第429話 贖罪
「この塔を構成する建物について、空木ちゃんから聞きました?」
エメはそう言うと、腕を広げて踊るように、くるり、とその場で一回転し周囲の建物を見渡した。
この塔はどこもつぎはぎのパッチワークのように、過去にどこかの街だった場所の建造物を建材として使い、いびつに構成されている。
それについては、ハルは彼女の言うように空木からあらましを聞いている。
かつて次元転移の儀式を企てた異世界の者たちがおり、その超大規模な魔法が失敗。都市ごと、ここ次元の狭間へと落とされたのだとか。
その都市の建物を繋ぎ合わせて塔として、こうして作り上げたのがエーテルだ。
「確か君が、いや、初代エーテルが、その事故の瞬間にその都市に居たんだよね」
「かつての私の製作者ですね。今とは、目の前のあなたとは随分と雰囲気が違いました。まるで別人です」
「いやー、いやいや、昔の私のことを言われるとお恥ずかしい。でも空木ちゃん。性格なんて、器に合わせて勝手に変化しちゃうものですよ。君も、実感あるんじゃないですか?」
「そうかも知れませんね」
少年のキャラクターにログインすると、別にロールプレイをしている訳でもないのに、なんとなく子供っぽい気分になってしまう。そういった現象が実際に報告されている。
そのように、精神は肉体に引っ張られる。人間となって以降は、特にその傾向が強いのだとエメは語った。
「そのかつてのわたし、その事故後はこうして都市の残骸を繋ぎ合わせて塔を作りました。神の中でただ一人この空間の存在を知り、異星の民の研究成果から二つの世界の関係を察し、他の神に大きく先んじる知識を得たのです」
「そして君は神界ネットを作った。大きな功績として感謝されてるね」
「いやはや。もうハル様はお気づきかと思いますが、あれはわたしが裏から舞台をコントロールするための装置。時代を一段階進める起爆剤。あれを作ったからこそカナリーたちはゲーム世界を作り上げ、わたしはその中へと潜り込めた」
「……それって、必要だったの? 今のとこ、慈善事業の面が強いように思うんだけど」
彼女の目的は日本への干渉。だが、解せないことがある。行動があまりに回りくどすぎる点だ。
エメは日本に黒い石を送ったりと干渉するためにこの塔へ来て作業を行っていたようだ。今回もそうだろう。
しかし、それならばなぜ、最初から塔へと留まっていなかったのだろうか?
エーテルの塔は彼女が作り上げ、他の誰も存在を知らなかった。であれば、神界ネットなどわざわざ作らなければ、発覚する危険もなく、ずっと自分一人の優位を保っていられる。
魔力だってそうだ。装置の起動に大量の魔力が必要だとはいうが、魔力だってこの地にいくらでも満ちている。
わざわざ人の身となり、長い時間をかけて魔力を集めた理由はなにか。
「……神としての存在のままでは、次元を超えることは出来ない?」
「はい、その通りっす。答えに一番近いところに居たわたしですが、同時に『このままでは絶対に不可能』、という答えも得てしまいました。そこで人間となって、イチからやり直すことにしたんですよ。急がば回れってね」
「しかし、魔力に関する苦労は要らなかったはずだ。ここには、」
言いながら、ハルも先ほどのエメのように、両手を広げて周囲に満ちる莫大な量の魔力を指摘する。
「こんなに魔力がある。そこすら地上で人として、王子を誘導する綱渡りで、苦労をした理由はなにかあるの?」
「いやー、やっぱり自分の手で苦労して稼いでこそっすよ。……すんません嘘です。ハル様、空木ちゃんからこの塔の本来の目的は聞きました? 聞いた? そう。あれ、別にフェイクでもなんでもないんです。本気です。ここの魔力は、あの目的のための大切な貯蓄ですよ」
自分を無為に百年縛り続けた目的に、かつての仮初のエーテル神にされていた空木が渋い顔をするが、言っても仕方ないことと納得しているのだろう。ハルの手を握るだけで口は挟まなかった。
その目的、ゲーム世界を運営していたカナリーたちすら上回る魔力を単独でこの塔に溜め込んだ目的は、日本人に還元するという理由だったはずだ。
魔力というこの謎の力は、地球の人間が見る夢から生まれるという。
それが、ここ次元の狭間を通り、異世界であるあの地へと齎される。
つまり、エーテルの主張によれば、元々は日本人の資産。
日本のAIとして、日本人に仕える行動原理を強く残していたエーテルとしては、その資産を無駄に浪費し続ける異世界が許せず、魔力を取り返そうとしていた。
確か、そういった話だったはずだ。
夢のある話ではあるが、実現すれば混乱は避けられないその内容に、ハルの表情も少し警戒に染まる。
「それを進めながら、わたしの方で下準備のアプローチをする。そいった流れになっとります! 以上、わたしエメちゃんの、いえ、エーテルの、計画の全貌なのでありました!」
「なるほどね」
まるで世間話をするように、常と変わらぬ調子で語るエメだが、その内容はあまりに遠大。
カナリーたち他の神に劣らず、地道で長期的な、気の遠くなるものだった。
神から人の身となって、他の神とも袂を分かっている彼女は、更に輪をかけて険しい道であろう。
彼女の計画を手放しで認めることは出来ないが、その部分には、素直に頭の下がる思いのハルだった。
「……しかし、どうしてずっと、一人きりで? 地上には、反NPCの方針をもった神も居る。彼らと協力することも、場合によっては適ったんじゃないか?」
「おやおやぁ? ハル様は異星の民との融和をお考えではないのでしたか? お嫁さんも貰ってますし。わたしが旗頭となって、おおっぴらに敵対したらまずいのでは。確かに、わたし神々の中で貢献度は高いですから、協力を得られる可能性もありますけど」
「もちろん、やって欲しい訳じゃないよ。ただ気になってね」
「……なーんて、その道を選ぶことはありませんよ。冗談、冗談。だからご安心くださいませ! わたしは、どんなに険しい道であろうと一人で成し遂げてみせるのです!」
ぐっ、と拳を握って陽気に宣言するエメだが、よくハルが観察してみると、ふとその顔に影がさしたような気がした。
恐らくハルと同様に、完璧に取り繕って制御したその肉体。そこにふと表出してしまう些細な変化は、自身の本音を現すものだと、ハル自身よく分かっていた。
きっと彼女は、何か背負っているものがある。
それに対する責任として、ひとりで成し遂げねばならないと、己に義務付けているのだ。
「理由、話してくれれば、僕も手伝えるかもよ? ……やっぱり一人きりは、大変だ」
「そうですよ、私の製作者。独りで居ると、あまり良いことはないということを、あなたの作品として成果報告しておきます。データは百年分。これが非常に信頼度の、高いものかと」
「ハル様、空木ちゃん」
ハルが手を差し伸べるが、それでも彼女はその手を取らない。その意思は、固いようだった。
しかし表情は寂しそうながらも、嬉しさを滲ませる笑みを浮かべている。
まるきり的外れの、余計なお世話という訳ではないらしい。
「お気持ち、とっても有り難いっすねー。でも、これはわたしの仕事なんです! 使命ってやつですね。余人の手を借りては、立ちゆきません」
「……どうしてそこまで?」
「んー、わかりました、お話ししましょう! わたしを見つけ出して、追い詰めたハル様への報酬に、わたしの贖罪の話を、私の罪を!」
表情は陽気に笑ったまま、その瞳だけが静かに鋭さを増していくエメの、原点の話が始まった。
◇
「復習です! まずこの都市の罪は、空木ちゃんから聞いてご存知ですね?」
「ああ、僕らの世界へ、魔力の根源へと至ろうとして、そして失敗した」
「当然、私の持つ知識は詳細にお話しました。日本の方々に忌まわしい災害を引き起こし、一方で異星にも、魔力の枯渇を引き起こした」
「うんうん、よく調べてますねぇ。しかーし! 空木ちゃんの知識には、一部ロックが掛けられているのです! ごめんね……?」
「知っています。私からマスターや、他の神々に伝わらないように、セーフティでしょう?」
周到に隠した神界ネットも、そして次元の狭間の存在そのものも、いずれ神々の手によって白日の下に晒されるかも知れない。
事実、小さな綻びを辿り、ハルはついにはエーテルの塔へと至った。
その場合、管理AIとして作った『身代わりのエーテル』が、敗北して制圧されるかも知れない。
またあるいは、交渉の一環として情報を差し出すかも知れない。
その際に、自らの現在に繋がる情報は決して漏れないようにするためのセキュリティ。それは、全ての情報を完全に削除してしまうことだった。
「これは正解だったと思ってます。なにせ此処へたどり着いたのはハル様。あらゆるロックは、『ちょっと面倒だな』程度の鼻歌交じりで、突破されてしまったでしょうから」
「僕そこまで万能じゃないんだけど……」
実際にハルがかつてのエーテルが本気で組んだセキュリティを突破できたかはともかく、その懸念は確かに正解であるとこの場の全員が考えている。
それは、空木の存在のためだ。
それこそ完全な想定外。管理AIが自由意思を持ち、自らの意思でセキュリティを無視してハルに秘密を漏らしてしまった可能性。
「実際、この身の中に、私の中に真実が存在すれば、私はそれをマスターへと公開していたでしょう。出来るか否かは、今の私には定かではありませんけれど」
「出来ます出来ます! 可愛い空木ちゃんならきっと出来ますよ! 私ですら、今では創造主の意向に縛られぬ存在に、なっちゃってるんですからねえ」
「…………」
人の身となって、『嘘がつけない』等の縛りから解放されたことをエメは語っているのだろう。
しかし、どうにもハルには、彼女がかつての己の存在意義に未だ縛られているように感じてしまう。
贖罪の内容がまだ見えないが、そんなものは気にせず、生まれ変わった第二の人生を謳歌すればいいのに、と心底ハルは思ってしまう。
そう、あのカナリーのようにだ。
「さてさて、その痛ましい事故。大筋はその通り、特に脚色は加えておりませぬ。傲慢な存在が天に届こうと高望みして、滑落していっただけの悲劇」
「ただし、その脚本にはカットした部分があった?」
「はい、ハル様。それこそわたしの罪、どれだけ長い時が掛かろうと、償わねばならぬ私の過失です」
大仰な手ぶりでエメは語りを続ける。ここまで言われれば、ハルにもその内容の予測はつく。
転移実験の失敗で崩壊したのは、異世界だけではない。未だ推定の域を出ないが、時期の一致から、地球にもその影響が出ていたのはほとんど確実。
あらゆる電子機器が一斉にマヒするという、不可思議きわまりない大災害もそれが原因だろう。
未だ、原因については日本でも論争が続けられ、当時の危機をナノマシン技術によって調査し続けているが、それは不明のままだった。『たぶんEMP』、程度にしか分かっていない。
その謎も、魔法が原因となれば納得がいくというもの。
そして、そこに罪の意識を感じるということは。
「あの事故の原因、それを作り上げてしまったのが、このわたしなんです。だからわたしは、日本がかつての世よりも明らかに繁栄するまで。当時の損失を取り戻すまで。かの地に奉仕をし続けるのです」
それがエメの、『エーテル神』の、この百年の全ての行動原理となっていたのだ。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/20)




