第422話 灯台下暗しの見逃し
その後、アベル王子の決断は早かった。もっと何日もかかるものかと思ったが、その日のうちに了承の返事があり、ハルは彼と共に、その遺産のあるという首都へと赴くこととなった。
恐らくは、神界で調べたとおりの地下施設だろう。あの予想は、当たっていたと見える。
ただ、決まったからといって、プレイヤーのようにすぐに現地へ飛ぶ、とはいかない。用意にも移動にも時間がかかる。
その間ハルは、ルナとカナリーに任せた日本へと移動し、彼女らともその情報を共有することにした。
家に戻ると、今はルナ一人のようだ。カナリーは実家に居るらしい。少し不安だ。
そんなルナに、向こうの世界での顛末をハルは報告していた。
「きっと王子は、ハルの気が変わる前に、と思ったのでしょうね? あなた、見切りをつけるのも早いもの」
「確かに急いでるけれど、そこまで短気じゃないよ?」
「相手にはハルの事情は分からないわ? それにあなたの現地への影響力は甚大。協力を得られるなら、受けない理由なんて存在しないわよ」
「力が強すぎるのも考えものだね」
政治に携わる者として、またハルの力をよく知る者として、ハルが協力を申し出ているのだから受けない選択肢はない。
友人として考えると、少し寂しいところだ。
しかし、政治家としてはその判断が正解なのだろう。失敗しても、責任はハルが取るのだ。王子にデメリットは無い。
「しかし、安請け合いしてしまって平気だったの? 魔力を際限なく食いつぶす予想もしているのでしょう?」
「ことが魔力なら、今の僕には問題は無いし。ヤバそうなら停止させる、ってのも了承済みだ」
「停止って、壊すのかしら?」
「まあ、最悪は。でも、今は神様たちのバックアップがある。直接見れば、僕の目を通して遺産の解析もすぐにやってくれるはずさ」
「そうして皆で解析して、安全に停止させるのね」
神々の協力により、エーテルの塔の無尽蔵な防衛機構をも突破する戦力を得たハル陣営であるが、その神の力は戦闘のための力にとどまらない。
その長年培った知識、AIとしての膨大な計算力。むしろそういったサポートこそが、彼らの本領とも言える分野だ。
本番ではハルを通して収集したデータを、裏で彼ら全員が解析してくれる手はずとなっている。
そして、使用する魔力に関しても今はまるで問題はない。
エーテルの塔も今はハルの支配域。そこに長年溜め込まれた莫大な量の魔力も、ハルの一存にて使うことが出来る。
仮に懸念したように、周囲の魔力を湯水のごとく浪費する装置だったとしても、日本全土を埋めつくせるほどの魔力量の前には何も問題はない。
「まあ、無駄遣いをする気はないから、本当にそんなだった場合はすぐに停止させるけどね」
「持て余しているのだから、有用そうならば利用してみるのも良いのではなくって?」
「いや、あの魔力は、あの世界の未来のための貯金だ。そんな怪しげなものに使う気はないよ」
「管理者様も大変ね」
未だに遺産については、魔力を凝縮し物質と化した『結晶化』の技術については詳しくはないハルだが、それだけのバックアップがあればどうとでもなるだろう、という安心感があった。
「あとは、予想されるその遺産の仕組みを、事前に割り出してもらってるよ」
「……ねえ、それなのだけれど、ハル?」
「うん?」
「どうして、今回は事前に現地に偵察に行かないのかしら? さっきの話だと、場所はもう割り出せているのでしょう?」
「ああ、そうなんだけどね……」
これに関しては、実は論理的な答えを持ち合わせていないハルだった。
言ってしまえば、『何となく嫌な予感がする』、としか言えないだろう。
「この件、やっぱり少し不気味だ。下手に手を出して、相手を刺激するのは避けたい」
「というと? どういうことかしら」
普段は、積極的に相手を刺激していき、相手に対応を迫ることでゆさぶりをかけるのがハルのよくやる手だった。
それを長年の付き合いで知っているルナから見ると、今回だけ何故か慎重すぎると感じるのだろう。
「いかに放任主義のセレステとはいえ、自分の庭にそんな知らない遺産があったってのは腑に落ちない」
「戦闘狂のように見えて、かなり強かですものね、彼女」
「うん。国内の情勢なんかも、かなり正確に把握していた」
そんなセレステが、これまでその存在を見落としていた、というのは、彼女の怠慢と言うだけには無理がある。
確実に、何かの意思が働いて彼女の視界から隠されていたのだ。
その正体不明の意思に、こちらの動きを事前に察知されるのは避けたいとハルは思っている。
実際に手を出すのがアベルと共に現地に赴いた時になる以上、下手に手を出して察知され、逃げられでもしてしまったらコトだ。
相手は今までずっと神の目からも逃れ続けて来た者。嗅ぎつけられたと分かるや、損切りの判断は早いかも知れなかった。
「例えば、僕なら忍び込むのも簡単だし、実際に足を運ばなくても現地の魔力を浸食して、<神眼>を飛ばすこともできる」
「ただそうすれば、相手も浸食されて魔力の色が変わったことに気付いてしまうということね?」
「そういうこと」
「……しかし、やっぱりセレステは怠慢なのではなくって? <神眼>は彼女も使えるでしょう。国内全て、目を通しておくべきだったでしょうに」
「たぶん、最初はしっかり目を通したんだよきっと。でも、これってゲームだから」
準備段階においては、恐らく国内全てを、それこそ地下の隅々に至るまで調査しただろう。
しかし、それぞれの国が動き出してからは、運営内においても互いに競い合うゲームの側面が出てくる。
自身の『色』で浸食するのは、己の神域のみと協定が定められ、無意味に浸食域を拡大しないよう相互不可侵が組まれた。
そこを、突かれたのだろう。
あえて不自由を作り出して競い合う神々の盲点に、上手く入り込んでそれを隠した。そんな、大胆にも緻密な策を持った存在が居る。
「……つまり、その者は運営のルールを熟知していたということよね。真っ先に身内を疑う場面だけれど」
「疑う、というか身内で確定だよね。神様へのアンケート結果は満場一致で犯人は『エーテル』だったよ」
「でしょうね……」
この『エーテル』というのは、エーテルの塔に居た、今は天空城のお屋敷で過ごしている神造AIではない。
彼女を隠れ蓑として暗躍していた黒幕、『天色』だ。
それはきっと、AI時代の開発コード。いったい、今はどんな名前を名乗って、どんな姿をしているのだろうか。
「灯台下暗しというか、最初からゲーム内に居たかも知れなかったなんてね。そっちの洗い出しも、いま神様たちが必死でやってるよ」
「その相手に、察知されずに追い詰めたい、というのが今回の大きな目的なのね?」
つまりはそういう事だった。ようやく尻尾をつかんだ顔の見えぬ神。出来れば今回で、身柄を抑えてしまいたい。
ハルははやる気持ちを抑えつつ、王子や神々と足並みを揃えて、その時を待つのだった。
*
「ただいまですー。ハルさん、おなかすきましたー」
「おかえりカナリー。じゃあお茶にしようか」
「はいー」
ルナの実家へと行っていたらしいカナリーが、一人で戻ってきた。
迎えに行こうと考えていたハルだが、その必要はなかったらしい。自由なカナリーは今日も健在だ。
「でも、迎えは待っててくれればよかったかな。一人じゃ危ないでしょ?」
「むー、ハルさんが子供扱いしますー。平気ですよー、日本は治安も良いですからー」
「それに私たち、何かあればすぐにハルに伝わるのではなくって? 一心同体なのだもの」
「そうですよー? すぐに私のヒーローが駆けつけてきてくれるんですよー?」
「いやむしろそれが怖い。君が無駄になにかやらかすのが怖い。最悪、相手の口を封じないといけなくなる」
「むー。過保護なハルさんですねー」
確かに、彼女らの身に危険が迫ればハルにはすぐに分かる。
その際は彼女らの身を通して魔力を放出し、その場に<転移>で駆けつけるか、逆に<転移>でその身を回収するなどの対処は容易だ。
だが、ここは日本である。魔法は基本的にNGだ。
当然、魔法バレよりもカナリーたちの安全が最優先だが、場合によっては事件に巻き込んだ相手が可哀そうなことになる可能性もあった。
「それにですねー。ちゃーんと送ってもらったんですよー? 要人待遇なんですよー?」
「あら? やるわねカナリー。お母さま、滅多にお客を送ったりしないのに」
「僕らだって基本、徒歩帰宅だしね」
「……それは、変な気を遣われているからなのだけれど」
愛娘とその彼氏を二人きりにさせてやろうという、とても有り難いご配慮なのだ。
「それは良いとして、ずいぶん気に入られたのねカナリー? 一人で行くというから心配したのだけれど」
「まあ、何だかんだ言って、エーテルネットがある場所では優秀だからねカナリーちゃん。奥様は優秀な人には相応に寛容だ」
「ですねー。お菓子くれましたー。ちょーっと量が少なかったですけどー」
それはきっと高級品だからだ。お上品なのだ。
ただ、年中食べ盛りのカナリーにとっては、質よりも量な様子。ハルはそんな彼女のためにお茶を淹れ、たくさんのお菓子を出してやるのだった。
「とはいっても、あの家は基本、排他的よ? 言ってしまえば、庶民が訪ねて行っても門前払いだわ?」
「王子を訪ねた僕みたいになるね」
「おー、その話も気になりますねー。まあ、今はこっちですねー。大丈夫なんですよー、私、庶民じゃないのでー」
「どういうことかしら?」
「戸籍、弄り放題ですからー」
つまり、好きな時にその場で良家のご令嬢に早変わりという訳だ。ルナが頭を抱える。
どうも検索してみたら、本当に今はやんごとなき家のご息女であらせられる、とAR表示が出ているカナリーだった。
「自由だねーカナリーちゃんは」
「それでも、あからさますぎて一発でバレるでしょうに……、大抵の金持ちと顔見知りよ、あのお母さまは」
「まあ、これは保険でしてー。実際は忍び込みましたー」
「自由だねカナリーちゃんは」
「本当に自由過ぎるわ……」
実家のセキュリティは最高峰の物だ。それを何の痕跡も残さず突破してくるなど、ただものではないという動かぬ証拠である。
そんな、二重に大胆で、そして圧倒的な能力があると一目で分かる証明法により、ルナの母はその侵入者をいたく気に入ったようだった。
「しかし、あれが突破されてしまったのは問題だね。もちろんカナリーちゃん以外には不可能だろうけど」
「そうね? 一度破られれば、『次もあるかも?』、という不安が生まれてしまうわね」
「それに安心しきってる方が問題ですよー。常に緊張感を持っていきましょー」
「また緊張感の無い顔でこの子はもー」
しかしながらカナリーのいう事も一理ある。どんなに堅牢なセキュリティシステムであろうと、人間が作った以上穴はあるものだ。
一見完璧な守りでも、思わぬ方向から、または時代の進歩による新しい視点から突破されることはあり得る。
後で、奥様の守りも強化しようか、と考えるハルだった。
それと同時に、やはり気になるのはエーテル神のこと。
その人は、どうやって今まで運営の神々からその身を隠してきたのだろうか?
何か、未だハル達が知らない魔法の深淵があるのだろうか。
はたまた、少し視点を変えるだけで見落としてしまう、騙し絵的な視野狭窄が起こっているのだろうか。
そこを明らかとしなければ、真に追い詰めることは適わない。ハルにはそんな気がしているのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




