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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第440話 扉を開く石

 エメから表情が消えた。

 先ほどまでは、追い詰められた状況にあっても常に余裕の笑みと態度を崩さなかった彼女が、ここにきて初めて見せる狼狽ろうばいだ。

 それだけ、カナリーの行動は衝撃であり、彼女の予想の範疇外だったのだろう。


「なんで、分かったんです? 他にも、もしかして全部のアイテムが、その中へ回収されて?」

「ですよー? まったくもー、苦労したんですからー。同じ場所に飛ばせってんですよー」

「あ、あはは。同じところに飛ばしたら、ぜんぶ同じ人が拾っちゃって、意味ないじゃないですか。いやですねえカナリーはもう」

「まあ、それでも全てが同じ地域に落ちてくれて助かりましたけどねー。これは、取得者同士の邂逅かいこうによる、相乗効果を狙ったんですかねー」


 魔法の道具を拾った者が、ただ一人だけでは効果は薄い。

 もちろん、拾い主次第では有効に活用してくれるだろうが、偶然の一般人にそこまで期待をかけるのは酷だ。

 そこで、その地域で同じく、『魔法のアイテムを拾った人が居るらしい』、と噂になれば、取得者同士の動きも活発になるという訳だ。


「下手したら、いや、上手くいったらかな? 能力者バトルの舞台みたいになりそうだね。まあ、それを僕も読んでいたんだけど」

「有能でかわいい私たちが、ハルさんの隣に居ないことをもっと気にするべきでしたねー? 私たちが、日本担当だったんですよー?」

「いや、カナリーは今ハル様の隣にいたところで、足手まといになるだけじゃないですかね? ぶっちゃけまるで意識に無かったってゆーか、神々が来てるから十分だろってゆーか……」

「なんですかー! もー! もーー!」


 腕を、ぶんぶん、と振って手の中のアイテムごと振り回しながらの猛抗議をするカナリーだ。

 まあ、エメの指摘どおり、今の彼女は直接的な戦闘力の向上には寄与しないかもしれないが、今まさに結果を出したように、人間となっても彼女の優秀さは微塵も衰えていなかった。


「……参考までに、どうやって場所の特定を? ハル様の魔力センサーに引っかからないように、ホームタウンは避けて飛ばしたんですけどね。まさか、もう全土に魔力の布設が?」

「いいや。向こうの魔力は最低限だよ。それじゃ君の狙い通りだし」

「魔力センサーなんて無くてもー、日本にはすでに全土にセンサーが張り巡らせてありますからねー」


 そう、日本にはエーテルネットが存在する。そしてカナリーは、そのエーテルネットワークの管理者権限を持つユニットとして再誕した。

 その力をフルに使えば、日本中、どこであっても何が起こっているか完全監視が可能となってしまうのだ。


「流石に全域走査を常時は私でもキツイですけどー。これから“来る”って分かってれば、どうということはありませんー。あとは人海戦術です。ルナさんのお母さんの力を借りましたー」

「ですがカナリー、物は魔法のアイテム。方法は魔法による転移。いかにエーテルネットとて、それを検知する能力は備わっていないはずです……」

「いませんよー? だから、空間の歪みだけを張ってましたー」

「いかに魔道具とて、この世界に存在するのに、物理的影響を与えることは避けられないからね」


 その影響までもがゼロならば、それはもはや人間にとってこの世に存在していないのと同義だ。

 人間に影響を与えるために送り込む以上、そこの影響を隠すことは絶対に不可能だ。


「ぽてとちゃんの<隠密>が完全に気配を消し去っても、体の動きによる気流の乱れまでも消すことが出来ないのと一緒だ」

「ハルさんの学校にー、仕掛けられなくて良かったですよー」

「あそこだけは完全にエーテルが無いからね」

「……最初は、わたし、そうするつもりだったんですよ。ほら、見つかりづらいって理由以外にも、やっぱ燃えるじゃないっすか! 学園を舞台にして、能力に目覚める若者たち!」

「学園異能バトルものかい……」


 危うくハルの通う学園が、能力バトルの舞台となってしまうところであった。

 いや、エメは冗談めかして語っているが、あながち悪い手ではないとハルも思っている。


 あの学園はただでさえ閉じた世界だ。この人口ほぼ全てが完全にネットに接続された社会において、あの内部だけはそこから遮断されている。

 それ故ただでさえ秘密が保たれやすいところに、思春期の若者に舞い降りる“自分だけの秘密”。予想以上に根深く浸透する土壌となっている。

 通う生徒は、将来の有力者となる可能性の高いものが多いという点もポイントだ。秘密を保ったまま国の中枢に食いこませる布石にもなる。


「その準備として、先に『石』を送り込んでおいたのですが。いや見つかっちゃいましたねえ……、あれが、わたしの計画にとってのケチのつき始めでした」

「ああ、この石か」


 ハルはお屋敷に安置してあった石を、計算に多少の難儀を覚えながらも手元に転移させてくる。

 ついぞ今まで動きは無かったが、この土壇場で石を介して何かをされたらコトだ。その可能性の芽は、摘んでおくに越したことはない。


「これだろ? 結局これって、何なんだい?」


 ハルはその石を、エメに向かって軽く放る。彼女は急なパスにわたわたと大げさに慌てながら、それをなんとかキャッチした。


「っと、っとと。そうそう、これっす。これはですね、そもそもの始まり、元凶なんじゃないかって考えてます」


 手の中の石を、不器用にくるくると回転させて眺めながら、エメはその、発端となった黒い石について語りだした。





「元凶ってのは、君ら元AIが、この世界に飛ばされる切っ掛けになった話?」

「いえ、そうではなく……、ってそうだったんですか!? うわあ、納得ではあるんですけど。流石はハル様ですね。そんなことまで突き止めておられるとは。あ、元凶ってのはですね……」

「うん」

「そもそもあの異世界の星と、地球が繋がった原因が、この石……、の元になったデカイ岩、にあるんじゃないかと、この地の人らは考えてました」


 エメは『この地』の言葉と同時に、足元をとんとんと靴で叩く。

 この塔の元となった、世界間の転移実験をしていた人達のことだろう。


 彼らがなぜそんな魔法を開発するに至ったか。それは、ノーヒントから執念で仕上げたなどという話ではなく、まず教材となるこの石の存在があった。

 そう、エメは解説してくれた。


「ハル様、この塔にはちゃんとエントランスから入ってくれました? とりあえずその前提で話進めますけど、あそこに壊れた石像があったでしょ? まあ、わたしがぶっ壊したんですけど」

「お前かい!」

「えへ、つっこみ感謝。当時は荒れてまして。……あそこに、シンボルとしてこの石の元となった岩も、飾られてたんですよ」


 その岩は現地の者達に『扉』といった意味を持つ現地語で呼ばれ、世界接続の参考書として祀られていたらしい。

 その物体が存在するからこそ、この地へは地球で発生した魔力がやってくる縁が生まれたと、そう考えられていたらしい。

 真実は定かではないが、確かに世界間の転移と相性の良い物質のようで、転移実験に先駆けて欠片だけが世界を渡ってきたのが、あの研究所の地下に封印されていた石なのだろう。


「ここの人らは使いこなせてなかったですが、実際にこれを起点に二世界を繋ぐピンになります。そのための尖兵としてハル様の学園に送り込んだんですが、こうして回収されちゃいましたね」

「研究所の山中のは?」

「あそこに飛んだのは、偶然です。きっと、わたしの持つ縁に引かれたんじゃないでしょーか。……あ、あれの目的はですね、こちらからエーテルネットに接続するためのハブみたいなもんでした。役に立ったでしょ?」

「そうだね。そのおかげで、カナリーもゲームを運営できてたわけだし」

「むー。お礼なんて言いませんよー? そんなの無くても、繋いでみせたでしょうからー」

「実際こうして一人だけ次元を超えちゃってますからねえ。……いや、何で何の知識もないはずのカナリーが出来ちゃってるんですかねえ。……わたしは、ここの知識でゲタを履いてるからやれてるわけで」

「愛の力ですよー?」


 確かに、エメの話を聞いて行くほどにカナリーの特異性が明らかとなってくる。

 知識も、底上げするアイテムも無く、執念だけで次元の壁を渡ってみせた。


 使えるものは使うという合理性で、エメのもたらした技術は活用していたが、それが無くてもやってのけたという発言は、決して大言壮語ではないだろう。

 彼女ならやっていただろうという、妙な信頼感がある。


「…………さて、わたしを追う発端となった石の謎も解けたところで、そろそろお開きにしましょうか」


 ハルたちへの義理からか、律儀に石についてのハルの質問に答えてくれていたエメから、再び表情が消える。

 飄々(ひょうひょう)として、友好的フレンドリーな彼女の態度から忘れそうになるが、エメは今ハルに己の計画の全てを完全に潰され、退路を断たれている真っ只中だ。

 窮鼠きゅうそ猫を嚙む。どういった行動に出るのか、油断ならぬところがある状態と言える。ハルも慎重にその一挙手一投足を監視していた。


「降参しますかー?」

「あはっ、まっさかー。ここで諦めるような、素直でか弱くはできてないんですよねえ、わたし」

「……だろうね。君も、また執念が違う。でもどうする? もう、瑠璃るりの国には戻れないよ?」

「でしょうねえ。正体はバレた、転送方法もバレた、ついでに塔も壊されちゃった。踏んだり蹴ったりです。これじゃあ、今の計画はもう進められません」

「だったらやっぱり降参しましょー? ハルさんは今なら許してくれますよー?」

「にしし! でもカナリーは許さないんでしょー?」


 ここで、素直に諦めるような性格ならば、いや、その程度の信念ならば、こんな途方もなく手間のかかる計画など進めてはいないだろう。

 今の彼女の心中にはもう、頓挫とんざした計画をどう軌道修正し、どう次の計画へ持っていくか、その計算が渦巻いているはずだ。

 諦めて立ち止まってしまうことは、彼女の罪悪感が許さない。


「んー、仕方ないですから、私も許してあげますー。だから、降参しなさーい」

「……あらら、こりゃ、ずいぶんとお優しい。……でも、ごめんねカナリー。わたし、やっぱり行くよ。ハル様もごめんなさい。また、どっかで会いましょう! その時はきっと、別の姿ですけど、えへへ!」


 未練を断ち切るようにエメはそう叫ぶと、手に持った黒い石を高く掲げ、いずこかへと転移し消え去ってしまうのだった。

 止める間もない、一瞬の出来事だった。


「……さてハルさんー? 釈明はー?」

「うん。こうなるって分かってて石を渡した。彼女には、逃げ道を用意してやりたかったから」


 そしてそれは、ハルの予想の範疇であった。

 もはや今後しばらくは会わない決意のエメには悪いが、すぐにでも後を追わせてもらう。逃げ切ったと思わせた、ここからが真の正念場である。


 今後、また再びの孤独な百年など送らせはしない。その覚悟のもと、ハルもエメを追って転移を敢行する。

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