第456話 満開の花の、世界樹?
「おはなみ? 興味ない、かな?」
「だよね」
「ん。外出るの、面倒だし」
「またそういう引きこもり発言を……」
二つの世界の別々のお花見の後、ハルはどちらにも同行しなかったユキへも声をかけてみた。
結果は、予想のとおり。まあ分かりきっていたことだ。
卓越したVRゲームプレイヤーであり、いわゆる廃人的なログイン時間を誇るユキ。
当然ながら自宅のポッドに入っている時間が長い、すなわち外出時間は極端に短い。
健康管理などはポッドの自動管理と、今はハルがそれだけでは手の届かない細かな所を体内のナノマシン経由で見ているため、そこの心配はないため余計だ。
それでも以前は食事や日用品など、こまごまとした買い物が必要なタイミングはあったようだが、今はその必要もない。
自宅は異世界のお屋敷と直結しており、つまりはメイドさんが居るのだ。
メイドさん達がそうした仕事は完璧にこなしてくれるので、ユキはもはや一切の外出をする必要はなくなってしまったのだ。嘆かわしいことなのだ。
とはいえ、異世界においてもキャラクターの体ではなく、その肉体を起こしてなるべく直にメイドさんたちと接し、お手伝いもしていることは、彼女の名誉のために補足しておこう。
「ひきこもりじゃないよ? で、出る必要がない、だけ……」
「まあ、ねえ。家から出ないことだけが基準なら、奥様だって引きこもりって言わなきゃいけないし」
「あ、ルナちゃんのお母さんだ。大奥だよね」
「大御所でしょ、それ言うなら。むしろ奥様は将軍かな」
「そうそれ。優しいよねルナちゃんのお母さん。私もよくしてくれる」
ハルを通じて、最近はお屋敷の女の子たちや、異世界の神様、元AIたちとも積極的に交流してくれているルナの母だ。
カナリーやユキも御多分に漏れず、彼女のお気に入り。なんでも娘の夫のハーレムならそれも自分の娘である、という理論らしい。大物である。
エーテルネットの発達した現代、家から一歩も出ずとも、あらゆる業務をこなすことは容易い。
よって、それで済むのであれば、偉大なるルナの母のように常に在宅で居ることに何を恥じらうことがあろうか。という理屈には、まあ納得しそうにもなるハルだった。
「ユキも、世が世なら世界を支配できるポテンシャルがあるわけだしね」
「えへへ、ハル君はなんだかんだ、私に優しい」
「まあ、僕も最近までは外出なんかしない身だったからね。そこは偉そうなこと言えない」
「でも、最近はたのしいから、誘ってくれるんだよね? あんがと。でも、まだちょっと拒否感が……」
「いいさ」
ユキの事情は特殊だ。ハルも無理にとは言わない、その気になったらで十分だ。
ヴァーチャルの空間にログインして活動することに、異常なまでに高い適正を持つユキ。だがその代わりに、肉体の方では逆に現実感が薄れて感じてしまうという体質をもっている。
ログイン中は活発な性格も、肉体の時は今のように大人しい。
そんな彼女の外出のイメージは当然ヴァーチャル空間。デートとはふたりでゲームの攻略。
では今回もそうしようか、という流れになるのはハルたちにとって当然のものと言えるのだった。
「でも、どしよっかね? ハル君? お花見イベントって、やってるゲームあんまし無いね?」
「それは、ユキが戦闘系のゲームを中心にやってるからだね。のんびりしたゲームだと、結構やってるよ」
「あ、環境ソフトとか、まさに売り出し時だろうね。でも、正直もっとやってもいいもんだと思うんだけど、なんでだろ?」
「そりゃ、まあ四半期の切り替わりでしかも年度まで変わる忙しい時期ってのと、あとは、まあ……」
「あー、わかった……、何処も四月一日の準備に全力なんだ……」
そうなのであった。この時代、戦闘の絡むタイトルは、特に勢いのあるものは何故か四月一日の嘘ネタの仕込みに余念がない。
そこで力を使い果たして、完全に時期の被るお花見はおざなりになっているようなのだ。
いったい何時の時代からこんな流れが定着したのかというのは気になる部分だが、歴史的な背景を除いても、納得できる部分はある。
それはユーザーの期待に応えるために、普段は没にせざるを得なかった攻め過ぎた案というものを、その日ばかりはいくらでも発表しても許されるためだ。
勢いのあるタイトルほど、そうした開発の鬱憤は溜まっているらしい。
「中には、この日に何かやらなきゃって気負い過ぎて、更にストレス溜めてそうなとこもあるけど」
「そいえばニンスパはあまり変なことしないよね」
「ルナは真面目だしね。あとは和風タイトルだから、ステージを桜色にすることの方に力入れてる」
「なる。じゃあ和風から探せば、っと、おお? 変なの見つけたよハル君?」
「どれどれ」
ふたりでつらつらと、登録済みのゲームのアップデートリストを流し見る中、ユキがお花見できそうなゲームを発見したようだ。
だがそれは予想していた方向性と違ったようで、ユキは困ったように、むむむ、と可愛らしく眉根を寄せる。端正な顔立ちで背も高い彼女だが、こうしているとずいぶん子供っぽく見えた。
そのユキの表示中のウィンドウパネルを、ハルは隣から密着するようにのぞき込む。
肉体の接触に少し照れるユキだが、顔を桜と染めつつも逃げることはしなかった。
「……でっか。これ、『フレイヤちゃん』か」
「うん。世界樹が満開なんだってさ。意味わからんね?」
「世界樹は桜だったのか……、これ、春イベなのかエイプリルフールイベなのかどっちさ……」
「んー、『フレイヤちゃん』だし、通常進行なのかも」
「確かにシラフでこういう事やりそうだよね」
ハルたちがのぞき込むモニターには、満開に咲き誇った天を衝く巨大な樹、世界樹が表示されていた。
通称『フレイヤちゃん』で親しまれるそのゲームは、大規模接続のアクションRPGといったジャンルで運営されている。
フレイヤ、世界樹、で察するように北欧神話モチーフのゲームなのだが、何故かその世界樹が全身をピンク色の花で染めきっていた。
当然、世界樹が桜の木の訳がない。ユキの言うように、意味が分からなかった。
ともあれ、ユキとの電脳空間でのお花見には丁度良さそうなのは確かなので、ハルは彼女と共に、そのゲームを選びログインするのであった。
*
「おーおー、本当に満開だ。けっこう絶景なんじゃないハル君!」
「だね。しかし、久々だけど、あんまり変わってないねこれは」
「ハル君はあのゲーム以外をやること自体が久々だよね」
「確かに」
ユキと共に、昔プレイしていたアカウントで久しぶりにログインする。
データはもちろん残っているが、かなりの長期間に渡って放置状態であるため、当然ながらハルたちの強さは現状の最先端から見れば低い状態であった。
しかしながら、このゲームは比較的のんびり進行で、いわゆる『インフレ』は抑え気味だ。
当時は異常なまでのやりこみを見せていた二人は、復帰したてでもそこそこは通用するレベルのようだった。
特に、こうした大規模なイベントは初心者であっても完走、つまり報酬を全て取りきれる程度の難易度調整がされているものだ。
ゆるく遊ぶくらいならば何も問題ないだろう。
「さて、しばらくぶりだけど、どうしよっかね」
「とりあえず、イベントやろーよ。せっかくだしね。アプデなんか確認しつつさ」
「そうだね。変更点は少し楽しみだ」
ログイン前とはうってかわり、はつらつと元気いっぱいになったユキと満開の世界樹をふもとから見上げる。
こうして見るとなかなか壮観であり、数十階建てのビルに匹敵する巨大樹が春の色合いに染まっている様は見ごたえがある。
この世界樹は普段からそれ自体がダンジョンとなっており、枝から枝へと飛び回って探索することが可能だ。
足元には街が広がっており、いわゆる最初の街になっている。
そこでは、お花見に集まったプレイヤーで賑わっており、試みは成功なのだろうと感じさせていた。
その街へ、そして中央の桜の世界樹に進もうとするハルたちに不意に声がかかる。
ハルもユキも特に動じない。むしろ、これを待っていたところがあった。
「《ふんっ! 本当に久々ねアンタたち! もう来ないのかと思ってたわよ》」
「あ、フレイヤちゃんだ」
「フレイヤちゃんも相変わらずだね。寂しかった?」
「《はぁ!? ばっかじゃないの!? 引退する連中のことなんか、いちいち気にしてたらキリ無いわよ! ま、まあ? 少しくらいは復帰を喜んでやってもいいけれど……?》」
「相変わらずツンデレだねぇフレイヤちゃん。安心する」
「《ツンデレって言うなぁ! ぶっとぉすぞぉー!》」
「うんうん可愛い可愛い」
ユキをぽかぽかと小さな手で叩いているこの子が、このゲームのマスコットキャラの『フレイヤ』である。
人間の子供くらいの小さな姿で空に浮き、ゲームの進行で困ったときにサポートしてくれる、ガイドAIであった。
その思考回路の作りは非常に出来が良く、彼女との交流を目的にこのゲームをプレイしている者が多数存在する。
ゆえに、このゲームは巷では『フレイヤちゃん』と、その名を取って呼びならわされているのであった。
「《まったくもぉー。何しに来たのよ。イベントで復帰したんでしょ? だったらほら、こんなとこで遊んでないでせっせこ働くの!》」
「いや、僕らお花見に来ただけだからね。ここで君ともう少し遊んでいくのもいいかな」
「《な、なによぅ……、おだてたって、嬉しくなんかないんだから!》」
「うんうんツンデレツンデレ」
「《それ止めろって言ってんでしょぉ!》」
フレイヤをからかって遊ぶユキと、それに振り回されながら、ぷんすか、と反論は決して止めない彼女。
非常に自然な反応だ。これに関しては、ハルであってもとても良く出来たAIだと感心する。
もちろん、カナリーたち意思を持ったAI、神様たちには及ばない。
よく言うところの『強いAI、弱いAI』で言えばフレイヤは弱い方だ。それはカナリーたちと比べてしまうと一目瞭然。
しかし、気合の入り方が違う。これを作成したスタッフは、相当に情熱をかけてフレイヤを作成したのだろう。
会話は非常にスムーズであり、想定されるパターンは非常に多岐にわたって網羅されているとハルは感じられた。
だからこそ、根強いファンが付くのだろう。
「僕らが引退してからまたアプデ入ったよね。フレイヤちゃん」
「《ふっふーん! そうよ、私は日々進化を続けてるの! いやー、分かる人にはわかっちゃうのねぇ。アンタ、褒めてあげるわ!》」
「でもゲーム本体にはさほどアプデ入ってないみたいだけどね」
「《うぐぅ! そ、そんなことないわ! ほ、ほら、見てみなさい、最新のイベントに沸くプレイヤーの姿!》」
「ふむふむ。イベントは世界樹の探索での桜の花集めと、毛虫モンスターの討伐だってさハル君。……毛虫?」
「《そうよ? 桜と言えば、毛虫でしょ?》」
「いやウケ悪いって……、あと世界樹だよね? そういうとこフレイヤちゃんだよなあ……」
「《なによぅ! 見てなさい! 復帰勢は進化したイベントの難しさに度肝を抜かれるんだから!》」
「いやー、うちらが居る時からイベントのパターン変わってないよねー」
「《変わらない良さってものがあるの!》」
「進化とは……」
打てば響くとはこのこと。ハルたちはそうして少しの間フレイヤをからかうと、桜の花舞う世界樹へと向かう。
木の枝が道となったこの世界樹ダンジョンは、その枝から枝へと飛び回るアクション要素がゲームの売りであり見どころとなっている。
ただそれゆえ、アクション慣れしていなユーザーには少々難しく、上手い人のプレイを動画で見るだけで満足する場合も多々見られた。
そのあたりが、良いゲームなのだがイマイチ流行らない原因の一つなのだろう。
「《アンタらが引退してから、新生したんだから! 新たな世界樹におののくがいいわ!》」
「まあ、そこは実際たのしみかな」
「《でしょー!》」
「うっきうきだねフレイヤちゃん。ウケる」
「《ウケるなー!》」
「おお、ハル君のいつものセリフ取られたよ」
「やるじゃんフレイヤちゃん」
「《知らないわよぉ……》」
そんな今回のイベントの進行方法は主に二つ。
花びら状のアイテムを、世界樹の各所で回収しポイントに変える。もしくは、世界樹を食い荒らす毛虫モンスターを討伐し、ポイントに変える。
みごと達成すれば、イベント限定のアイテムをはじめ、各種アイテム等と交換できるという訳だ。
このあたりはカナリーたちのゲームや、他のサービスとさほど変わらない。
久しぶりの別のゲーム、ハルはユキとのお花見代わりに、今日は存分に楽しもうと思うのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/7/4)




