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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第433話 奪われた力

「ついでに、コアを通じてハル様の精神に介入っと、あれ、できないや」

「やらせないよ。警戒してない訳ないでしょ……」


 突如として、何の前触れもなく、予備動作もなし(ノーモーション)でエメがコアに介入してきた。

 この世界において、ほぼ全ての通信は、このゲームキャラクターのコアを介して行っている。

 要はゲームのシステムに相乗りして通信しているようなものだが、その通信システムの根幹を作り上げたのが、目の前のエメなのだった。


「今までなかよくお喋りしてた女の子を、裏では警戒してるとかひどくないですか!?」

「いや、ひどいのはそのお喋りの相手を突然攻撃しだす君だから」

「あは、ぐうの音も出ない正論でした」

「……なんなんです、この人たちの会話?」


 突然の不意打ちを仕掛けた側と受けた側。その両者が、次の瞬間には特に何も無かったかのように会話に戻る様を空木が『付いて行けない』といった顔で見つめていた。

 呆れ顔で困惑しているが、ハルとしてはついてきてもらわないと困る。

 何もなかったように両者ふるまってはいるが、既に場の状況は危険域へと移行している。


 ハルはそんな空木の頭を撫でると、己の後ろへ隠れるように誘導するのだった。


「信用されてなかったとは、エメちゃんショック! いつから警戒してたんです? わたし、完全に友好的にふるまってたと思うんですけど。それはもう、お誘いされたら即オーケーするくらいには友好的に!」

「最初からだね。君を追い始めた時点で、既に戦闘態勢だった」

「あれま。そんな素振りは一切見せなかったというのに。じゃあ、あれですね、ハル様も、わたしと同じように演技してたんですね!」

「敵対しなければ、それに越したことは無いと思ってたけどね」

「にひっ、それはわたしも同じっすね。今からでも仲直りしません?」


 彼女を追ってこのエーテルの塔に来た時点で戦闘状態に入っていたと言って過言ではないし、コアの製作者と戦闘状態で向き合うのだ、そこをケアしておくのは当然といえる。


 マリーゴールドとの戦い以降、その当の本人の協力を得て、コアからの逆干渉への対策は万全の構えを敷いてきたハルだ。

 いずれ向き合うこととなるエーテル神、それがコアの設計に多大な貢献をしている以上、それを無視しての突貫は自殺行為だ。


 思えば、管理者の片割れであるセフィが、ハルに<誓約>を課してそれを解除するよう仕向けたのは、このための訓練だったのだろう。


「とはいえ、通信遮断は普通に食らっちゃったか。ゲームシステムの補助が軒並み死んでるね」

「ええ、先手を取らせていただきました! というのもですね、わたし、扱いの上ではNPCなんで。<誓約>が普通に効いちゃうんですよねぇ。『抵抗するな』って命じるだけで、やりたい放題ですよハル様。いやん」

「いやん、ではないが」


 その選択も、それなりに考えはしたハルだが、ついぞ行うことはなかった。その気ならば既に彼女の自由を封じた上で会話に入っているので、エメの心配は杞憂きゆうであった。


 何故かといえば、無理にエメの行いを妨害し停止させても、彼女は決して諦めはしないだろうからだ。

 納得して止めてもらわなければ、もしくは妥協点を見つけてくれなければ、真の解決には至らない。


 彼女もまたハルにとっては大切な仲間の一人だ。えこ贔屓ひいきなのは自覚しているが、物理的に拘束して、めでたしめでたしのハッピーエンドとは言いたくはなかった。


「さて、封じたのは<誓約>だけじゃあ、ありません。ハル様が思っている以上に、ゲームシステムの恩恵を受けているはずです。……さすがに、ただの人呼ばわりはしませんが、この状態で、生粋のネイティブであるわたしに、太刀打ちできますか?」

「出来るさ。あまりナメないでもらいたい」

「そうです。そして、私の存在もお忘れなく。この塔は私の庭といっても過言ではありませんよ。そんな中で、余裕を見せていてよいのですか?」

「そんなあ……、空木ちゃん、生みの親であるわたしよりも、育ての親であるハル様に付くと言うんですねぇ、ぐっすん……」

「当たり前でしょう。それに、私をこの世に“生まれさせて”くださったのはマスター・ハルです。あの時、私は正しく生を得たのです」

「いいはなしですねえ……」


 確かに、コアの、ゲームシステムの補助が得られないというのはハルにとっては大きな痛手だ。

 しかし、ハルは通常のプレイヤーとは性質が異なる。普通のプレイヤーであれば、それこそ何一つ出来なくなるであろうところ、ハルは異世界の魔法にも精通していた。


 通常のスキルがシステム上覚えにくかったことから、ハルはアイリに教えを請い、NPCと同様の魔法行使を勉強してきた。

 それは持ち前の頭脳と合わせて、既にゲームの<魔法>スキルに引けを取らない。

 ……少々、威力の調整が難しいのが難点ではあるが。


「それに、分かっているのですか、我が製作者。この地の魔力は、既にマスターが完全に浸食し、掌握しております」

「うおー、脅かさないでくださいよぉ空木ちゃん!」

「事実を述べたまでです。これは、貴女は二重の意味で我々の腹の内に居ることを意味します。この状態で、ロクな抵抗が適うとでも?」


 適う、のだろうきっと。

 勝利宣言にも似た空木の脅しにも、エメは不敵な表情をまるで崩さない。

 いや、内心で冷や汗たっぷりでも、彼女の表情が崩れることは無いのであろうけれど、この顔は自然な得意ドヤ顔だ。

 なんとなく、ここに来て判断がつくようになってきたハルである。


「ふっふっふー、空木ちゃーん? それは、フラグってやつですよ! そうして勝利を確信した敵キャラは、総じて主人公の前に倒れることになるのです! そう、それが世界のお約束!」

「……いや、君の方が明らかに敵キャラムーブしてるよね?」

「余計なツッコミはしないでくださいハル様! ……こほん、では見せてあげましょう。お忘れのようですがね空木ちゃん。この塔の製作者も、また、このわたしだということを!」





 エメの高らかな宣言の直後、足元の床が、いや壁や天井、この空間そのものが、がたがたと地震でも起きたかのように律動しはじめた。

 それらは瞬く間にパズルのように組み代わり、目の前だったエメの姿を一瞬で遠く彼方へと運び去り、蓋をするように壁が道を塞いでしまうのだった。


「……こんな機構がっ! 知りません、私!」

「落ち着け空木。ほら、僕につかまって」

「は、はい。お見苦しい姿をお見せしました……」

「ともかく、ここに留まる訳にはいかない。僕らもここを離れるよ」


 その小さな彼女を抱え上げると、ハルも<飛行>、は使えないので飛行魔法で次々と構造が組み代わってゆくその通路を離脱する。

 システムの補助が無い今、<転移>の座標指定も時間がかかり、<神眼>すら満足に飛ばせない。


 そんな、己が無意識のうちにシステム補助に慣れ切っていたことを実感しつつ、ハルはなんとか通路を離脱し、元居た博物館の開けた部分へと戻る。

 ここはまだ組み替えの波が少しは落ち着いているようだった。空木を腕に抱えたまま、ハルは慎重に転移座標を指定していく。


「……私のコマンドを一切受け付けません。塔は、完全にエメの制御下に置かれたのかと」

「みたいだね。裏コードで最高権限を確保したなきっと。もはや、この場全てが敵と見た方がいいだろう」

「こんなの、知りません……」

「だろうね。彼女一人しか知らない、最大級の隠し機能だろう」


 塔の管理者として、何も気づかなかったことに責任を感じそうになっている空木を腕の中であやすようになだめる。

 これは、どう考えても仕方のないこと。

 エメは空木には、塔の隠し機能が絶対に知られないように両者を設計したのだろう。それを知らなかったとして、どうして咎められようか。


「マスター、外部への離脱を推奨します。この中に留まることは、得策ではないでしょう」

「だね。今、安全な座標を特定してる。塔の外壁の安全なとこに魔力を引っ張って、そこに飛ぶよ」

「はい、マスター」


 幸い、この塔に満ちる魔力は全てハルの管轄だ。そのため全てが全て、エメ有利にはなっていない。

 なので、見た目よりもこの場は安全だ。安全であるうちに、ハルは外部へと転移魔法を起動して離脱を成功させた。


 エーテルの塔の外、外壁からやや遠い場所への転移が済むと、更に後方へと高速で距離を取る。

 先ほど体内と空木が表現したが、きっと今の塔はエメの体内そのもの。その身の届かぬ位置へとひとまずは離れた方が良いだろう。


「ついでだ、魔力も全て引き上げてしまうおう」

「よろしいのですか? 浸食されたとして、今は全てマスターの支配下。マスターの圧倒的な計算力と、この魔力の圧倒的な総量を持ってすれば、逆侵攻の危険はありません」

「まあ、ね。<神眼>も飛ばしにくいとはいえ、魔力を残しておけば内部で何が起こってるか覗き見も出来る」

「でしたら……」

「でもダメなんだ。『結晶化』した建物を自由に操る奴の傍に、魔力を置いちゃ」


 可能な限り高速で、塔から魔力を引き上げるハルだが、そのさなかにも妙な“ひっかかり”を感じた。

 魔力は物質をすり抜け、ハルの支配下にあるそれは自由に移動させられるはずなのに、それが塔に引っかかったように、上手くこちらへ来ない部分がある。


「正直、今の今まで忘れていた。『結晶化』、つまり魔力を固めて作った構造体は、支配の色に関わらずにそれを吸収して動力にできる」

「そんな仕組みが? ……なるほど、これですね。以前マスターがゲーム外探索で出会った、遺産兵器」

「うん。あれは雑魚だったからね。すっかり頭から抜け落ちてた」


 ヴァーミリオンの国外で出会い、その中の一部はマゼンタの策略により国内へと攻めても来たことがある、遺産兵器。

 それは地中に眠っており、ハルの配置した魔力に触れて目を覚ました。


 その時に、ハルの放った魔力、支配済みの魔力であっても構わず吸収し、弾丸として射出してきた。

 大した敵ではなかったのだが、やっていることはルールを大きく逸脱した行為だったのだ。


 その当時のデータを共有した空木が、顔を険しくする。


「つまり、このエーテルの塔の規模で、同じことを行えば」

「そうだね空木。吸収し使用する魔力も……、この通り膨大だ」


 なんとか手元に魔力を引き上げて、自分の体の後ろへと逃がすように漂わせるハルだが、その総量は、最初の量から目減りしている。

 減ったとはいえ変わらず膨大な量を誇るが、減った分だけでも人間の扱う魔力としては眩暈のする量だ。確実にこれは、エーテルの塔に食われたのだろう。


 その塔は今は変形を外壁まで至らせており、まるで子供がおもちゃのブロックを組み替えて遊ぶ様子を早回ししているかのように、その形を組み替えて行った。もはや、塔ではなくなっている。


「……意味が分かりません。あの塔の部屋は、単なる記念碑ではなかったというのですか。確実に、普通の建造物であったはずです」

「……たぶん、空木も見た<魔法>スキルのバックドアと同じだ。それ単体では何の意味もないコードを、全体にちりばめておく。だがそれを組み替えてみれば」

「パズルのように、見えなかった意味が、新たな式が現出する……」


 これこそが、エメが空木をパズルが苦手に作った意味。

 次々と組み代わるエーテルの塔は、まるで巨大な宇宙要塞かのような異様をハルたちへ見せつけ、その砲口を向けてくるのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/24)


 追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/29)

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