第416話 研究員のおしごと
「そんなわけでですねぇ、わたしも自分が何を調べているのか実ははっきり分かってなかったりなんかしちゃって。あっはっは。いや、ほんとにほんとに」
「そう、なのですか? それで、やっていけるのでしょうか……」
「お仕事という意味なら問題なくやっていけますぜ小さいお嬢様。結局は末端なんて組織の歯車、自分が何の仕事をやってるのか理解してなくても、問題ないんす」
日本ではよく聞く例えだ。こちらの世界でも同じなのだろうか。
なんとなく、こちらは組織の規模が小規模でまとまっているために、皆が仕事に対してはっきりとした目的意識を持っているものだとハルは思っていた。
兵士は地域の治安を守る意識。鍛冶屋は物を作り出す意識。ただの店員だって、こちらは専門店が多い、商品知識はしっかり持っている。
しかしそんな世界であっても、人間が作る組織である以上、どうしても似通った部分は出てきてしまうのかも知れない。
ハルがそんな考察をしている間にも、止まらぬ彼女の言葉は続いていくのだった。
「でも、気分的にそれでやっていけるかって意味じゃ、たまーに思う所はありますねぇ。『自分は何をやってるんじゃぁ!?』、ってね。これ、自分じゃなくてもいいですもんねえ」
「そうなん? 見るからに専門知識いりそうな設備の数々じゃん。私なんて全く分からん」
「いやいやぁ、そうでもないんですって大きいお嬢様。これら確かに凄い設備ですけどね。使う人間は凄くなくていいんですよこれが。なんてーか、設備が凄すぎて、誰がやってもいっしょ!」
「そうは、見えないのですが……」
「ほんとですってば。手順を覚えれば誰でも出来る! 教えればサルでも、って奴ですね」
「サル?」
「ああいや、物の例えですよ坊っちゃま。さっすがお貴族さまはこんな品の無い例えはしないんですねぇ。馬鹿でもできるって意味っす」
数多の雑談を経て、ようやく話は彼女の仕事、つまりこの施設の存在理由についての内容になってきたが、それでもしかし、いまいち要領を得ない。
どうしても彼女の愚痴というか、仕事の苦労話ばかりになって、肝心の何をしているかがあまり見えてこなかった。
仕方がないので、そろそろハルの方からその事についても突っ込んで聞いてみることにする。
内容もちょうど近くて良い頃合いだ。
「……でも、ここで働いている以上、何の研究をしてるかは知ってるんでしょ?」
「そりゃまあさすがに。……いや、本当に知らなくても仕事できる気がしてきた。所長も最近は何も説明してくれないもんなぁ」
「……そ、その所長さんは、もちろん詳しく知っているのですよね!? お姉さんが集めたデータを、統括しているのですから!」
「そりゃもちろん。……いや、所長も知らないのかも。データ集めてどうするかっていえば、『今年はこれこれ、こんなに大量のデータが集まりました』、って紙束を提出するだけですから」
「あ、分かった。そんで、その紙束を受け取る偉い人も、中に書かれてるデータが何なのか理解してないんだ!」
「冴えてますね、大きいお嬢様! そうなんですよ、それがあり得るんですよこの職場! こっちが『このデータ何に使うんだ?』、って提出して、あっちも『このデータ何に使うんだ?』、って受け取るんです。ウケるんです」
「ウケてる場合か。軽くホラーだぞ……」
上司も部下も、誰一人として何の研究をしているのか知らないのだ。何がホラーかといえば主に税金がそんなことに使われている事実がホラーである。
「いや半分冗談なんすけどね」
「半分は本当なのか……」
まだ本題に入らないことよりも、実際に半分本当だということが彼女の態度から読み取れてしまうので、ハルもついツッコミを入れてしまう。
例え話に出たところの、データを記した紙束を、上司も部下も内容を理解せずに右から左に処理しているだけ、というのはきっと事実だと思われる。
……大丈夫なのだろうか、瑠璃の政治は。
「自分の仕事ですからね。一応は理解してます、わたしも。ただ、普段の業務で何を調べて、それがなーんの役に立ってんのか、イマイチ分からないのは本当なんですけど」
「よくやる気が持つもんだ」
「モチベとかは別に。お給金貰えれば、それでいいじゃないですか。んで、ここの存在意義でしたね。ああ、意義なんて無いのか? 存在の建前? それはなんと、遺産の研究なんですよお坊ちゃまがた」
「遺産……」
また本筋には入らないのかと思ったが、唐突にそちらへと突入していた。独特の会話ペースにアイリなど面食らってしまっている。
何か特別な精神的スイッチがあったのかと勘ぐるハルだったが、きっと愚痴をあらかた言い切って満足したのだろうと結論付けた。
深く考えすぎない方がよさそうだ。
「遺産、知ってます、遺産? ああ、といっても遺産処理のお役所じゃないですよ、ここ。何を研究するんだって話ですよね。あれでしょうか、決してモメない遺産分配の方法でも日夜考えるんでしょうか?」
「それが達成できたら人類は次の段階に進めるね。偉大な研究だ」
「ハル君。ツッコミが板についてきちゃってるよ? 本題は良いの?」
「おっとしまった」
「にひひひ、なんだかんだ、話せる人ですよねぇ坊っちゃま、やっぱり貴族さんは、話慣れてらっしゃるんですかねぇ。お堅い会話ばかりかと思ってましたよ」
「どうでもいい会話をすることが仕事だからね。……じゃない、本題だ。知ってるよ、遺産。“国外”で発掘されるものだろう?」
ついつい、目の前の魔女の会話のペースに飲まれてしまっているハルだ。
ハル自身も、こうした益の無い会話をすることは好きだった。隣にいるユキと、そんな風にしてくだらない会話を続けながら、ゲーム内で一晩明かしたことはいくらでもある。
そのユキに軌道修正してもらいながら、ハルはついに本題へと踏み込む。遺産、思いがけない名前が出て来た。
ハルが知っている旨を語ると、魔女風の女性もそれは予想外だったらしく、ころころと変わりながらも基本的に笑顔は絶やさない表情を一瞬驚きに固めていた。
目を大きく見開いて、その滑りの良い舌も少しの間お休みとなる。
「……っと、こりゃ驚きです。知ってるんですね。ってことは、見かけによらず随分と重要人物? いや見かけ通りか。イケメンですもんね、イケメンは要職に付くのが慣例」
「いや意味わからん。それより、知ってることがそんなにおかしい? この研究室の仕事は、みんな知ってるんじゃなかったっけ」
「それとこれとは別ですってよ坊っちゃん。遺産は知ってても、それが何処でとれるか即答できる人は稀です。上のボンクラにもあんまし居ません」
遺産。それが誰の遺産かといえば、この地が神々に導かれる以前に栄えた文明の遺産だ。
純粋に魔力で作られており、主にプレイヤーが作る魔道具のように、魔法の物品として使われる。
遺産発掘が活発だった赤の国、ヴァーミリオンの例から言えば武器として発掘される物が多いようだった。
「ここでは日夜その遺産を解析、研究して、いたらいいんですが、そうそう数が出るものじゃありませんでね。有用そうなものは全部お偉いさんが持って行っちゃいますし。そんな感じで、普段はなんもやることのない閑職なんすよ、これが」
「仕事の内容はエリートっぽいのにね」
ようやく明らかとなった彼女の仕事内容。それは古代人の遺産の解析。
なんともおあつらえ向きに、『神が関わっています』、といったその内容に、一同は表情を少し真剣に改めるのであった。
◇
「この国は、実は他の国と比べて遺産の量が豊富でして。そんで、こんな研究室でも存続が許されてんですね。他の国なら一時的に『特別対策室』、って程度じゃないですかね、こんな金食い虫」
「さて、この先はどうだろうね。最近は各国、『神の船』からもたらされた新たな遺産の存在に沸いてるから」
「おー、そうなんです! そうなんですよ! あの時はここも普段から考えられない盛況ぶりでしてね。まー、すぐに軍が武器として使うってんで取り上げられちゃったんですけど……」
「世知辛いね。藤の国なんかだと今もずっと研究してるらしいけど」
藤の国はこの国から見て南にあたる、魔法の国である。
そこでは以前から遺産、というよりも魔力の『結晶化』の研究を進めているようで、モノの戦艦からプレイヤーによって銃器が発掘されて以降、それを回収し、熱を入れて研究に明け暮れているようだった。
「羨ましいっすよねぇ……、資金も豊富そうで、って、んん? もしやあいつらの関係者!? ならば敵です、無事に出られるとおもうなよ!」
「いや、僕ら梔子の人間だけど」
「あっはっはー。だーと思いました。身綺麗で、商人さんって感じですもんねー。陰気な根暗どもとは纏ってるオーラが違うっすよー、このこのぉ」
「魔女っ子さん凄い変わり身だね?」
思わずユキも感心する手のひら返し、変わり身の早さであった。
仕事などどうでも良いと口では言いつつも、やはり自身の職にプライドはあるようで、研究職が優遇されている魔法大国には思う所があるようであった。
「ってな感じでたまーに軍から仕事が回ってくるんですけど、武器として使うもんだから、すぐに持って行っちゃうんですよね。なので研究しようにも研究対象が無いっていうか」
「それでお茶の研究をしているわけだ」
「これで給料出るんだからチョロイですよね。依頼があると当然のように納期が発生するんで、睡眠時間削られてしゃーないですし」
「研究が好きなのか嫌いなのかどっちなんだ……」
「したいけど、したくないんだよね、わかる」
「分かってくれますかー大きいお嬢様。そうですよねぇ、お貴族様も大変ですよねぇ。きっと私なんかでは分からない胃の痛くなるような苦労を抱えてはいるとは分かってますけど、どうしても目の敵にしちって」
うんうん、と頷いているユキだが、頭の中ではきっと考えているのはゲームのことだ。
恐らく、ゲームは楽しいのだが、毎日のミッションだのイベントごとのミッションでプレイを強制されるのは楽しくない、といった事を考えているはずだ。
貴族の高貴な義務とは何の関係もないことが、研究員のお姉さんには申し訳ないところであった。
そんな、自身の職業に一定量の誇りは持っているらしいお姉さんの仕事を知ってハルが思い出すのは、その遺産の使い手であるアベル王子のことだ。
彼の手にする自慢の武器である聖剣も、分類上は遺産である。
きっと、あれを作成したのは古代人ではなくて神々なので、正確に言うと遺産ではないのかも知れないけれど。
「……じゃあ、アベル王子なんかもここに来たのかな?」
「おやおや? おや? その口ぶり、坊っちゃん、王子様と面識がおありで?」
ふとハルが口にした内容に、思いがけず彼女が食いついてきた。
自国の王子の話だから当然なのかも知れないが、それでも反応の仕方がこれまでとは異なるようにハルは思う。
一言が長く、そして脱線しがちな彼女の会話としては珍しく、短く、そしてストレートにこちらへ尋ねてきて、しかも二の句を発することなくハルの回答を静かに待っている。
……これは、何かあるのかも知れない。ハルの方も、その内容に興味が出てきた。
「……言ったろ、僕ら梔子の人間だって。ここのアベル王子とは、少々関りがあってね」
「あー、あーあー! ありましたありました! 王子様、梔子の国に出向いてちょっとピンチだったんですよね! 閉じ込められちゃったとかで!」
「そっちこそ良く知ってるね」
「ゴシップと噂話は王城の花ってやつですねぇ。特にこの国は王族同士の蹴落とし合いが盛んですから。まあアベル様は? その後に一発逆転で返り咲いた訳ですが」
「えっ、ここまで噂話って聞こえてくるん?」
「ぎくっ! そ、そこ気にしちゃだめですよぉ大きいお嬢様。別に私から積極的に調べた訳でもなければ、聞き耳を立てた訳でもないですってぇ……」
「調べたんだ」
「調べたのですね!」
自爆ぎみに当時の様子を白状してしまう研究員の彼女。
どうやらこの遺産の研究室とアベル王子は、何か深い繋がりがあるようだった。
その、言うなればお得意様、商売相手であるアベルの進退の危機であったハルとの決闘とその敗北の顛末は、彼女にとっても気が気ではなかったようである。悪いことをした。
思い返してみれば、アベルの目的そのものにも関係していることのようだ、とハルは記憶を手繰り寄せる。
アベルが梔子に、アイリの領地であったカナリーの神域に狙いを定めたのは、そこに溢れる魔力を求めてのこと。
確か杖のような魔道具に溜め込んで、大量の魔力を何かのために確保しているのだったか。
にわかに自分にも関りの出てきた話の内容に、ハルは因果なものを感じつつ、慎重にそれぞれのピースを繋いでいくのだった。
なんだかとても作者にとって書きやすい、スラスラと書けてしまうキャラな気がします。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/6/30)
追加の修正を行いました、報告、ありがとうございました。(2022/7/19)




