第421話 神の住民票
ハルの提案に対して、アベル王子の返答は『少し待って欲しい』とのことだった。
当然か、地道に長年温めていた計画が、今日にでもすぐに達成できると言われても反応に困るだろう。
装置について怪しい怪しいとハルは語ったが、言ってしまえばハルの方が怪しい。
あまりに都合がよすぎて詐欺のようだと、自分でもハルは思う。
「怪しいところは無いわねぇ。この研究室の関係者は、全員がれっきとしたNPCよ。『住民票』にきっちりと登録されているの」
「ありがとうマリーゴールド。それって生まれた時の状況とかも分かるの?」
「ええ、もちろんなのよ。両親の情報はステータスに紐づけられているわ。ちゃんと親世代も、この地の人間ね」
「神が潜入してるって線は無しか……」
アベル王子の回答までの期間、ハルは問題の研究所の人員について、探りを入れることにした。
ハル一人で装置のある場所を探り当て、勝手に調べることも可能ではあろうけれど、こちらも地盤固めが必要だ。何が出てくるか分からない。
そのため、まずは『愛』の神であるマリーゴールド、結婚と出生を司る彼女に、怪しい人物が居ないかチェックをしてもらうことにしている所だった。
この世界の住人、ゲーム的に言うとNPCには、全員ステータスが存在している。
それは自動で発生するものではなく、神によって、主にこのマリーゴールドによって生まれた時点で付与される。
それにより、彼らは生まれた時点で同時に<誓約>に縛られることになるのだが、それはまた別の話。
今回は、その本来の役割ともいえる、住民登録の記録を洗っているところだった。
ハルは今、神界の余剰区画に作られた、管制塔たるオペレータールームに来ている。
エーテルの塔への侵攻時にもオペレートを務めてくれたマリーは、最近は仕事の際にはよくここを利用しているようだった。
「メタちゃんみたいに、人間の姿をした何かがしれっと入り込んでる可能性を疑ったんだけどね」
「そこは、私たちも警戒しているの。なのでこの他の場所についても、そういった工作員の潜入は無い、と断言できるわ」
「もとから可能性として考慮してたって訳だ」
「ええ、ええ。当然なの!」
その薄くオレンジに染まった柔らかい髪をかき上げて、マリーは誇らしげに胸を張る。
大人のお姉さんとしてのキャラクターである彼女のその態度は非常に様になっていた。
この世界は、<王>を中心とした政治体制であり、彼らに信徒を通じて神が指令を飛ばし、方向性を操作している。
しかし、それは一から十まで何でも指示している訳ではなく、ある程度は自主性に任されていた。
そこに付け入る隙が出来てしまうのは、神々も元より警戒していたようだ。
例えば、遠隔操作の人間タイプのロボットを、猫のメタのように送り込み、政治の要職に入り込んだなら。ハルが今回警戒したのはそこだった。
神本人が来なくても、現地での暗躍が可能になるのだ。
「これは外の神への警戒というよりも、内部へ対する牽制ね」
「ああ、君らは自分の陣営が有利になるように争っていたものね」
「そうなのよ? なので不審な者が自陣のNPCに接触しているとすぐに分かるわ。<称号>などに反応があるから」
これはハルが懸念した他の神の介入以外にも、現地人を動かしてのスパイ行為もやりにくくするための設定のようだった。
要人に他国籍の情報が登録されたNPCがしきりに接触していると、その国の担当神に警報が飛ぶ。
それが通常の会見なのか、裏からの間者なのか、そこで判断がしやすくなるのだとか。
そう考えると、手間をかけてまで国籍を変えて潜り込んでいたスパイメイドのクレアは本当に良い手だったと言えるのだろう。
偶然か、それともセレステの入れ知恵か。
「でも今回は、そういった反応も一切ないわ。あなたが接触した研究員の女の子も、瑠璃生まれの瑠璃育ち。家柄もしっかりしてるから、余計に偽りようがないわね」
「貴族を嫌ってる風だったけど、自分も貴族なのか……」
「貴族だから、なのかしら? そんなものでしょうきっと。それはさておき、城の常勤など、大抵が貴族だったりするわ」
「ああ、そういえばね。うちのメイドさん達も、みんな良いとこの生まれだったって聞いたよ」
最近は、夜中などに二人きりになった折などに、メイドさん本人の事情を語ってくれることも増えてきた。
普段は背景として決して自己主張なく後ろに控えている彼女らではあるが、当然ひとり一人にしっかりとしたストーリーがある。
ただ、全員が共通しているのが、城での権力闘争に巻き込まれた立場の者たちを、アイリが救い上げて共に連れて行ったそうだ。
「となると、怪しいのはやはりこの所長になるのかしら。この者だけは市井からの叩き上げ。つまりは外部からの闖入者になるの」
「会ってないからなんとも。どれどれ、意外と若い男だね。今のポストに付いたのも最近、か。確かに怪しいけど」
「ハル様は、直接会った女の子が怪しいと思うのよね」
「彼女しか知らないから、固執しているとも言える」
「怪しいと言えなくもないとは私も思うの。彼女、勤続年数だけなら部署のトップなの」
「確かに慣れを感じたが……」
マリーがデータを指さしてくるので、肩口の後ろから覗き込むようにハルも彼女の見るモニターに視線を落とす。
そこには<称号>の変遷した時期が時系列純に記されており、あの魔女風の彼女は、現在が二十五歳、今の部署で働き始めてから十三年。実に、十二歳の時から研究室に所属している。
「ベテランだ」
「ベテランなのよ。のらりくらりと、出世せず、降格もせず、ずっと適当に仕事をしているわ」
「確かに怪しいといえば、怪しい」
あの場のことを誰よりもよく知り、何か細工をしようと思えば絶好の立場であるとも言える。
その立場を、あえてキープし続けているとも。
しかし、その実情は彼女が語ったように、ただ楽して給料が貰えればそれで良いだけ、という可能性もある。微妙なところだ。
ただどちらにせよ、あての外れてしまった感のあるハルだ。
ハルはあの地には、神が化けた何者かが、NPCのふりをして潜り込んでいると予想をつけていた。
その者が訪れたプレイヤーに何らかの干渉をしたのだと。研究員の彼女の日本人じみた口調も、それで説明がつく。
だがマリーの調べによれば、全員が白。外部との怪しい接触の形跡も見られないそうだ。
この事実の気味の悪さをどう処理すればいいか、ハルは少しばかり頭を抱えるのだった。
◇
「お疲れのご様子ねハル様。少々休んではいかが? 貴方様はずっと働きづめなのでしょう?」
「十分休んでるよ。王子のとこに行く際も、のんびり観光して楽しんだし」
「嘘おっしゃいな。あの街の様子に目を光らせるのも必要だったのでしょうに」
「買いかぶりだよ」
それに、日本に影響が着々と出てきてしまっている今、あまりのんびりもしていられない。
黒い石が飛んでくるだけならまだ『不気味だ』で済ませられるが、人間に影響が出てはそうも言っていられない。
今回は本人たちは喜んでいるようだが、今後それだけでは済まないことだって考えられる。
「あらあら、強がっちゃって。そして残念、お姉さんらしく甘えさせてあげようと思ったのに」
「間に合ってるよ、愛の神様。でもありがとう」
まあ、甘えるにしてもこの部屋ではシチュエーションが殺風景すぎる。
神界ネット内部の探索、『深次元基地』の開発とそこから得られる情報の管制。それを目的として作られたこの管制室は、デザインもそれに合わせて未来的だ。
鋭角でメタリックな機械類の数々、まるで宇宙船のコントロールルームだ。
これはこれで趣味は良いとも言えるが、のんびりと頭を休めるにはハルには向いていなさそうだ。
「そういう意味では、マリーも似合わないね、ここは」
「あら、あらら? 私はけっこう好きよ、ここ。データの管理は、私の専門ですし」
「確かに、戦闘艦を飛ばした時は的確な管制で助かったよ」
「白衣でも着ようかしら? 知的なお姉さんになるの!」
「まあ、似合うだろうけどさ」
ただし外見だけだ。その常におっとりした雰囲気からは、知的というか、デキるお姉さんのオーラは感じられないだろう。
「似合いそうなのはジェード先生だけど、あの人はどうしたのさ?」
「また悪だくみなのよ、きっと。なんでもカナリーに頼んで、ルナ様のお母君と仲介してもらうとか言っていたの」
「……マジに悪だくみじゃないか。身内から日本に過干渉する奴とか出したくないんだけど」
「どのみち全ての行動は縛れないわ。諦めた方がいいの」
確かに、この地の神々を配下とし、制御下に置いたハルだが、彼らの自由意思まで縛るつもりはない。
ジェードも、このマリーゴールドだって、未だ叶わぬ望みを抱いているのだ。彼らにとって、ゲームはまだ終わっていない。
ただ、それでも節度は守って行動して欲しいとハルは思っている。
今回は、相手がルナの母であるので、彼女に任せれば滅多なことにはならないだろうけれど。
「いや、やっぱり不安だ。あの人も割と思い切りが良いし、何より社会への影響力がデカい……」
「あまり何でも、ハル様ひとりで背負いこまないものだと思うのよ?」
確かに彼女の言うとおり、いかに複数の思考を持つハルとて、基本的には一人の人間。一度に処理する案件は一つに絞った方が良いだろう。
気にはなるが、ここはルナの母とジェードを信頼し、まずはこちらの件を片付けてしまうのが最善だろう。
◇
「マリー、その機能を使って、話に出た装置って奴の位置を探ることは出来る?」
「そこまで詳細に行動の記録は上がって来ないわ? これは『誰が何処にいたか』、『誰と接触していたか』の記録なのよ。盗聴機能や、盗撮機能は無いの」
「所長や研究員と、アベル王子の接触をピックアップ」
「ええ、了解したわハル様」
何を見聞きし、何を喋ったかまでは分からないというが、それでも十分だ。
マリーの操る操作盤によって、特定のステータスを持つ者同士が、アベルと研究員が接触した時間に、どの座標に彼らが存在したかが表示される。
それは、大抵が瑠璃の王城の中であった。王族らしく、アベルの滞在する部屋に呼びつけたのだろう。
そして時には、あの追い出された地下の実験器具を置いた部屋、あそこまでアベル本人が赴く事もあるようだった。
「……筒抜けすぎるね。何だか悪いことをしている気分になってきた。日本でもここまでしないぞ」
「本来は、ここまでする予定だったのよ私たち。ハル様の、本来のお仕事だわ? 気に病むことは無いの」
「まあ、そうなんだよね。そのせいか言うほど罪悪感はなかったりするんだけど」
だが気になることは気になる。この機能、プライバシーもなにもあったものではない。
映像も音声も無いが、これはまさに『神の視点』そのものだった。
「更にこの前後の時間、んー、数日かな。彼らが足を運んだ先をピックアップ」
「秘密の裏接待の現場を探るのね? どきどきしてきたわ!」
「黙れピンク色神。装置のありかを推測するんだよ」
「むむー、知っているけれどー」
アベル王子が研究室の者と接触する際の目的は、彼の武装である聖剣に関する事か、魔力を収集する杖、ひいてはその魔力を必要とする装置に関する事である。
故に、接触の前後の時間に、その者と共に、装置の元へと足を運ぶ可能性はそれなりに高い。
つまりその特定の時間に、彼らが足を運んだ先の座標、そこを割り出せば、装置の位置も知れる可能性が高かった。
「残念、わからないわ。いかがわしいお店には足を運んでいないようなの」
「むしろ積極的に除外しなよそこは。てか何でお店の位置を把握してるんだこの愛の神……」
「愛の神だからなのよ。さて、冗談はさておき、やっぱりこの地下の座標が怪しいかしら」
「……ふむ? あの研究室の、更に下か」
「やっぱり担当部署だけあって、彼らが管理しているのかしらね?」
「そう見ていいね」
あの地下通路は更に地下まで続く階段があるようで、あの部屋よりも下に位置する座標に、王子や研究者が共に出入りしているデータがピックアップされた。
そこに、例の遺産が安置されていると見ていいはずだ。
「行ってみるの? ハル様?」
「いや、さっきも言ったけど今は止めておく。ただ、これでアベルが断った時の保険にはなった」
「その時は突撃なのね!」
「仕方ないよね」
「ここの座標に出入りしているのは、所長が一番多いようね? やっぱり、怪しいのは所長かしら」
「所長なんだから、仕事で入ったとも取れる」
約束した手前、アベルと共にその地へ赴くのが一番いいだろう。しかし、交渉が纏まらなかったとして、ハルが諦める選択肢は無い。
その時に何が起こっても対処できるように、ハルはその座標に関するデータを、マリーゴールドと共に収集していくのだった。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。報告、ありがとうございました。(2023/3/24)
更に追加の修正を行いました。(2023/5/14)




