第42話 魔を斬る剛槍
「この土地が遺跡になったのって、このモンスターが原因だったりしないよね」
「かなり大爆笑ですねー」
「カナリー大爆笑?」
「拾ってくれなきゃどうしようかと思いましたー」
実際には笑える話ではないだろうけど。
自らの作るゲームの仕様によって、自らを慕う民を追い出さざるを得なかったセレステ。悲劇である。
当時の民が駆除を試みたとて、四六時中、無限に湧き出てくるモンスターには太刀打ち出来なかったであろう。
ハルは探索を続けながら、たまに出現するモンスターの頭をそのつど撃ち抜いてゆく。
プレイヤーやモンスターの体には“核”がある。ハルは自らの体や、モンスターをコピーして記録するうちにそれを知った。
大抵の場合、核は頭にあり、それを破壊されるとモンスターは消滅する。
また、核と接続されている体の体積が著しく少なくなると、一気にHPがゼロになる。つまり、首を飛ばされると即死なのはこれが理由だ。
「ハルさんの<精霊眼>と<銃撃魔法>の組み合わせは凶悪ですねー。通常のモンスターはもう出るだけ無駄かもしれませんねー」
「あきらめないで運営のひと」
「今後、敵モンスターは全員ヘルメット着用を義務付けましょうかー」
「ださい。それよりコアを心臓に移そう」
ハルの<精霊眼>は魔力を見ることを可能にする。プレイヤーやモンスターの体も魔力だ。その内部にある核の位置まで正確に把握できる。
そこを<魔力操作>によって威力を引き上げた<銃撃魔法>で狙い撃つ。特殊スキルによる必殺の連携だった。
出てくる雑魚モンスターはそのコンボの前にはただの的に過ぎず、もはや戦闘ではなく作業になっている。
「せっかくだから攻撃魔法のスキルを練習すればいいんじゃないですかー?」
「遺跡が壊れちゃいそうだし」
「気にしないでいいですよー。歴史的価値なんてありませんしー」
「そうなの?」
そう言われても気になる。神にとって価値が無いとしても、人にとって同じとは限らない。
まあ、いくらハルが気にしたところで、ここに他にもプレイヤーが来るようになれば次第に荒れてしまうのは避けられないだろう。そういう意味でも、気にしない方がいいのかも知れないが。
プレイヤー本人にその気がなくとも、戦闘になれば自然に破壊は広がっていってしまう。
ハルはたまに出てくる天使型のモンスターの頭を吹き飛ばしながら、遺跡となった大神殿を観察する。
崩れ落ちた残骸は、みな石材だろう。他にもあったのかも知れないが、長期間の風化に耐えられたのは石だけのようだ。
大抵のものは崩れ落ちているが、中にはまだ立ったまま形を残している柱なども見かけられる。
そのどれもが緑に苔むして、遺跡と聞いて思い浮かべるに相応しい様相となっていた。
屋根は残っている場所は無いようだ。どこも全て落ちてしまっている。その年月によって育った木々が、今は屋根の代わりを果たしていた。
どの木も皆、深緑に色づいて鬱蒼と生い茂っている。ジャングル、というほどではないが、奥に行くにつれ木の密度は濃くなっていく。中心のセレステの神殿部分は、ほとんど森の中だ。
木漏れ日の差す、森の神殿。そう考えると神秘的な印象がぐっと上がる。最初はそこだけ真新しい事が目に付いたが、後で視点を変えて再び見に行ってもいいだろう。
今ハルが歩いているあたりは、木があまり無く視界が開けてきた。外が近いのだろうか。
広間のように大きく切り取られた空間の中央に、巨大な円形の台座が残っている。儀式場、いやセレステが武神であることを思えば闘技場かも知れない。
広間の道は三方に通じており、ハルが来た道とは別の道からは、水が小川のように流れてきていた。
ちろちろと涼しげなそれは、夏の遺跡に良く似合っている。次はこの小川にそって歩いてみるのも良いだろう。
「…………ん? 夏の?」
「今は春ですねー」
「だよね」
再び周囲のを見渡す。特に木々の様子を。
どの木も深緑に色づいており、ハルが受ける印象は夏だ。もちろん、この世界特有の植物だと納得する事も出来るが、アイリの家の周り、つまりカナリーの神域では季節相応の若芽が芽吹いていた。やはり違和感がある。
「この遺跡に、歴史的価値はない?」
「ないですー」
ハルは<風魔法>で近くの木の枝を巻き込み、大きめに折って落としてみる。
そのまま拾わずにしばらく待つと、落ちた枝は空気に溶けるように消え去り、同時に元の木の方に再生されていった。
「……つまり、ここの風景はダンジョンと同じなんだね」
「その通りですねー」
歴史的価値が無いはずだった。
◇
「しかし、元々これは君たちが作った物じゃないんだよね」
「そうですねー。作ろうと思えば、手作業で石を工作して作れないこともないですが」
「面倒だからやらない?」
「やりませんー」
なので気がつかなかった。
運営の作った建造物は、一般的なゲームのグラフィックと大差ない仕上がりになる。出来が悪いという意味ではない、十分綺麗だ。
だが、この世界で作られた物と比べると差異が出る。他のダンジョンにも遺跡風のものはあったが、そちらはゲーム的なグラフィックだとすぐに分かるものだった。
しかしこの遺跡は、ハルが見ても全くそれと感じさせなかった。
「実際にあった遺跡をそのままコピーしたって事、だよね」
何の為だろう。単に雰囲気が良かったから流用したのか。それともセレステにとっても、なにか思い入れがあったのか。
「しかし、そう知ってしまうと急に風情が殺がれてしまった」
「風情は実際のものと変わらないんですけどねー」
ハルの気分の問題である。遺跡情緒を感じながら散策、という気分ではなくなってしまった。
「手っ取り早くセレステを探そうか。何処に居るんだろう」
「どこにも居ないってこともありますよー」
「確かにね」
その名の通り神出鬼没。居なさそうなら、あまり根を詰めない方がいいだろう。
ハルは手っ取り早く調べる方法として、まず<飛行>を選んだ。俯瞰から全体像を見て、重要そうな場所を探す。
上空へと飛び上がると、セレステの神殿を囲む大神殿はそれほど大きくないらしい事が分かる。木々が茂り、見通しが利かなかっただけらしい。
その木々も、密集しているのは神殿の内部だけで、外はカナリーの所と同じように開けた土地だった。植林したのだろうか?
見渡せば山脈が近くに広がっている景色が、ここが別の国なのだと教えてくれる。国境代わりになっている山だろう。こちらが雨の少ない側になっているのか、少し土地は荒れぎみだ。
「ハルさんは<飛行>も育ちましたねー」
「一度どのくらい飛べるか試してみてもいいかもね」
「それならもう少し育てた方がいいかもですねー。最近は使ってないみたいですけど」
「最近は<神託>がMP吸ってくれるから、使う必要無いんだよ」
<飛行>を育てていたのは、<MP回復>を鍛えるためだ。<飛行>そのものが目的ではなかった。なので今はお役御免となってしまっている。
「それに鍛えるなら常時使う事になるけど、それだと地に足が付かない生活になっちゃうし」
「片方の体だけ飛ばすのはどうですー?」
「目玉の時みたいにだね。家に居ないときはそうしよっか」
「家に居るときはー?」
「お行儀が悪いからね」
浮いている状態が基本のカナリーは、いまいち納得がいかない顔だ。その辺は個人の意識の問題である。
ハルは怪しげな場所、先ほどの小川の上流に水源を見つけ、そこへ向かって降りていった。
*
川の始点は小さな泉だった。少し広場状にスペースを空けて、周りを木々が囲んでいる。雰囲気の良い場所だ。
水源として耐えられる量ではないが、この遺跡が神工物だと分かった以上、何も不思議はない。ゲームなのだから、『水源』オブジェクトを設置しておけば無限に水が湧き出てくる。良くあることだ。
「無限水源持って帰るか」
「置き場に困りませんかー?」
そうかも知れない。アイリの屋敷が水浸しになってしまう。水には特に困っていないようだし、止めておこうか。
「ここでお茶会したら雰囲気も良さそうだね」
「セレステも気が利かないですねー。舞踏会の準備はしてるみたいですけどー」
泉のほとりの広場に、身長三メートルになろうかという巨大な鎧が空中から浮き出てきた。武神としてはお茶会よりもこちらの方が好みらしい。舞踏会ならぬ武闘会だ。
ボスキャラ、だろう。お茶は出ないにせよ、この場所が当たりでよさそうだ。
「セレステは鎧が好きなの?」
「好きだと思いますよー。顔考えなくていいですからー」
「君たちらしい意見だ」
今度は、鎧のデザインで悩んだりはしないのだろうか。
その鎧だが、甲冑の形をベースに、ロボット風にアレンジした感じだろう。鎧としては光沢の薄い素材。色は変わらず青、今度は深く落ち着いた色合いの青だ。
武器は槍を持っている。馬上槍のように、まるで穂先が剣のような長さを持った槍。盾は手にしておらず、少しアンバランスさを感じた。
その鎧が腰を低く落とし構える。
「来るね。せっかくだから魔法で行こう」
「がんばってくださいねー」
どっしりとした突きの構えの射程外から、ハルは<風魔法>で先手を打つ。最初から最大火力だ。MPを大量投入した竜巻を生み出す。
環境は気にする事は無いと分かった。ようやく魔法使いらしい戦闘が出来る事にハルは気分を高揚させる。
相手はどう出てくるだろうか。竜巻の効果範囲は広い上に、誘導も可能だ。相当高速で逃れなければ間に合わない。
対する甲冑はその場で耐える構え。地面に踏み込んだ足を動かす気配は無い。
やり過ごすか、前に突破するか、どちらにせよ無傷では済まない。
が、甲冑の対応はそのどちらでもなかった。なんと竜巻に向かって槍を突き出す。
「なっ!? かき消した? 物理攻撃で?」
そこまでの威力のある奥義だとでもいうのか。いや、確かに強力そうな攻撃だが、とてもそうは見えない。あの一撃で竜巻が起こる事になる。
……ゲームの世界ではありえなくはないが。
ハルは続いて、<火魔法>の巨大な火球を撃ち放ち攻撃を続ける。が、それも槍の一振りで消え去った。
更には速度重視、個数重視で多方向からいくつもの<火魔法>を飛ばしてみるが、槍をくるくると回すだけで対応される。
「あの槍が魔法消去の装備か……、そんなに近接戦がさせたいのかセレステは!」
洞窟の時の様に魔法禁止フィールドを張ってくることはしなかったが、今回も実質、魔法禁止のようなものだ。<精霊眼>で観察すると、槍に触れただけで魔法が解除されていく様子が分かる。
武神は近距離がお好きらしい。
「コンセプトは分かるけど。いつも人が魔法使おうとしてる時に水を差さないで欲しいね」
「前回のはハルさんの自業自得ですけどねー」
「うん」
上司から諭されてしまった。だがそれはそれ、これはこれ。
もやもやした気持ちをぶつけないと気が済まない。<精霊眼>で構造を読み取ると、<銃撃魔法>で眉間を狙う。自慢の甲冑を一撃の下に葬って、溜飲を下げてやろうと暗い気持ちが沸き起こる。
が、駄目だった。射線上に滑らかに槍を重ねられ、銃弾は音も立てずに空気に溶けていく。
「この反応……、またセレステ入ってるだろ!」
ハルのその声に、くいっ、と首を持ち上げて甲冑は応じる。『今頃気が付いたのかい?』、とその仕草は語りかけているようだった。
次いで、空いている手でくいくいと手招きをし挑発してくる。
「にゃろめ……、その気ならやってやろうじゃないか……」
挑発されては答えない訳にはいくまい。
とはいえ、事は慎重に運ばねばならない。この甲冑もステータスが読めない。
思いつく突破口としては、まずはその槍自体の仕組みを逆手に取る事。槍が魔法をかき消すというならば、<魔槍>のようなスキルも使えない事になる。実際、前回のようなオーラは見えない。
であれば、今度はハルの剣が一方的に切り裂けるはずだ。
──だが、それを分かっていない彼女ではない。
うかつに飛び込んで無事には済むまい。<防壁魔法>も用を成さないのだ。
それに、どうせなら魔法で戦いたい気持ちもある。また何でも切れる剣での決着もつまらない。
ハルは<飛行>で距離を取りながら銃撃をあびせ続ける。今度は体の各所をランダムに狙ったもの。
片手間に弾かれるが、いくつかは命中する。核を狙い撃ちにされるのを警戒し、他は多少なら無視するようだ。
「しかし決定打にはならないか。防御力、って奴を感じる装備には初めて出会ったな」
「全ての弾丸を全力で撃てばいいのではないですかー?」
「難しい注文だねカナリーちゃん」
牽制の弾丸では鎧を貫通する事は出来なかった。魔力を多く込めれば察知され、それは槍で防がれる。魔力を込める弾の数を増やせば今度は弾幕が薄くなりヒットしない。
「やっぱり近付くしかないか」
弾丸はハルの体の周囲から放たれる。つまり近付いて撃てば角度を付ける事が可能になり、防御の対応パターンを増やす事が出来る。
「思惑通りなのではー?」
「だろうね。だからもう少し試してからだね」
あの槍が何を消しているかだ。それを見極めないといけない。
魔法なら何でも消せるのだったら最悪だ。プレイヤーの体も触れただけで消されてしまう。
「モンスターでも呼び出してぶつけるか」
「モンスターはハルさんにぶつかってくるでしょうねー」
「ですよねー」
思考ルーチンを改造まで出来れば良かったのだが。可能なのはコピペだけだ。
遊んでる場合ではない。ハルはこの世界の魔法、以前使った火の玉のセットを呼び出すと、それに魔力を充填していく。
手の上で巨大になっていくそれを、高速で射出する。
「回避したね?」
甲冑の取った行動は回避だった。触れるだけで魔法を消せる槍を持っているにしては、らしくない反応。
だが火の玉はまだハルの制御下だ。簡単な誘導なら出来る。通り過ぎて行ったそれを反転させる。今度は槍によって切り裂かれて消えた。
体勢を崩したところに銃撃を重ねるが、首をかしげて核を外されてしまった。兜を削り取っていくが致命傷にはならない。
「なるほど、スキルの魔法にはバックドアが仕込んであるのか! 汚いな神!」
「それが分かるのハルさんだけなのでセーフにしてくださいー。仕様ですー」
そう叫びハルは急速で<飛行>で接近する。
普通の魔法と、スキルによるそれでは消え方が違った。スキルの魔法はあらかじめ、『槍に触れたら消える』プログラムが刻まれているようだ。この世界の魔法と比べて消失の仕方があっさりすぎる。
バックドアとはその事。魔法は消されているのではなく、正規の手順で終了されていたのだ。
ならばやり様はある。
ハルは接近しながらMPを乗せた銃撃を加える。弾数は少ないが、これは“防御しなければならない”攻撃だ。剣の時と同じだ、敵の太刀筋を制限できる。
自然、顔の前に槍が置かれる。そこは死守しなければならない。攻撃には向かない構えに誘導しながらハルは一気に至近へ。
だが敵は流石の武神入り。至近距離からの銃弾を切り裂きながら、そのままハルへ切り込んでくる。
「だが止められない訳じゃない!」
その槍を防壁で止める。<防壁魔法>ではない。単純な構造のものを<魔力操作>で強化した物。だが武神の槍はそれを強引に切り開いて行く。
槍の攻撃力だけではない、セレステによるこちらの魔法への干渉があるのだろう。今度は式が単純すぎるゆえに、敵からの操作も受けやすい。
このまま魔法の制御の奪い合いになれば、当然、神に軍配が上がるだろう。だがその時間は掛からない。
「トドメぇー!」
甲冑に魔力を乗せた拳で殴りつける。<魔拳>ではない。体そのものに魔力を注ぎ込んで威力を上げたHP攻撃だ。
当然、自分にもダメージがある。爆弾を持って殴りつけているようなものだ。だがこちらはプレイヤー。回復薬がある。
またカナリーに、強引な解決法だと言われてしまうだろうか。
防壁と体力の削りあいは、ハルが甲冑を消し去る方が早かった。
「なんだか君との勝負は紙一重なのばっかりだ」
「だがそれが楽しいだろう?」
ハルが拳を下ろすと、甲冑のあった場所からセレステの澄んだ声が響いてくるのだった。




