第419話 王子の目的は
「そんでこの騒ぎか。相変わらずひっかき回してくれんなお前は」
「悪い悪い。でも、随分と慣れたみたいだね。使徒の本人確認を挟むなんて分かってるじゃあないか」
「おう。ハルの偽物になるのも、使徒達は簡単らしいからな。まっ、ハルのそのふてぶてしさまで真似られるとは思わないけどな」
「まことに遺憾」
巫女、プレイヤーと同じくAR表示でステータスを見ることのできる信徒によって、ハル本人であると確認が取れると、そのままアベル王子との面会に臨むことが叶った。
もともと、ハルが来た時は通すようにと命じてあったようである。王族としてはラフな格好のアベルが、そう時間もかからずに出迎えてくれた。
いちおう、真面目に執務には励んでいるようで、いつもはハネていることの多い金髪も、それなりにセットが効いている。半、余所行きといったところか。
「というかだなハル、お前あの無駄に垂れ流してたオーラはどうしたよ? あれがあるから一発で分かると思って、詳細な指示は出してなかったんだぜオレはよ?」
「ああ、それもごめん。最近やっと消せるようになってね。せっかくだから消して来たんだ」
「つけて来いよ……、面倒だろ、オレが」
「え、嫌だよ。あれ付いたままじゃロクに観光も出来やしないじゃん。下手すると道ゆく人が平伏しだすんだよ?」
「知るか! オレだって自由に出歩けないんだ。自分の領地なのによ。お前も道連れだ」
「理不尽すぎる」
確かに、要人に会いに来るならばあの神気、神の発する威圧のオーラをオンにしたままの方が都合が良かったのは確かだ。
一目で誰の目にも重要人物だと分かり、今回のように門前で止められることも無かっただろう。
動揺は大きくなってしまうだろうが、しかし威圧のおかげで騒ぎにすらならない。
「そうですよハル様! ハル様はもはや神に列席されたと言っても過言ではありません。その威光は、あまねく知らしめるべきです」
「そうは言うけどねヒルデさん。僕だってこの街の変化の様子を直接見てまわりたい。それと、手間を取らせちゃって悪かったね」
「いえいえ! 私もこの館の奥に詰めているより、使徒の皆さまと触れあう方が有意義ですから!」
「……コイツも本来はオレと同等に、厳重に警護を回すはずの立場なんだがな」
「平気です。使徒様がたは貴方がた政治に関わる連中のように、陰湿な企みはいたしませんから」
ハルとアベルが話す部屋に、その巫女であるヒルデも気軽な態度で入って着席してくる。
王子にそのような態度が取れることから分かるように、この世界では神直属の信徒は、王族かそれ以上の地位を保証されることが多い。
ことさらヒルデは、あの自由な気質のセレステの信徒。主人のそれに影響を受けているのかも知れない。
「ヒルデさん、僕らはそんなに神聖な存在じゃない。悪さをする奴はする。それは忘れないでいてね」
「だな。もしそんなに素晴らしい方々であらせられるなら、本人確認なんざ必要ないんだ」
「あんなの、妖精のいたずらのようなものですって。貴族王族のドロドロとは、とてもとても……」
「……そこはオレも否定できないんだよなぁ」
まあ、基本的に使徒、プレイヤーの彼らはこの世界に遊びに来ている。血で血を洗う権力闘争の場における陰謀と比肩するような、そんな悪さは企てないだろう。
それ以前に、彼らはこの世界の住人、NPCにとって不利益になる行動はとりにくい。犯罪行為などは<誓約>により完全にロックされてしまうからだ。
そういう意味では、巫女ヒルデの語る不用心ともいえる信頼感も、あながち間違いとは言えなかった。
「しかし、そうした警戒のマニュアルも含めて、なんだかこの地にプレイヤーが浸透してる気がするね」
「ああ、結局は人間相手だ。利益の享受だけじゃ成り立たない。不利益にも対処してこそ、だな」
「中央はその辺出遅れてますよね。なんとか利益だけを吸おうとして。不敬なことです」
そう、結局はプレイヤーは一人一人の人間だ。そこをよく理解したからこそ、この街は彼らと良い関係を築くことが出来て、発展を遂げられたのかも知れない。
彼らのことを、天から降って沸いた贈物かなにかだと思って、数字の上だけで扱おうとしていては、なかなか上手くいかないだろう。
そんな風に、きちんとプレイヤーと向き合ってくれているアベルに嬉しく思いつつ、ハルはそろそろこの地へと赴いた目的を話すことにした。
こんな話の後だからという訳ではないが、なんとか彼にとっても利益のある話にもっていきたいところだ。
◇
「ああ、城の地下の陰気な研究所か。確かに行った。……いや待て、どうしてハルがそれを知っている」
「安心してよ。何のために行ったのかは教えてくれなかったから」
「そうじゃない! あー、なんだ? そもそもの話、何であの場所のこと知ってんのかって話だ。城に入るだけでもアレなのに、その地下とか……」
「城には入ってないよ。地下から直接行った」
「……あー、そういや、そんなんなってたな」
何だか頭を抱えてしまった。研究員の話によれば、『誰でも知ってる』、らしいが、そんなことはなかったのだろうか。
加えて、プレイヤーがたまに地下通路の入り口を発見して内部へ侵入していると教えると、よけいに項垂れて、大きなため息をつくアベルだ。
「そんなに問題?」
「いや、問題と言うかだなぁ。誰か気づけよって話であって。……まあいい。それで、確かに行きはしたが、それがどうかしたのか?」
「君が何のために行ったのか、それが知りたくてね。ちなみに、けっこう重要な話だ、興味本位じゃない。なので礼ははずもうと思う」
「……ほう? 興味本位の話題にしか見えないが。そういや、確か以前も似たようなこと知りたがってたな」
「君の聖剣の話だね」
「おう。あれはもういいのか?」
「興味は今もあるけど、優先度はだいぶ下がったかな。まあ、今回の話の流れによっては、また浮上してくるかもだけど」
ことは半年以上前の話、ハルがこの世界に来てまだあまり時が経っていない時期のこと。
この世界の秘密を探るために、アベルの持つ遺産、聖剣を足掛かりに調査を進めようとしていた時の話だ。
偶然出会ったプレイヤーのマツバと共に、梔子の首都で彼の逗留する宿を探し当て、話を聞きに行ったことがあった。
「あ、そうだ。今日は焼肉でないの?」
「ここ来る間に歩きながらなんか食ってたんだろお前。監視から聞いてんぞ。それで満足してろよ」
「焼肉って何ですか? 興味をそそられる話題ですね」
「食い気出してんじゃねーよ、巫女だろお前も……」
セレステの信徒として、武人であるヒルデもこう見えてよく食べる。なにやら美味しそうな話題に食いついてきた。
ただ、今日はそこまでハルを接待して好条件を引き出す必要はない。ハルはむしろ頼みにきた側だ。
期待するヒルデには悪いが、今日は焼肉は出ないだろう。
「そうだな。あん時、肉食いながら話した内容は覚えてっか?」
「ああ、あの変な杖の関係かい?」
「そうだ。変は余計だが。あの杖のメンテや新調、あれは奴らを通さないと行えない」
「……なるほど。確かあの杖も、作りは遺産と似通ってたね。彼女らの管轄になるか」
「そういうことだ。アレは藤の塔の連中の手によるものでな。さすがにオレが直接話をつけて取引するなんざ出来っこない」
「仮想敵国だもんね」
「敵国、だ」
ここから見て南に位置する藤の国。プレイヤー的に見れば『紫色の国』だ。
守護する神の影響もあって、魔法研究が盛んであり、魔道具であるあの杖、魔力を吸収し溜め込むアイテムも、出所はそこになるのも納得の話である。
ただ、この軍事国家、瑠璃の国、『青色の国』とは互いに領土を狙い合う敵同士。そこの王族であるアベルが、直接そこへと赴くのは現実的ではないようだった。
そのため、魔道具関連の話はあの研究室を通すのだろう。
「最近は、使徒連中の協力もあって魔力の溜まりも順調でな。その関係で少し話をしに行った。聖剣のメンテ、ってことも無くはないが、こいつは奴らでもほとんど分からんらしい」
「なるほど。毎回、『異常ナシ』、って報告するだけのお仕事だね」
「おう。……姉上がそれにキレかけるんだよなぁ毎回」
「彼女らしいね。明確な成果を求めちゃうんだろう」
厳格な武人であるアベルの姉、王女というよりも将軍といった肩書が似合いそうな彼女とは、ハルも戦艦イベントの際に一時行動を共にした。
彼女からしてみれば、己の武器、アベルのものと対になる聖槍のより詳細な解析と、あわよくば強化、そういった成果を求めているのだろう。
傍らに置いたその聖剣を軽く撫でながら、アベルは姉のことを思い出したのか顔を渋くしかめる。
こうして斜に構えた態度でいるが、姉には頭が上がらないのだろうと思うと微笑ましい。
そんな彼の様子を観察しつつ続く言葉をハルは待つが、アベルからはそれ以上、詳細な説明は出てこないようだった。
これで、質問には答えたということのようだ。
「……これで良いか? 待っても何も言わんぞこれ以上は」
「うん、ダメだね」
「そうは言うがなぁハル。突然押しかけてきて、『何をしていたのか教えろ』って相手には破格の答えだぞ? 普通なら今の答えすら帰ってこないってーの」
「つべこべ言わずに洗いざらい話しなさい。ハル様がお聞きになっているんですよ? あと焼肉も出しなさい!」
「どっちの味方だお前は! ……いや言わなくていい。どうせハルだ」
「最低限の認識はできているようで何より。あと、」
「肉ならそのハル様にねだれ……」
確かに、天下の王族の家に手土産も持たずアポなしで突撃し、機密であるその行動を聞き出す、などとその事実だけ見ればありえない事を要求しているのが今のハルだ。
友人関係に近い対応で大筋は話してくれているが、アベルにも立場がある。そう易々と何でもハルの要求に応える訳にはいかなかった。
ハルは期待の眼差しを向けてくるヒルデに肉の約束をすると、その部分の交渉へと乗り出した。
こちらも、『確かにそうですね、申し訳ない』、と引き下がる訳にはいかない事情がある。
「まあ、言ってることはもっともだけど、こっちも最初に言ったように火急の用なんだ。何としても話してもらいたい」
「何としてもねぇ……」
「それならば、この王子、連れて行って尋問しちゃえばどうですか? 少しハル様に生意気すぎますし」
「ハル! 早くこいつの口に肉を突っ込んでおいてくれ!」
「あはは」
なんとなく、どの国でも王族と信徒の関係はこうなってしまうのかな? とハルはアベルに辛辣なヒルデの態度を可笑しく思う。
信徒にとっては、神に代わって人々の上に立つ<王>たち支配者の存在は煩わしい部分があるのだろうか。
ただ、ヒルデの言うように尋問などはするつもりはないハルだ。情報の対価には、多少高くついても望みのものを出そうと思っている。それだけの価値のある可能性は高いと踏んでいる。
「生臭な話で申し訳ないが、話してくれればそれなりのお礼はするよ。緊急だからね、多少ふっかけても構わない」
とりあえず、ヒルデのためにお屋敷からすぐに食べられる肉料理を、ローストビーフのような肉を挟んだサンドイッチ、ハルのお気に入りのものを倉庫機能経由で転送し、取り出して与える。
自分をないがしろにしハルの肩を持とうとする彼女が、目を輝かせてそれに噛りついたのを見て、アベルも多少は肩の力が抜けたようだ。
建前としての反発は終わりにし、ハルとの交渉に入る姿勢を見せてくれた。
「ま、何だかんだ言いつつも、お前から得られるものは大きい。だからこそ、オレも、『ハルが来たらすぐ通せ』って命じてあった訳だしな」
「超VIPだ僕。とりあえず、それに見合う働きは出来ると豪語しておくよ。さすがに、王位に付けてくれなんて言われると少し困るけどね」
「物騒な冗談は止めろ……、特にこの国ではな。というか困るだけなのか……」
金銭、希少な品、要人との接点。今のハルならば、この世界において大抵のことは可能となる。
冗談めかして言った王位の話も、可能か不可能かで言えば可能だろう。セレステに頼んで、<王>権を変更してしまえばいい。
だが、その後の世界への影響はよく考えないとならない。
急に<王>を変えるなど平和な世界の為には論外。他には、アベルが強力な兵器を要求してきた場合なども、応じない可能性はある。
与えようと思えば、他のNPCが一切対抗できないほどの魔道具を作り出せてしまうのもまた、今のハルであるからだ。
飄々と生きるのは、バランスが難しい。
「……なら、一つ聞いてみたいことがある。これは、オレがあの研究所に行った目的とも関係すんだがな」
ハルが真剣に対価を用意する意思があると分かってくれたのか、アベルは彼の行動の目的を、伏せていたその部分を語りだしてくれるようだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/14)




