第431話 彼女の歴史
己の罪を、いや彼女が罪と思い込んでいる内容の告白が終わり、エメはそこで言葉を区切り口を閉じた。
ハルに考える時間を与えているのだろう。
確かに衝撃的な話だ。素直に飲み込んでいいのかどうか、迷うところもあるだろう。しかしハルにとって、実のところそこはさして重要な部分とは言えなかった。
もちろん、謎に包まれていた過去の真相に迫れたのは重要なことだ。ただ、それはどちらかといえば知的好奇心を満たす喜びの部分が大きい。
どのみち変えようのない過去のこと。真に重要なのは、現在、これから起こることだった。
「わたしの罪、理解していただけましたか?」
「ああ、理解したよ。罪、というより、君の行動理念の理解だけどね」
「あくまで罪には問わない姿勢なのですね。お優しい方。ですが、管理者がそんなんじゃいけませんぜハル様! もっとびしっと、悪い部下は処罰しないと!」
「……裁いて欲しいのかい? それなら、それも良いけど。でも裁きの内容は僕に任せるんだよ?」
「あー、だめです、騙されません。どうせ適当に軽い罰を与えて、それで流しちゃうつもりなんでしょう。それで納得するわたしではありません! あ、それとも! 罰にかこつけて、わたしにえっちな命令をするつもりじゃあ……!」
「しないっての」
えっちな命令はともかく、ハルとしてはこちらから与える罰を受けて、それで納得して欲しいところだった。
ハルが真に気になっているのは罪ではない。その罪に対する、彼女の償いだ。
償いをする、贖罪をするといえば聞こえはいいが、それは言うなれば暴走とも言える。己が罪に耐えきれなくなったが故の、精神の暴走。
それは時に、償いではなく新たな罪を生むことになりかねない。
聞くところほぼ事故であった当時よりも、彼女の意思が介在している現在の方がタチが悪いのだ。
「……じゃあ、採点してあげるよ、管理者として。君はこれまでその罪に対して、どんな償いをしてきたの? そして今後、どのように償っていくの?」
ハルが彼女を追ってここまで来たのは、それこそが原因となっている。
そう、着目すべきは彼女の最初の罪ではなく、彼女の現在の償い。
まだ表面化はしていないが、その干渉により、日本が再び混乱に陥る恐れがあった。ハルとしては、それは阻止したい。
これもある種、傲慢な考えだとは分かっているが、日本に住む知人、友人、そして家族。特に恩のある、ルナの母の悲しむ顔は見たくない。
「分かりました! よろしくお願いしますね、上官閣下!」
もはや管理者でも、管理されるAIでもなくなった二人の、最初で最後の報告会が始まった。
*
ハルたちは場所を移し、施設の奥へと進んで行く。
秘密の抜け道の階段を降りて、壁に大きく開いた隠し通路を抜けて、エメが本来目指していた場所へとハルは案内されてゆく。
「ここに本来、道は無いんです。この塔にはどこの道からも届かない部屋、何処へも届かない通路がいくつか存在してるんすよ。あ、これわたししか知りません。管理を任せた二代目エーテル、空木ちゃんにもないしょでした」
「……はい、データに無い通路です。この塔のことならば、何でも知っていると思っていたので、ショックを隠しきれません」
「えっへっへ。バレずに済んでよかったですよ。ちなみにこれは『正常な稼働』なので、通路を動かしても空木ちゃんには察知されません。その後はもし、データの一から十まで詳細にチェックされても、多分へーきです」
「現行犯を捕まえるしかない訳だ。神様ってこういう隠し機能好きだよね」
「してやられるのは二度目です。未熟を痛感します……」
一度目は、ハルと空木が戦った際の魔法解除だ。
ウィストによる魔法に仕掛けられたバックドア、式を組み替えることで強制停止コマンドを発動させるシステムも、こうした組み替えを行って発動する。
ふだんは素知らぬ顔をして式の中に潜んでいる様が、この隠し通路にそっくりだった。
「へへっ、空木ちゃんはパズルが苦手と見えました。いや、わたしがそう設計したんですけどね。機能は、単純な計算力の高さに全振りです」
「むぅ……、私自身の思わぬルーツが……」
そうしてハルたちが通されたのは、円形の祭壇のような物体が中央にある、さほど広くはない部屋。
台座の周囲には、燭台に火を灯すかのように凝縮された魔力が輝き、部屋を明るく照らし出していた。
「ここが、君の目的地か」
「はいっす。何をする場所なのかー、は、流石にもうバレバレですよね」
「そうだね」
この特徴的な見た目から、そして何よりエメの目的から、何のための部屋なのかは容易に察しがつくというもの。
ここで、きっと次元の先へと、もと来た異世界ではなく日本へと、干渉するのだろう。
「お察しのとおり、これは転送機になります。城の地下にあった転送機と、似通ったもんですね。一部機能をリンクしてたりもします。あ、どこがリンクしてると思いますハル様。わっかるかなぁ?」
「いやそりゃ分かるだろ。あっちで注ぎ込んだ魔力は、ここに流れてくる」
「今部屋を照らしている魔力は、現地で注いだ魔力ということですね、マスター」
「げげぇ! これもバレバレだったあ! あー、そっすよねぇ、今はこの塔の魔力は、全部ハル様が支配してるんですよね。どんな力だおい。その中で己の支配下に無い魔力があるときちゃあ、出所はお察しか」
そう、燭台の魔力は『無色の魔力』だ。この塔は空木との戦いの際に、ハルが全てを浸食して自分の色に染めている。
その中で自身の管轄外の魔力があれば、ひときわ目立つというものだ。
「遺産の起動に莫大な魔力を用いるのは、むしろこっちがメインなんです。この塔にゲートを開くだけなら、それなりで済むんですが、手ぶらで塔に遊びに来たところでナンにもなりません。問題は日本へ道を開くことですからね」
「力はそっちに大半が使われるか」
「そーなんです。くっそ、無制限チートはこの苦労が分からないでしょうね」
そして、それだけ大量の魔力を用いても、日本に向けて送れる物はごく限られた物に過ぎないのだとか。
制約なしに二つの世界を行き来し放題のハルが羨ましいと、心底うらやましそうな、いや、むしろ恨みがめしそうな顔でエメは語るのだった。
「いやそんな顔されても」
「じょーだんです。いや、七割がた本心ですけど、自分の選んだ道ですんで。……あーあ、でもなーハル様が協力してくれればなー、こんな無駄遣いしなくて済むんだけどなー、環境にも良いんだけどなー、ちらっ、ちらっ」
「いや、そんな顔もされても」
これ見よがしに流し目を送ってくる。
確かに、今まであまり意識してはこなかったが、日本に干渉したい者にとっては、ハルの力は喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
空木にも協力を求められたように、物であれ魔力であれ、自由に行き来させられることは行動の幅を大きく広げる。
「……ん、前向きに考えましょう。ハル様が、悪意や野心を持った方でなくてよかったです。その気になればハル様は、魔法の優位性をもって一切の抵抗を許さずに日本を支配できちゃいます」
「しないよ。支配したところで、どうするっていうのさ」
「んー、可愛い女の子を片っ端から嫁にしまくったり?」
「お前は僕をなんだと思ってるんだ。しかし、それを言うなら君の方も悪意を持った存在じゃなくて良かった」
「わたしがそんな事するはずないじゃないですか。安心していいですぜ管理者サマ様! しかし、そうですねえ、例えば、やろうと思えば爆弾なんかを任意の場所に送り付けることも、まー出来なくはないです。小型だから、威力はたかが知れてますけど」
とはいえ、AIの知能と魔法の技術が加わった爆弾だ。その気になれば甚大な被害をもたらすだろうことは想像に難くない。
そして、そういった直接的な危険は決してないと信頼しているが、だからと言って安心はしていないハルだ。
むしろ彼女のしていることは見えにくいぶん、そうした派手な、動的な侵略ではなく静的な侵略となりえる。最終的な被害はそちらが上回ることだってあるのだ。
故に、ハルは彼女の目的を何としても聞き出さないとならない。
「……君が危なくないかどうかは、まだ保留かな。今まで何をしていて、今後どうするのか、それを聞いてからじゃないと」
「そんなー……、いや、ものは考えようですよね。もしハル様が認めてくだされば、そのお力をもってご協力くださるかも! そうしたら、チマチマ現地で魔力を集める必要もなく、計画はやりたいほうだいに、うへへ……」
「甘えんな。まあ、内容次第ではあるね」
「えへは、やっぱりやさし。そうやって甘やかしちゃうから、我々は付け上がるんですよー」
そんなことは無い、と言いたくなったハルだが、確かにカナリーあたりは甘やかしすぎだろうか?
日々食べ過ぎに注意はしているが、お菓子の消費量はあまり減った気がしない。
幸せそうに食べるカナリーを見ていると、どうしても強く出られないハルなのだった。これはエメの言うとおりなのかも知れない。
「こほん! ではでは、認めてもらえるよに、頑張ってプレゼンしますか! さて、まず最初にわたしが日本に干渉したのは、事故当時のこととなります。この時だけは、この地の魔力を使ってあれやこれや行いましたね」
大打撃を受けた日本の状況を立て直そうと必死だったそうだ。
しかし、出来ることは限られる。かの地で実験されていた技術を得て、他の神よりは次元間の移動についての知識を得たエメだったが、それでも制約は非常に多い。
まず、自身が渡ることは出来ない。そして、先ほどから語っているように、送れる質量はごく少量のみ。
やはりあの黒い石を日本に転移させたのはエメだったらしいが、あの程度が限度と考えていいだろう。手に一抱えする程度、それはもはや、何も出来ないと言ってしまって良い。
そんな制約だらけの中で、必死に逆転の一手を彼女は考え続けたようだった。
「そして最終的にわたしが閃いた冴えた一手。それがエーテルを送り付けることでした。あ、エーテルは昔のわたしの名前じゃないですよ。当時の空木ちゃんでもないです。それは、送ってもどうにもなりませんからね」
「分かってる。脱線しようとするんじゃあない。エーテル、つまり『ナノマシン・エーテル』。僕らが管理すべきエーテルネットそのものとも言える存在」
「はいっす。わたしの欲望を叶えるために、混乱に乗じるようで気が引けましたが。自問自答の末、これしか手段が無いと結論付けました。言い訳だと、思ってくれて構わないです」
「いいや、思わないよ。良く決断したねエメ」
ハルが褒めると、子供のようにはにかむ。くすぐったそうなその表情は、しばらく続いた。
……百年以上も、誰からも省みられず、賞賛されずに孤独な戦いを続けてきたのだ。せめてハルだけは、彼女のことを手放しに褒めてやっても構わないだろう。
「うへへ……、っと! そう、そんなわけでして、一部地域に、いつのまにか自然発生的に、エーテルネットが形成されて行くことになりました。当然、研究所の人たちは察知するんですよ。そこで、あの人たちがその後は上手いことやってくれました」
研究所が積極的にエーテルを散布した訳でもないのに、いつの間にか何処からか漏れ出ていた謎もこれで明らかとなった。
彼女が、混乱した日本をいち早く救う手段として、ナノマシンを現地に解き放ったのだ。
二の足を踏んでいた研究所も、既に散布されているのならば仕方がないという免罪符を得て、その後はエーテルネットの実用化に向け邁進していく。
その甲斐もあって、被害の規模にしてはであるが迅速に災害は終息し、その後は新たなインフラとして、エーテルが台頭していくことになるのだ。
そこからは、ハルたちが良く知る歴史である。
「混乱の終息後しばらくは、私は干渉しておりません。その時間は神界ネットの整備だったり、ゲーム世界への介入だったり、いろいろ暗躍しておりました」
「暗躍って言っちゃうんだ……」
むしろ、そこで止まっていて欲しかった。窮地の日本を救い、エーテルネットを制定させたところで終わりにしてくれれば、ハルも手放しで彼女を褒めるだけで終わっていただろう。
しかし、彼女の贖罪はそこで終わらない。彼女の罪の意識は、その程度では満足に癒されなかったのだ。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/20)




