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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第428話 ついに辿り着いたその存在は

 隠し階段、というには大仰すぎる仕掛け通路を降りて、ハルは先行していたエメに追いつく。

 彼女は依然、<神眼>で先に確認したときと同じ状態で、通路の陰からおどおどとこちらを窺っていた。

 ……一応、隠れているつもりなのだろうか。あれでは<神眼>が無くとも、訓練された人間や、安全確認クリアリングに慣れたゲーマーになら一発で見つかってしまうのだが。


「……あの、見えてるよ? 取って食いはしないから、出てきてくれるかな」

「うひゃ! 見つかってしまった! うーん、何でここに来るんですかねー、ちょっと的確過ぎ。……じゃなくて! 何者ですか! 不法侵入ですよお兄さん!」

「いや、取り繕うには雑すぎる。ここ、君の家だとでも?」

「ううぅ……、さすがに無理っすよねぇ……、あ、でも、本当に何者ですかお兄さん。その、一応は初対面だと思うんですけど、わたしら何処かでお会いしましたっけ。って、これついさっき同じこと言った気がするな?」

「ああ、確かに」


 ハルの主観では、ずっとこの魔女っ子的な服装の彼女と会話を繰り広げていたのだが、エメの主観ではまるで違う。

 最初の出会いの時は(彼女の感じる)イケメンとして。年齢も若く見えていたようだ。

 二度目、先ほどの邂逅では、年齢も詳細に設定してあり、今よりも年上の姿の『貴族ゼファー』としての見た目。


 そして今、ありのままのハルとして彼女の前に出ている。この姿を晒すのは、これが初めて、初対面とも言えるのであった。


「あ、もしかして、さっきの貴族さんですか? 魔力提供の。あれは変装で、これが真の姿とか!」

「うん、正解。名前はハルだよ、よろしく」

「あ、ども。エメっていいまっす。しがない研究員です、よしなに。……あのー、ハル様ってもしかして、坊っちゃんもハル様でした? あ、分かんなかったらすんません。なんとなーく、オーラが似てるもんで」

「ああ、そうだよ。あの時は互いに自己紹介してなかったね。こんなに、会うことになるとは思ってなかったから」

「本当ですねぇ。あ、わたしを心配して追いかけて来てくれたんですか? まいったなぁ~惚れられちゃったかなぁ~。いや、わたし、奥さん何人も居る方のとこに嫁いで上手くやっていけるだろうか。ちょっと考える時間をいただきたい」

「だから誤魔化すには無理があると言うに……」


 わざわざハルも知らない隠し通路を起動して、追っ手を警戒する姿を見せ、その上で『迷い込んだだけ』を装うには無理がある。


 ここまで来れば、いいかげんハルも認めざるを得ない。彼女がエーテル神だ。

 どこからどう見ても人間であり、神の気配はまるで感じない。そして、驚くべきことに嘘を言っているようにも感じない。

 だが、それ以外の状況の全てが、彼女こそがこの塔を作り上げた本人だと示していた。


 そのうちの一つが、この場への適応性。

 通路を見つけ出したこともそうだが、それ以前の彼女自身の状況だ。ハルたちは自然に適応しているが、このエーテルの塔には空気が無い。

 なにか別の、謎のエネルギーが大気として満ちているが、人間がそれを吸って生きられる類の物質ではないのだ。

 そこを、彼女は問題なく適応している。


 ハルやアイリたちは、自身の周囲の環境を、『環境固定装置』によって固着している。

 なのでどんな極限環境においても、宇宙服を着ているかのように活動ができる。


 エメには当然それが無い。そこを、魔法によって自分の周囲に呼吸可能な空気を張り巡らして纏っているようだ。

 発想としては似通っているとも言える。


「君の纏うその空気の層」

「あい」

「それは、ここに初めて落とされた人間がとっさに発動可能な魔法精度じゃないね? 君は、もう何度もここへ来ている。少なくとも、杖三本分だったかな、それだけの回数は」

「あい。……そ、そのですね! なんだかわたしだけの秘密を持ってるようで、嬉しくなっちゃって! いやー、なんて言うんでしょう、異世界探索? 分かりますよね、ハル様もこの気分!」

「うん。分かるけどね」


 だが、彼女に限ってはそれは嘘だ。

 なんだか、こうも自然に嘘がつける神様と話すのは初めてだ。今までは、誤魔化し、黙秘はしても嘘は皆言わなかった。

 そのため、判断が遅れた部分も存在する。


 ではその、何処が嘘かといえば、今回だけならともかく、前回以前の三回、それがただの興味本位の迷い込んだだけの人間というのがありえない。

 なぜならば、その時はまだ、この塔の管理人が健在であったからだ。彼女の目を欺いている時点で、対象は一人に絞られる。


「……つまり、君が何度もここに来てるのは確定なんだね? じゃあ、それは少しおかしいね。この塔を管理してた神様は、侵入者なんて一人も居なかったって言ってたけど」

「うわしまった! 誘導尋問だ! えー、そんなの知らないですよー。見逃しただけじゃないですかー。あ、それか、やっぱりわたしが此処に来るの、今回が初めてってことで!」

「言い逃れする気ないな君……、というか、楽しんでるでしょ……」

「にひひ、言ったでしょ、話し相手が欲しいんですよ、わたし。特にこのこと、話せる相手なんか居ませんでしたからね。『王様の耳』がなんちゃらって、井戸に叫ぶ訳にもいかず」


 追い詰められている状況だというのに、本当に楽しそうにころころ笑う様子に、ハルも釣られて笑ってしまう。

 まだ、気を抜いていい場面ではない。しかし彼女の気質が、どうしてもハルの緊張感をいできてしまうのだった。


 だが、けじめとして、言うべきことはきちんと宣言をしなくては。

 ハルは居住まいを正すと、エメに向かって指を突き付け、刑事のごとく宣告する。


「君が、僕らがずっと探し求めた『エーテル』だ」





「…………ふむ」

「だろ?」


 宣告を受け、笑顔から一転、表情が抜け落ちるエメ。今、彼女の中ではどんな思考が渦を巻いているのだろうか。

 数秒の互いの沈黙ののち、彼女が口を開く。

 そこから出てくる言葉を、ハルは緊張と共に待つのだった。気おされ、息を飲まないようなんとかこらえる。

 追い求めてきた神がその正体を看破され、陽気な仮面を取り払った姿は、いったいどんなものになるのか。


「っえぇ~? 違っがいますよぉ~? “私はエーテルなんて名前じゃあありません~”」

「……えええ、まだ続けるの、この茶番?」

「にしし! こうやってしか、喋れないんですよ、わたし。さてさて、その『エーテル』なる存在は、もしかしてこの塔に居る神様って奴なんじゃないですかね? わたしじゃなくて」

「ああ、ややこしかった。というか、実際そう思い込んでたよね」

「やりっ! いや、やってないのか。けっきょく違うって、分かっちゃったんですし。なんだー、このー? そのまま迷宮入りになってしまえば良いものを!」

「……そういう屁理屈でいうと、『天色あまいろ』って呼んだ方がいいのかい? 向こうの名前に、思い入れが?」

「……いいえ、ハル様。そうじゃないです。わたしは『エメ』。もうエーテルでも、天色でもない、ただのエメ。しがない、窓際部署の研究員っすよ」


 少しばかりの寂しさを滲ませながら、そう言ってにっこりと笑う。

 それは、過去は置いてきたという、もうエーテルには戻れないという、彼女なりの不器用な宣言なのであろうか。


「君は、人間になったんだね? カナリーと同じように、カナリーより、ずっと前に」

「はいっす。そのために、塔の管理を手製のAIに任せました。あー、『管理コード:あまいろあまいなあいうえお』、エーテル! 隔離領域起動、出て来なさーい」

「……」

「…………出てこないですね。もしかしなくとも、掌握済みですよねー。いやー、ゲートでの転送自体は、感知されないようになってんですけどね。呼吸用の魔法がまさか感知されるとは、油断大敵」


 やはり、彼女は空木うつぎのことを、身代わりのエーテルのことをただのAIだと思っているようだ。自分が、命あるものを生み出せるはずがないと。

 そんな思い込みが、空木の認識を曇らせたことに文句の一つも言いたくなるが、これは彼女が悪いという訳でもない。


 人間だって、自分が仕事で組んだプログラムが突然命ある存在になると思って仕事をする者はほぼゼロだろう。


「まーそんなわけで、今『エーテル』といったらそのAIのことです。屁理屈かも知れないですけど、そこははっきりとさせておきたい、って気持ちがありますね」

「……君が、何でそこまでして人間になって、それに拘ってるのかも気になるけど、こちらも一つ訂正がある」

「およ? なんでしょ」

「今は彼女ももうエーテルじゃない、今の名前は『空木』だよ。空木、ご挨拶」


 ハルの言葉を受けて、彼女がここへと<転移>してくる。

 小さなその姿は、己の創造者を前にして緊張と恐怖に固まっていたが、それでも勇気を振り絞り、エメの前にしっかりと立った。

 ……ハルの裾を掴んでいなければ満点だっただろう。


「空木、です。お初に、お目にかかります」

「…………なんと、まあ」


 これには、あの毎度の口上が長いことに定評のあるエメも、さすがに絶句せざるを得なかったようだ。

 その衝撃は、空木が『自分は生命であって構わない』と保証された時と、あるいは同等の大きさだろうか。


 しばらく、ぽかん、と口を開いていたエメだが、立ち直りの早さもまた慣れたものだ。

 常のふてぶてしさを何とか取り戻すと、平静を装いなおして、ハルとエメを交互に見やり、何とか言葉を絞り出した。


「……幼女趣味っすか?」

「言葉に皮肉が欠けてるよ。ずいぶんと、衝撃的だったみたいだね」

「だって、そりゃ、そうでしょう! えっ、っと、その、空木ちゃん? なんと言っていいものか。ネグレクトでさーせん。そんな気はなかったんです。これからはお母さんって呼んでも良いですよ。あ、ハル様、結婚する必要があるでしょうかねこれは」

「その必要はありません、製作者。母は、マスター・アイリにお願い致しておりますので」

「なんと、まさかのお前の子ではない宣言! これは、思ったより堪えますね。いや、この子をこうしてひとつの姿に定義したのはハル様ですもんね。なら納得です。どうか健やかに、育ててやってください」

「……いや、僕も家族ごっこする気はないからね? 何の攻撃これ?」


 空木を見ると、いたずらっぽく舌を出していた。世間知らずで真面目な彼女にこんな寸劇を教え込んだ容疑者は一人しかいない。

 ハルは白銀とも、後でゆっくりと話し合う必要があると、心に決めるのだった。


《バレたです。でも敵を使ってまで外堀を埋める華麗なコンボが決まったので、おしおきは甘んじて受けるです》


 ……そう、敵だ。なんだか周りの者たちのペースにいいように巻き込まれてしまったが、目の前にいるエメは、暫定的にはまだ敵性存在である。

 ハルは緩んだ空気の中で何とか己を定義しなおすと、空木を一歩下がらせてエメと改めて向かい合うのだった。





「……それで、君があの遺産装置を使って、いやあれも君の作品なんだろうね。あれを使って、ここへ来ている理由はなんなんだい?」

「んー、それ、説明したら見逃してくれます? なんだか、わたしここで逮捕されちゃって、確か空に浮かんでいるとかいうハーレム城に監禁されちゃうんでしょーか」

「ハーレム城ではない」

「違うのですか、マスター?」

「……いや、ハーレム城だけどね。空木、自分のホームで気が大きくなる気持ちは分かるけど、少し静かにね」

「失礼しました、マスター」


 まあ、客観的に見ればハーレム城で間違いない。否定する要素は一かけらも無かった。


 ただ、エメをどうするか、という問いの結論は、現状しっかりと持っていないハルだ。

 ここで、相手が人間になっている(おそらく、カナリーと同じように転生、自身の存在を再定義したのだろう)のが問題点ネックになってくる。

 神であるなら、支配し、暴走を強制的に停止させることも厭わないハルだが、果たして人間相手にそれが出来るだろうか?


「……別に、君を逮捕するために追っていたって訳じゃない。ただ、行方をくらました君が、何を考えて、何を成そうとしているか、それを知っておきたい」

「おお、お優しい答えですね。でもそれは元々、『面倒だからまずは武力で制圧して、ふんじばってから吐かせよう』、って考えてたでしょー。鬼畜! 変態! ゲーム脳! あー、隠れてこっそりやっててよかった。堂々とやってたら尋問プレイされるとこでした」

「ひどい言われようだ。まあ、否定はしないけど。つまり君は、隠れなきゃいけないことしてる自覚がるんだね」

「げぇっ! 誘導尋問!」


 ただの自爆である。いや、状況証拠から見て、あちらの世界、日本の社会へ害を成す、見逃すわけにはいかない事をしているのはほぼ確実なのだ。


「エメ、君は、今日の他にも過去に三回ここに来てたんだよね。何となく、何をしてたのかは分かってる」

「聞きましょう!」

「この塔を、この狭間の世界を介して、日本へと干渉を行っていた。何でわざわざこんな面倒な方法を取っているかは、分からないけどね」


 ひとつ、黒い石の学園内部への転移。ふたつ、日本人のプレイヤーへの超能力を覚醒させる後押し。

 三回だとすると、三つめが不明であるが、同様に次元を超えたなんらかの干渉であると推測される。


 その推理を聞いたエメは、特に隠すことなく、それを肯定するのだった。


「合ってます。流石はハル様。そんな小さなところから、わたしまで辿り着けるとはまるで思ってませんでした。三つ目、というか一つ目はあれですよ、実験です。わたしたちの研究所のあった山中に、もう一個の黒い石を見つけたでしょハル様。あれも、わたしです」


 そうしてエメは、自身の目的と、その成り立ちを、少しずつ語り始める。

※誤字修正を行いました。報告ありがとうございます。

 追加の修正を行いました。報告ありがとうございます。(2022/7/1)

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