第43話 やはりお茶の無い武神のお茶会
「ではもう一戦やろうか」
「思わせぶりに出てきて何でまた甲冑なのさ。というか話せたなら最初から喋って?」
「ははっ、ツッコミご苦労」
「出来ればたまにはボケに回りたい……」
こういうのもお茶目というのだろうか。女神の姿で現れるものだと思っていたら、同じ甲冑の姿で再登場されてしまった。
セレステは連戦が好きなのだろうか。戦いの神らしいといえばその通りなのだし、ハルも対戦ゲームではユキ相手に何時間も同じキャラで対戦を続けたりする。
しかしこのゲームは分類するならRPGだ。ボスを倒したら一度でイベントが進行して欲しい。連戦や二段変身は最終戦だけで十分だ。
「もう勝負付いてるでしょ」
「何を言うんだいハル? お互い手の内が知れた状態で第二戦。燃えるじゃないか」
「分かるけど」
「それとも次は負けるからやらないのかい?」
「やってやろうじゃないかこの戦闘狂が」
挑発されてしまった。乗らざるを得ない。
もともと特に目的があって来た訳ではない。セレステが戦いたくて呼んだというならば付き合ってやるのもいいだろう。
「ハルさんちょろいですねー」
「そこが良いんじゃないか、カナリー」
「付き合いが良いって言って?」
カナリーを伴って距離を取る。ちびカナリーは、なんだか主人公に付いて回る妖精キャラのようだ。それらしく魔法で支援してくれれば良いのだが、残念ながらただの観戦モード。
「ハルはこの槍に消されない、人の魔法を使えるんだったね」
「槍には消されなくても、単純な魔力の介入で消されちゃったみたいだけどね」
「悲観するなよ。精進していけばいい」
言うとセレステの甲冑は槍を後ろ手に回し、逆の手を突き出した。何となく展開が予想できる。
「ならこちらも魔法の使用を遠慮する必要はないねっ!」
「何がお互い手の内が知れた~だ、まだ手札隠しておいて!」
初戦の意趣返しのように、竜巻の魔法が放たれる。先ほどのハルの魔法よりも一回り強力そうなのが癪であった。
今度はこちらが対応を決めなければならない。避けるか、耐えるか、ぶつかるか。
「カナリーちゃん、これに対してこっちも竜巻をぶつけたら?」
「吸収されますー」
「だよね。だと思った」
当然弱い方、ハルの竜巻が吸収され、あちらが強化されるのだろう。
<魔力操作>で強化してやれば逆に吸収出来るのかも知れないが、槍に消されて終わりだ。
「でも一応やってみよう」
「楽しそうですねー」
経緯はどうあれ、せっかく魔法で相手してくれるのだ。心躍る展開といえる。このゲーム初めての魔法戦だ。
ハルはセレステの竜巻に自分の竜巻を重ねる。当然、威力を強化したものだ。
二匹の蛇のように複雑にうねり、絡みあった二本の風の柱は、やがてひとつに纏まりセレステの方へ向きを定める。
「魔法戦は後出し有利だね」
「それはハルさんだけでしょうねー」
風そのものが巨大な質量となったかのような暴威の塊。地面や池の水、果ては木々も巻き込んで進んでいく。
余波で甲冑も巻き込んでしまえば終わるかと思われたが、さすがにそう甘い話は無かった。槍が突き込まれると、最初から何事も無かったかのように消え去り、後にはそよ風ひとつ残らない。
風が収まると同時、再びセレステから同じ魔法が放たれる。こちらの対応を見ているのか、それとも風の壁を防壁代わりにして、接近戦を誘っているのだろうか。『遠くから何度やっても無駄だ、近付いてこい』、と。
「カナリーちゃん。あの甲冑の、というかセレステのMPって無尽蔵?」
「そうですねー。ここは彼女の神域なので、供給も容易いかも知れませんねー」
「じゃあMP切れは狙えないか」
「このまま神域の魔力をカラにしてやるのも面白そうではありますがー」
しかしそれはカナリーの神域の魔力も同等に消費する事になる。乗り気はしないと顔に書いてあった。
「時間も掛かるしね」
「七日七晩かけた大戦ですねー」
ただし極小規模。飽きるだろう、当然。
ハルは風の対属性である<地魔法>の土槍で迎撃する。属性についてはアイリの授業で教わった。その時は吸収についての話は出なかったのだが、神の魔法、スキルに特有の現象なのであろうか。
土槍とは名ばかり、魔力がふんだんに注がれたそれは、七色に輝く宝石と化していた。
何本も高速で射出されたそれは風の壁に突き刺さると、砕けて散っていく。同時に一本砕くごとに竜巻の風速も弱まり、次第に魔法を維持できなくなってゆき、最後には霧散していった。
対属性は吸収ではなく消滅が起こるようだ。
「って、また竜巻か! セレステが中に入ってるとは思えないワンパターンさだな。まるで雑魚敵の思考だ」
「ハルさんが色んな対応してくれるから、楽しいんじゃないですかねー」
「それならもう少し楽しませてあげようかね」
「ついでに倒しちゃいましょうー」
「だね」
ハルは竜巻に向けて急速に接近する。最短距離で、お望み通りの接近戦での決着に向かう。迂回はしない。
最中、この場で手中に武器を生成する。<武器作成>ではない、<魔力操作>によるものだ。
構造は驚くほど単純なもので、一瞬で生成が可能だった。魔法の式の数を密度とするなら、中身はスカスカだ。一つの機能しか持っていない。
生成したその槍を竜巻に突き入れる。
「これは驚いた! ハル、キミはそんな事まで出来るんだね!」
「驚いたなら固まってなよ!」
「生憎、動きが体に染み付いていてね!」
竜巻は一瞬にして消え去り、その勢いのままその槍を甲冑に向けるが、“同じ槍”に阻まれる。
ハルの作り出したのはセレステの甲冑が持つその槍。『剛槍・封魔』、魔法への絶対封殺権を持つ槍。それをコピーした。
「セレステのせいですからねー。またハルさんが持っちゃいけないもの手に入れちゃったのはー」
「だって知らなかったもの。先に教えておいてよカナリー」
「教える訳ないじゃないですかー」
戦闘中にも関わらず、のんきな会話が広げられるが、ハルとセレステによる鍔迫り合いは続いている。
槍同士による押し合いなど通常成立しないが、ハルの並列思考による制御と、武神の操作はお互い一歩も引かなかった。崩れた方が切り込まれる。
だが、ここからは一戦目の焼き直しだ。この状態からでもハルは魔法を使える。
お互いの体を固定した状態での<銃撃魔法>による攻撃。動かない相手に牽制は必要ない。一発一発に威力を込められる。
甲冑に穴が空いて行き、核を狙ったヘッドショットを避けるために強引に首がずらされる。結果、体勢が崩れた。
逃す手はない。ハルは初戦と同じように腕に<魔力操作>で魔力を注入する。
だが今回は直接殴るためではない。槍を振るう筋力の上乗せだ。
魔力で織られたこの肉体の持つ物理的な干渉力は、やはり魔力によって大きくなる。その力でもって、ハルは敵の槍を弾き返す。
がら空きになった懐に<飛行>で飛び込み、甲冑の隙間から刃を入れる。
兜が宙に舞い、敵の甲冑は空気に溶けるように消えていった。
◇
「いやお見事。やはり強いねハル。ますます気に入ったよ」
「ありがとうセレステちゃん。戦いの神様に誉められるのは嬉しいね」
「うむっ、もっと敬いたまえよ。具体的には『セレステちゃん』は止めないか?」
「止めて欲しければハルさんの軍門に下るんですよー」
「それってカナリーの下じゃないか。嫌だよ」
三戦目には突入せずに、今度は美しい少女の姿でセレステは出てきてくれた。満足してくれたのだろうか。
原型が無くなる程に荒れ果てた泉も元通りに修復され、今はその畔に座っている。セレステが椅子とテーブルを用意してくれた。なお、お茶は無かった。
「仕方ない、僕の方で用意するか」
屋敷に居る体でメイドさんにお願いしてお茶を淹れてもらう。すぐに用意され、倉庫経由でティーカップ三つと共に運ばれてきた。
「……本当に何でも有りだねハルは。魔法神でも目指すのかい?」
「オーキッドに変わってハルさんが魔法神ですかー。役が微妙ですねー」
「魔法神って君らと同じような役職なんだ」
過大な評価がむずかゆい。少し話題を逸らさせてもらう。
魔法中心のこの世界、魔法神は上位の役職なのではないかと思っていたが、言い方からするとそうでもないらしい。
「同輩だね。ハルの思うような上下は無いよ。私たちは皆、大なり小なり魔法に関わっているからね」
「魔法スキルの作成を中心にお仕事してるってことですねー」
「ハルの魔法が消えた原因もそいつだよ」
「おのれ魔法神」
セレステの槍が、正確に言えば槍に込められた魔法式が触れたら、強制終了するようにプログラムしたのが魔法神のようだ。
ただ、緊急時の為のシステムをセレステが悪用しただけの可能性もあるので、評価は保留だ。まだ会ってもいない事だし。
何にせよあの槍は軽くて、つまりデータ量が少なくてその上有効範囲が広い。非常に美しい出来だった。
「いい槍だよね。シンプルで綺麗だ」
「だろう? 私もお気に入りさ。魔法神と戦う時はぜひ使ってやるといい」
「対策されちゃうんじゃない?」
「最初の一撃で決めちゃえばいいんですよー」
本人不在の間に神二柱が結託して対策会議がされていた。ひどい。だが使う。
「普通のプレイヤーもアレを相手にするなら、可哀そうだけど」
「その時はオートさ。なんとかなるよ」
セレステが中に入るのはハル相手だけだという事だ。そうでない時は、そこまで強くはないのだろう。
「そういえば近距離で使える魔法は無かったの? 最後そっちも魔法使えばよかったのに」
「うむ、無いね。引き打ちしかしない相手用にあの竜巻があるだけだ。ハルのMPを無駄撃ちさせられるかと思ったのだが」
「あいにく無尽蔵でね。知らなかったんだ?」
「神様も何でも知ってる訳じゃないですからねー」
お茶を飲みながらセレステが語る。きっちりと背筋を伸ばしたその姿は、なかなか絵になっていた。
しかしお茶を飲めるということは、この体はセレステの本体なのだろうか。カナリーは相変わらず香りを楽しんでいるだけだ。
《青》 所属:女神セレステ
《乙女の》:Lv.-《秘密を》
HP 《覗く》
MP 《ものでは》
───
《ないよ?》
お茶を噴き出しそうになってしまった。
気になってARを出してみたら、茶目っ気のあるメッセージが仕込まれていた。何となく彼女らしい。
敵ステータスが見えないこのマップの仕様は、難易度上昇のためというより、全てこのための仕込みだったようだ。手が込んでいる。
ハルの様子を察したセレステが、してやったり、という表情でにやりと笑った。
「ふふっ。……キミの事はあまり知らないんだよ。カナリーのお気に入りって事くらいしか。君はカナリーの領域から出ないみたいだしね」
「人の庭は勝手に覗けないんだね」
「うむっ、そういう意味でもキミは反則だな。堂々と<神託>でカナリーを連れて来られてしまっては拒めない」
「これからは君の使徒に注意しないとね」
「安心したまえよ。普通は無理だ」
MPの問題だろうか。<神託>は非常に消費が激しい。
それとも、ハルは知らずの内にクリアした他の問題があったりするのだろうか。
「ハルは<神託>を自由に使えるのかい?」
「ん? そうだよ。何か問題があったかな」
「いや? カナリーと仲良くしてやってくれたまえ。……ああ、私にとっては問題かな。カナリー側の戦力という意味でね」
「既に一敗ですもんねー」
「してやられたよ」
何か思うところがあったのか、そこで会話は止まってしまった。
静かにお茶を楽しむその姿は美しいが、意味深なタイミングだ。ハルとしては気になる。
<神託>は自由に神と話せるだけのスキルではないのか。レベルを上げれば何かありそうな事はカナリーも言っていたが、既に100レベルを越えている今でも特に変化は無い。ついでに言えばプレイヤー経験値も入らないので、得はほとんど無い。
──これじゃルナの言うように、本当にギャルゲー機能だね。
カナリーと話すのは楽しいので、別に構わないのだが。
「ところで、ここへは何か用事があって呼んだの? 配信中だと話せない事があったとか」
「いいや、私もキミの事が気に入ったから許可を出した。それだけだ。むしろ今日は何か用事があって来たのかな?」
「いいや、許可が出たから来ただけ」
「何時でも来るといい。歓迎しよう」
「手荒い歓迎になりそうだね」
「うむっ」
来るのは自由とはいえ、毎回戦闘になる覚悟をしたほうが良さそうだ。
しかし、セレステは特に用事は無かったらしい。ユキが言うようなご褒美も無しだ。一部、ハルが勝手にご褒美として便利な槍を頂戴しはしたが。
ならば今日は顔見せだけで、このままお暇しても良いのだが、何となくさっきからハルの情報だけが抜かれている気がしないでもない。
ハルとしては別に神様相手であれば喋っても構わない情報であるが、一応は敵対関係にあるらしい相手だ。向こうからも何か聴き出しておきたい。
「ところでセレステちゃん、この神殿の遺跡ってなんだったの?」
「セレステちゃんは出来れば……、いや、カナリーの許可が無いのだったね、律儀なことだ」
実は全く違う。ハルがそう呼びたいから呼んでいるだけであった。カナリーもきっと、その辺を分かった上で援護射撃を飛ばしてくれたのだろう。
しかし前回の時は気にするそぶりは無かったが、あの時はカメラの前だから背伸びしていたのだろうか。かわいらしい。
「聞くも涙、語るも涙の話があったのだよ」
「ふむふむ」
「むかしむかしね」
そんな語り口で、セレステは話し始めた。




