第417話 窓際
その後もしばらくハルたちは、魔女風の研究員から話を聞き出してゆく。
ほとんどが雑談と化すのが彼女との会話であったが、むしろその雑談の中にこそ必要な情報が隠れているかも知れない。ハルは辛抱強くその話に相槌を打って聞くのだった。
「いやー、すみませんすみません。なんだか、わたしばっかり話しちゃって。坊っちゃんが聞き上手だから、つい話しちゃうんですよ」
「いや、こっちこそ話させてばかりで済まないね」
「いいですって、わたしも誰かと話したくて仕方なかった部分がありますし! それにお貴族様ですもんね、おいそれと身の上を明かすことなんて出来ないですよね。分かってます分かってます」
「分かってなさそうだねー」
ユキが呆れまじりにため息をつく。自分が喋りたいだけだろうと。
むしろ、こちらが厄介な事情だったら困るので、巻き込まれないように聞きたくないということだろうか。聞いてしまったが最後、彼女の平穏な研究生活が終わりかねない。
まあ、話すとしてもハルの方も嘘八百の偽の身の上話を並びたてるだけなので、どちらにせよ彼女が聞くことの意味など無いのだが。
「まあ、おかげで面白い話が聞けたよ、ありがとう」
「ホントっすか。なら良かった! ちなみにですが、どの辺が面白かったです? やっぱあれですかね、わたしが久々に家に帰ったらパンツが一枚も無かった話」
「……愉快な話ではあったけど、違うよ」
「じゃああれですね! 城内のお風呂に行くのが面倒なので実験器具を改造してお風呂を作った話! ふっふーん、どの時間に来ればわたしのはだかと遭遇できるか悩んじゃってくださいねー」
「あまり青少年をからかわないの。アベル王子の話だよ」
「ちぇー、老成してますねぇ見かけによらず。くっそう、やっぱ貴族でイケメンだと普段から婚約者のお嬢様とで慣れ切っちゃってるんですね、嘆かわしい!」
「勝手に嘆くな……」
どうも、本来のハルの姿よりも年少に見えているらしく、えっちな話題でからかおうとしてくる事が何度かあった。
まあ、慣れ切ってしまっているのは事実だが、ルナによる普段の攻撃で耐性が付いているのが幸いしたかも知れない。
「あっと、そのアベル様といえば、最近またお会いしましたね。そういえばですが」
「……ふむ?」
にやにやと笑みを浮かべていたかと思うと、一瞬で思案顔になりアベル王子について語り始める研究員の彼女だ。
この独特なテンポ、どうやら頭に浮かんだことを片っ端から口にしているように思う。
なんとなく、会話の誘導法のようなものが掴めてきたハルだった。
「いやー、躍進とどまるところを知らずですよねえ最近のアベル様は。お姉さんも合わせて、あの家が天下取りそうだってもっぱらの噂ですよ」
「そんなに目立っちゃって、出る杭は打たれたりしないのかな」
「この国じゃそんなこと気にしてたら生き残れないんですよ。やれるときに! やれるだけやる! そうしてやりきった奴だけが、次の王位につけるんですねー」
「大変な国だ」
実力主義、成果主義が極まっている国だと聞く。この瑠璃の国では、継承権が下であっても、挙げた功績によってはそれがひっくり返る事も珍しくないそうだ。
アベル本人にはハルはそこまでの野心は感じなかったが、それでも生き残るための必死さのようなものはひしひしと感じた。
害の無いように、目立たないように大人しくしていても、ここでは潰されるだけなのだろう。こわい。
そんなアベルが、ここ首都を、そしてこの研究室を訪れていたという。
要件は彼の装備する聖剣のことか、それとも他の魔道具のことかは分からないが、本人が首都まで来るとはかなり重要なことだったのだろう。
彼の姉の話によると、下手にここに来るといらぬ諍いを呼びかねないらしく、普段は近づかないらしい。
「何しに来たのかな?」
「あーダメダメ、駄目ですってそんな直球で聞かれても! いくら口の軽いわたしでも、喋って良いことと悪いことがありますから!」
「守秘義務ってやつだ」
「そうですそうです! 職業倫理! だいじ! あ、なんですかぁその目はぁ。ちょっとおだてれば簡単に喋ると思ってますねぇ……、そう簡単にはいかないんですから!」
「いや、後で本人に聞いた方が確実だし、いいや」
「うわひっど! 今どれだけ賄賂をむしり取れるかの算段してた真っ最中だったんですよどうしてくれるんですか! ……というか本人と自由にお会い出来る立場なんです? マジで何モンなんです坊っちゃん?」
口ではこう言っているが、きっと彼女はどれだけ賄賂を積んでも喋ることはしないだろう。なんとなく、ハルはそう確信している。
それは職業倫理と言うよりは、己のルールに忠実であるため。短い会話の中で、そのような彼女の人物調書が浮かび上がってきた。
……いや、内容の濃さは短い時間の割には濃厚かもしれない。
ならば、次はそのアベルから情報収集をするか、とハルは方針を立ててゆく。
ここに来た目的、ゲームプレイヤーとそのリアルに関連する謎についてはまだ判明していないが、どのみち彼女からこのまま話を聞き続けても決定的な情報が得られることは無いだろう。
メタにも協力してもらい、時間を置いて様子を見たほうが良さそうであった。
「……さて、長居しちゃったね。お姉さんも、仕事の邪魔をして申し訳ない。所長さんにもよろしく」
「え~~。もう帰っちゃうんですかぁ? 良いんですよいま仕事なんも無いんですから。お喋りしてるだけでお給料貰えるって寸法なんです。あ、その所長待ちましょうよ所長。運が良ければ来ますって」
「運なのか……」
「なーんか、使徒のひとが迷い込むと、察知したようにフラーっと現れる時があるんですよねぇ」
「へえ……、っていやいや、普段は何してんのさ。仕事は?」
「さあ? 上との折衷や折衝がお仕事だから、そっちなんじゃないすかね。機材買うのが所長の仕事。機材使うのがわたしの仕事」
「……納得してるなら良いけどね」
上司が怠けていようと、ほとんど現場に居なかろうと、給料さえ出れば良いということだろう。なかなかにドライな考え方だ。
むしろ気楽で良いのかもしれない。
その、使徒の気配にひかれてやって来るという所長とやらも気になるところだが、帰ると言ったばかりのハルたちだ。
ここで、『じゃあ所長を待とう』、などと言えば逆に怪しくなってしまう。
その所長に関してもこれからの監視と調査に回すとして、名残惜しそうな研究員を置いて、ハルたちは揃って席を立つのだった。
「うー、また来てくださいねぇ? きっとですよー」
「……いや、そんな目で見られてもね。ここにわざわざ来る状況なんて、僕らには考えれれないし」
そもそも、次にこの街に訪れることがあっても、認識阻害の魔法に設定する見た目の条件は、今回とは違うものにする可能性が高い。
この、“今のハルたち”は、そもそもの段階で一期一会なのだった。
「またまたぁ。きっとまた来ちゃうんでしょー? そんなこと言ってぇ。あ、そうです! お帰りなら、お送りしましょうか。入って来た隠し通路に戻らなくっても、この先ちょっと進めば王城に出ますよ! てかちゃんと戻れないっしょ!」
「いや、道順は覚えてるから、問題ないよ」
「うわ、くっそ、そんなとこでも優秀なんだからこの坊っちゃんは! でも城に行った方が良いですよ、下手したら捕まりますもん。わたしが一緒なら説明できますし!」
これは、少し判断に迷うが、ハルは丁重にお断りすることにした。合法的に城の中に入り込めるメリットはあるが、弊害もまた大きい。
そのことを聞くと、魔女風の研究員は残念そうにしつつも納得したようだ。一部、勘違いも混じっているが。
「そうですよねぇ。お貴族様ですもん、城に行けば知り合いも居るかもですよねぇ、お忍びみたいですし」
「まあ、そんな感じで。僕らは来た道を戻ろうと思うよ」
「わーかりやした! そんじゃ、ここでしばしのお別れですね、楽しかったっすよ! また会いましょう!」
「……うん。機会があれば、また会おう」
最後はえらくあっさりと、しんみりさせることを嫌ったのか良い笑顔で送り出してくれた。
アイリとユキもそれぞれ彼女に別れを告げると、ハルたちは地下にひっそりと存在する研究室を後にして、その部屋は再び彼女ひとりの静寂の場へと戻っていくのだった。
*
そのまま地下通路をしばらく進み、周囲に誰もおらず、後方からも特に追手など掛かっていないことを確認すると、ハルは地上に出る前に<転移>で天空城のお屋敷まで戻ることを選択した。
入り口で張っている兵士など居ないとも限らない。その場合は、ハルたちが何処からも出てこない事になるが、あの広い通路だ。どこかで見逃した、で済むだろう。
「でもそれって、あの魔女っ子がうちらの存在をどっかに知らせたってこと? いつ?」
「念のためだよ。<転移>で戻ることで、動きがあるか知りたい。何もなければ、それでいい」
「ふーん。ハル君は、あの魔女っ子を警戒してる訳だ。良い人っぽかったけどね。変な人だけど」
「わたくしも、あの研究員さんは企みとは無縁だと感じました。変な人ですが!」
お屋敷に戻った三人は、さっそく今日の成果であるあの地下の研究室について話し合う。
やはり、メイドさんの淹れてくれたお屋敷のお茶が一番だ、とあの謎のブレンドを思い出しつつ、いつもの味で皆ひと息ついた。
成果、とは言うものの、結局あの部屋は怪しいということ以外に目だった成果は得られなかったとも言える。
そこで出会った彼女も変な人ではあるが、変な人であるだけだ。
プレイヤーがリアルでも超能力スキルに目覚める事件と関係しているという悪い印象は、ついぞ抱かなかったハルたちだ。
「となるとやっぱさ、所長さんが怪しいと思うんだよね、所長さん!」
「ですね! “ぷれいやー”の方が来ると、現れるのですもの! きっとその方が、何かしているのです!」
「んー、どうなんだろうね。もしそうなら、あの部屋でどうやって使徒を察知しているかなんだけど……」
ハルは魔女ルックの研究員との会話中も、油断なく<神眼>等も含めた周囲の観察に余念がなかった。
その解析結果では、確かに部屋の奥に鎮座している大型の機材は、物質となった魔力を分析するための装置であるのは間違いないようだ。
しかしながら、それらは全て室内で完結している、外部未接続だ。所長とやらに使徒の来訪を告げるような装置や魔法などは、まるで見つからなかった。
これは、監視カメラのような機械技術に関しても同様だ。そもそも、機械の場合はメタが気付くだろう。
「だからあの魔女っ子が怪しいと、そうハル君は思う訳だ」
「消去法ですが、確かにそうなりますね。所長さんに知らせるアクティブな魔法発生源は、あの方のみなのです」
「まあ、決め手はそれだけじゃないんだけどね」
ハルの考えとしては、怪しいとは言っても彼女が犯人であるとはまだ思っていない。
アイリとユキの抱いた感想と同様に、ハルも彼女には悪い印象は持たなかった。もちろん、この短期間だ、人間観察が得意なハルに対しても、隠し通しただけかも知れないが。
そういった印象とは別に、気になった部分が存在した。
「ねえアイリ? この世界にも『窓際』って言葉はあるのかな?」
「はい! もちろんです! 窓辺の事ですよね!」
「んー、いやアイリちゃん。そーじゃなくってねハル君が言ってるのは。『閑職に追いやられる』って意味なのさ! ……そーいや、言ってたね彼女」
「そうなのですね! 申し訳ありません、勉強不足でした……」
「いや、『皇帝』の例もある。地域によって伝えた、伝えてない、の差だってあるだろうさ。ただ気になってね」
「アイリちゃんみたいな王女さまが使う言葉じゃないしねぇ」
役に立てなかったことから、しゅん、としてしまうアイリを、両側からユキと二人で撫でるように慰める。
もちろん、今ハルが言ったように地域による差異かも知れない。偶然、同じような経緯で同じ言葉として発生したのかも知れない。
だが、どうしても引っかかった。
「……そー言われてみると確かにアレだね、彼女。変な言葉遣いが多かった」
「それは、変な人だからではないのですか?」
「おぅ……、アイリちゃんナチュラル辛辣! まあ、変な人で済ませられる範囲ではあるよね。ただ」
「うん、ただ、なんとなく、日本人の話し方に近かった。そう感じた」
「なるほど……」
例えば『社会の歯車』であったり、『イケメン』であったり、一つ一つであれば見逃しそうな自然さだが、その符合の割合が多いように思う。
「しかし、彼女のデータは確実にこっちの人間だ。生まれも育ちも瑠璃の国。これが何を現してるのか分からないのが、ちょっともやもやする」
「んー、プレイヤーとも接触してたんでしょあの子。そのせいとか?」
「口癖が、移ってしまうということですね! わたくしも、最近ちょっと皆さんのが移っちゃいました! えへへへ……」
「嬉しいこと言うねアイリは」
そんなかわいい姿に癒されつつも、それとは違うとハルは断定している。
相手の真似をする、口癖が移るというのは、それなりの親しさか長い時間を要する。相手に自分を近づけることで同一化の意思を示し、好意を表現するのだ。
もちろん、単に新しい響きが気に入って、面白がって真似るようなこともある。しかし、その場合は語気からどうしても自然さは抜ける。
彼女の語る言葉は、染みついた自然なものしか感じなかったハルだ。
しかし、頭上にAR表示されるデータが、彼女が神でもプレイヤーでもないことを証明している。
そのアンバランスさが引っ掛かり、どうしてもあの研究員を無関係な存在であると処理してしまえないのだ。
「まあ、アベルに会いに行きつつ、メタちゃんと協力して監視しておくか」
「そだね。うちらの姿が無くなったところで、何か違う行動するかも知れないし」
「悪い人では、ないといいのですけれど……」
「そうだねアイリ」
この違和感が示すものは何なのか? そこに後ろ髪を引かれつつも、ハルは次なる行動、久々となるアベル王子との接触へと進むのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/29)




