗していく流れとなるだろう。
ニンスパには武器とスキルという二本の強化の柱があり、それにより各々が個性を付ける。
そのスキルの中には索敵用のものもあり、隠密用のスキルも無い彼女らはそれにより必ず見つかってしまうためだ。
「あぶれてしまったわ?」
「ルナも初心者じゃないもんね」
「とはいえ、ユキほどの達人でもないわ? どちらに付くのも中途半端で」
「じゃあ僕とやろうか」
「あなたは余計に差が広がるじゃない……、私もまた一人で行くわ?」
「頑張って」
軽く頷くと、ルナもまた廊下に出て、その壁や天井を反射しながら駆け抜けていく。
すぐにその姿は見えなくなり、ハルもここで一人になった。
「さて、それじゃあ、アイリたちを応援しながら、適当に誘い出しますかね」
侍は忍者と比べて機動力に欠ける。よって、忍者を追うには向いていない。その速度差で必ず逃げられてしまうからだ。
そして、逃げるのにも向いていない。やはり速度差により絶対に逃げきれないからだ。
故に侍の取る戦術は二つ。
忍者の足場の無い庭へと誘い出し、そこで仕留めるか。忍者の軌道が限定される狭い廊下へと逃げ込み、そこで迎撃するか。
マップごとに有利な地点というのは大方決まっており、まずはそこを確保するのがセオリーであった。
「まあ、このランクなら相手もそんなこと百も承知だから」
ハルはあえてその場所を選ばない。侍が待機しているとなれば、警戒しなかなか近寄らないだろう。
そうしてハルを誰もがずっと避ければ、初心者であるアイリたちの相手する数が増える。
ああ見えてアイリはかなり動けるであろうが、多勢に無勢ではさすがに厳しかろう。
なのであえて不利な地点で、敵を引きつける囮になろうとハルは考える。
今回選んだ刀の装備、『単分子ブレード』をゆっくりと抜き放ちながら、ハルも部屋の外へと移動を開始した。
何故かこの時代設定のなか存在する、超科学の結晶装備。
恐るべき切断力の代わりに、耐久性が非常に脆いという癖の強い装備だ。
異世界において、似たような装備である神刀をずっと愛用していたため、こちらにおいても自然とこれを選んでしまった。
きいぃぃん、というかん高い音を一瞬だけ響かせて、その刀身はハルの手の中に収まり輝く。
庭へと面する軒下に出ると、それは刃に月明りをたたえてぼんやりと幻想的な輝きをみせた。
「このへんでいいかな?」
ハルは庭へは出ていかず、ルナの設定した月夜に映える桜のステージを部屋の中から堪能する。
四角く切り取られたその風景は一つの絵画であるようで、この室内で戦った時に一番いい背景となるようにしっかり考えられていた。
そんな室内に、ハルを察知して駆けつけてきた影が三つ。
「おっと、外には出さねーぜ?」
「不慣れか? いや“それ”持っててシロートはありえねぇな」
「誘われた?」
「ビビんな、三対一だ」
例え三対一だろうと、外であれば圧倒してしまうのが侍というのがこのゲーム。しかし室内ではそうはいかない。
跳ねまわる忍者たちにいいように背後を取られ、そのまま成す術もなく首を狩られる。
いま対峙している相手も、当然のようにその結果を想像していた。
「そう上手くいくかな?」
「格上ぶるな、もうどうにもならねぇよ。ゴー!」
合図とともに、何の相談も無く三人が散る。良い連携だ、きっと普段からチームを組んで、やり込んでいるのだろう。
ハルのことを実力者だともすぐ見抜いている。だが、引くことはない。格上を倒せば、それだけ自分に入るポイントも良いのだ。有利な場所に追い込んだのは絶好の機会、逃す手はない。
視界の広い侍を惑わすように、あえて正面で三人は何度も跳躍を繰り替えす。
不意に、そしてさりげなく、その中の一人が残像だけを残してハルの背後に回り込んだ。この残像はスキルによるもの。それにより、まだ三人とも正面で牽制しているように見えてしまう。
「取った!」
「うん、僕がね。まずは一人」
「なん……」
後ろを振り返りもせず、ハルは刀を雑に振るう。
正面の二人の目に映ったのは獲物を仕留めた姿にあらず、一刀の下に胴体を両断された仲間の一人が、奥の襖に血の桜を咲かせている姿であった。




