第445話 全てが僕になる
空に光のラインが描き出されては華と散る。
もう幾度目かのそれの繰り返しの末に、その彩光の劇場は開催場所を、徐々に上空へと移して行った。
これは、エーテルが進行方向を上方へ、少しずつ進めて行っていることを意味する。
「まいったね、どうも。膠着状態に持ち込めていないか……」
「《ハル様は、必ずわたしの進路を叩いて塞がなければなりません。そこに、糸口が生まれてしまいます》」
ゲームで言うならばパターンの発見。それによる攻略法の開発。
ハルが神剣のエネルギーを爆発させるように進行方向を塞いでくるならば、逃げるエーテルはそこにだけ対応すればいい。
ハルの攻撃に合わせてエーテルも魔法の波動を放ち、威力を相殺する。
それでも逃走の勢いは落ちるが、直撃で叩き返されるよりは安く済む。そういった考えだ。
そうして少しずつだが、攻防の舞台は上へ上へと進んでいった。
既に、二人の位置はすっかりクレーターを見下ろせるほどの高さになっている。
「それでも、彼我の距離は変わらない。君が僕を、引き離せている訳じゃあないよ?」
そう、戦場は相対的な位置を移せども、絶対的なハルとエーテルの距離に変化はない。
エーテルが何度逃げても、その度に一気に回り込めているのはこれまで一切変わらない。
つまりどれだけ戦場を移そうとも、互いの状況に変化はないのだ。理屈の上では。
「《ほんとうに、そうでしょうかハル様》」
だが、そんな単純な理屈でやりこめられるほど、エーテルは、神は甘い存在ではなかった。
「《今のハル様はまだ、コアの機能を回復させるに至っていない、です、よね……?》」
「そうだね。流石は筆頭開発者じきじきの妨害だ」
「《よ、よかった……、で、でしたら、ハル様のお力を支えているのはエーテル。あ、わたしじゃないです、エーテルネットだと考えられるんです》」
「……いい推理だ」
今のハルは、エーテルネットを掌握した意識拡張を行ってはいない。
しかし、それでもこの繊細過ぎる剣の制御をするにあたって、エーテルネットに計算を一部任せている。
コアが封じられた今、ハルがネットに接続するにはルナたちの存在が、そしてそれとハルを繋ぐ、この地の大気に充填したナノマシン、エーテルの満ちた環境が必要だった。
「《ここは、地球じゃありません。そしてハル様の策は急場しのぎ》」
「……だね。今エーテルが満ちているのは、せいぜいがこのクレーターの内部。上空は特に弱いっていう、君の判断は正しいよ」
高速でぶつかり合いながら、今も徐々にエーテルの存在しない上空地点へと向かってじりじりと進みながら、ハルはその事実を認める。
制御が崩れれば、剣光はあらぬ方向を指し示してしまい、正確に彼女の前へと回り込めない。
いやそれ以前に、正しく空間を切り裂けずに剣筋がぶれて、神剣の光を発生させられない、ただの不発の素振りに終わる可能性すらあった。
「《他の魔法ではもちろん、わたしに追いつけません。その、逃げ足には、自信あるんです! はい》」
「色々な神様と戦ったけど、徹底的に逃げの一手を張るひとは君が初めてだよ。こうまでやりにくいとは……」
これで、隙を見てハルへと向き直り、攻撃を加えてくるようなタイプならばまだやりようはある。
反物質砲を始めとした、迎撃に向いた高威力の魔法で迎え撃つ選択肢だって取れるようになるからだ。
しかしエーテルは完全に逃げの一手。自負するだけあってその速度は恐ろしく速い。
通常の手元から放つ魔法攻撃は彼女に追いつけず、設置型は察知して避けられ、至近距離で放つのは自爆になってしまう。
ハルもさすがに自爆してまで止める気は無い。
「それにその体、『結晶化』の技術を使ってるね……」
「《お気づきでした? そうなんです。そうなんです。わたし、そこは得意分野でして》」
「放出した僕の色の魔力が、普通に使われてるから、そりゃね」
ハルの支配する魔力をこの場に満たして止めようにも、過去のこの地の知識を生かした『結晶化』技術の応用により、その魔力もお構いなしに吸われ、使われてしまっている。
そのため魔力から支配し、浸食するという従来のハルの得意技も効きが悪い。
加えてこの超高速戦闘だ。その処理をしている余裕は存在しなかった。
そうやってハルが攻めあぐねているうちに、エーテルはついに、ナノマシンの大気の届かない境界線まで、戦線を押し上げてしまうのだった。
*
「《で、では! 今度こそです、お別れです、ハル様。また、いつかずっと先の未来で、お会いしましょうね!》」
境界線上を踏み越えたエーテルは、そのまま一気にハルを尻目にして、一直線に上空へ向かう。ついに、振り切られてしまった。
追えない訳ではないが、彼女の語った事もまた事実。事故要因を避け、ハルも深追いはせず地上に、アイリたちの待機する場に転移し戻る。
「お帰りなさい。見ごたえあったわよ、ハル?」
「は、ハル君! 逃げられちゃった、のかな!?」
「まあね。だけど、絶対に逃がさない。だから、みんな協力してくれる?」
「もちろんです!」
「ですよー」
ハルの妨害の無くなった敵の速度は圧倒的。今この瞬間もぐんぐんと流星の尾を引いて空へと駆け上って行くのが目で追える。
このまま視界から消えてしまうまですぐだろう。女の子たちと愉快な会話を繰り広げるのはお預け、すぐに追跡しなければならない。
「それで、私たちはどうするのかしら?」
「僕の通信を補助してね」
「ハル君、勘違いじゃなきゃ、それってつまりさ……?」
「わたくしたちも、一緒にエーテル様を追いかけるのです!」
「そうなりますねー?」
「ふえぇぇ……」
「ユキ、覚悟を決めなさい? だいじょうぶ、できるわ?」
「ううぅ、ハル君のためだから、頑張るけどぉ……」
肉体のままここにいるため、気弱となってしまったユキには少々申し訳ない。だが、この作戦には彼女らがキャラクターではなく、肉体で参加してくれることに意味が存在した。
ハルが日本と通信できるのは、このクレーターの大気内、というエーテルの推測は正しい。
しかし、実際に必要なのは大気ではない。ルナとユキ、そしてカナリーが傍にいることだ。彼女たち中継役に通信を繋ぐのに、場の大気を介している。
つまりは彼女たち本人が常にすぐ傍に居てくれるならば、どこであろうと問題は存在しない。
「もちろん考えてあるよユキ。運動の苦手な君に無茶はさせないさ」
「だいじょぶ、知ってるんだハル君。ハル君は別のベクトルで、無茶させてくるって」
「何を要求されるか楽しみね?」
……嫁の理解が深い。流石の信頼度であった。
そう、当然ながら今はただの人間である彼女らには、いや魔法使いであるアイリにも、ハルとエーテルの高速戦闘に随伴させるのは無茶の極み。
そこに付き合わせるならば、彼女たちをキャラクターと同等に、いやそれ以上の能力に強化しなければならなかった。
「黒曜、準備はいいか? 見失う前に済ませたい」
「《御意に。準備は整っております。また、エーテルの進行方向は転移ゲートとなる魔力が存在。直接転移で追いつく猶予が生まれます》」
「朗報だな。じゃあ早速だ、意識拡張スタート。空木、隔離ブロックに退避して精神的な衝撃を防いで」
「《マスター。私は一時、リンクを解除すべきではないでしょうか? マスターの処理を邪魔するのは本意ではありません》」
「却下だ。君の役割が戦略的に最も大きい。わからずやの創造主をわからせる準備を整えておくこと」
「《承知しました、マスター》」
「《おねーちゃんも、お手伝いしますよ》」
「《はい、おねーちゃん》」
ハルとリンク中の黒曜、白銀、空木の三人が協力しながら、急速に意識拡張の準備が進められてゆく。
分割されていたハルの意識は再び一つとなり、その自我はネットの海に広がるように拡大して行くのだった。
◇
「《統合完了。意識拡張、接続率100%。全エーテルネット、掌握完了》」
「《しすてむおーるぐりん。神界ネットも掌握完了です。ジ・エンドオブ・エーテルワールド》」
「おわらすな白銀。空木、神界ネットにエーテルの介入は?」
「《見受けられません。あっても、返り討ちです!》」
「《空木、気を落ち着けるです。気が大きくなってます。それこそ物理的に》」
「《ご、ごめんなさい、おねーちゃん》」
拡大された“ハル”の意識は、“僕”だけに留まらず、リンクした空木にまで全能感をもたらす影響を与えてしまったようだ。
文字通りの、『自意識過剰』とでもいったところか。
まるで神にでもなったかのような、何でも出来るような万能の気分に精神が高揚してくるが、これに飲まれることなく、冷静に目的を見極めなければならない。
「みんなも、注意して心をしっかり持ってね? 特にルナなんか女王様になっちゃいそうだし」
「……ならないわ? ……待って、私たちも?」
「うん。これからみんなも、僕にするから」
「なにいってるんだこのひと!」
「なかなか威力の高い発言ですねー。あたまおかしいですねー」
「わたくしたちも、拡張するのです!」
精神の繋がりから、アイリがいち早く答えに辿り着く。
そう、その繋がりを使ってこの意識拡張の状態を、果てはそれによる莫大な計算力の恩恵を、彼女らにも伝播させるのだ。
僕と心が繋がった彼女たち。そのリンクを利用して、互いの能力を互いが使用可能になるのは対アルベルト戦でアイリと実践済みだ。
しかし、それ以降は今までやる機会があまり無かった。負担が大きいことと、また必要性もないためだ。
しかし完全意識拡張の可能となった今なら、問題なく実行可能なはずである。
「それやるとハル君になるってのは、つまり……」
「うん。僕のやってる肉体制御や高速な判断力、それに戦闘知識も共有される」
「つまりはー、私たちもさっきのハルさんのように、空をかっとんだりしちゃえる訳ですねー」
「……さすがに、無理だと思うわ? というより、やりたくないわ?」
「とっても! 楽しそうなのです!」
「うわぁ……、考えられないぃ……」
反応は四者四様。期待の強い魔法組と、不安の強い日本出身に分かれた形だろうか。
不安はもちろん分かる。だが、その不安すらも互いに共有して分散し、また僕の『出来て当然』という感覚が流れ込むため、すぐに順応するはずだ。
そうして彼女たちとの心の繋がりが深く深く結びつきを濃くしてゆき、皆の意識も拡張されてゆく。
ここに、『五人のハル』とも言うべき、完全な同調を得た凶悪すぎる部隊が誕生したのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/14)




