第46話 薄着をして出かけませんか
何日か日は流れ、セレステと契約を結ぶことの出来たプレイヤーが、ちらほらと現れるようになってきた。
それを中心に盛り上がりを見せる一方、戦うだけのゲームに不満を訴える者も増えてきたように感じられる。彼らは新たなシステムの展開を期待したり、自分達で独自の遊び方を作り出して楽しんでいたりするようだ。
圧倒的なリアリティのあるこの世界だ、何かしようと思えば、それこそ無数の遊びを作り出せるだろう。
だがその反面、リアリティが有ることがマイナスになる時もある。現実から離れるために来たのに、現実と同じものを感じてしまう時だ。
言い換えれば現実には、ゲーム特有の“綺麗さ”が不足していると言える。このゲームにはその部分が、神殿とダンジョンしかない。つまり戦闘は避けられないのだった。
「そのあたり、総合的に解決するいい案はあるのかな」
「企画している事はありますねー。ここのフィールドとは別に、プレイヤー専用の空間を新たに用意しますー」
掲示板を眺めていて分かったそれらの問題について、カナリーと話す。
今は屋敷の一階にハルとカナリーの二人。アイリとルナも屋敷に居るが、二階で何かやっているようだ。時折メイドさんが用聞きに訪れるだけの、静かな午後だった。
今日はいい陽気の日で、ルナに新しく作ってもらった薄手の服が目に涼しい。
「ログインスペースみたいな?」
「はい、あそこを拡張したような場所ですねー。個人用ではなく大人数で入れるような場所になる予定ですねー」
「つまりは神界だ」
「そう言えるかもですねー」
ロビー、といった場所になるのだろうか。下界とは切り離された清浄な世界。
とはいえ、ただキャラクターの姿で雑談できるだけの世界なら、このゲームを選ばずとも他にいくらでも似たものが存在する。会話のための環境ソフトは、フルダイブ初期から広く使われている。
「それだけだと弱いと思うけど。他にも何かあるの?」
「そこは少しずつですねー。まずは土地を持てるようにするのが第一かなーと」
「土地かあ、確かにそうかも。僕らにはここがあるけど、他のプレイヤーは」
「まず拠点を確保するにも、ひと苦労ですー」
ハル達はアイリの好意で屋敷を使わせて貰っているが、普通はそうはいかない。土地や家はNPCの所有物であり、ゴールドも取引には使えない。
普通のゲームなら、ゴールドを稼ぎ、それを使って街に物件を買い、そこを拠点として活動できるだろう。このゲームはそれが難しい。
そして苦労の末もし買えたとしても、今度はプレイヤーには維持が大変だ。この屋敷も、メイドさんが居てくれるからこそ回っている。
リアリティが高すぎるのも良し悪し、の一例だろう。
「じゃあそこには家を作れるんだね」
「その予定ですー。お店を出したい人も居るみたいですしねー」
「文字通りのウィンドウショッピングじゃ味気ないもんね。<防具作成>も、もっと普及させた方がいいんじゃない?」
「価値を下げる訳にはいかないので、代わりになるものを考えておきますー」
<防具作成>はレアスキルで、需要に対して所持者が少ない。
しかし金銭が絡む関係上、おいそれと緩和できない事情があるのだろう。
そんな、ゲームの今後に関する事をカナリーと話していると、急にカナリーがウィンドウの中へと引っ込んでいった。
何かあったのだろうか、と辺りを見渡してみると、アイリがてこてこと、こちらへ歩いて来るところだった。気を利かせてくれたのだろう。
ハルの姿を見つけると、ぴょこぴょこに歩幅を変えて駆け寄ってくる。
「ハルさん!」
小動物めいた動きで飛び込んでくる彼女を、立ち上がって受け止める。
ハルの腕の中で、自身の勢いに照れて顔を赤くするアイリ。うつむいたり、じっと見つめてきたり、今度は顔を背けてみたり、と忙しかった。
リアリティもマイナスになる事がある、などとさっきは言ったが、この姿を見るためにはリアリティは必須だろう。アイリが落ち着くまで、かわいらしい彼女の姿を眺めて待った。
今日はアイリも普段より薄着、というより薄手の装いのようだ。シンプルで薄いワンピースを着ているだけで、いつも沢山付いている装飾も控えめ。
そのため、日頃よりも一回り小さく見える気がしてくる。小動物感がアップ。
「しゅみません、慌ててしまいました……」
「かわいかったから大丈夫」
「えへへへ」
最近はぐいぐいと積極的に来る彼女ばかり見ていた気がするので、照れる彼女を見るのもまた新鮮な気分になる。
好かれているのは悪い気はしないが、スキンシップが多いと今度はハルの方が照れてしまう。これもリアリティの高さゆえに、出てきてしまった難点だろうか? などと変な所で実感するハル。相変わらず慣れてはいなかった。
「どうしたの?」
「はい! お散歩にでも行きませんか、とお誘いしようと思って!」
わりと珍しい。アイリはいつも屋敷の中で過ごす事が多い。ハルの前では活発な彼女ではあるが、かといって外を駆け回るようなことはなく、落ち着いた行動を好む。そこはまさに、深窓の令嬢といった様子であった。
庭に出てお茶を楽しむくらいがせいぜいだろうか。その辺りは王女様らしくお淑やかで、今の元気な姿とはまた違った魅力を持っていた。
「駄目でしょうか?」
「いいや、もちろん構わないよ」
そんな彼女が急に外出を誘ってきたため、一瞬考え込んでしまったようだ。不安そうな顔をさせてしまったアイリに向けて首を振る。
すぐに顔を輝かせるアイリ。ころころと変わる表情がとても微笑ましい。それを見てハルの方も笑顔を作る。
「アイリは本当に楽しそうに笑うね」
「はい! 今がとても幸せですから。あっ、でも、慣れていないからかも知れません……」
「笑うことに?」
「ええ、だから加減がきかないというか。えへへ」
「そうなんだ。ちょっと羨ましいかも」
ハルもその点は同じだった。笑い慣れていない。ただハルの場合はアイリとは違い、冷静に表情を作る事が出来てしまっていた。
筋肉を制御し、プログラムで調整し、笑い顔を形作る。貼り付けたような顔、という表現がこれほど似合う例も無いだろう、とハルはそう思う。
楽しくない訳ではない。ただ素直に感情が出せない。なのでAIのように自動で感情を表現する。
だから、感情を爆発させるアイリの様子が好ましく、また羨ましかった。
「ハルさんは、たまに変な事を羨ましがりますよね?」
「そうかもね。僕は普通の人とは少し違っちゃってるから、どうしてもそうなるのかも」
「あ、でもハルさんも凄く楽しそうにする時がありますよ!」
「敵を叩きのめす時?」
「いいえ! 美味しい物を食べる時です!」
「……まいったね、どうも」
自覚が薄かった。言われてみるとその通りかもしれない。
自己の客観視が足りていなかったのか。いや、客観的に見すぎるから、他人の視線を気にしすぎて、上手く感情を出せない事に繋がっているという事もあるかも知れない。どうするべきなのか。
「むむっ、また難しい事を考えている気配が。それよりも出かけましょう! お散歩です!」
「そうだね、ごめん。……押さなくても平気だよ?」
女の子の前でつまらない事を考えるべきではなかった。アイリに後ろからぐいぐい押されてしまう。いたずらっぽく笑う彼女に押し出されるように、ふたりは屋敷の外へ向かっていく。
*
さて、強引に連れ出されたはいいが、どうしても違和感が目に付いてしまうハル。単純にアイリがそんな気分だったと言えばそこまでの話だが、頭が複数あるとどうしても気になってしまう。
おそらく何かしらのサプライズを企画していると思うので、神界に『ふれあい動物ひろば』を作るにはどうしたらいいか、等の、どうでも良い事を考えて思考を埋めようとはしているのだが。気になってしまった事は、やはり優先的に考えてしまっていた。
まずここまでに、メイドさんの姿が見えない。アイリあるところにメイドさんあり、その姿が無いことがまず普通じゃない。
家の周囲とはいえ、ふたりきりで出かければデート。そこに気を使ってもらっているのだとは思う。アイリの服装がいつもとは違う軽い物なのも、その為だろう。
そしてルナも姿を見せていない。これに嫌な予感がした。この王女様の屋敷に似つかわしくない薄手のワンピース、ルナの作ではないだろうか。
「どこまで行くの?」
「ちょっと高いところまで行きましょう!」
そんな考えを顔に出さないようにアイリと歩く。今も後ろから感じる気がするルナの視線が気になるが、デート中に他の人の話をするなとは彼女の言だ。それに従う。
高いところ、とは言うものの、このカナリーの神域には起伏が少ない。高くても、ちょっとした丘といったところだ。
神域の端、境界線の辺りに、少し小高い山になっている所があるくらい。
丘へは川と平行に上っていく。ハルもそちらへ行ったことはまだ無い。川へ続く道をそれるアイリに続く。
「今日は天気も良いし、景色が良さそうだね」
「ここ数日は雲が多かったですから。晴れたらお誘いしようと思っていたのです!」
──読み替えると、数日前から計画していた、ということか!
……アイリからの誘いは嬉しいハルだが、どうしてもそんな風に警戒してしまう。なにせお互い薄着だ。もし密着するような事があったら、このゲームの有り余るリアリティをその身で実感する事になってしまうのだ。危険なのだ。
そんなハルの気を知ってか知らずか、おずおずとアイリから手が差し出された。
「その、手を、つないでもよろしいでしょうか……?」
「……ん、いいよ」
小さなその手を握り、しばらく無言で歩く。
以前も、こんな事があっただろうか。その時のアイリは、ハルが消えてしまう事への不安を覚えていたはずだ。
頭から気恥ずかしさを取り除いて、彼女の体温に意識を集中する。触れ合った事への高揚や緊張の他に、今も不安が伝わって来ていた。
最近の彼女がスキンシップ過多なのには、そういった思いが込められていたのかもしれない。
自分の照れにばかり意識が行って、気づいてやれていなかっただろうか。そんな思いを込めるように、少しだけ強く、ハルは彼女の手を握った。
今日はワンシーン書ききる事が出来ませんでした。もう少し書きたかったのですが、中途半端になってしまいすみません。
この流れのまま、明日へ続きます。




