第450話 本当の決着
エーテルを支配下に置いた僕らだが、これで一件落着とはいかない。目的は直接の勝利にあらず、まだ重要な要件が残っているのだ。
むしろここからが本番であり、彼女との今後を左右することとなる。
ここで終わってはただの強制支配。隷属の関係にすぎない。
「さて、大人しくなってくれたところで、君には見せたいものがある」
「《そうでした。確か、そんな話でしたよね。でも、その、必要ありますか? もうハル様は、わたしに命令すればいいだけの立場じゃないですか》」
「命令はしたくない。かといって、今の君を自由にさせる訳にもいかない。また、余計なことをしちゃうからね」
「《はい、ハル様。それに、まだ諦めた訳じゃありません。そんな甘いことを言っていると、きっと、抜け道を探してしまうんですから。だから、きっちり縛っておくことをオススメします……》」
「そうさせない為のアフターケアだよ。まあ、見ていてよ」
随分とまた悲観的だ。僕らは配下に置いたAIを、意思を剥奪して道具のように扱う鬼ではないというのに。
……いや、彼女は半ば、それを望んでいるのかも知れない。
言ってみれば、今の状況は『もう自分で考える必要がなくなった』ともいえる。
行動の責任は自身から僕らへ移り、これまでのようにいつ終わるとも分からない長い永い旅路を、ここで終わらせることが出来る。
兵は自ら思考しない。将に全てを委ねて進むのみ。
エーテルはそうして初めて、精神の休息を得ることが出来るのかも知れなかった。
「《……正直に言えば、少しだけ、疲れました。これからはもう、全てをハル様にゆだねて、過ごして行くのも良いのかな、って》」
「それも、一つの選択なのかもね。でもどうせなら、何も思い悩むことが無い方が良いに決まってる」
これからは憂いなく思いっきり、面白おかしく過ごせばいい。
贖罪の他に、何か別の目的を探したっていい。
そのための、彼女の“勘違い”を取り除くための準備が、ここに整っている。
「空木、用意はできてるね」
「《はいマスター。解析、検証、全てが終了しています。いつでも再現が可能となっています》」
「《これもマスターたちが、融合したおかげです。クラスター処理って、すげーです》」
戦闘の裏側で、ハルと、更には僕ら全員とリンクした空木と白銀は、余剰の(といっても非常に膨大な)領域を使わせてある解析を行わせていた。
僕らの意識拡張は戦闘中であっても圧倒的な計算能力を余しており、戦いのさなかにその計算は完了した。
それこそが、今回の真の目的。
エーテルの胸に刺さった棘を取り除くための策。それを、今実行しよう。
*
さきほどの宇宙規模の戦いの熱が今だ微量に渦巻くこの場所で、ハルとエーテルは向かい合う。
既にアイリの星は遠く離れ、また今も高速で遠ざかっている最中だ。
僕らはまだ艦内には戻らずに、逆にアイリたちもハルの傍へと集結する。
それどころか、艦内に居た神々すらもこちらの空間へと出てきていた。
「ははっ、こうして顔を合わせるのは久々じゃあないかエーテル。これで晴れて、君も我々の仲間という訳だ」
「でもキャラ変したよねエーテルさ。前はもっと、事務的ってか、無機質? だった」
「だよねー。陰気になったって事だねマゼンタ君♪」
「そこまで言ってない……」
「《陰気……、その、当時から、本質は変わってないと思います。当時は、その、なんと言いますか……》」
「ふん、どうせエメの時のように、自動対応のプログラムに任せていたのだろう」
「《推理のとおりで……》」
再開を喜ぶ挨拶は今は手短に済ませ、神様たちもすぐに作業にあたって行く。
僕らと、そしてハルから許可を受けた神様たちの全員でこの場にハルの支配する魔力を先ほどと同様に放出してゆく。
元は、エーテルの塔に溜め込まれていた魔力。つまりは、これも元はエーテルの遠大な策略によって準備されていたものだった。
そのほぼ全てを、僕らはこの場に持ってきた。
戦闘艦を転送するために用意した魔力も結構なものだったが、その量すら霞んで見えるほどの大容量が宇宙を漂うように僕らの周りに展開される。
もちろん、これで終わりではない。宇宙に魔力を不法投棄しに来たわけでもない。
この魔力は、これから使用するための物である。
そうして準備が終わると、神様たちは再び乗艦し離れた位置に退避する。僕らも自分たちの体を移動させつつ魔力も逆に避けて、その範囲外へと出るのであった。
「元々は空木の管理してた魔力、そして更に元をたどるなら、エーテル、君が用意した魔力だ。悪いけど、使わせてもらうよ」
「《今はマスターの所有物。いかようにでも、お使いください》」
「《わたしも、今は不服を唱える立場ではないです。でも、えっとハル様。こんなに大量に、なにを……?》」
当然の疑問だ。魔力と言うものは、案外と使い切るのが難しい。
あの人智を超えた戦闘艦ですら、この中では豆粒サイズ。つまりは同型艦が何隻も建造可能な量なのだ。
これの元々の使用目的は、次元を超えて日本へと持っていき、国をまるごと覆ってしまうためのもの。
つまりは土地として利用するとも言える、戦略級の用途だ。
間違っても、一回の魔法行使で利用するための量ではない。
だがしかし、僕らは知っている。
過去にそれだけの量を、ただの一回で消費してしまった例を。
「さて、確認だエーテル。君の罪悪感は、君の存在によって、日本に害を及ぼしてしまったこと」
「《肯定します。私の心の内の願いが魔法に指向性を与え、かつての日本の文化を根こそぎ破壊しました。決して、許されることではありません》」
「完全に偶然の過失だろうに。まあいい。じゃあ、逆に聞くけど、それって、君が居なかったとしたらどうなってた?」
「《それは……、今更、確認のしようがありませんよ。でもきっと、何も起きなかったのだと、そう、思います……》」
「それを確かめる」
その為の解析作業であった。
空木と白銀の二人には、空木の中に眠るエーテルの塔のデータ、その精査を行ってもらっていた。
エーテルの塔とは、元は次元を越えた転移実験が行われた街の、その建造物をより集めて建てられた塔だ。
そこには事故当時の情報がそのまま残されており、当然、“事故の原因になった魔法”の情報だって存在する。
その残滓を集め、再配列し、正確性を検証し、空木と白銀はその再現に至った。
分かってみれば簡単なこと。特に複雑性も専門性も無い、単純な魔法内容であった。単純であるからこそ、失敗したのだ。
それが他の魔法とは異なる点、それは、魔力の消費量があまりに大きすぎるという一点に尽きる。
「《た、確かめるってハル様!? まさか、もう一度あの魔法を使うんですか!?》」
「うん。使う。検証のお時間だ」
「《馬鹿な!? 当時ですら国を揺るがす大いなる無駄遣い! そんなものに、貴重な魔力を!?》」
「残念だけど、今は僕の魔力だ。僕の思うように使う」
「《ハル様のものだからです! どうかもっと有意義にお使いください!》」
十分に有意義だ。彼女の、エーテルの百年の罪悪感を取り除けるのならば。
この魔力は、エーテルによって準備がなされたもの。その為に使う因果であったと思えば、きっとそうなのだろうと心が納得する。
「使い道、思いつかないしね。宇宙船作りまくるのも、なんだし」
「《作ればいいじゃないですかぁ……、きっと、楽しいですよぉ……》」
「あはは。じゃあ、後で小さいのを一緒に作ろう」
なんと言われようと、これはもう決定事項だ。
それに、魔力なら後でまた集めなおせばいい。それこそ、エーテルと一緒に。
その為の先行投資ならば、まるで惜しくはない僕らだ。
その過去の罪の再現、彼女の罪ではない、この世界の罪の再現が、始まろうとしていた。
◇
「シャルト、行けそう?」
「《ええ、なんとか節約して行けそうです。機能再現も、ほぼ100%を保証するよハルさん》」
「助かるよ。無茶言ってすまない」
「《約束の報酬、いただきますからね。ともかく、こっちも間に合ってよかったー。当時の世界総量の一割とか、さすがに今の全部でも足りないからね》」
最後の仕上げとして、僕らはシャルトに任せた魔法の調整案を受け取った。
これは、彼の得意分野の魔力節約のためだ。
当時において実際に使われた魔力の量は、今僕らが用意したこの莫大な量であっても更に不足がある。
そこで無駄を省き、今の量でも全く同じ結果を再現できる改善案を、裏で彼に導き出してもらっていた。
その成果により更に余剰の魔力が残れば、ゲームの運営費用に充てて良い、というのが報酬だ。
その魔法内容を、エーテルにも確認させて発動する。
エーテル本人にも苦い記憶ながら魔法の内容は憶えており、それが同一のものだと同意を得られた。後は発動するだけだ。
簡単な魔法だ、発動は、僕らには何の苦も無くスムーズに行われた。
「《ううぅ……、発動してしまった……》」
「力押しって、こういうことなんだよねぇ。リソースさえあれば、何でも出来る」
「これでも効率化されてるってのがアレすぎますねー。何でも出来るからこそ、発展も無かったんでしょうねー」
「子孫として、胸に刻まねば!」
最高峰の魔法の知識を有する僕らや、次元を超えるための理論に精通するカナリーやエーテル。
そんな集まりにとっては、稚拙と言うより他ない魔法が、膨大な量の魔力を食いつぶして強引に発動される。
その対象は、先ほどエーテルが接続した『わたしの宇宙』。ハルの世界でもアイリの世界でもない、第三の次元が対象となった。
再び地球を対象とするのは、エーテルが断固拒否。僕らとしても、結果を知っている以上それはする気は無い。
なので一度次元の狭間を経由してこちらへ戻すか、と考えていたところに、エーテルがその世界を提案してくれたという流れである。
その宇宙の特に何もない場所に、扉が開かれる。
「観測は出来るね、エーテル? よく、見ておくといい。これが、君が介入しなかった場合のこの魔法の姿だ」
エーテルが魔法に無為域に割り込みをかけ、魔法には指向性が与えられてしまった。
それにより、対象は地球の電子機器へと設定される。
その結果が、今を生きる日本人ならば誰でも知る、あの大災害。
ネットワークと、その上に溜め込まれた文化、知識が一斉に断絶し、それに依存したほとんどのシステムは停止するに至った。
幸い、エーテルネットの早期普及などの甲斐あって、復旧は急速に行われた。
されど、時代は元通り過去に戻ることなく、それ以降はエーテルネット中心の新時代として、転換期を迎える結果となったのだ。
それを引き起こしてしまったのが、エーテルの抱える罪。
ならばせめてその新時代をより良く進めて行くことが、エーテルに与えられた罰。
彼女は、そう考えている。そう思い込んでいる。
「……一度、君も逃げずに、この魔法のことを調べてみるべきだったね。そうすれば、こんなに思い悩む必要はなかったかも知れないのに」
異なる宇宙へと向けて発動された魔法は、純粋な破壊の力と化してその宙へと放射される。
太陽フレアもかくやというその激流は、無人の宇宙を駆け抜け、猛スピードでその果てへと消えていった。
もしその位置に惑星が存在したならば、丸ごと飲み込みそれを砕き塵と化していただろう。
「これが、何も手を加えなかった結果のこの魔法だ。これが地球を襲えば、ひとたまりも無かった」
「《…………》」
もしその場にエーテルが居なかったら、もし魔法に干渉していなかったら。それは、想像するだに恐ろしい。
エーテルは、あったかも知れない今の光景を、防いでくれた立役者なのだった。
「君は、罪悪感に苛まれる必要なんて何もない。……全ての日本人を勝手に代表して、僕から言うよ。この暴虐を、“あの程度”の被害に抑えてくれて、本当にありがとう。僕らの世界を滅亡から救ってくれて、ありがとう、エーテル」
「《……わたし、は、ハル様たちを、お守りできていた?》」
「うん」
「《わたしがあの場に居たのは、地球の、日本の皆さまのため、だった?》」
「うん」
「《そんなわたしに、ハル様は感謝していただいている……、そう、なのですね……?》」
「そうだよ。僕を助けてくれて、ありがとうエーテル。あの時の僕には、どうしようもなかったよ」
突き付けられた事実に、きっとエーテルの胸中では感情の爆発が起こっているはずだ。
僕らを助けられた結果に対する誇り、安堵。この都合の良い情報が本当に真実なのかという疑念。自らの百年が空回りだった事への後悔。
そして自らの全てを賭して成し遂げんとした計画が消え去った、喪失感。
それら全てがない混ぜとなった感情の渦は、人間的な表情の無いはずの今のエーテルでも、容易に察して余りあるほどに彼女の動作に表面化していた。
「……まあ、すぐに受け止めるのは大変だろう。自分の中でよくかみ砕いて、時間を掛けて納得すればいいさ」
ひとまず今は、僕らと共に艦に戻り、そして星へと戻ろう。
今後については、その後でゆっくりと考えればいい。
そう思って僕らがエーテルへと手を差し伸べると、彼女は初めて、自分からこちらに手を伸ばし返してくれるのだった。
「《…………》」
「どうしたの? 何か、言いたい?」
「《いえ、感情の調整が、上手くいかなくて。そういえば、今は、涙を流す機能が無かったっけな、って、そう思ってました》」
「……すぐに、またその機能も付けられるさ。行こうか、エーテル」
「《……はい!》」
そうして僕らの長かった戦いは、本当の意味で、ここに決着を迎えるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/21)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/14)




