第448話 わたしの宇宙
開かれた剣の檻の隙間を飛びエーテルへと肉薄する。
僕らの取った作戦は単純。逃がす隙間を与えることを気にせずに、とにかく攻めに攻めること。
当然、その雑になった攻撃の合間を縫って、エーテルは一瞬の隙を見逃さずに逃亡を試みるが、なんのことはない、逃げられたらまた追いつけばいいだけのこと。
僕らは全員で剣光を爆裂させての高速軌道が可能になっている。
この障害物の何もない宇宙、虹の尾を漆黒の宙に伸ばしながら、それによる圧倒的な加速で、いくら逃げられてもすぐに追いつく。
「《あわぁ……、別次元からのエネルギーを強引にバーニア替わりにして追ってくる編隊とか、悪夢ですよぉ……》」
「編隊の言い方に悪意があるよね……」
確かにあまりに一般的ではないのは確かだが。
そんな変態的な編隊起動は、ハル一人の時よりも相乗効果を発揮しているのか、遮る空気が無いためか、地上よりも更に速度が上がっている。
対するエーテルは地上とさほど速度が変わらないようで、隙をついて強引に包囲を突破しても、すぐさま再び追いつかれてしまっていた。
「宇宙でこそ、これを使うべきか。……<反陽子砲>ッ!」
「《反物質反応……!》」
「その通り!」
それも、これまでになく大規模なものだ。
エーテルの逃げようと体を向けた先を、反物質の生成魔法によって、対消滅の爆風で封じる。
ここならば、地上の被害を気にすることなく核爆発だろうと対消滅爆発だろうと好きに吹き飛ばせる。どうせ、太陽風に乗った宇宙線に紛れてこちらも誤差になるのだ。
「……ハル? 宇宙でその名前は、縁起が良いとは言えないのでなくて?」
「ああ、いや、そんな意図はない。エーテルも、深読みしないように」
「《ご、ご心配なさらずとも、わたしは深宇宙の行ったきりにはなりません。必ず戻って、皆様のお役に立ってみます。だから見逃して……》」
「だめだね」
「《そんなぁ……》」
大輪の花と咲く反物質の花火が、常夜の空を剣光と共に染め上げる。
それらを交えた猛攻がエーテルを翻弄し、そして僕らの突進は時たま“彼女の体に触れる”に至るようになった。
これはただ接触するだけではない。直接の接触により、彼女の体を浸食し支配する。そのハルによる管理者権限の施行だった。
それを今僕らはハルだけでなく、全員が同様に行うことが出来る。
そしてハル自身も、カナリーの権限も加わったことで、更なる効率化、浸食速度の高速化が図られていた。
「ふっふー、管理者二人分の強権発動ですよー? 元のAIの色を濃くした今の貴女には、辛かろうことでしょー」
「カナちゃん、元同僚の上司になったんだね。かつての同期を、顎で使っちゃうんだ」
「世知辛い例えだねユキ」
「ならこうしましょう? カナリーがかつての仲間を裏切って、彼女らを次々とハルに差し出すの。そしてハルの毒牙に……」
「えっちな例えだねルナ」
「カナリー様は、つまり最高神に!? で、でも、カナリー様はわたくしたちと同じ人間となられて……」
「もー、人のこと変に例えるからアイリちゃんが混乱しちゃうでしょー?」
「《わたしも、厳密には部下という訳ではない、と抗議しますぅ……》」
だが、有事の際は上位の命令権が管理ユニットにあるのは事実であった。その性質を受け継いだ神々は、僕らが強権を発動すれば基本的に逆らえない。
エーテルが人として、エメであったころであれば、その辺りは有耶無耶になっていたかも知れないが、神の身に戻った今なら、そこは色濃く性質として浮き上がっている。
まあ、エメのときはエメのときで、NPCとして今度は神の<誓約>を無条件に受けてしまう身であるのだが。
「まーえっちな話は置いといてー。これで強引に押さえつけてしまえば、もう魔力切れまで耐久する必要もなくなりましたよー」
「……やっぱり、えっちな話ではなくって?」
「ルナ、落ち着こうか。どんな副作用だこれ……?」
「ルナちゃん、自分の心を開放するの慣れてないんだよ、きっと。あ、私も、だけど……」
「ハルさんに、思いっっきり甘えるようにするのがコツなのです!」
そう、まだまだ僕らは、この同化を交えた精神統合に慣れていない。
特に普段大人しいルナは、自分の内面をさらけ出すのにまだまだ抵抗が大きいようだ。
そんな不安定な状態ではあるが、僕らの絆によってきっちりと均衡は保たれている。誰彼構わず、だとこうはいかないだろう。
そしてついに僕らはエーテルを詰みに追い込んだ。
もはや彼女の出力では、どうあがいても逃亡は不可能だ。あとは、僕らに被害が無いように、慎重に一手一手を進めるのみである。
*
「《厳しいです……、隙だらけのようで、隙が無い、ステータスの暴力ですよぉ……》」
「レベル上げする時間は与えない。いや、これは負けイベントだ」
「《……負けイベを覆すの、ハル様は好きじゃありません?》」
「まあね。それこそ強引なレベル上げで突破できる仕様なら、やっちゃうかな」
その時点では撃破できないボス敵をストーリー上に配置して、敗北を演出するバトルがたまにある。
そういう演出なので基本的には勝てなく出来ているのだが、稀に単にステータスが高い敵を配置しただけの場合もあったりする。
その手のタイプであれば、レベルアップや戦闘の工夫において撃破が可能だったりするのだが、まあ勝ってもシナリオの進行に変化はない。
単に、これはハルが負けず嫌いなので戦闘だけでも勝ちたいだけの話であった。
そして、今は僕らがその理不尽なボス側だ。決して主人公には勝たせない強制敗北を齎す力を有している。
「《わたしも、嫌いです、負けイベント。こう見えて、負けず嫌いです、わたしも……》」
「いやどう見ても君は負けず嫌いだけど?」
「《とっ、とにかく、レベル上げる時間もないなら、チートツール使ってでも勝つのがわたしなんです!》」
既に僕らがチェックメイトを宣言した、この状況においてもまだ諦めない。
筋金入りの負けず嫌いだ、エーテルは。いや、負けず嫌いというよりも、不屈の意思の強さと言った方がいいだろうか。
社会に対してあまり真摯でない僕らよりも、そういう意味では主人公気質に見える。
あとは、その願いが健全であれば言う事は無いのだが。
そんな彼女の体が、美しく輝きを発してゆく。
追い詰められた最後の悪あがき、というには、その光は神聖でつい見入ってしまうものだった。
「は、ハル君、だいじょび? あれ、自爆したりしない?」
「しないね」
「ですねー。あの子は勘違いの使命感に囚われてます。その勘違いした目的を達成するまで、自らを滅ぼすことは決してしませんー」
「そか。あとカナちゃん『勘違い』に力入れすぎ……」
エーテルの体を構成する魔力の圧力のような感覚が、急速に薄れて感じる。
あの発光はそれだけ、急激にエネルギーを消費しているのだろう。
さすがにこの状態の中には僕らであっても飛び込めはしないが、一目見て分かるとおりの魔力の減り具合、決して長くは続かない。
時間稼ぎにすらならない強引なこの対応はまさに自爆。いったい、彼女は何を考えているのだろう。
「……なにかするとしたら、マズいのでなくって? ハル、今のうちに止めるのがセオリーよね、これは?」
「そうなんだけど、この状態で止めるとなると、それは殺すしかなくなるからね」
「私たちにそれが出来ないのもー、向こうもまた分かってるでしょうからねー」
「安全に、引きこもれてしまうのですね!」
そう、今の状況は暴風雨のようなエネルギーの内側への引きこもり。
しかしそれは逃避ではなく、逆転のための起死回生の策であるはずだ。
その力場の内部から、ほとばしる魔力のエネルギーに遮られて聞こえるはずのない、エーテルの声が届いてきた。
それは一言一言が力を持っているように、重く静かに宇宙に響く。
「《次元回廊、設定完了! 開け、針の穴、プランクの通り道! エネルギー解放101%! 来い、わたしの宇宙!》」
それは定義か詠唱か、口上が終わると同時に、エーテルの胸の中心に『穴』が出現する。
彼女の言葉のとおりの針の穴、ほんの小さな点であったそれは、瞬く間にサイズを広げ、こぶし大へと成長した。
その内部からは、この場を圧倒する強大な力が流れ出してきているのが分かる。
空気の無いはずのこの宇宙を、びりびりと振動させるほどの迫力であった。
「うわぁ……、とんでもないことしますねぇあの子ー」
「珍しいね、カナリーちゃんがドン引きとか」
「ふつうやりませんものー。下手したらこの星系ごと吹っ飛びますよーアレ。まあ、流石は次元の専門家と褒めてやりましょうかねー」
「《そ、そうなんです! 危ないので、早めに止めにしましょう、やめに!》」
自分でやっておいて勝手な言いぐさだが、それだけ追い詰められての決死の策という事だろう。
あれは、恐らく別次元への通路を“開きっぱなしに”したのだ。
僕らが先ほどまでさんざん神剣で切り開いた次元の裂け目。そこから一瞬だけ溢れるエネルギーは、光の剣となって圧倒的な威力で敵を切り裂く。
だが、それはあくまで一瞬だ。一瞬だけでその威力なのである。
それを開きっぱなしにするのだから、その力は推して知るべし。
「《エーテルネットに、何故タイムラグが存在しないかはご存じですか、ハル様?》」
「仮説は。上位次元を、または別の宇宙を経由しているから、空間的制約にとらわれず光の速度を越えられる」
「《はい。その仮説、合ってます。この世界を中継しているので、はやいんです》」
「だろうね。この世界に来て、世界の真実を知ると、それも納得だね」
「《それが、魔力をこちらに与える代わりに、地球人が受けた恩恵になります。夢の力です》」
それが、今の彼女とどう関係するのか?
恐らくは、その発想を着眼点として作り上げたのが今の彼女の力なのだろう。
日本では今はまだ仮説段階であるこの理論は、一部ではエネルギー機関としての研究も行われていた。
高次元から無限にエネルギーを取り出す夢の機関。奇しくもこの世界の人々が臨み失敗したその考えと、同じ発想を地球人も持っていた。
実際は言うなれば並行宇宙であり、高次元ではないのだが、エネルギーが取り出せるのであるならば大した問題ではない。
そんな夢の機関を、エーテルは完成させたのだろうか? それ故に、彼女の名はエーテルなのであろうか?
「《……ぶっちゃけ、制御ききません。宇宙レベルの力なので。だから降参してハル様ぁ》」
何故だか切り札で圧倒しているはずのエーテルが泣き出しそうだ。
確かにこのまま彼女が暴走すれば共倒れ、ここは僕らが折れるべき場面なのかも知れない。だが。
「嫌だねえ。無理な相談だ。なんたって、もうチェックメイト宣言しちゃったしね」
「《そんなわからん理由でぇ……!》」
泣きそうに叫ぶエーテルから、癇癪のようにエネルギー派が放出され、それを僕らは神剣で迎え撃つ。
輝きは空間そのものを激しく揺らし、それがまた次元の裂け目を作り出し暴れまわる。これでも余剰の放出だろう。
さて、この一見負けイベントを、攻略していこう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/21)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/24)
更に修正を行いました。「どんでもない」→「とんでもない」。どんでもねー誤字ですねぇ。(2023/5/14)




