第44話 むかしむかし
「この地にはセレステの民を名乗る勘違いした連中が居てね」
「聞くも涙の要素あるのかな、その出だしで?」
「語ってると当時の惨状を思い出して泣きたくなる」
「聞いてるとくだらなくて泣きたくなる?」
「うむっ」
「君の話の展開パターン、何となく分かった気がする」
演出過剰にしておいて、その後、特に盛り上げる事無く躓かせてくる。そんな展開を好むようだ。このあたりがセレステの味なのだろう。
「その人達はセレステの信徒だったのかな」
「おや? 呼び名を変えてくれたのかい? ああ、そうだよ。信徒の数に制限が無いのは知っているかな」
「いちおう」
本人の希望もあることだ、ちゃん付けは止めて呼ぶ事にする。
呼称にさほどの意味はない。AIだから、と分かりやすく。ハル自身にとって分かりやすいように、とあえて呼んでいる所が大きかった。自身のその心情に気づき、改める。
もちろん、セレステが武神と呼ぶには些か可愛らしすぎる少女である事も、大きな要因を占めてはいるのだが。
セレステは一瞬驚きと、嬉しそうな表情を見せると話を続けた。
「昔の私はそのため、際限なく信徒の数を増やしてね。その結果がこれさ」
「選ばれた民による国家が出来た」
「うむ。数が多ければそれだけ強力だ、と思ってね。失敗してしまったよ」
「セレステは思いつきで先走るタイプですからねー。その結果が良い方向に働くこともあるのですがー」
彼女ら運営AIの性質も個人ごとにそれぞれ違うようで、この二人を見るだけでもそれは歴然だった。
判断基準が同じならば、複数のAIに分かれている必要はないという事だろうか。複数の視点から物事を判断し、合議によって決定を行う。
その性格の違いが、彼女たちの対応する国の気風として、個性として表れているのかもしれない。
「彼らは選民の中でも序列をつけたがった。選ばれただけでは物足りないとばかりにね」
「多すぎて特別感がなくなったのかな。よくある話だね」
「そうだね。それで私は武神だからね、強い人間の方が偉い、ということになったのだ」
「単純ですねー」
「遺跡に闘技場めいた物があったけど、あれ?」
「うむ。それで頂点に立ったものが、私に求婚出来る事になった。勘弁してほしいね」
「モテモテだねセレステ」
ふたり、皮肉げな笑みを浮かべて苦笑する。
笑える話ではないのだろうけれど、セレステは笑い話として流してしまいたいようだった。ハルもそれに乗る。
「モテたって仕方ないよ。勿論彼らを信徒として慈しんでいたが、個人として愛しはしない。その辺りで、いい加減にしろってなった」
「はしょりましたけど、その前にも色々あったんですよねー」
「カナリーちゃんは上手くやってたの?」
「私はあんまりやる気が無かったですからー。条約で国境縛って終わりですねー」
「見れば分かるけど、最小限の労力で上手くやってるんだよこの子」
そうなのだろう。国土は小さいながら、安定した国風と活発な経済。それを発展させる手腕は見事なものだ。
先を読む力に優れていないと出来る事ではない。ある意味、非常にAIらしいやり方だ。セレステを『人に近い』と評した違いは、そういう所にもあるのだろう。
「そして私は神殿の周囲にモンスターを放った」
「おい」
急に雲行きが怪しくなってしまった。
ゲームの仕様のために、泣く泣く自らを慕う者を追い出してしまう事になったのだろうか? とか考えていたハルの気持ちも考えて欲しい。台無しである。
それ以前に、神殿の周りに敵が出るのも、初心者の試し切り用なのだろうな、などという推測も的外れになったのではないか。ハルにとって散々な真実だった。
「あれってプレイヤーのための仕様じゃなかったの?」
「もちろんその側面もありますよー。それにも使えるって事で私たち皆で承認しましたからー」
「私の例を見て、むやみに神殿に近寄られても良いことは無い、って思った神が多かったのもあってね」
「総合的に決まったと」
ゲーム的なお約束だと思っていた所にも、意外なバックストーリーがあったようだ。
「そういえば首都の神殿は?」
「あそこは出ません。例外ですねー」
その割には周囲に建物が寄り付いていなかった。カナリーはその辺の統治もしっかりとしているのだろう。
◇
しばしお茶を楽しんで、話が再開される。
お茶請けに、焼きたてのお菓子もメイドさんに分けてもらって出したら、もはや何も言うまい、といった顔をされてしまった。
セレステはよく顔に出る。特に、驚いた顔を多くするのが新鮮だった。そのとき彼女の内面には、どんな処理があるのだろう。
「それにしても、君たち神もNPCの動きを一から十まで統制出来る訳じゃないんだね」
「ん……、そうだね。そうなる」
「セレステー、そこで口ごもるなら最初からペラペラと話さないんですよー」
「言えない事なんだ?」
「すまない。私は話の組み立てが苦手でね」
「ハルさんが物分りがよくて助かりましたねー?」
「カナリーが、ハルに話してもよさそうな流れに持っていくのも悪いんじゃないか? 釣られてしまったんだ」
どうやらNPCの事についてはまだガードが固いようだ。
しかしハルが言ったように、神にとっても自由に動かす事が出来ないのは何となく見えてきた。
神が使えるコマンドは戦略コマンドまで、と例えたものであろうか。
文化の流布をすることまでは出来ても、その中でどのように発展していくかは決めれない。信徒を任命することは出来ても、その者達がどう動くかは決められない。
やはりNPCは、自由な意思を持っている存在としか思えなかった。
「言える範囲で締めといこう。そういう理由もあって、この遺跡を保存しているのは感傷とはほど遠いものなのだよ。しばらく放置していたら何か見た目が良くなっていたので、じゃあダンジョンとして利用するか、といった所だね」
「俗い」
「そんなものだよ。神と言っても」
色々な物語はあったようだが、遺跡を残してある理由は大したことはない、見た目だけであったようだ。
適当な彼女たちらしいと言えば、そうなのだが。
彼女たち神の存在、その内情も、ある意味NPC以上に気にかかる。
NPCは、人間と変わらない心を持っていると一先ず納得するとしよう。しかしそうなると今度は神の存在が謎になってくる。
明らかに人間とは違う存在だが、ときおり人間らしさを垣間見せる。技術的に言っても、現行のAIとは一線を画す存在だった。
今回の会話で少しは、それを知る手がかりを得る事が出来ただろうか。
「難しい顔をして、何か気になる事でも?」
表情を読まれてしまった。ハルの専売特許であるというのに気が抜けている。
分身してから割り当てる領域が減っているせいだろうか。ここ最近は気楽に過ごす時間が多かったため表面に出なかったが、少し熟考すると駄目らしい。
それとも、表情を読むのは彼女らAIの専売特許でこそあるから、であろうか。
「……そうだね、この地を追われた信徒達は、その後どうなったの?」
「この国の祖となったよ。しぶしぶだがね。だからこの国が軍事国家になったのは、まあ私のせいと言えるかな」
「特色が出ていて良いんじゃないですかねー」
相変わらずカナリーは物騒なところがある。ある意味AIらしい。人間の事など気に留めないという意味で。
ハルも戦略ゲームをする時はそんな感じだろう。人口や兵数の数字でしか捉えない。こういう所も相性が良かったのだろうか。
「そしてその経験から、私は信徒は女の子からしか選ばない事にした」
「うわぁ」
「極端ですよねー」
「じゃあこの国で信徒が巫女って言われてるのは、やっぱり女性しか」
「うむっ、居ないね」
セレステはカナリーに比べれば人間らしい、と思っていた所だったが、こちらもこちらで結構ズレていた。
……なんだかポンコツ感まで感じるが、そこは置いておこう。
◇
そうしてお茶が無くなるまでセレステの話を聞いて過ごす。
やはり話せない事も多いようで、時折どの程度まで話していいかカナリーに確認を取りながらの進行になっていた。
そこの決定権はカナリーにあるのか。そこに<神託>のレベルは関わっているのか。気になりはしたが、今はセレステの話を噛み砕く事が優先された。
「うちの屋敷にスパイの人が入り込んでたのもセレステの策?」
「いや、私は利用しただけだよ。この国は領土を拡大して行くにあたって、様々な思惑が渦巻いている。内外共にね」
「群雄割拠だ」
「その通りだよ。第五王子の事以外にも、君の国にも関わる話もある。調べておくと良いのではないかな」
「ハルさんはアイリちゃんに関わる事じゃなければ動かないでしょうけどねー」
カナリーの言うことは正しいが、絶対に動かないとは言わない。将来的に関わりそうな事であれば、先んじて潰す事だってあるだろう。
「セレステもまた攻めてくるのかな」
「機会があればね。とはいえ当分は無理だろう。しかし私が居なくともそのスパイは動いていた、警戒はしておきたまえよ」
「ご忠告どうも。この国への道も出来たし、調べておくよ」
敵対しているというのに、ずいぶんと親切だ。普通であれば罠の可能性も疑うところだろう。
しかしハルは、神、AIの話は基本的に信じる事にしている。彼女らは嘘を言う事は無いという前提。無論のこと、自分に都合の良い事しか言っていない可能性はあるので、裏は取らなければならないだろうが。
この場合、ハルにとって警戒に値するのは人間の方だ。嘘をつくから、ではなく、アイリを狙ってくる可能性があるから。
神はアイリ個人に興味は無い。そういう意味では、前回はセレステに救われたようなものだ。
「素直で結構。さて、お茶も無くなってしまった。そろそろお開きにしようかね」
「セレステ忙しいの?」
「いや? だが君が大変だろう」
そういえば彼女はハルの特異性を知らないのだった。生理現象などを我慢してつき合わせてしまっている、と気を使ってくれたのだろう。
「ごちそうさま。お茶を出したその力、出来れば濫用しないでくれると助かるよ」
「一瞬で億万長者だからね。経済、大混乱」
「いい手札が手に入りましたねー。ハルさんも策士ですねー」
「いや、僕はお茶を出したかっただけなんだけど、単純に」
「さりげなく力を誇示したのかと思いましたー」
貴国の経済をこの力で混乱させられたくなくば、要求を呑め、という風に交渉するのだろうか。さすがカナリー黒い。
ハルとしてはこの確実に想定外であろう仕様の穴、“分身同士で物のやりとり”を無闇に使うつもりは無いので、セレステには安心してほしい。
……面倒な買い物などあれば、使うかも知れない。街のハルが買って、屋敷のハルが取り出す。メイドさんの苦労も減るだろう。
「じゃあそろそろ帰ろうかな、カナリー」
「はいー、“神殿はあっちですよー”」
「また来てくれたまえよ。戦闘が嫌ならカナリーを通して伝えてくれれば、直接出てこよう」
「余裕があれば付き合うよ」
「うむっ、楽しみにしていよう」
そう言うとセレステは挨拶する間も無く消えてしまった。余韻も何も無いものだ。
ハルはカナリーを伴って、神殿へと<飛行>していった。
*
神殿のワープ機能で、正確にはワープ機能をカナリーに起動してもらって、ハルはカナリーの神殿へと戻ってくる。
いつものような、その場での転送を見せるのは避けたようだ。
「じゃあ迂闊なこと結構しゃべっちゃったかな?」
「別に良いですよー。そこはハルさんの自由ですしー。セレステがあの話をしたのも、その返礼の意味もあったかもですからねー」
「やっぱり普通は聞かせてもらえない話なんだ」
ゲームの舞台裏の話だ。普通のユーザーにあのノリで話したら興ざめだろう。
「気に入られたものですねー。気をつけてくださいねー」
「また来いって言ってた件? やっぱり戦いたいのかな」
「そうなりますね。戦闘無しで出てきても、用件を聞いた後に戦闘しそうですー」
「報酬代わりに戦いかー」
何か彼女にしか分からない事があれば、聞きに行ってみるとしよう。料金としてまた戦う事になるのだろうが、そこは仕方ない。事がアイリに関わるものであれば安いものだ。
「セレステの言ってた話、僕らに関わってくるものはありそう?」
「私はそこまで興味が無いのでなんともー。でも未来永劫、アイリちゃんと平和に暮らして行くのは大変かもですねー」
アイリは王女だ。国同士の話となれば、隠居しているも同然の身であれど、無関係ではいられないのは当然かもしれない。
ならばハルも、その手が及ぶ前に手を打っておかねばならないだろう。
「そういえばカナリーちゃんは、ちゃん付け嫌かな」
「特別感があって好きですよー。黒曜ちゃんはそう呼んであげないんですかー?」
「《私は元々ハル様の一部のようなものでしたので》」
「黒曜ちゃんは違和感がある」
「《ということです》」
「息ぴったりですねー」
そのまますぐに屋敷には戻らず、ハルはそうしてAI達と会話して過ごす。
自分を飾る必要の無い会話は、ハルにとっても気楽で心地良いものだった。




