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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第426話 転送機

 球体状をしたその装置に本格的に魔力を投入する前に、ハルは己の目を通してその様子を観察している神様たちの反応を待った。

 無いとは思うが、内部の魔力量が臨界に達したら爆発する、なんてこともあるかも知れないのだ。


《うーん、今のとこ入れた魔力が少なすぎて明確にはなんとも言えないかなぁ》


──ありがとうマゼンタ。じゃあ、少しずつ増やしていってみるよ。


《りょーかーい》


 全員を代表し、マゼンタが応えてくれる。現状の結果はまだ詳細不明のようだ。

 土地レベルの魔力を要求する装置に対して、エメ個人が軽く注入しただけの量では誤差にしかならないのであろう。


 ハルは、持参した魔力封入済みアイテムを研究員たちに譲渡していく。

 これで足りなければ、普通に次のアイテムを運んでくるふりをして補充もできる。装置がどれだけ大食らいであろうとも、必ず強引に起動できる。


「今までは、君たち、というかアベルか。どの程度の魔力を投入したの?」

「ん? ああ、ゼファーにも見せた杖があっただろ。アレを最大まで溜め込んだ奴を、二本分だな」

「その二本目を受け取ったのが、つい最近のことですねー。だからびっくりしちゃいましたよ、『もう次が溜まったのか!』って。違ったみたいですけど、こっちはこっちでびっくりです。こんなに魔力を保有してる貴族がいたなんて」

「これは使徒から譲り受けたものだよ」

「っほー! そうなんですか、どーりで。王子様もこのところ一気に溜まったのは、プレイヤーの方々が寄ってたかって協力してくれたからでしたよねえ」

「ああ、それまでは、自慢じゃ無い(ねー)けど一本分も用意できなかったからな」


 握った者の魔力を強制的に吸い取る魔道具。杖の形をしたそれを使い、地道に魔力を溜めてきたアベルだったが、NPCのみでは限界があった。

 プレイヤーとは違い、自然回復などという便利なものは存在せず、当然ながら回復アイテムも無い。

 なので祈るように集中して、周囲の大気から魔力を集めて、といった形になるのだが、それを一気に吸われると体調にも悪影響がある。油断すると命に関わるそうだ。


 そのため、少しでも魔力の濃い土地に本拠地を置くために、アベルは黄色の神域、アイリの治める領地を欲しがったのだった。

 NPCの魔力は、基本的に周囲の環境と均一化される。

 故に濃い魔力の土地で作業を行うほど、効率は底上げされるのだ。


 しかしプレイヤーの存在が、その状況を一変させる。

 誰もが当たり前に1000も2000も魔力を持ち、しかも常時それが自然回復する。

 何かのついででアベルにお裾分けするだけでも、これまでとは段違いの速度で杖に魔力を詰め込んでいけるのだった。


「正直、今までのオレの苦労を否定された気にゃあなったがな」

「ですよねー、わかるわかります。うちでも地道にせっせこ準備してたんですけど、ようやっと一本分ですよ一本。それを数か月で二回もとか! この苦労はなんだったのか! もーチートですよチート」

「チート?」

「……申し訳ないゼファー卿、この者は語る言葉が独特でして。聞き流してくださって結構ですよ」

「あ、さーせん。『ずるいですよね!』って感じですね。いやしかし一本のみと言ってもですね、あの杖に溜めきるなんて偉業ですよ偉業。軍に渡せば戦局を大きく変えること間違いなし。それをまるまる使って成果ゼロとか、怖くて報告できませんわー」

「報告はしようよ……」

「いやほら、ほらアレです。今日この日のための貯金なんです。あの一本も、ちゃんと無駄にはなりませんて!」


 相変わらず日本人的な喋り方をするエメに、所長が処置なしといった顔を向けている。

 ゼファー、すなわち今のハルと、王子たるアベルを前にしても矯正を諦めているところから、普段よりこの調子なのだろう。

 それでも追い出したりしないあたり、実務はエメにしか行えないといった事情が見受けられる。


 そんな彼女が、喋りながらもてきぱきと準備を進めて行く中で、ハルの脳内にマゼンタからの通信が入った。


《ハルさん、彼女は怪しい》


──ああ、そうだね。『チート』なんて言葉、さすがに誰もこの世界に広めてないでしょ?


《ああ、いや、そこもそうなんだけど、彼女は嘘をついている》


──む。その様子だと、この装置について何か分かったかな。


《ごく基本的な構造だけ。でも、その時点で彼女の言葉は矛盾しているんだ。この装置、“今は魔力が空っぽ”だよ》


──なるほど、言葉通りであれば、三本分の杖の魔力が貯蔵されてるはずなのに……。


《うん、今はゼロからスタートしてる。念のため検証したけど、“この装置には揮発性きはつせいが無い”よ》


 つまり、注ぎ込んだは良いが蒸発するように魔力が飛んで出てしまった、という事が起こる構造ではないということだ。


 ここから考えられるのは二点。まずは彼女が魔力を何か別の事に使った、つまりは横領した可能性だ。

 慣れない寄せ集めのメンバーのなか、実務を一手に引き受けているのはエメ一人。やろうと思えば、装置に入れたフリをして横流しなども可能だろう。


 だが、先ほどの様子をハルが注意深く観察しても、そうした後ろめたさを感じさせる様子はまるでなかった。

 最初の邂逅の時からそうだが、仕事に情熱は無いが、給料分はきっちり働くタイプだと態度から見えている。


 そこで浮かび上がってくるのが次の可能性。装置が、既に起動された可能性だ。


《実は莫大な量の魔力が必要ってのが嘘で、現実的な量で起動できる。その可能性があるよ。大きさの面から見てもね》


──しかし、そこでも嘘を言ってる様子が無いんだよなあ。


《ハルさんの洞察力は信用してるけど、100%確実じゃない。今は事実の面から、論理的に考察すべきじゃないかな》


 確かにその通りだ。深い観察から、生きるうそ発見器として力を持つハルであるが、実際に読心を行っている訳ではない。

 人間心理の、特に日本人のパターンデータと照らし合わせて推測するため、異世界では少し相性が悪い。彼女のような変わり者においては特にだ。

 もう少し密に会話を重ねなければ、精度は普段より落ちるだろう。


──論理的ということは、彼女が装置に魔力を注いだのはほぼ確実ってことか。


《うん。前回アベル王子と接触した後に、この座標に足を運んで、しばらく留まっていたのが『住民票』の記録に残ってるし》


 何かひとつ、見落としがありそうだ。しかし、それを考えている間にもエメによる準備は着々と進み、もう魔力を注ぎ込む準備は整ってしまった。

 どこからか神が覗き見ていることを警戒し、周囲に向ける感覚を研ぎ澄ましてみるも、そのような気配も全く感じられない。


──まあ、動かしてみないことには分からないのは変わらないんだ。マゼンタ君、気合入れて頼んだよ。


《仕方ない。バックアップは任せてよ。なに、ボクがここで一人サボっても、他の連中が気合入れてるからさ》


──サボるなサボるな。


 軽口を叩き合って、気分を切り替える。彼女がシロだろうとクロだろうと、装置を動かすのは変わりないのだ。

 となれば後は、おにが出てもじゃが出ても構わないように備えるだけ。


 ハルはアイテムの使用確認をしてくるエメに、無言で頷いて許可を出すのだった。





「そんじゃ行きますよ皆々様! 魔力、ちゅーにゅー! ……っとー、これはものすごいですねえ、どんどん浸み込んで行きます。見慣れないブツだからちょっと軽んじてたけど、めっちゃ入ってますねこれ」

「杖と違って、この国でもふじの国の技術じゃないからね。馴染みがないでしょ」

「はいはいはい、無いです無いです。一体どこから……、あ、あれかな、最近ウワサの空飛ぶ円盤。あの中で取れた銃ってやつの構造に少し似て、うーん、ちょっと違うかー……」

「出所は秘密」

「うえーん、そんな殺生なこと言わないで教えてくださいよ~」

「おい、作業に集中しないか」


 緊張感なく口が回り続ける彼女は、再び所長に叱咤しったされてしまった。

 しかし、作業のてはよどみなく、そして見立ても正確だ。この魔力をつめたアイテムはハルの手製だが、その構造は神界のものを参考としている。

 つまり、エメの言うように戦艦産の銃器の構造からの派生作品であるとも言えるのだ。


 既に銃器類は軍に召し上げられてしまって、この場には現物が無いにも関わらず、一瞬で類似性を看破する知識は本物だった。

 流石はベテランの研究員というところなのか、それとも。


「おっと! そろそろ杖に換算して一本分にはなったんじゃないでしょうか! まだまだアイテムはこんなに! これは、期待しちゃっていいんじゃないでしょうかねえー」


 ハルが彼女の一挙手一投足に注視している間に、もう相当量の魔力が注ぎ込まれたようだった。

 まるで遠慮なしに他人のアイテムを空け続けるその様子に、所長が冷や汗をかいていた。肝が据わりすぎている。


「これで、中身は杖四本分?」

「およ? あっ、ええ、はい。そーですね! いやー、思えば遠くまで来たものです。あの杖四本ともなれば、もう国が傾きますよ国が。そもそも、あれって満タンになること想定してないんですよね」


 実際は以前の三本分は中には入っていないので、今のでようやく一本分だ。

 ハルの問いに多少動揺したようにも見られたが、まだ確定的に怪しいとまでは言えなかった。

 ……なんというか、常に怪しいのだ、彼女の喋りは。困ったものである。


《ハルさん。だいぶ分かってきたよ。結論から先に言うと、もう今の状態で起動可能だ、あの装置》


 そんなエメをハルが注視している間も、神様たちは装置の側を注視し続けていてくれた。

 魔力が入ったおかげで内部の機構が回り始めて、徐々に全貌が明らかとなってきたようだ。


──機能は?


《おそらく転送。いや、“扉を開く”機能だよ。構造から導き出される解と一致するデータがある。神界の出口だ》


──あの岩山で見た、次元の狭間への入口か……。


 神界へ、いや神界やエーテルの塔が存在する次元の狭間の世界へ行くには、<転移>で直接座標指定するか、『扉』を開いてやるかしないといけない。

 以前にハルたちが見た、岩の隙間に隠された扉。そこで採取したデータとこの装置の機能が一致するらしい。


──この装置がエーテル神案件なのは確定か。


《だね。それに、もう一つ無視できない事実があるよハルさん》


──杖一本分で起動が可能ならば、今までに、この装置は都合三回は既に動いていることになる。


《これは、止めた方がいいんじゃないの?》


 装置の起動成功によって引き起こされるのは、この地への扉の出現。

 それは、この場の人間が神界へと足を踏み入れることが可能になるということを指す。神様としては、それは実に面倒なことだろう。


「おっ、今たしかな手ごたえが! これは、そろそろ満タンになるんじゃないですか!」

「おお、ついにか!」


──少し遅かったみたいだ。まあ、元々結果は見るつもりだったんだ。何かあったら介入できるように、準備よろしく。


《神使いが荒いんだからーハルさんはぁ。絶対わざと待ったでしょ今!》


 そうして遠慮なくエメが次々と魔力を注ぎ込む中、ついに天球儀は内部の魔力を飽和させ、その機能を解き放つのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/24)


 追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/14)

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