第453話 ゲーム、クリア。
「それで、結局この世界って何なのかしら?」
様々な問題にかたが付き、ハルは天空城のお屋敷へと戻ってきた。
思えばハルのこの世界での始まりは、このアイリのお屋敷であった。場所を空の上に移しても、このお屋敷は変わらない。
変わらずに、ハルの帰還を迎え入れてくれる。
いつものようにメイドさんたちが、いつもの姿となったルナやユキに、いつもの美味しいお茶をふるまっているところだ。
慣れない肉体での高速戦闘の疲れを癒すべく、ルナとユキは今はキャラクターだ。
今は身体はポッドの中で、疲労した体と頭を休めていた。
それでもこうして眠らず待っていてくれたことに、ハルは言いようのない感謝の気持ちを感じるのだった。
「きっと、数ある並行世界の一つってことなんだろうね。その中でも特に、地球人にとって兄弟のような世界なんだと思う」
エーテルの接続したもう一つの宇宙、その存在から、ここと、ハルの世界以外にもまた別の世界は存在することをハルたちは知った。
だが、その宇宙はこの地とハルの世界のように親和性は無く、魔力のように次元を超えて流れる力も無いようだ。
エーテルの放った波動は、あくまで無理矢理に穴を開けたからにすぎない。
「じゃあさじゃあさ? 何でこの世界と日本は、繋がったわけ? それって、別に最近のことじゃあないんでしょ?」
「そうですねー。私たちがこの地に飛ばさるよりも、はるか過去から魔力はあったのは確実ですー」
「残念な話ですが、当たり前すぎて感謝を忘れるほど、身近な存在だったのですものね、カナリー様」
「はいー」
別室で体を休めていた、カナリーとアイリも着替えを終えて席に加わる。
こんな話の流れになったのも、今回の件において、この世界に対するほぼ全ての謎が明らかになったからだろう。
ゲームの世界が本物の異世界をベースにしていたこと。その世界を運営する神様たちの正体。神々とハルのかかわり。
そしてなにより、姿を消していたエーテルの謎。
それらが全て明らかとなった今でも、一つだけ分からない問題が残っていた。
いや、別にこれは課題として解き明かすべき謎に設定していた訳ではない。しかし、他の謎について明確な解答が浮き彫りになると、どうしても気になってしまうのだ。
すなわち、なぜ二つの世界は繋がったのか。いやそれ以前に、何故まったく同じといっていい人類が、異なる世界に栄えているのか。
「ぐーぜんじゃないの? なんだっけ、ハル君いってた。無限の可能性の中で、偶然は必然だとかなんとか、カッコいいこと」
「母数が無限なら、想定される可能性は必然的に含まれるということね?」
「そうそれ。流石ルナちーかしこい」
「私もハルに聞かされただけよ。好きですもの、この人そういう話」
「それでも並行宇宙が無限にある保証は無いしね。やっぱり何か、要因があったと考えたくもなる」
まあそもそも、考えても仕方のないことかも知れない。
何せ、人類は自分の宇宙のことすらまだ殆ど何も分かっていないに等しいのだ。そんな中で別の宇宙のことなど、考えるだけ時間の無駄なのかもしれない。
そのようにハルが問題を棚上げしようとしたところで、予想外にもカナリーから声が上がった。
「それに関してはですねー、一応個人的な仮説があったりするんですよー」
「へえ。意外だね。カナリーちゃんはあまりその辺は興味ないかと思ってた」
「まあ、無いですねー。私はハルさんの元に戻れればそれで良かったのでー。ただ、その過程で色々知ることもあるんですー」
「それってつまり、次元の壁ってやつを超える過程かなカナちゃん?」
「いいえー。人間になる過程、ですよー?」
「なるほどね」
ハルがこの地に来たために、彼女はハルの体という、少しばかり特殊な例を参考として生まれ変わった。
しかし、それ以前の教材は身近にある物、つまりはこの世界の住人、NPCたちの体だった。
その際に、彼らのデータも色々と採取、解析したようである。
「面白い符合がありましてねー」
「どんな楽しいことだったんカナちゃん」
「興味深いってことですねー、場合によっては楽しい話かもしれませんがー」
「符合っていうと、日本人との?」
「ハルさんせいかーい。正確には、地球人とのですけどー。遺伝子研究所でサンプルを検査にかけたところー、非常に地球人とDNAが近いというデータが出ましたー」
「すごいじゃん!」
「そうね? 凄いというか、ありえないわ? 今更ではあるのかもしれないけど……」
確かに、ヒトの形をしている以上、当然のことなのかも知れないが、そうしてデータを出して語られると、どれほどあり得ない確率なのかということが分かる。
それこそ、本当に天文学的だ。いやそれ以上に、偶然の一致などもはや不可能、なにか必然的で明確な要因があると考えるべき、そう思えてくるのだった。
「ここで私は仮説を立てましたー。私たちAI同様に、人々もまた出身はあちらの世界なのではないかとー」
「えっ、それってつまり、アイリちゃんたち、地球発?」
「ですよー?」
「なんと! わたくしたちは、遠い親戚だったのでしょうか!?」
「親戚といっても、そこまで行くともう赤の他人でしょうけれど……、いえ、それは野暮というものね?」
「そーだぜルナちー? 人類みな兄弟……、とは思いたくないな、残念ながら……」
「台無しね?」
「まあ、確かにカナリーの考えはしっくりくるよ」
たまたま似通った、と言われるよりも、納得のいく話である。
「ただその場合、今度はどうやってその人達がこちらに渡ったかって話になるけどね」
「そうね? 一人二人が偶然に転移してしまったとして、文明を築けるまで地に広がることは出来ないわ?」
「あれじゃないかなー? SFでよくあるやつ。大陸ごと転移!」
「……そんなものがよくあるの?」
「おお! それなら、みんな一緒なのです!」
「おー、ユキさん鋭いですねー。その可能性は、私も考えてましたー」
「まさかの正解。あと、SFってよりオカルトの得意分野だよね。ミッシングリンクに強引に説明つけちゃうやつ」
「なんだっけハル君それ。あ、ムーだムー! あとレムリアだっけ!」
進化や絶滅、大陸移動の経路など、時系列順を上手く繋げる化石などの証拠が、一部分だけどうしても見つからないことがある。
そういった、発見できない原因をオカルト的に強引に説明付けよう、という話はよくあった。
かつては大陸がもう一つ存在したが、一夜のうちに消え去ってしまったのだ。だとか、そういった話。
消え去る原因は隕石だったり海に沈んだり、それに飽きると大陸そのものが宇宙船だったり、そして、大陸ごと異世界に転移してしまったり。
「……アトラ鋼、ムー鋼、レム鋼。……カナリー? もしかして、これらのアイテムの名称って」
「あ、バレましたー? そうですよー、その説にちなんで付けたんですよー」
「道理でこの辺だけあなたがたのセンスではないと思ったわ……」
「おちゃめだねカナリーちゃん」
高レアリティの鉱石アイテム群、最近では少し久々に聞く気のする名前たちだ。
ここのところ、あまりこの世界を、元々の目的であった『ゲーム』として楽しんでいないように思うハルだ。
それも仕方ない。ゲームの枠を飛び越えて、運営である神様たちと直接かかわることになったのだから。
ただ、やはりハルはゲームが好きだ。問題が解決したならば、また皆で平和にゲームで遊びたい。
しかしながら、多人数ゲームであるこのゲームにおいて、ハルは一人だけ強くなり過ぎた。立場としてはもはや運営側であり、これまでのように純粋に一プレイヤーとして楽しむ、ということもやりにくいだろう。
「それで、あの黒い石が『扉』と聞いて私は思いつきましたー。あれこそが元地球産であり転移の主犯。あの石がこっちに飛ぶ際に、多くの人が巻き込まれたのですー」
「おー! 素晴らしい推理なのです、カナリー様! ぱちぱち!」
「えっへん。……っと、おやー? ハルさん、どうしましたー? 気になる点でもー?」
「ああ、いや、ごめん。最近慌ただしくて、『このゲーム』やってないな、って思ってた」
少しばかり、ハルはぼんやりとしてしまっていたようだ。
珍しく、カナリーたちの話に上の空になっていた。
激戦の後、ハルも思考領域を軒並みオフにしており、今は最低限の領域しか機能していない。ほとんど普通の人間と同じ注意力になっており、普段の観察力が発揮できていなかった。
そんなハルを、彼女たちは微笑ましいといった視線で見つめてくる。
「ハルさんが弱っています! お世話しちゃいます!」
「レアだよねー。いつも何でも自分でやっちゃうから、確かに面白いかも」
「ただ、なにして欲しいか要求が分からないですねー? よし、ここはもう一度、繋がりましょー」
「本末転倒ね……、また疲労するじゃないそれじゃあ……」
「お手柔らかにね」
とりあえず、世界のことも、ゲームのことも今は置いて、彼女たちと共にこの達成感を満喫しよう。
そう決めると、ハルはこの心地いい空気のなか、のんびりと目を閉じるのだった。
*
そうしてゆっくりと過ごしていると、すぐに夜がふけてしまっていた。
夕食を済ませて、皆で後片付けをして、優雅に食後のお茶を、とこんな日でも普段の習慣は変わらない。
自意識を曖昧にしていると、時間の過ぎるのがあっという間な感覚がある。
特に、これまで人より長い時間を経過させてきたハルであるからだろうか。
その中において、一日の占める割合など些細なもの。人は己の生きた人生の長さに反比例して、一年の体感時間が短く感じるなどと聞くが、そうなるとハルなどは一瞬のように感じてしまうようになるのかも知れない。
そんなことを、とりとめもなく考える。
「いや、でも今年は、けっこう濃密な一年だった気がする」
「そうですねー。サービス開始からもうすぐ一年。私も、色々とあった気がしますー。あ、もうすぐ一周年ですねー。なんかやるんでしょうかー?」
「あはは、もう完全に他人事だカナリーちゃん」
「カナリー様は、もう“引退”、なのですね!」
「ですねー」
「いえ、今後は色々と手伝ってもらわないと困るのだけど?」
「一周年記念で、運営会社変わるとか早々無いよねー」
全員が入れるほどのアイリの大きなベッドに、今日は皆でパジャマで集まってだらりと横になる。
そう、もうじきハルがこの世界に来て一年。新年度を迎えて少し先、ゴールデンウィークがサービス開始日だ。
このゲームもオンラインサービスの例に漏れず、節目の記念には大きなイベントを開催する。
最近ゲームから離れていたハルには関りが薄い、と思いきや、ルナの経営する会社に正式にサービスが移行され、そちらの作業も忙しくなるだろう。
「そういえば、ごはん前も話しましたけどー、ハルさんはどうするんですかー」
「ん? 一周年イベント?」
「いえー。身の振り方ですー。ゲームを再開するのか、距離を置くのか。距離を離すなら、代わりに何をするのか」
「ん、そうだね。一先ずはっきりしてるのは、『ハル』としてこのゲームを続けるのは難しい、ってことかな」
「レベルマでアイテム無制限で、強制勝利コマンド使えちゃうもんねー。あ、サブアカ作って最初からやるかハル君!」
「それも一つの手だね」
サブアカ、つまりメインの他に用意した副アカウントだ。ゲームクリアの無いタイプのオンラインゲームにおいて、これを作成することが実質、『さいしょからはじめる』にあたる。
今までの苦行、もとい、長く楽しめた作業を、もう一度最初から楽しめるという画期的な機能である。
システム上強くなり過ぎたハルにはもってこいの案かも知れないが、それでも積み上げた魔法の知識は残る。
やろうと思えばまた<物質化>や<魔力化>などもすぐに可能になり、今の力を取り戻すのもそう時間は掛からないだろう。
そう考えると、このゲーム、という選択はどうにも薄いように思えてしまうハルなのだ。
「ん。やっぱそうなっちゃうよね。分かってた」
「ごめんねユキ。ユキはまだ、このゲームで遊びたいよね」
「ん? いのいの。別にこれだけがゲームじゃないし。それに、今度はアイリちゃんも一緒に遊びたいしね!」
「いいわね、それは。コア開発の第一人者も仲間になったことだし、ハルとアカウントを正式に分けてもらいましょう?」
「それは、とっても楽しそうなのです! わたくしも、ネットゲームデビューするのです!」
「……ちょっとまって? 不安になってきたわ? ハル、きちんとアイリちゃんのプレイ時間は管理するのよ?」
ゲーマーとして、のめり込み過ぎるいわゆる『廃人』気質をときたま見せるアイリ。
そんなアイリがその世界へと手を出して、戻ってこれなくなってしまうのは、確かによろしくない。王女様なのだ。尊いのだ。
ただ、プレイヤーとNPCとしてではなく、同じ立場で同じゲームを遊ぶ、という未来は、とても輝かしいものに思えてならない。
「それに引き留める訳ではないけれど、世界の謎はもういいの?」
「あ、そだそだ。さっき話してた、この世界の人たちのルーツ。ああいうの、ハル君興味あるんじゃないん?」
「ん、まあ、いずれは詳しく調べてみるのも良いけど、とりあえずそっちは、今はいいかな」
「おやー、ちょっと意外ですねー?」
「ですね! これまで、ハルさんは世界の謎に一直線でしたから!」
「まあ、そうなんだけどね。エーテルが、見つかったしさ」
これまでハルが貪欲に世界の謎へと挑んでいたのは、己とアイリ、そして日本とこの地に関わる事件が存在したためだ。
カナリーも目的を果たし、晴れて人間となって共に生活をしている。
それらが一段落し、あらかた片付いた以上、そこまで優先して対応すべき事象ではなくなっていた。
もちろん、これからも二つの世界を股にかけて活動していく以上、いずれは何らかの形で判明する時が来るのかも知れないが、それは特に今すぐでなくとも良いだろう。
なにせ、ハルたちの時間は長いのだ。
「それじゃーさしあたってはー、みんなで遊べるゲームでも探しましょうかー」
「私も、久しぶりに賞金稼ぎやろっかなー。大会荒らしが居ないと、みんな退屈だろうしね!」
「……他の人にも稼がせてやりなさいな。もうあなたは家庭に入ったのだから。一人で突出しすぎると、業界全体のためにならないわよ?」
「かかかか家庭とか……、入ってないし、いや、入ってた、かも……」
「わたくしと一緒に、“はなよめしゅぎょー”しましょうユキさん! 今からでも遅くありません!」
花嫁が修行するから、花嫁修行らしい。花嫁修業ではないのがミソ。
そんなことをユキに言い出すので、『じゃあゲームの修行しよう』、となるのは当然の成り行きだった。
そんな微笑ましいやりとりを笑って聞き流し、ハルは彼女らとの関係も明確にしていかないと、ということを忘れないように記憶に留める。
明確に結婚したのはアイリのみ、しかも、法整備の薄い異世界においてのみだ。
ルナの目標とする結婚式はもとより、ユキやカナリーとの関係もしっかりと進めて行きたい。
そんな、色々な“これから”のことを考える時間は、とても楽しかった。
今までは、様々な事柄に追いかけられるように次々と問題に対処する日々だった。それを、自分たちで自由に決めて良いというのは、なんだかとても新鮮で楽しいことの様に思える。
「そういえばー、邪神どもも私たちのゲームを真似して、なんかやるみたいですよー? そっちに参加するのも面白いかもですねー」
「……なるほど、別の窓口からも、魔力を呼び込むのね?」
「はいー。間口が広がれば、それだけこちらに繋ぐ人数も期待できますからねー」
「いいじゃん! 面白そう!」
「外の神々の作るゲーム……、緊張するのです……!」
そうやって、ああでもない、こうでもないと、今後の予定を話し合う。
その、未来を選び取れる幸せを感じつつ、ハルはふと思い立ったことがあって、このゲームの操作ウィンドウを手元に表示した。
「あら。どうしたのかしら、ハル? 久しぶりに掲示板でもチェックするの?」
「いいや、その逆。久しぶりに、じゃないな、この節目に初めて、ログアウトしようかなって思ってね」
「あー、ハル君、この一年いちどもログアウトしてないんだよね。ウケる」
「ウケるな。いや、笑い話だね確かに。でもこっちも必死だったんだ。この世界に、しがみつく覚悟って感じでさ」
「……確かに、それで私はとっても助かりましたー。んー、良いんじゃないですかねー? ログインしてると、それだけで負荷もかかりますしー」
「今のハルさんは、“ろぐあうと”しても消えちゃいませんものね!」
実質、これがハルにとっての『ゲームクリア』となるのだろう。
このまま引退、とはならないだろうが、この今まで決して途切れさせなかった通信を解除することで、このゲームにおけるハルの役割が終わったことの節目としようとハルは考える。
終わるためではない。これから先に選び取って行く未来へ進むための、精神的な儀式。
「なんだか、ドキドキするのです!」
「そだねー、積み上げて来た塔を、一気に崩すときのあの感覚」
「その縁起でもない例えは何とかならないのかしら……」
「どーんとやっちゃいましょー。どーん! って!」
ぞろぞろと後ろに集まってきた女の子たちに文字通り背中を押され、ハルは彼女たちがのぞき込む中、ウィンドウパネルの『ログアウト』ボタンに手を伸ばす。
別に、押したから何が変わる訳ではない。ハルの体も、変わらずベッドの上に残ったままだ。
だがそれでも、何故かハルの脳裏にはこの一年間のことが振り返るように思い起こされてゆくのだった。
どれも、楽しい思い出ばかりだ。
「じゃあ、いくよ?」
ごくり、と何故か皆で揃って固唾を飲みながら、ハルは一気にボタンを押し込んだ。
──輝かしい未来に向けて、ゲームクリア!
お読みいただき、本当にありがとうございます。
一年とすこしに渡り続けてきたエーテルの夢、これにて本編の完結となります。
お伝えしていた通りここで完全終了ではなく、ハルたちの物語は平和な未来へ、後日談へと続いては行くのですが、ひとまずはここでメインのお話は終了となります。
明日からは何日かお休みをいただき、その後にまた投稿していく、という形になると思います。
なので「すぐに読みたい!」と思って下さったならば本当に申し訳ないのですが、余韻を感じる期間としてご容赦ください。
物語の締めくくりを迎えて、読者の皆様はどう感じられたでしょうか。
作者としては、終わらせることの大変さにいっぱいいっぱいで、まだ感慨に浸る段階にきていないというのが正直な感想です。いや、本当に難しい。
もしこのお話が気に入っていただけたのでしたら、感想などで知らせていただければとっても嬉しいです。今後の執筆の励みにもなります。
書ききれたのは、確実に皆さまの応援のおかげです。本当にありがとうございました! 毎日の「いいね」も、読んでもらえている実感として非常に嬉しかったです。
では、また後日談にてお会いしましょう。作者の天球でした。




