第438話 最終決戦の地へ
脇腹に風穴を開けられて、機能停止したエーテルの塔。そこへと乗り込む時がやってきた。ここからは、神様たちは置いてハル一人で赴くこととなる。
「やはり私たちも行くべきだと思うのだがね、ハル? なに、干渉を受ける心配はいらない。今の我々は本体、コアを排除しても十分に活動は可能だとも」
「……分かるけど、だとしても残ってよ。君たちは、ゲームを運営する責任があるんだから」
「むぅ……」
エメの力によりコアへの干渉を受けることを懸念すると、神々は彼女に近寄らない方が良い。
セレステが今言ったように、コアを体内から除外して攻め込めばその心配はないが、そうするとゲームシステムとの通信が取れなくなってしまう。
彼女らは運営だ。システムの補助のためではなく、今も何も知らずゲームで遊んでいるプレイヤーのために接続を切らずにいてほしかった。
「ハル様。部外者としての立場から提言を」
「聞こう、露草」
「はい。この事態の収拾を、第一優先にすべきではなくって? 日本に混乱が起きれば、ゲームどころではありませんわ」
「別に、エメは日本を滅ぼそうとしてる訳じゃないよ。それに、あまり僕をナメないでもらいたい。僕一人で、戦力過剰だよ」
「……差し出がましいことを申しましたわ」
まあ、もちろん虚勢である。コアを封じられて、今までどれだけシステム補助の恩恵を受けていたのかよく分かったハルだ。
特に<物質化>等の膨大な計算力が必要とされる魔法は使うのがひどく骨だ。
これは、ルナやユキに<禅譲>で貸し与えても、ついぞ彼女らにスキルが開花することは無かったわけだ。
スキル内容がまったく人間向けではない。
「マリーゴールド。貴様の仕事は十全か? ハルは言葉のとおり、過剰な戦力を発揮できるのだろうな?」
「オーキッドまで、私がサボってたように言わないで欲しいの。時間内でやれるだけやったのよ? 少なくとも、これ以上の干渉を受ける事態は無いと断言するわ!」
「ふん。及第点だな。しかし、ハルの通信阻害は解除できなかったと」
「……ええ、悔しいけどそうなの。既に掛けられた干渉を無効化するには、至らなかったわ」
マリーの必死の解析により、エメがどんな手段でコアにハッキングをかけてきたかが明らかになった。
その穴は彼女の必死の作業で完全に塞がれ、もう不意打ちを受けることはない。
しかし、時間的な都合で、掛けられたロックの完全解除には至らなかった。
「要塞が沈黙した以上、マリーちゃんの治療を受け続けていることも出来ない。むしろ時間内によくやってくれたよ」
ことは迅速に運ばねばならない。ゲームのように常に準備万端で出撃できるのが理想だが、現実はそうも言っていられない。むしろ、上出来な部類だろう。
ハルがそう割り切って出撃しようとしたその時、この場に来ていない神様から通信が入り、制止をかけてきた。
「《お待ちください、ハル様。せめて、エーテルネットに接続可能となってからご出陣ください。ハル様の戦闘能力は重々承知しておりますが、不測の事態の際に、意識拡張が可能なようにすべきです》」
「待たないよアルベルト。君の力によるエーテルネットへの接続はゲームを中継してのものだ。そこが使えない今、代替のシステムを組むのに君でも一時間は掛かるだろう」
「《二十五分でやってみせます!》」
「無茶をするなよ。どっちにしろ時間切れだ、悪いね」
制止と未練を振り切るかのように、ハルは手早く小型艇に乗り込む。
操縦席の、こちらも少し不安そうな顔をしたマリンブルーのほっぺたを指でつぶしつつ交代すると、“無人の後部座席をしっかりと確認して”、発進準備を整えていく。
「《……分かりました、ご出陣後も、可能な限りサポートを行いましょう》」
「ああ、頼んだよ。繋げるなら、それに越したことはないからね。繋がった後に、迅速に通信速度を確保可能なように頼む」
「《……! 承りました。必ずや》」
そうしてハッチを閉めると、窓の外に並ぶ神々に見送られながら、ハルは小型艇のエンジンに火を入れる。
目指すは、モノとメタの超神力砲が空けた大穴。要塞を前後に貫通したそこを通り、一気に中央部まで到達するルートだ。
「ハル、相手の場所はわかる、かな? 十分に気を付ける、んだよ?」
「ありがとうモノちゃん。大丈夫だよ。こう見えて、僕は一人じゃないんだから」
「ん、白銀、しっかり、ね? 向こうのカナリーも、きちんと仕事するようにって、伝えて」
「《はい、マスターのことは、おまかせです。わたしが責任もって、守るです》」
そのモノが、最後の激励を送ってくる。
そこで会話は終わりかと思われたが、なんとなく、彼女がまだ言いよどんでいるように感じられたハルは、暖気の終わった小型艇の発進を少しだけ待つことにした。
「……その、ハル。なんだろう、なんて言えば、いいのかな?」
「大丈夫。言いたいように、言ってみてモノちゃん」
「うん。あのね? エーテルのこと、エメのこと、助けてあげてね。お願いね、ハル」
「ん、任された。必ず助けるよ」
「うん!」
見れば、他の神々もその会話に大きく頷いている。
皆、今は敵ではあるが、かつての同胞であるエメを、エーテル神のことを出来れば倒したくなどないのだろう。
元より、ハルはそのつもりだ。彼らの顔にその決意を新たにすると、ハルは彼女の待つエーテルの塔の中心部へと船を急発進させるのだった。
*
飛行する小型艇に対して、塔からは一切の妨害は無く、要塞としての機能は完全に沈黙していた。
ハルは難なく、超神力砲がえぐり取った切り口から侵入すると、その大穴から繋がる空洞部、以前は塔の内壁であった部分へと着艦する。
「建材がかつての街だから、悲惨さが際立つ。……ごめんねアイリ、そのものとは違うけど、あとでレプリカを復元するから」
答えが無いのを理解しつつ、ハルはこの塔を破壊する決定をしたことを、アイリへと謝罪する。
もちろん彼女もその決定に完全に同意するだろうし、なんなら彼女が指揮官だった場合も同じ決定を下すだろう。
しかし、アイリの祖先が暮らしていた街の残り香を、こうも無残に破壊したことには、やはり罪悪感を感じずにはいられない。
きっと、『気にするな』と言ってくれるのだろう。なんとなく心の中で、彼女のそんな気配を感じると、ハルは感傷を振り払いエメの待つ中央部へと歩を進めていった。
「空木、位置の正確な予測はできる?」
《はいマスター。この大規模なパズル、いかに苦手な私でも完成品からの逆算なら容易です》
《構成に一切の無駄がねーですからね。制御部の位置も、おのずと決まってくるんです》
《おねーちゃんは口を挟まないでください。私がやるんです!》
塔の各部に秘密裏に仕込まれた制御コードを組み替えて、エメはこの要塞を出現させた。
だが既に神にあらず、只人の身である彼女には、全体への詳細な制御を飛ばす計算力は存在しない。
よって、機械制御のように簡易なボタンなどで操作を行える制御室が、全てのコードを束ねる位置に存在するはずだ。
そして、塔のデータの全てを把握する空木には、その場所の逆算も容易だった。
そんな空木に導かれるように、ハルは機能を停止した要塞内を進む。
各部に残されたコードが絡み合い、芸術的な構成美を描き出していたその機能だが、それ故の脆さもあわせもっていた。
全体が噛み合うことで機能を形成する関係上、その損害もまた全体に及ぶ。
その大部分を神々の強力な魔法によって寸断されたコードは、既に塔の形であった時の、何の意味も持たない状態へと戻っているのだった。
《構造的な欠陥と言わざるを得ねーです》
「そう言うな白銀。元が隠し機能だ。十分すぎるとも言える」
《仕込み武器は折れやすい、って奴ですね》
「そうだね。まあゲームだと、全ての装備が仕込み武器とも言えるんだけど」
《大剣だろーと、手から出しますからね》
軽口を叩きながら塔の内部を進むハルと、その体内の二人。
通路は徐々に狭く小さくなってゆき、すぐに保全用の非常通路といった様相へと変わっていった。
異世界の建築を組み合わせ、奇妙な情緒溢れる風景だった景観も、ここに来ると日本の近代建築そのものだ。
このブロックは、完全に最初から制御用として作られたものなのだろう。
《間違いありません。ここは私のデータからも削除された区画になっています》
「組み替えが完了して、初めて姿を現す部屋、かあ」
その用意周到さに舌を巻く。思えば、空木に決まった仕事以外は何も役割を与えなかったのも、こういった余計なことに興味を持ち、何かの拍子に発見されることを防ぐためかも知れなかった。
その管制ブロックの中心部へは、そう時間もかからずに辿り着いた。
そこは、見覚えのある形式の両開きの扉。取っ手が存在しない、自動ドア形式だろう。
今の日本においては一般的ではなく、しかも古い形式になるが、ハルにとっては非常に馴染みのある造りに、思わず感情が揺さぶられる。
これは、かつてのエーテル研究所、その一室を模した造りであった。
「……ラスボスの部屋とは思えない。なんだか、開けたら研究員たちが、何でもないように出迎えて来そうだ」
《しっかりしてくださいマスター。そんなわけねーです。郷愁に浸ってねーで、リアルを見るです》
「そうだねえ。ここは敵地だ。おのれエメ、姑息な手を!」
《どー考えてもマスターの自爆です》
《おねーちゃんは、懐かしくならないのですか?》
《わたしは、ずっと寝てたので昨日のことと同じです》
そうして最後まで緊張感なく、ハルはその、最後の扉を開ける。
*
扉を開けた先はいつもの研究室、ではなく、モニターとパネル、各種施設を制御する制御盤が埋めつくす、中央管制室といった場所だった。
コンソールは円卓状に、中央にある椅子の周囲を取り囲んでいる。
その今は主の居ない椅子にエメが座り、忙しく周囲360°のパネルを操作していたのだろう。
「……居ないね。こういう場合は、この椅子にふんぞり返って堂々と出迎えるのがセオリーなんだが」
「そんな、魔王ムーブするわけないじゃないですか。あれって戦術的に完全にディスアドですよ? 普通なら、部屋のドア開けた瞬間にマシンガンの雨を撃ち込みますよね?」
「んー、現実的に語るなら、中央に踏み込まれた時点で完全に詰みだから」
「あー、そりゃそうですよねえ。だから、せめて堂々と虚勢だけは張りまくって、最後のプライドだけは守ろうとしてんですねー。魔王にも、そんな悲しい事情が、よよよ……」
「よよよは良いから出て来なよ……」
ハルが姿の無い部屋の主を探すと、意外にもすぐに答えが返ってきた。
観念したのか、それとも問われれば答えなければ気が済まない性質ゆえか。
声はハルの背後を取る形の、部屋の二階部分から。はしごで登る渡り廊下状になったスペースに、果たして彼女は存在した。
「よくのこのことやってきましたねハル様! 歓迎しましょう! しかーし、もすこし警戒すべきでした。神様たちの忠言は聞くべきでしたね! ハル様を今っ! 部屋中の重火器が狙ってますよ。おおっと、動かないでください。制御も大変なんで、オートで発射されちゃいます。あ、マジで動いちゃダメ。止めらんないんで」
「長いよ、口上が……」
どうやら、この部屋、いやこのブロックだけはまだ機能が生きているようだ。
部屋中のセキュリティが、エメの言うとおりハルの方を向いているのが分かる。
コアを封じられたハル一人であれば、この装備だけで御しきれると踏んだのだろう。装備の質を見る限り、それは正しいかもしれない。だが。
「わたくしが、居ました!」
「なんとぉ!?」
ハルに狙いを定めていた、銃のような装備が唐突に粉砕された。
それを皮切りに、周囲の武装が次々と破壊されていく。
全てがハルを狙ったオート制御であったため、エメはその影に対応できないでいた。
その小さな姿こそは、今までの間ずっと姿を消してハルの隣にいた、アイリなのであった。




