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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第443話 不可逆圧縮

 エーテルの手は特に力を入れているような雰囲気は感じられない。ハルの刀に合わせるように、ぴたりと手のひらを添えるだけで、その絶対切断の刀身を受け止めていた。

 そんな妨害、普通であればなんら障害にはならないだろう。

 しかし、事実としてエーテルの手は、そんなただそれだけのことで攻撃を停止させてしまっている。


「まいったね。僕自身ですら、この剣を防ぐ方法はそう思いついてないってのに。それをこう簡単に止められるとは」

「…………」

「……まあ、戦いの最中には敵と言葉を交わさないのが常道だけどさ。それでも、あんなにおしゃべりだった君が口をきいてくれないと、やっぱり寂しいね」

「《……その、えと》」


 ハルが残念さを露骨に滲ませていると、それまで黙っていたエーテルがおずおずと口を開いた。

 いや、どうやら開く口はないようだ。スピーカー越しに響くような声が、遠慮がちに流れてくる。

 この機能も相当に不慣れなようで、もしかしたら今この場で急遽作成したのかもしれない。音質に乱れが感じられた。


「《あ、あー……、すみません。声出す必要、今までなかった、から》」

「いいよ。神様同士だと、全部テレパシー的に済んじゃっただろうからね」


 再び転身し逃げようか、きょろきょろと逡巡しゅんじゅんしていたエーテルだが、どうやら質問に答えてくれることに決めたようだ。律儀である。

 その彼女の言葉はたどたどしく、快活で明朗であったエメの時とは人が変わったようだった。


 いや、実際に変わったのだろう。

 あの性格は、エメの肉体あってこそのもの。入れ物が変われば、性格もそれに引っ張られるようにして変わることもある。

 しかし、あまりにも変わり過ぎなこの様子に、ハルもさすがに困惑を隠しきれずにいた。


「その、エーテル? 喋るの苦手?」

「《えと、そ、です。申し訳ありませぇん……、今までは、ガワの力を借りて、なんとかやってました……》」


 つまりはロールプレイ、エメというキャラクターを演じていたということなのか。

 演じるのが一人の人間の人生そのものというのが、壮大すぎではあるが、これも分からなくはない話だ。

 例えば制服に身を包み、化粧をばっちりと決めた時だけは、仕事のための違う自分をよろって纏うように。


 ユキの症状と、近いといえば近いだろう。


「《あの、それでですね。ハル様の剣は、あまりに薄く、次元を切り裂く領域に至っています。ですから、逆に、わたしには効きません……》」

「……なるほど、次元干渉は君の得意分野、固有の能力のように昇華されてるってことか」

「《その、そんな、大層なものではないのですが、はい。慣れてるので》」


 分子レベルを超えて更に更に小さく薄くしていったハルの刀は、もはや通常の物理法則から離れ、次元の壁すら切り裂くに至っている。

 カナリーとハルが使う神剣、光の斬撃は、それにより漏れ出る膨大なエネルギーを利用したものである。


 それ故に通常なら対処に難する代物なのであるが、次元間の移動に慣れ過ぎたエーテルにとっては、その対処法もまた慣れ親しんだ容易なものであった。

 それこそ腕一本で、簡単に止められてしまうくらいには。


「えっ、じゃあもしかして“これ”も出来るの?」


 ハルは後ろに軽く跳躍ステップし距離を取ると、逃げようか迷っているエーテルにその隙を与えず神剣を放つ。

 突如目の前に現れた膨大なエネルギーを伴う剣閃に、思わず両手をつきだして防御する構えは完全に素人のそれだ。

 しかし結果は一目瞭然で、エーテルの体に振れた神剣の光は消失し、剣光は彼女の体の両脇を、虚しくくうを裂いて駆け抜けていった。


「《ひぅ、い、いきなりなにするんですかぁ……》」

「いや、効かないなら思い切りやってもいいよな、って」

「《ハル様ってそういうとこありますよね! なんというか、優しそうだけど本質的な部分でいじめっ子ですよね……》」

「失敬な」


 そういうエーテルは、本質的なところで臆病なのだろう。

 大胆不敵で、飄々(ひょうひょう)としたエメとして活動しながらも、繊細にして緻密な計画を立て、二重、三重、それ以上の事前準備を怠らない。

 その慎重さ故の準備によって、何度『追い詰めた』と思った場面を潜り抜けられたのか。

 得意顔で『チェックメイト』を宣言しなくて本当に良かったと思うハルである。


「まあいいや。全く防御に処理を使わないってこともあるまい。これからは、遠慮なく切り付けながら君を追う」

「《ひえっ。……あの、逃がしては、くれませんか? その、しばらくは、大人しくしてますから。しばらくというか、これからどうしたら良いか分かりませんし。計画、全部潰れちゃったですから》」


 エメから切り替わったせいか、かなり弱気だ。完全にスイッチが切り替わっている。

 彼女がまだエメであるうちは、まだ未来への希望をその目に宿していた。眼差しに力があった。ここを切り抜ければ、また計画を立て直せるという自信が見て取れた。


 しかし、今の彼女、エーテルはその真逆。自分に自信がなく、ハルから逃げるのも次の手のためではなく単純な逃避のため。

 これは、ただ肉体が切り替わったことによる性質の違いなのだろうか?

 そうではないとしたら、そこにハルの活路があるのかも知れない。もし彼女が神の身に戻ることが、なにか致命的な一線なのだとしたら。


「もしかして君は、もう人の身になることが出来ないのか?」

「《…………》」


 そうだとしたら、致命的な手詰まりという状況にも納得がいく。

 一度人となった彼女に適応されるかは分からないが、神のルールとして嘘がつけないので、『計画が破綻した』というのも本当のことだと考えられる。


 もしもそうなのだとしたら、この状況でこそ、ハルの説得は通るのかも知れなかった。





「《ここは寒い、ですよねハル様》」

「そうだね。まだ冬だ、風も強いし肌寒いね」


 ハルはこのあまりに風通しの良い荒野を見渡すと、周囲の温度に意識を向ける。

 季節は春へと近づき、だんだんと気温の上がってきているのは日本もこの世界も同じだが、まだまだ肌寒い。

 そして、その規則正しい四季から外れた、荒れた季節の巡るこの惑星では、その春すら感じられない場所もある。


 この地もその一つ。地軸のズレを引き起こす元凶となったこの重力異常地帯は、まだまだ春の到来を感じることは出来なさそうであった。


「《もう、感じないんですよね、寒さを。この体は、温度変化に強いですので……》」

「そっか」

「《えと、その、ハル様がたは、大丈夫ですか? もう止めにして、暖かいお部屋に戻られた方が、いいのでは?》」

「お気遣いどうも。でも僕ら、体の周りを快適な環境で覆ってしまっていてね」

「《おぅ……》」


 色々と台無しだった。まあ、話の流れでやんわりと『帰って』と言われたのにノーを突き付けられたので良しとしよう。


 人の身の感じる肌の感覚、それが今は無くなったと寂しがるエーテル。

 それが指すのは、やはり再び元のエメには戻れない、ということなのだろう。


「《なんというのでしょう……、その、紐づけが、切れたんです。わたしがNPCとして生まれ直すには、その特別な繋がりが必要です》」

「なるほど、NPCとして登録されるには、NPCの子として産まれる必要がある」

「《ですです。えと、それが無いと一発で異物認定だし、そもそも神の身でゲームに近づいた時点でバレますし。もうどうしたらいいか》」


 がっくり、と肩を落とす仕草に、同情心が芽生えてしまうハルだ。

 仕方ないとはいえ、彼女をそこまで追い込んで、思い入れのある人の体を捨てさせてしまったのはハルだ。

 その事で彼女が落ち込んでしまっていることを考えると、心が痛むのだった。


 だが、やはり好機であるのも事実。付け込むようでやはり申し訳ないが、計画が破綻した、今後の方針を失った、というのであれば、そこにハルから新たな方針を提案することで、彼女の考えを変えることが出来るかも知れない。

 実際、今は逃げずに、こうして話を聞いていてくれている。


「エーテル。さっきも言ったけど、君に見て欲しいものがある。逃げないで、まずはそれを見てくれないかい?」

「《……やですよぉ。その、ハル様のお気持ちは嬉しいんですけど、もう一人にしてくれませんかぁ? えっと、一人でじっくり、今後のことについて、考えたいなって》」

「……だめ。一人でずっとやってきて、その結果が今なんでしょ? もう君を独りぼっちにしておく訳にはいかない」


 なんだかちくちくと罪悪感を刺激する喋りではあるが、そこに押される訳にはいかなかった。

 それに、誰にも迷惑をかけないならば、そっとしておいてやるのもやぶさかでないが、彼女の場合は違う。

 放っておいたらまた、大勢の人間に影響の出る計画を立ててしまうだろう。


 今は打ちひしがれていようとも、彼女の意思の堅さそのものは、エメの時に見たものから何も変わっていないのだろうから。


「《しかたがないです。じゃあ、見るだけ見ます。えと、それって時間かかりますぅ?》」

「少しね。まあ、そんなに長くは待たせないよ」


 だが、頑なに断られると思っていたハルの心配をよそに、エーテルは意外にも話を聞いてくれるようだ。

 逃げられないと悟ったのか、それとも見せるものを見せてハルが満足すれば、そしてそれを断れば逃げられると思ったのか。何にせよ良い心変わりだ。


 これならば、なんとか上手くことを運べるかもしれない。ハルがそう期待を胸に抱いていると、カナリーが『油断をするな』とばかりに心の中に語りかけてきた。


《ハルさんー、ほだされて同情から気軽に信用しちゃだめですよー。そいつ、そんなでもやり手の神様なんですよー?》


「カナリーちゃん。何か心配事?」


《今そこにあるエーテルの体に、コアは見えますかー》


「コア?」

「《うげっ》」

「……エーテル?」


 カナリーに忠告され、ハルが目を凝らし観察した彼女の体内にはどこにも、コアの姿は見当たらなかった。

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