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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
本編終章 夢の満ちる二つの世界

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第420話 時には心を鈍感にして

 アベル王子の語るところによれば彼が魔力を収集している理由は、国に伝わる、とある遺産装置の起動のためであるようだった。

 聖剣と同様に王家に伝えられたその装置だが、起動のための魔力があまりに莫大であり、今までそれを発動出来た者は居ないという。

 それを、史上初めて動かせた存在となれば、王族たちの中でもアベルが頭角を現すことができるのは間違いないだろう。


「加えて、その装置の持つ力も重要だ。動かすのにこそ力が要るが、一度動かしてしまえば、あとは半永久的に、周囲に恵みをもたらすという」

「怪しい……」

「ま、そう思うわな。だが事実であれば、それに越したことない」

「それを確かめるためにも、起動が必要、か」

「おう」


 要は起動時に必要となる最初の魔力は『井戸の呼び水』だ。

 一度動かしてしまえば、あとは惰性で動き続ける機構、というのは多く存在する仕組みなのは間違いない。

 発電施設でもなんでも、初動に一番力を食うのもまた理屈としてもっともだ。


 しかし、それでも怪しい。

 この魔法の世界に深く触れ、その謎に挑み解明してきたハルであるが、魔法という力はそんなに万能なものではない。

 特に、使えば消費する、という部分においては全てに共通しており、半永久的という謳い文句が出ると途端に疑わしくなってしまう。


 周囲に恩恵をもたらす、という部分もそれを加速する。

 外部に影響を与える、ということは、それだけ内部の魔力を消費して奇跡を起こすということだ。半永久的とは程遠い概念であり、ふたつの事象はかみ合わない。


「僕はてっきり、病弱な少女の治療のために莫大な魔力が必要なのかと思ったよ」

「ばっかお前! あいつは関係ないだろ! そもそも治療不能の難病とかじゃなくて、あ、いや、そうじゃなくてだな……」

「落ち着け、僕が悪かった」

「……あー、くそ。……それに、もしそんな機能があるとしたって、オレは必ず今と同じ方を選ぶ。一人の女と多くの民。そこは選ぶまでもない(ねぇ)


 良き為政者として、常に民のためを優先するのも一貫しているアベルだ。そこが、ハルとは違う。

 ハルも民をないがしろにする気はさらさら無いが、最後には必ず一人の女性のためを選ぶ。アイリや、カナリーにそうしたように。


 余計なお世話なのかも知れないが、もう少し自分のために生きても良いのでは? と言いたくなってしまうハルだった。

 まあ、もし言えば、『十分に自分勝手に生きている』、との答えが返ってくるのは確実だろうけれど。


「……とはいえ、その素晴らしい機能ってやつは、あながち眉唾まゆつばものでもないかもね?」

「なんだ、ハルお前(オメー)心当たりでもあるのか?」

「うん。その装置、遺産が作られた時代には、今と違って世界中に使い切れない魔力が満ち溢れていた」

「ほお、それで?」

「つまり『魔力なんかいくら使ってもいいから周囲の環境を改善しよう装置』、って可能性は十分にある」

「……ほう。……いやまて、それだと、起動後も魔力を吸うってことか?」

「かもね。何せ使い切れないだけあったんだ。周囲の魔力なんか勘定に入れる必要はない。そんな事より環境改善だ」


 それを聞いたアベルは、仮にそうなった時の状況を想像しているのだろう。顔に苦渋がにじんでいるようだ。

 もし本当にそうなった場合、起動できたは良いが、装置が周囲の魔力(この場合は瑠璃るりの国の魔力)を無尽蔵に吸い尽くし、国から魔力が消えかねない。

 そんなことになれば、功績どころか世紀の大罪人。そして、彼の目指しているであろう良き為政者からも程遠い存在となる。


「……ん、波に乗ってきたところで水を差してしまったようで悪い。でも、そういう結果を招く可能性は考慮に入れておくべきだよ」

「おう、確かに、ハルの言う通りだ。無意識に、必ず良い結果が出ると思い込んでたところはあった」


 大きなプロジェクトに取り掛かるにあたって、誰にでもありがちなことだ。その結果が、成功すると信じて疑わない。

 もちろん、リスクを恐れてばかりでは一切前へは進まないので、それが悪いことばかりではないのだが。


 ただ、今回は遺産が相手だ。慎重になって悪いことはないだろう。

 何せ、一度世界を滅ぼす結果を生んだ技術の残り香だ。


「僕からすると、遺産……、古代兵器に連なるものはあまり良い印象が無いんでね。こっちも評価が偏ってる場合もあるけど。まあ、よくそんな物に期待をかけようと思ったものだ、っていうか」

「そうだな。オレらにして見れば(みりゃ)、逆にコイツらは無条件に信のおける存在だ。そこに、疑いを持つって意識は確かに薄い」


 そう言ってアベルは、『コイツ』たる聖剣を誇らしげに持ち上げる。

 確かに、王家に代々受け継がれ、その力の象徴として華々しい活躍をしてきた聖剣や聖槍せいそう

 それと並び立つ立場の装置であれば、無条件に『良きものだ』、と信仰してしまうのも仕方ないかも知れない。


「いや、待て、その聖剣は確か……」

「どうしたハル?」


 その聖剣の持つ現代的な、いや、未来的とも言える効率的なバリアの機能は、ほぼ確実に神々の手によるものだろう。

 精密なプログラムが魔法によって作りこまれて、省エネルギー意識も高い。

 ハル自身も、あらゆる攻撃を防ぐくせに大したMPを消費しないその出来には、当時は苦労させられた。


 そんな聖剣と並び立つ遺産も、また神様の手による作品だと考えられるだろうか?

 とすればだ、その環境に良いという装置も、特に警戒する必要はないことになる。イベントとして情勢を動かすために運営が配置した、神の遺産(アーティファクト)だ。


「……ただ、誰の手による設計なんだ? そんな装置の話は、今まで聞いたことが無いけど」

「さっきから何のコト言ってんだお前(オメー)?」


 いぶかしむアベル王子をしばし置き去りにして、ハルはその謎の装置について思案を巡らせるのだった。





「しかし、戦闘民族の王子様が魔力を集めている理由が完全に内政のためとはね」

「んだよ悪い(わりー)か。はなから兵器とかじゃない(ねぇ)って言ったろうが」

「いや、悪くはないよ。ただ、普段からそうやって悪ぶってるから、イメージに合わなくってね」

「まあ、な」


 彼の粗野な態度は、他の権力者から舐められないようにと作り上げたところが大きいようだ。

 その本質は、ふとした時に漏れ出てくる民を想う優しい王子なのだろう。


「ハルの思う、良い<王>ってのはどんなだよ?」

「僕が?」

「おう」


 そのアベルの事を考えていると、急にハルの方へと水を向けられてしまった。

 あまり自分からは上に立つ者の在り方について語らないハルだ。その考えを、聞いてみたくなったのだろうか。

 あるいは、自分ばかりが語らされたことの仕返しか。


「……そうだね。民の痛みに、ある程度鈍感な王様かな」

「そりゃまた何でだよ。民の痛みは、すべからく取り払うべしってのが鉄則だろ? 時に痛みを与えるにも、理解して与えるべきだ」

「優しい王様だ」

「茶化すな、で、何でだ?」

「全ての痛みを知って、全てを引き受けたら、そいつは確実に潰れるからね。王様だって人間だ。人間のやることじゃあない」


 かつて、王であるとまでは言わないが、全てを知り、全てを解決するための立場であったハルだ。それゆえ、その限界が見えてしまっている。

 仮に全能の計算力を得たとしても、民の不利益はそれぞれ嚙み合わない。何かを掬い上げて、別の何かを捨てることを選択せねばならなくなる。


「オレだって、別に全部を救うなんて言うほど傲慢じゃない。現に、お前の国に不利益を押し付けようとしたろ?」

「そして、返り討ちに」

「言うんじゃねぇよ……」


 今となっては懐かしい話だ。あの時ハルは、完全にアイリのためだけに戦っていたが、アベルはずっと民のためと一貫していた。


 そんな彼も今は、プレイヤーの協力によって、完全に平和的に魔力を集めることに成功している。ここ彼の領地の様子を見れば、善政を敷いているのは一目で分かった。

 可能ならば、彼のかねてよりの計画に、ハルも協力してやりたいところなのだが。


「……でも、どーも怪しいんだよねえ。その遺産は」

「ハルの懸念も分かるけどな」


 だが彼としては、今も不完全なこの世界の不利益をこうむっている民の不自由を、一刻も早く取り除いてやりたいのだろう。

 鈍感なままに、天から見下ろすような俯瞰の視点でいるハルとは立場が違う。


 ハルはそれを尊く思うと同時に、やはり危うくも思う。

 自らの力で届かない問題を奇跡にすがり解決するのは、ひずみが生まれてしまうものだ。

 彼らの先祖も、そうしてより高みを目指して自滅してしまった。


「まあ、とはいえだ。僕の目的としても、今回はその装置とやらを調べないことには始まらない。その願いに、僕も協力しようかね」

「また急に話を進めるなお前(オメー)はよ。協力って、どうすんだ? 装置が危険じゃないか調べんのか?」

「いや、それは何か許可が下りなさそうだしね。といっても勝手に調べるけど」

「おい……」


 アベル王子との会話の裏で今も、脳内でずっと運営の神々にその装置とやらについて問い合わせているハルだが、セレステをはじめ、誰もそのような物を作った覚えがないという答えが返ってきた。

 あからさまに怪しい。


 放任主義が極まって、自分の国の中のそんな存在を見逃していたセレステは後でおしおきするとして、今はそれよりも誰が、という点だ。

 黎明期の慌ただしかったころ、皆で共同して各地の設備を作り上げて、誰がどこを担当したかがあやふやな時期があるらしい。

 恐らくその間隙かんげきを突いて、かの遺産を紛れ込ませた者が居る。


 犯人は一人しか思い浮かばないが、問題はどうやって、といった部分だ。

 どれだけこっそりと介入しようと、他の神の干渉があれば運営の彼らも必ず察知するだろう。そういった痕跡も一切無いらしい。


 ならば、これはやはり何としても直接ハルが調べない訳にはいかなかった。


「起動に必要な魔力、および、暴走時に消費してしまうかもしれない魔力を、僕が負担しよう。という訳でその装置とやら……、動かしてみないかい、アベル?」

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