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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
追章 メタ編2 ~あるいは陽だまりで微睡む平和な世界~

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第455話 もう誰も知らない、秘密の絶景

 風に踊る桜の花びらが水面みなもに落ちる。そうして花弁は舞台を変えて、くるりくるりと水面を踊って流れてゆく。

 川べりに咲く桜の木は少なくて、決して川幅を埋めつくし染め上げるような圧巻さはない。

 しかし、この薄桃色の彩りを添えられたこの流れは、確かにこの地にも春が来たのだと教えてくれるのだった。


「少し前までは、真っ白に彩られてた土地だとは思えないね」

「ほんの数枚でも、鮮やかで美味しそうに見えますよねー。でもー、真っ白もそれはそれで、お砂糖でたっぷりとコーティングされたようで、また素敵ですねー」

「カナリーちゃんにかかれば、四季の彩りもお菓子のデコレーションか」

「ですよー?」


 そう、今日のハルはカナリーとふたり。山奥に人知れず流れる清流の穴場へとお花見に来ていた。

 人知れず、というよりここは私有地。元は研究所のあったあの山だ。もう誰の記憶からも消えるころ。

 施設を引き継いだ病院も、今は都会に移って久しい。それ以降はこの山そのものがルナの家の所有となり、特に管理はされず放置状態となっていた。

 この時代、そうした土地はそれなりに多い。


 人の手の入らない自然は、人間の思い描く自然とはすぐに様相を移ろわせ変えていく。

 木々はジャングルもかくやと鬱蒼うっそうと生い茂り、見慣れた植樹はその数を減らし、すぐに飲み込まれる。


 桜だってそのうちの一つだ。もともと日本人に馴染みの深い桜は人間の品種改良によって栄えたもの。

 人の影響力が弱まり、本来の勢いを取り戻した自然の中では儚い存在。

 今日はそんな中においても根強く残った木々を前に、カナリーとの秘密のお花見を開くハルなのだった。


「この桜はバージョンが古いやつですねー。最新版の桜なら、負けることもなかったでしょー」

「バージョンとか言わないのカナリーちゃん。ただ、そうだね。しばらくは、それこそ百年単位でバージョンアップされてなかったからね」


 最近はエーテル技術による品種改良も盛んな桜だが、それまではしばらく旧来の桜をずっと愛でていた日本人だ。

 それは子孫を残せず挿し木でしか増えない、いわば分身。

 今ハルの目の前にあるのは、その生き残りだった。


「分身を自分と重ねて、感じ入っちゃいましたかー?」

「いや、僕の分身は残ったりせずにすぐ消えちゃうし。でもそうだね、僕だって、人工的な存在だ。そういう共通点は見出せるかも」

「私もですよー。あいにく増えたりしませんけどねー」


 桜の美しさにこんな所感を抱くのもハルたちくらいだろう。

 とはいえ、そんな風に語っているのも口だけで、当人たちは大して気にしていなかったりする。自虐で話を繋げるのはいつものことだ。


 特に、カナリーにはそんな事よりも大切なことがあった。


「絶景スポットも確保しましたー。シートもしっかり敷きましたー。だからハルさん、はやくしましょー、はやく」

「はいはい。じゃあ、お楽しみといこうね」

「いきましょー」


 花より団子。本日のカナリーの目的はもちろん、おやつである。

 別にお花見に来なくてもカナリーはおやつを食べるのだが、特別なイベントとして食べるおやつはまた別物らしい。

 非常に今日を楽しみにしていたカナリーは、この時のために準備を怠らなかった。

 今日のために(メイドさんが)腕を振るい、(メイドさんが)夜通し準備をし、早起きしてバスケットに詰め込んだ。


「むー。ハルさんが失礼なことを考えている気配がしますねー」

「そんなことはない。ただ、メイドさんは君を甘やかしすぎかもな、って思っただけ」

「やっぱりじゃないですかー! 私だって、『手伝いますよー』、って言ったんですよー?」

「そうだったね」


 だが、『カナリー様はどうかお休みください』、とやんわり断られてしまったのだ。

 これは、尊い身であるカナリーを働かせられない、という遠慮も、もちろんある。ただ、それよりも問題なのが。


「カナリーちゃん。お手伝いするとその場で食べちゃうからね」

「むー。仕方ないんですよー? 自分で作ったら、とってもとっても美味しそうなんですよー?」

「そうだね。メイドさんとしても一緒に作って、完成したら君が美味しそうに食べる、ってのがとても幸せそうだけど」

「遠足に行くにはー、大事に取っておかないとですもんねー」


 遠足らしい。どうやらお出かけしておやつを食べる、ということが主目的で、お花見は手段にすぎないようだ。

 あわれ桜。


 さて、そんな遠足も目的地に着いて準備は整った。あとは、お待ちかねのお楽しみタイムなのである。





「さて、何から食べるカナリーちゃん。いっぱい持ってきたね」

「なに言ってるんですかー? まず全部広げるんですよー、ぜんぶー」

「それは豪勢だ」

「どんどん出しましょーハルさんー」


 食べたいものから一つずつ取り出そうかとハルが思うも、この場においてそんな上品なやり方は邪道らしい。

 ハルはどうも王族貴族や、日本においてもルナの母をはじめとしたお金持ちと関わることが多い。そのため、知らずそちらの対応が染みついていたようだ。


「もう庶民派を自称できませんねー。リッチですねー、ブルジョアですねー?」

「いや、庶民はまずこんなに大量のお菓子を用意できないんだけど? カナリーちゃん、これ買ったら一個いくらくらいになるか分かってる?」

「~~♪」


 ひゅーひゅーと口笛を吹いて誤魔化すポーズをとるカナリーであった。

 ちなみに非常に上手い。もはや楽器レベル。


「ジャンルも様々だ。和菓子もあるけど、洋菓子多めかな?」

「メイドちゃんは、どうしてもそっちが慣れてますからねー。私も別に、『お花見ならお団子!』、みたいなこだわり無いですしー」


 ハルはバスケットから次々とお菓子を取り出してシートの上に並べていく。手早く、それでいて見栄えよく。

 早くしないと飢えた隣の女の子が出している最中のそれにかぶりつきそうなので、ちょっとした素早さを要求するミニゲームとなってしまったのだった。


 バスケットは可愛らしい手さげサイズだが、そこはハルの持ち物。魔法でいくらでも入るのが当然の仕様となっており、中からはこれでもかとおやつが飛び出してくる。


 色とりどりのケーキにパイ。クリームと粉砂糖に雪化粧されたミルフィーユ。

 桜をイメージしたピンクで飾られたプティングに、まだ早い新緑を先取りしたヨモギ餅。

 深紅の紅葉が待ち遠しい真っ赤なフルーツタルトと、そして年中変わらない基本のショートケーキ。


 四季折々を思わせる極彩色が、ポップでガーリーな女の子の夢と飛び出して来た。


「いいですねー、美味しそうですねー。春の色彩で纏めるのと迷いましたけど、やっぱり色とりどりの鮮やかさですよねー」

「そうだねカナリーちゃん。とくに君たちは、色が由来な存在だ。みんな居た方がにぎやかで良い」

「ふっふっふー。誰から食べてやりましょうかー。青系もきちんとあるんですよー? セレステですかねー、マリンブルーですかねー?」


 ブルーベリーのパイと、透き通った青いゼリーを両手で見比べて、じゅるり、とわざとらしく舌なめずりするカナリー。

 非常に楽しそうである。


 その名にそれぞれの色の名前を冠する、開発コードとして色の名が割り当てられたAIであった彼女ら。

 今でもその由来は切り離さないでいる者も多く、今回のお菓子もそうした気の利いた物だった。

 そしておそらくは、この先もつつがなく、夏秋冬と未来へ進んで行けるようにとの願いが込められている。そのように、ハルにはメッセージ性が感じられた。


「セレステから食べちゃうのもいいけど、最初はやっぱりこっちにしない?」

「……あー、まあ、そうですねー。あからさまに気合入ってますもんねー。そうしましょっかー」


 そんな中、ハルが彼女に差し出したのは、彼女のその名を現す黄色のお菓子。梔子くちなしの名物の『カナリー焼き』だ。

 鳥の形に焼き上げられた、単純であまり飾り気はない庶民のおやつ。

 だがその実、それは宮廷料理人も顔負けの熟練の技で焼き上げられ、見る者が見ればその技術の高さが随所からうかがえる。


 そんな、メイドさんたちの愛が込めに込められた逸品を目に、ふたりの結論は自然に決定した。


「それじゃあー?」

「うん。食べようか。いただきます」

「いただきまーす」


 ふたり揃って、さっくりとした生地にかじりつく。

 中からはすぐに、とろりとカスタードのような黄色のクリームが溢れ出し、舌の上でとろけて生地と絡み合う。


 ぱくぱくと、豪快に食べ進む彼女の唇についたクリームを指ですくうと、逃がさんと言わんばかりに、間髪入れずにそのハルの指も舐めとられてしまうのだった。


「舐め方に色気が無いぞーカナリーちゃん」

「色気よりも食い気なんですよー?」

「自分で言っちゃった」

「むー、こういう場合は、どうやって色気出したら良いんですかー?」

「いや別に、君はそのままで良いと思うけど。まあ、どうしても、って言うなら、ルナの真似をしようと考えれば良いんじゃない?」

「おー、わかりやすいー」


 お嬢様として上品ながら、いちいち仕草が妖艶ようえんで色っぽいルナだ。

 彼女をイメージして行動すれば、自然と色っぽさ、いやむしろいやらしさが出そうである。


 しばらく考えていたカナリーだが、結局そんなことよりもおやつの方が優先されたようで、次のお菓子へと手を伸ばすのだった。


 そうして次々とお菓子をほおばりながら、自然の中、川のせせらぎと風が枝葉を奏でる音色に耳を傾ける。

 そんな、山ごと貸し切りのふたりっきりのお花見。

 桜の木と、なによりたくさんのお菓子に囲まれた無邪気な少女の夢は続いていく。


 願わくば来年も、いや来年と言わずに季節ごとに。何かにつけて理由を発見し、再び彼女とこうしておなか一杯に好きなものを食べる幸せな時間を、また次も過ごしたいと思うハルであった。

 きっと、その願いはつつがなく成就される。そう迷いなく感じさせてくれる平和な時間を、ふたりしばらくの間こうやって過ごすのだ。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/15)

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