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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第424話 実力主義の理想と現実

 そして数日ののち、アベル王子の一行と、それに同行するハルは瑠璃るりの国の首都へと到着した。

 ほとんどお忍びの形の強行軍であり、王族の移動速度としては異例だろう。

 しかし、アベルいわく、『この国では遅い方が危険』、なのだそうだ。兵を固めて慎重に進むよりも、存在が露見する前に駆け抜けてしまった方が良いとのこと。


「君の判断の早さも、そうした環境で培われたのかな」

「だろーな。考える前に動かないと狩られる。それがオレらの常だ」

「物騒な国だ」

「まったくだぜ……」


 そんな国の体制も変えていきたいとはアベルも思っているようだが、それを変えるためには、まず自分が上に行かねばならない。

 上に行くには、その物騒な体制におもねらねばならない。そこに心理的軋轢ジレンマを感じてしまっているようだった。


「ハルはその辺、気楽で良さそうだな。お前のように在るには、何が必要なんだ?」

「圧倒的な武力」

「……夢の無い回答だ」

「でも事実だよ。僕とアイリがあっちの国の王宮から自由でいられるのは、手を出したら危険だから」

「他にもあんだろ。おだてておきゃ、見返りが大きいからだ」


 いわゆる、アメと鞭と言うやつだろうか。一国を軽く滅ぼせる力を持つが、その力による見返りも大きい。

 ハルへの対応はどうやら第一王子であるシンシュに一任されているようで、彼の態度からは、『なるべく下手には出ずに対等に』、といった戦略が見え隠れした。

 ただどうしてもハルの力は恐ろしいようで、だんだんと及び腰になってきてしまっている。まあ、誰だって怖いだろう。シンシュ王子を責められはすまい。


「カナリーだったかな、『国のすぐ傍にドラゴンが住みついた』、って例えたのは」

「言いえて妙って奴だな。その力は恐ろしいが、上手く手懐ければ、他国への抑止となる」

「そのうち討伐隊でも組まれそうだね、ははっ」

「笑ってる場合かよ……、ま、確かに支配者にとっちゃ、自分よか上の力なんざ無い方が良いと思うよな、当然」


 まさに目の上のたんこぶ。物理的に上方に天空城が陣取っているのも、王宮にとっては頭の痛い話だろう。

 ハルとしても特に王として君臨する野心などはないので、心配せずともいずれは身を引くことは間違いない。

 ただ、今はまだ、どれだけ王族が張り切ろうと、NPCの力のみで世界を回していくのは不可能だ。そこが軌道に乗るまでは我慢してもらうしかない。


「さて、そんなドラゴン様にゃ、そろそろ姿を隠して欲しいんだがな。ハルなら何だかんだ城の中にも入っちまうんだろうが、オレの身が持たん」

「そうだね。今回は『ハル』としてこの国に挨拶に来るのは諦めよう。騒ぎになって本来の目的が進まなそうだ」


 ハルが、この瑠璃るりの国にとっての隣国で起こした騒動の数々は、当然こちらの為政者の耳にも届いているだろう。

 堂々と名乗って顔を出せば、歓待されるか警戒されるか、いずれにせよ予定が狂う。潜んでいる神の耳にも入ってしまうはずだ。


 しかし、だからといって隠密的に同行する訳にもいかない。

 装置を管理している研究室の見立てによると、まだアベル王子の集めた魔力では起動には不足のようである。

 それを解決するための、外部の協力者を連れて来たという事実もまた必要だった。


「という訳で、また姿を偽装しますか」

「……改めて見ても、意味わからんなそれ。変身って言葉がしっくりくるぜ」

「変身というより変装だね。変身というならば、もっと相応しい形がある」

「見る機会がないことを願うばかりだ」


 ルシファーへの『天使化』が、『変身』を語るには相応しいだろう。このあたりは、日本人の、特に男の子の感覚だ。ユキもたしなんでいる。


 それはさておき、ハルは最初にこの首都へと来た時のように、己の姿が他者へ与える認識を、本来のハルの姿とは別に定義をした。

 神の『住民票』たるNPC一人ひとりへのステータス設定。このゲームの運営は、そこにアクセスする力を持つ。

 これにより<誓約>は絶対のものとして個人の精神に作用する。


 それを応用し、その個人の精神に紐づけられたステータスへ、偽の情報を送信する。

 その魔法の下では、ハルの姿を見ていながら、脳は全く別の人物として認識してしまうのだった。


「ただよぉハル。“その姿”は止めないか? 別の意味で騒ぎになるぜそりゃよ」

「ん? その、って言われても。僕は君がどんな風に僕のこと見てるか分からないんだけど」

「はあ? 知らないでやってたのか? そりゃ、兄上の顔そっくりじゃないかよ」

「ああ、そういうこと。今の設定は、見た人にとって自動で格好よく映るようになってるから、それでだね」


 つまり、アベルにとって憧れの存在がその兄なのだろう。強くて格好良い理想の兄なのかも知れない。

 兄弟仲は皆が険悪なものと思っていたので、なんだか意外なハルだった。

 そうした存在が居るのは、きっと良いことなのだろう。


 ただ、図らずもそれを打ち明けてしまった形になったアベルは、苦虫を噛む渋い顔となってしまったがご愛敬だ。


「……あー、くそ。ともかく、それでも問題だぜハルよぉ。見る相手にとってまるで違う人物に見えるってのは、城内じゃマズい」

「それもそうか。メイドさんは噂好きだしね」

「間違っちゃいないが、どんな理解の仕方だ?」


 仮にも王子の連れて来た相手だ、多くの人間の目に触れ、『あれは何者だ』と噂になるだろう。

 その際に、噂話の当事者同士で、その人物の容姿が嚙み合わないというのは確かに問題だ。


 ある人が『幼さを残す美しい童顔だった』と語る一方で、ある人は『いや、歳のころに似合わぬ渋く精悍せいかんな顔つきだった』と語る。

 互いに己の見た印象に間違いはない。己の理想なのだ、強烈に記憶に残るだろう。


「うーん、軽くホラーだね。誰もがその人物の姿を、他人と共有できないんだから」

「実情が分かったら分かったでおっかねぇよ。気付かぬうちに、己の理想像をペラペラ喋っちまうんだから……」


 まさに先ほどのアベルのようにである。

 ハルはそんな二重のホラー展開を避けるため、今の自分が他人に与える印象を、最大限に細かく詳細に設定していくのだった。





 最終的に、本来のハルよりも少し年齢が上に見える程度、日本で言えば社会人に見られるくらいの年齢に設定し、本来の童顔と差別化を図ることにした。


 それが功を奏したのかは分からないが、入城の際も簡単なチェックを受けるのみで、王族の連れとしてすんなり入り込むことが出来たのだった。

 むしろ、アベル王子本人の方が色々と手続きが煩雑はんざつだったくらいだ。


この国において、王族がこの城に戻るということは、単に実家に里帰りするなんて理由では済まされない。

 謀反むほん簒奪さんだつの意思が無いか、反逆の準備などしてきていないか、入念にチェックされてしまうようだ。


「よく国として成り立ってる」

「オレもそう思う……」


 本質的にはこの国の在り方には馴染まないアベルは、げっそりと疲れ切った顔を隠しもしない。言外に態度で愚痴を語っているのだろう。


「にしても、お前の方もよ、もちっと疑われると思ったんだがな。存在しない家だろ?」

「ああ、バレてるだろうね。でも君の連れってことでスルーしてくれた」

「んなわけあるか。袖の下渡したろ絶対ぜってー

「失敬な。堂々と渡した。流石は実力主義の国だね」


 アベル王子の支援者として、金持ちの設定で大量の宝飾品を持ち込んだハルだ。

 それを監査官に惜しげもなくバラ撒き、細かい追及は避けてもらった。記録に無い貴族だっただろうが、それだけの財力、つまり実力がある存在なのは事実だと思われたか。


「それとも、商人からのし上がった新興貴族だと思ってくれたかな? 新しいから、この国には記録がない」

「いいや確実に袖の下のせいだ。くっそ、こっちにも回させるんだった……」


 そうして王族用の豪華な部屋に通されたハルたちは、ここでしばし旅の疲れを癒している。

 他の国ならば、この後は国主や有力者への挨拶が、となるのだろうけれど、この国ではむしろ面会謝絶だ。

 基本的に、<王>と<王子>は成人後は顔を合わせる機会がほぼ無いようだ。


 そんな国で、<王>の代替わりはどうしているのだろうか。アベルには悪いが少々興味が出てきてしまったハルだった。


「この後は?」

「所長を呼んである。すぐに来るだろうさ」

「今日のうちにか。食事とパーティーのオンパレードで三日後とかになるより良いけど」

「他の国なら、そうなるんだろうな」


 即行動、即実行、それはこの王城においても変わらないらしい。

 ハルとしては楽でいいのだが、国を回す上ではどちらのシステムが優れているのか、そこはまた違った話になってくるだろう。

 パーティーだなんだというのも、あれはあれで一種の儀式として必要な面もあると、ルナが以前語っていた。


 もちろん、それが行き過ぎて、“ただパーティーを開くためのパーティー”になってしまっては何の意味もないどころか害悪なのだが。

 そういった意味では、こちらの国も行き過ぎなのかも知れない。誰もが、互いの意思確認を省略して効率だけで動ける訳ではないのだ。


「そういえば、その所長さんってどんな人?」

「ああ、陰気というか、やる気の無い奴だったかな」

「なるほど。研究所のトップらしい」

「それが、最初は違ったらしいんだよな。やる気に満ち溢れてたとか」

「へえ」


 アベルは続けて、噂で聞いたらしいという話をハルに教えてくれた。その噂の出所には、なんとなく心当たりがついてしまうハルだ。あの人は王子にも物怖じしないらしい。


 ハルが神界で調べた通りに、その所長は庶民から実力で成り上がって今の地位に就いたようだ。

 しかし、彼は最初から今の部署を希望していた訳ではない。それどころか、最初は武官の志望であり、まるで真逆の方向性だった。


「そうして、ぞんぶんに優秀な成果を上げたそいつに与えられた、素晴らしく高い地位が今の席ってな」

「うわあ。ていのいい厄介払いだね」

「実力主義が聞いて呆れるだろ? とはいえ、危険も無いし給料も良い。人によっちゃ大成功なのは確かだろーぜ」


 しかし、武人として一線で活躍することを夢見て努力を重ねて来た人間にとっては、退屈極まりない仕事でしかないだろう。


 そんな、この国の理想と現実の体現者とも言える所長が、どうやらハルたちの居る部屋に到着したようだった。

 部屋の扉の方で、護衛の騎士が手続きしている気配が伝わってくる。


 さて、その夢破れた所長は、果たしてハルの探し求める神様と、何か関係があるのだろうか?

 計画はここからが本番。この先の対応に備えて、背筋を正して臨むハルであった。

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