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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第446話 第二宇宙速度

 僕の意識拡張はハル個人の精神だけに留まらず、“僕ら”を繋ぎ皆に流れ込んで行った。

 アイリも、ルナも、ユキも、カナリーも。僕らは互いが互いの主観意識クオリアを共有し、意識変性パラダイムシフトを引き起こす。

 個人のものだった世界の認識はこの時を境に大きく広がりを見せ、僕らに共通するあらたな認識となったのだった。


「はっきり見えるよ。わかる。世界って、こんなにクリアなものだったんだね」

「僕にも見えるよユキ。君の見ていた世界。そう、悲観するものでもないじゃない」

「そっかな? そっか。そうかもね。えへへ、これ、私が誰だか気を抜くとわからんくなっちゃいそうだね」


 僕らの互いを隔てる境界線が曖昧になっているためだ。

 今、動かそうと思えばハルの意思でユキの体を動かす、などという事も可能となっている。

 それに飲まれてしまえば、本来の自己を見失ってしまうことにも繋がるかも知れない。そこは、留意した方がいいのだろう。

 僕らはユキの不安を落ち着ける方法を、僕ら全員で考える。


「……ということはアレかしら? 私たちでえっちな事をしたとして、全員が全員の快感を共有するのかしら?」

「ブレないよね……、ルナはさあ……」

「ふおおおおぉ!? それは、一体どうなってしまうのでしょうか!?」

「アイリちゃーん? 戻って来ましょうねー、戦闘中ですよー」

「あ、うん。よくわかった。私は、ルナちゃんには成れないわ、うん」


 ルナによる非常に分かりやすい例えでもって、ユキの不安も持ち直す。

 ……これ以上この話を掘り下げられる前に、エーテルを追った方がいいだろう。カナリーの言うとおり、今は作戦の途中である。


「もう、見えなくなったわ彼女。本当に追いつけるの?」

「お空の上だねー。あ、かろうじてまだ見えるよ。まだ、上がってるんだ……」

「ハルさんの目の良さも、流れてきているのですね!」

「いや、僕もここまでじゃない。相乗効果ってやつだ」


《皆様それぞれの視界をし、情報を掛け合わせることによって、個人で得た視界よりも、より深い情報の精査が可能となっております》


 簡単に言えば、片目で見るより両目で見た方が良く見える、の進化版だ。

 一人で見るより、みんなで見た方がよく見える。


 僕らそれぞれの得た情報はハルの意識拡張を通してエーテルネットの情報処理にかけられ、タイムラグ無しにより深い情報を伴って視界に反映される。

 それを統括計算しているのが、黒曜だ。


《私の計算力も、予想外に飛躍的向上を遂げています。これならば、より皆様のサポートが行えるでしょう》


「黒曜ちゃんが私たちともリンクした影響ですかねー」

「<転移>の計算も、これならすぐに行えます! なぜか、わたくしにも理解できるのです! あたまよくなってるのです!」


 本来ハルでしか行えない複雑怪奇な魔法的な情報制御アルゴリズム。それも、今は全員が可能となっている。

 エーテルネットの処理能力も合わさり、コアの補助と同等に高速となったその力で、僕らはエーテルの進行方向へと<転移>し先回りするのだった。





 そして<転移>し僕らが出現した先は、一気に光量が落ちて昼夜が逆転したような世界。

 いや、視界を軽く振って見渡せば、一点は眩しいばかりに輝いて、ここが『昼』の位置のままだと教えてくれる。


 その光の一点はこの惑星の太陽。恒星の眩い輝き。

 ここは、かつてルシファーで訪れた大気圏外の世界、宇宙空間であった。


「うちゅうです! そうですね、エーテル様もずっとお空に昇れば、うちゅうに来るのですね!」

「い、息が……、できる! これはあれだ、ハル君の環境固定装置のおかげ」

「真空なのに声が届くのは、そう、互いの精神が繋がっているからね?」

「自己完結で答えが得られちゃうのはつまらないですねー。もっと教え合いたいですねー」


 そう、究極的には僕らには会話すら本来必要ない。

 ただ、それはそれで寂しいものだ。例え心が完全に繋がっていても、互いが互いを必要としているということを、確かめ合いたい。


 そんなことばかりを考えてしまいそうになるが、やはり今は戦闘中。

 後々の課題として、いまこの時はエーテルの対処に専念しよう。


「以前に僕らの国の傍から上がってきた地点だ。エーテルの脱出地点とは微妙にズレる」

「みんなー、移動しますよー? 準備はいいですかー?」

「おっけーです!」

「ん、たぶん、だいじょぶかな? ルナちゃんは?」

「ハルの力を受け入れる感覚でいいのよね? 慣れるまで少しかかりそうね……」

「ハルさんをソフトとかアプリだと考えて、自分の中でエミュレートする感覚ですー」

「カナちゃん、それ純人類には逆にわからん……」


 エーテルネットから、薬効プログラムをダウンロードする感覚、といった方が現代人には分かりやすいだろうか。

 ほぼダウンロードというものはする必要性が無くなり、目的のデータにこちらから都度アクセスするだけで済むこの時代だが、そんな中でもダウンロードを必要とするプログラムは未だ存在する。

 それは機密性の高く、完全に個人で実行する必要のある対象、すなわち己の肉体に関することだ。


 これは体内に入り込んでいるナノマシン(エーテル)を利用して薬効成分などを作り出し、半ばネットから切り離されて行われる。

 その際に、必要なデータを全て手元に置いておく、ダウンロードの必要性が出てくるのだった。


 余談であった。だが、ルナやユキのイメージの助けにはなったようだ。


「よーし、突撃しますよー? ごーです、ごーごー」

「ごー!」


 ノリノリのカナリーとアイリが陽気に先陣を切る。

 僕らの進撃をさえぎる大気の壁が存在しないこの宇宙。その速度はさまたげなく一気に加速してゆき、地上ではなかなかお目にかかれない高々速となった。

 もしこの状態で障害物にぶつかれば、それだけで、潰れるどころか大爆発を起こしかねない。

 そういった障害の存在しないここならではの加速だ。


 同時に、比較対象が眼下にある巨大な惑星だけなので、自分たちがそれだけの速度で飛行しているということにも気付きにくい。

 今この場で、ユキなどに時速を記した速度メーターなど見せたら、また愉快な反応を返してくれるだろう。


「ふええぇ……、怖いから、見せないでねハルくぅん……」

「おっと、この状態じゃ、いたずらも成功させるのが難しそうだ」

「やはりここは、唐突に私がハルに胸を触らせてそれを強引にユキに伝え……」

「やめようね?」


 そんな与太話をしている間に、僕らは一気にクレーターの直上へと近づいて行く。


 そういえば、『エーテル』の、ナノマシンの、そして彼女の名の語源となったであろう架空の元素。

 それはこの宇宙に満ちると考えられていた力であった。そんなことを、少しばかり考える。

 研究所は何を願って、その名をナノマシンの大気に名付けたのだったか。そして彼女は何を思って、その名を自身に付けたのだろうか?


 そんな想いに僕らが少しの間浸っていると、その位置には地上側からも、もの凄い勢いでそのエーテルが光の尾を引きながら、僕らの居る位置へと駆け上がって来ているところであった。

 慎重に僕らは相対位置を調整すると、気配を殺してその到達を待つ。

 ほどなく、エーテルはこの場所へと到着するのであった。


「こんにちはお嬢さん、そんなに急いで何処へ? 第二宇宙速度、出ているよ」

「《げぇっ!? ハル様!?》」


 一瞬で僕らの脇を飛びすがってゆくエーテルを、こちらも再び加速して追う。

 宇宙空間で両者は速度を合わせて並び、体感的には互いに浮遊して動いていないかのような、そんな状態に持ち込んでいった。


「《な、なんで居るんですかぁ……、せっかく逃げ切ったって、安心してたのにぃ……》」

「うん。以前こっちにワープコラムを設置してたからだね。やっぱりロマンじゃん? 宇宙へのワープ」

「《そんな理由でわたしの作戦が……》」

「ハル、この子だいぶ愉快な性格ね? 弄りがいがあるわ?」


 僕らにとっては、何度追い詰めてもそのたびに手から零れ落ちるように逃げ続けるエーテルだが、彼女からしてみれば逆だろう。

 何度逃げても逃げても、的確に追いついてくるやっかいな相手。

 特に今回は、今度こそ振り切ったと思っただろう。


「それでお嬢さん、そんな速度で何処へ? もしや今度は、惑星外に隠れ潜むつもりだった?」

「《そ、そうですよぉ……、なんだかんだ、地上は他の神の目がありますもの……》」


 だから、宇宙に、しかも惑星の重力圏を脱出した先へと潜伏しようと、第二宇宙速度だっしゅつそくどでこうして駆け抜けている。

 良い手ではあるだろう。しかし、迷わず実行に移すその大胆さには驚愕を禁じ得ない。


 なにせ、何もない。本当に、この先には何もない。

 人も、魔力も、温度すらも。


 そんなあらゆる意味で凍えるような寒々しい世界へ、躊躇なく飛び去れる彼女の精神性は、やはりどこか超越したものだった。


「だがこうしてバレてしまったね。諦めて、戻ろうか」

「《も、もどりません! バレたところで、探すのに難儀する世界には変わりませんもの、この宇宙は……》」


 特に、僕らのような肉体を備えた生物はそうだろう。

 特別な装備があるとて、身一つで訪れられないというのはそれだけで大きな行動制限となる。端的に言えば、コストが大きくかかるのだ。


「……宇宙に出て、どうするのさ。そりゃ、見つからないかも知れないけど、君だって何もできないよ?」

「《そんなことは、ないです。わたしなら、問題ありません。企業秘密、ですが……!》」


 エメであった時よりも気弱な性格となりながらも、その瞳に灯る意思の光は少しばかりも衰えていない。

 出まかせやはったりではなく、本当になんとかするプランがあるのだろう。


 小惑星が互いに衝突して体積を増していくように魔力を少しずつ集め、雪だるま式に地道にリソースを確保する算段だろうか?

 それとも彼女の一歩先行する次元技術によって、距離など関係の無い何か画期的な方策が存在するのだろうか?


 なんにしても、この広大に広がる暗黒の世界。そこに出て行かれては手の出しようのないのは事実だった。


「しかし、僕らは追いついた。ナノマシンの大気もここには無いにも関わらず」

「《それは、本当に驚きです……》」

「故に、詰みじゃあないか? さっきも僕との絶対距離は引き離せなかった。この宇宙で、どれだけ相対的に移動しても無意味だよ?」

「《ううぅ……》」


 このあまりにスケールの大きすぎる世界において、相対的に少し戦場が移動する、などという事象は単なる誤差だ。

 些末な事情として、世界に対してなんの影響も与えず割り切られる。


 もちろん僕らに活動限界はあれど、魔力の補給手段を失ったエーテルもそれは同じこと。

 少なくとも魔力切れは起こりえない僕らの、圧倒的優位と言っても良かった。


「君はここまで逃げてきたつもりで、実は地上の有利を失った。さて、今度こそはチェックメイトだ、エーテル」


 次々と戦場を移す追いかけっこも、もはや移るべき次はここには無い。

 少しずつ惑星からも離れてゆくこの漆黒の空間で、僕らはついにエーテルを追い詰めた。

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