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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第452話 これから

 そうしてハルたちは元居た最初の位置へと、王城の地下へと戻ってきた。

 さすがにアベル王子は待機していなかったが、その場には所長がずっと残って帰還を待っていてくれた。

 意外と熱い人柄のようで、ずいぶんと責任を感じて悔いていたようだ。最後には泣き出してしまっていた。

 全て自分の計画通りであり、飛ばされたのもわざとであったエメは、言い出す訳にもいかず複雑な表情で謝罪をひたすら受け入れている姿がハルにはおかしかったのだが。


 そんな所長にこれ以上心配をかけないように、装置の転送機能はその場で解除オミットすることをハルは決めた。

 だが、それ以外の機能は特に手を付けない。アベル王子の、そして所長たちの研究成果として、このまま残しておくことにする。

 それにより勢力図パワーバランスは変化してしまうだろうけれど、今までのエメや、今回のハルに振り回されたお詫びとして考えればいいだろう。


 そうしてハルは研究室の彼らに掛けた<誓約>を解除すると、彼らを労って、落ち着いた部屋で半日ぶりにアベルと向かい合うのであった。


「やあ、僕が居ない間、場を収めてくれたようで、すまなかったね」

「おう。まっ、もうハルの無茶ぶりには慣れて来た感があるから(あっから)な、不本意ながら」

「助かるよ」

「助けてる訳じゃ無い(ねぇ)んだがなぁ……」


 プレイヤーと、そして神との間の事情に板挟みになる事が最近多いアベル。その対処も、もう慣れたものになってしまったようだ。

 苦労がしのばれるところだが、その分アベルにも見返りは多いので、あまり文句も言い出せないという複雑な状況になっている。


 今回も、この程度の苦労は安いものだと言い切れるだけのリターンがあった。


「お前たちが飛ばされてのち、あの遺産装置からは魔力の発生が継続的に観測された。誓約とやらによりまだ未発表だが、これはもういいのか?」

「ああ、もう自由に喋れるようにしてあるよ。ただ、転移機能は塞がせてもらったけどね」

「結局、何処に通じてたんだあれは(ありゃあ)? 別に行きたいとは思わないがよ?」

「んー、端的に言うなら神の世界ってとこかな? だから行かせる訳にはいかないんだ」

「そんな事だ(こった)ろうと思ったぜ。恐れ多くて行く気にもならん……」


 見かけによらず信心深い王子であった。

 さて、その神の世界、神界のある次元の狭間への扉は今も開きっぱなしになっている。

 ハルがエメの呪縛を解くために大半を使ってしまったとはいえ、それは全てではない。未だあの地には、エーテルの塔には人間基準では大量の魔力が残っている。

 それが、こちらへと少しずつ扉を通り流れ出して来ているのだ。


「一つ、注意点がある」

「おう」

「出てくる魔力は好きに使って構わないけど、決して無限だとは思わないことだ。人間にとって非常に大量ではあるけどね」

「安心しろ、お前らみたいに神のスケールで考えるようなことはしない」


 根は信心深く謙虚なアベル王子は心配ないであろうが、ハルはあえて釘を刺す。

 実は問題になるのは、神の視点で物事を見ることではない。人の視点であるからこそ、危険なこともある。


 神のスケール、というのは確かに人に比べて遠大ではあるが、それでも明確な基準がある。神々は元はAIである故に、それはある意味人間よりもきっちりと尺度が定まっている。

 だが人間は、その視野の小ささ故に、時に『無限』に手を伸ばしがちだ。

 この地の人々が、かつて夢見てしまったように。


「まあ心配はしてないけど、“僕はいつも見ている”から、妙なことを企む人が居れば容赦しないよ?」

分かって(わーって)るっての! こえーこと言い出すな!」


 実は、これは脅しても比喩でもない。装置からあふれ出る魔力は、全てハルが支配し色を付けたもの。つまりは<神眼>で簡単に視点を飛ばせるのだ。


 これに活気づき、国家間の力関係もまた変わって来るかもしれない。

 原因の一部であるハルとしては、そこも注視し、見守って行こうと思っていた。何かあれば、またやんわりと口出しをすることもあるだろう。


「……んで、これからどーすんだ? そっちの目的は終わったのか?」

「ああ、つつがなく。なんだろうね、かねてよりの懸念事項が片付いた、って感じだ」

「そりゃ結構なことで。じゃあ、もうここには用は無い感じか」

「そうだね。僕はすぐに戻る。正体も明かしちゃったしね。もう謎の貴族ゼファー卿としてはお邪魔できない」

「そこら辺は有耶無耶うやむやになるだろうけどな」


 そんな些事さじよりも、今は装置の起動による魔力の発生。夢のような、魔力の湧き出る遺産の話題で持ち切りになるだろうとのこと。

 パーティーやら何やらもあるだろうと言われたが、城内が慌ただしくなるならば、なおさらおいとましたいというのがハルの正直なところだった。


「これから君は忙しくなるのかな?」

「だろうな。確かにハルの言うように面倒で頭が痛くもなるが、オレの望んだことだ。上手くやるさ」


 また一つ実績を上げ、国の中心へと近づいたアベル王子。

 確かな手ごたえを感じ、今後に思いを馳せる彼とその後もしばらくハルは談笑を重ねると、自分は一足早く、この城を後にすることにしたのだった。





 そんな、徐々に噂が広がってゆき、にわかに慌ただしさを帯びてきた城内を、ハルは気配を殺してひっそりと進む。

 天空城に帰ってしまう前に、もう一つ寄って行かなければならない場所があった。当然、それはエメの所である。


 さすがに地下ではなく、地上階に設けられた彼女の個人的な部屋に、ハルは誰に悟られることもなく入り込んで行った。


「うわ、何にもないや。割り切ってるねこういうとこは」

「あー、ハル様いやらしいんだー。結婚適齢期の女の子の私室に忍び込むなんてー。えへへ、まあそれは置いといて、この部屋とか普段戻んないんですよねぇ。寝泊りなんかも全部地下でやっちゃって、荷物はそっちだったり、はい」

「でもカモフラージュに、何か置いておくとかさ」

「ないですねぇ。この部屋はいわば『エメ』のキャラクターの外。『エーテル』は、この世界の生活に興味なんかなかったのでした。あ、でも、これからはそうでも無い予感! あ、いやいや、荷物はここで増やさずハル様のおうちに行ってからがいいか……」

「来る気まんまんですね製作者。図々しいですよ?」

「えー! そんなこと言わないでくださいよー! 行くとこ無いんですよー! 空木ちゃんだって天空の城に住んでるんでしょ? 一人だけずるいずるいぞぉ」

「やかましい」


 エメのサポートにと、目に見えぬように傍に居た空木も姿を現す。


 今は予期せぬ事故の直後ということで、無理せず休むようにとこの部屋へ戻ることを許されたエメ。

 本来の部屋というべき場所は研究室なのだが、あちらは今は人通りも多くなり、今の彼女にとっては思い入れも無い。なのでここが都合の良い場所のようだった。


 これから彼女はアベル王子とは逆に、この城とは距離を置いてゆく。

 口では色々言っているが、ハルも空木も彼女を拒む気はさらさら無かった。


「……こほん。結局、魔力は止めなかったんすねハル様。いいんですか? もう、あんまり残ってないでしょあれ。今度こそ自分のために使えばいいのに、聖人ですかハル様」

「聖人じゃないよ。ほら、あれだ。僕はこの地の神々を全て支配してるからね。使いたければ、ゲーム内の魔力を好きに使える」

「だから、ゲーム内なら何処に置いておいても違いは無いってことですかー!? あ、悪党だー!」


 大げさすぎるエメのリアクションについ笑いがこぼれる。当然ハルは本気ではないのをエメも分かっているし、エメも分かっていて言っているのを、ハルも理解している。


 そんな風に他愛のないことをしばらく話し、今までの敵としてではなく、仲間としての穏やかな時間が過ぎていった。

 そんな折に、しばらく会話が止まる瞬間が訪れる。

 特に、話してなければいけないという決まりも無い。ハルはこの平穏な無言の時間を楽しみ、空木はその間にお茶やお菓子を整え直してくれる。

 そんな中で、タイミングを計っていたのか、エメがおずおずと切り出してくるのだった。


「……そのぅ、一つ聞いてもよろしいですか、ハル様?」

「いいよ? さっきの話、何か気になったことでもあった?」

「あ、いえ、話は全くもってズレるんですけど。その、あの、ハル様は今後の話ってしないなーって思いまして。いえ、日常の話はされますよ? 王都のお菓子屋さんは、わたしも行きたいです」

「今後の方針ってことか」

「ですです。王子とは、その話してきたんでしょ? ならわたしにも、そうした流れで話しに来たのかなーって思ったんですけど、一向にその気配ないもんで。なんか、話しにくい雰囲気つくっちゃったかな、とか思っちゃったりしちゃったり」

「いいや。最初からそんな話題もっていないだけ」

「なんと……」


 この部屋にハルは、単純に世間話をしに来ただけだ。

 これから、仕方ないとはいえエメをこの地に残して帰還することになる。その埋め合わせ、というのだろうか? せめて彼女の今の自由時間が許す限り、傍に居て話してやりたいと思ったまでだった。


 彼女としては、『今後、どのように動くように』、といった方針の指示がいつ来るのかと、内心びくびくしながら待っていた、ということだろうか。

 とはいえハルは、方針の指示はもう出している。『この城を去る前に引き継ぎを済ませろ』、与える指示はそれだけだ。

 それ以外は、完全に彼女の裁量に任せる気でいた。


「マスター、詳細な指示が無いと、動けないのでは? 私も最初はそうでしたので、分かります」

「しししし失礼な! 人間暦ゼロの空木ちゃんと一緒にしないでくださいよねぇ! わたしはこの土地でずっと生活してきてるんですぅ! 誰の指示もなくてもずっと一人っきりでやってきたんですぅ!」

「……止めましょうか、この話は」

「ですねぇ。私も空木ちゃんも、胸にぐさぐさきちゃいますねぇ」

「なに自爆してるのさ君ら……」


 お一人様暦、百年以上の彼女らだ。自分で話題を出して、がっくりと二人ともうなだれていた。

 なかなかの自虐ネタの使い手である。参考にしたいとは全く思わないが。


「そうじゃなくてですね、わたしの管理者としての、指示とか無いのかな、って。その、わたし、たくさん迷惑をかけたじゃないですか。その償いに、これして働けー、とか?」

「償いが身に沁みついてるよエメ。それは、いくない。改めるように」

「ら、らじゃっす!」


 まあ、エメの言いたいこともハルには分かる。

 彼女の行いが、日本にとってはプラスに働くことであったとハルが示し、その呪縛からは解放された彼女だ。

 しかしながら、その後の彼女の行いまで消えた訳ではない。

 大勢の人間と神々を巻き込んで、大勢の者に影響を与えた。そこで与えた影響は、必ずしもプラスに働くものばかりではないだろう。


「……わたしは、やっぱり元AIとして、見えてしまうものも多いです。私の計画によって、不利益をこうむる人が、出てくるのも見えてました」

「だろうね」

「それが分かっていて、計画を推し進めたのも、またわたしの罪です。ハル様は、そこに対する罰は与えようとは思わないのですか?」

「うん。思わない」

「…………」


 例えば、エメが、エーテルが加速的に推し進めたエーテルネットの普及。それだって、ありとあらゆる人間に恩恵を与えた訳ではない。

 中には当然、それが不利益となる、それどころか不幸となる人間も存在した。

 旧来のインフラに関わっていた事業者などまだかわいいもので、根本的に、体質的や精神的にエーテルネットとは合わない者だって居る。


 そうした、発展の影に淘汰とうたされた者の不幸も、彼女は自らの罪だと考えてしまうようだ。


「僕は、それを罪だと思わないんだよね。正確に言うと、思ってしまうと動けなくなる」

「マスターは、より多くのことが見えてしまう為ですね」

「うん。特に意識拡張なんかするとね。冗談抜きに、あらゆる人間の幸と不幸がリストアップ可能だ」

「そりゃまた、ぞっとしない話ですね……」


 本当にぞっとしない。直視しては、精神を病むだろう。例えハルであっても。


 なのでハルは、極力、不幸な出来事は見ない。

 いや、当然、目の前の不幸や、自分の手の届く不幸は解決のために最大限努力する。しかしそれ以上は、精神がパンクしてしまう。

 行動記録にも、極力記述していないはずだ。


「だから、僕は僕の身勝手によって、君の罪も許すよ。という訳でこれからは、何の心配もなく気楽に過ごすように。その、エメのキャラのようにね」

「……あう、ずるいなぁ。そうやって、許されちゃうと、本当にその気になっちゃうじゃないですかぁ」

「だからその気になれって言ってるのに……」

「だってぇ……」

「まあ、ゆっくり慣れていけばいいさ」

「あ、マスター、製作者が泣きそうですよ。これは、おねーちゃんに教わった『泣ーかした!』を実践する良い機会ですね」

「せんでよろしい……」


 ここに来て、ようやく張り詰めていた精神の糸を切ることがかなったのか、エメの目からは次第に涙が溢れていった。

 それはすぐに大粒のものへと変わり、エメはその場でしばらく、大声で泣きはらした。


 いっそ百年分の鬱屈うっくつを洗い流してしまえるように、ハルと空木は、優しく彼女に寄り添って、彼女の悲しみが吐き出され切るまで、共に時間を過ごしたのだった。

 長かったこの章も、終わりが近づいてきました。

 恐らく明日の投稿で締めくくりとなる予定です。どうかきちんと着地できるよう、見守っていてください。


※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/14)

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