第415話 謎の地下通路をゆく
その行き止まりの壁は仕掛け扉になっており、当然の展開であるとでも言うように地下へと続く階段が口を開けていた。
とことこと、躊躇せずにそこへ降りて行く猫のメタに続いて、ハルたちもその内部へと足を踏み入れる。
扉が閉まると中は真っ暗になり、ハルは控えめに魔法で灯りをつけた。メタのように暗視カメラを搭載している者ばかりではないのだ。人間には、この暗がりは少々きつい。
「……あまり、頻繁には利用されてないみたいだね。燭台は備え付けられてるけど、灯りをともした形跡は薄い」
「確かに、この感じだと、しばらくは使われていないようですね。ただ……」
「うん。何年も放置されてるわけじゃない。生きてるんだ、この通路は」
「よーわかるねーハル君たち。さすが」
「ユキもロウソクや松明が現役の生活すれば分かるようになるよ」
これも鋭敏になった感覚の賜物、と言いたいが、ハルの場合は外部知識の賜物だった。普通にこの場から日本のエーテルネットに接続し、今まさに検索して情報を得ている。
現地人のアイリと違って、炎での照明にはさすがにまだ明るくはないハルだった。
「……この感じ、どこぞの王宮の地下宝物庫を思い出すね」
「つまり広いってことだ」
「うん、ユキの言うとおり。下に一個部屋があるだけ、とかじゃなくて、地下通路が張り巡らされてるタイプだね。カタコンベみたいな」
「ダンジョンか!」
たしか、地球でもどこかの街では、街の地下に広く納骨堂が広がっている所があったはずだ。
そこは地上にいくつも出入口があって、まるで隠し通路のように離れたブロックまで移動できる。
ただ、納骨堂は納骨堂。ゲームにおいてはユキの言うように、不死者モンスターの跋扈するダンジョンとして登場することが多かった。
「千草の国と違って、宝物庫ということはあるまい。じゃあ、ここはなんだろうね?」
「ゲリラやレジスタンスの、潜伏場所」
「ゲーム的発想から離れるんだユキ。首都だぞ?」
「そうですね。むしろ、国が管理していると考えた方が、しっくり来るかもしれません」
王女としての、きりりとした顔をアイリがのぞかせる。
ここは軍事国家である瑠璃の王城のお膝元、そんな、反政府組織の隠れ家となる地下通路を放置しているとは思えない。
さすがに、このような通路の存在にまるで気付いていないという間抜けな展開はありえないだろう。となれば。
「ここを管理し、利用しているのは国そのもの、と考えれるのが自然です」
「ふーん。アイリちゃんの国にもあるん? こーゆーの」
「さすがに、街の地下全体に張り巡らされた通路などはありません。しかし、有事の際の緊急脱出のための通路などは、いくらかあるのですよ?」
「おお、流石は王族だ! 門外不出の秘密って感じ!」
「今のわたくしには、もはや必要の無いものですが」
今は天空城で暮らしているために必要ないという理由のほか、今は<転移>があるため物理的な逃げ道など不要なアイリであった。
ただ、そんな例外中の例外は除き、この魔法の世界であっても、秘密の通路というのは有用なものだ。
特に王族は言わずもがな。不測の事態の際に逃げるために活用するのはもちろん、支配を盤石にするため、むしろ秘密の通路に潜むのは支配者階級こそが相応しい。
「じゃあ、あれだ。さっきの通路から、でかい鎧の騎士さんがひょっこり現れて、犯罪者を逮捕するんだ!」
「そういった使い方はしないとは思いますが……、秘密なので……」
「まあ、似たような使用法をすることはあるかもね。警備が居ないはずの場所ってのは、どうしても気を抜くものだから」
先ほどメタと通って来た道には、警備の姿は見えなかった。かといって住人の姿も特に見えなかったのだが、人通りの少ない道というのは、犯罪にはうってつけだ。
それは警備が手薄になっているのではなく、あえて隙間を開けているのかもしれない。
隙があれば、必ずそこに集まる。それを一網打尽に捕えるのだ。
と、そんな使い道も思いつく地下通路だったが、今のところそういった気配はまるでない。
兵士が秘密裏に詰めている気配もしなければ、モンスターがさまよっている気配もない。地下の空間は、しんと静まり返って、ハルたちの歩く反響音だけが響き渡るのみだった。
「誰もおらん……」
「ネズミ一匹居ないね。まあ、それは逆に、手入れが行き届いてる証拠でもあるんだけど」
「きっとねこさんが、捕まえてくれているのです!」
「ふみゃー」
「捕まえてないってさ」
「あはは、メタ助は機械だもんね。ねずみなんか食べないよね」
……それ以前に、このメタはこう見えて美食家である。
お屋敷では人間と同じもの(お屋敷で出る以上、高級品である)を食べ、自分で狩りをしたりはしない。
もしそちらの、物を食べられる方の体であっても、鼠などに見向きもしない可能性はあった。
その辺り、違和感を見とがめられはしないのだろうか。
そんなことを話ながら、恐らくは王城の方向へと地下通路を進んで行くと、ようやく誰か、人間の居る気配にハルたちは行き当たるのだった。
*
通路の先には少し大き目な扉があり、広い部屋になっていることが読み取れる。
その入口を照らしてみると、人通りの足跡の他に、車輪の轍が幾筋も見える。これは、大型の搬入物が数多く運び込まれているということだ。
倉庫だろうか。それとも、兵士の詰所で装備が大量に運び込まれたか。
そんな大扉は意外と軽い造りのようで、ハルたちが観察していると、メタは器用に前足で扉を押して中へと入って行ってしまった。
仕方なく、ハルたちも後を追い、その中へと続いてゆく。
「おやぁ、いらっしゃい。どなた様でも歓迎。でもダメだよーノックくらいしないと」
「そうですね。これは失礼しました」
「超能力持ちの使徒さんかなー……、ってにゃんこじゃん! 人連れてきちゃったの? 困るよぉ……」
「ねこさんのお知り合いですか?」
「あー、うん。ここの研究員です。ども。このにゃんこは、どっからか入って来ちゃうんだよね。今までは特に荒らさないし大人しいし人に懐かないから放置してたんだけど」
「懐くとだめなん?」
「君たちみたいに連れてきちゃうでしょー。ってか、よく懐いてるよね。どうやったの? むしろそれが知りたい。こいつ絶対わたしから餌受け取らなくてさー」
「知り合いでね、もともと」
中に入るや、いきなり研究員を名乗る若い女性からまくしたてられた。なかなかの勢いだ。
彼女はいかにも『魔女です』、といった出で立ちで、フード付きの長いローブを身に纏っている。これで三角帽子でもあれば満点だ。
外から気配を探った段階では、内部は非常に静かなものだったが、今はそれが錯覚だったかと思わんばかりに、破裂するように喋り続けている。
……人恋しかったのだろうか?
「申し訳ない。迷い込んだだけで悪意は無いんだ。許してほしい」
「あーいいよいいよ。元々、使徒の人たちがたまーに見つけて入って来ちゃってるしね。君たちは、んー……? 使徒って感じじゃないね。身なりは良いけど普通の服だ。くっそ顔も良いな……」
「ああ、この国の者じゃなくてね。だから騒ぎは大きくしたくないんだ」
「なるほど! わかったよ、お忍び旅行の貴族だ。そしてにゃんこは君らの飼い猫。だから安い餌は食べない! 困るよ~、猫は放し飼いにしちゃさぁ」
「はあ。旅行なのに放し飼いは論理が破綻してると思うけど、おおむね合ってるってことで」
実際、メタはほとんどハルの飼い猫のようなものだ。
天空城にて三食おやつ付き、お昼寝自由の生活を保証する代わりに協力を約束されている。
適当に言っているだけなのだろうが、そこを一発で当てて来た嗅覚は大したものだ。もしかしたら直感が侮れないタイプかも知れない。
その、栗色で長めの癖っ毛の魔女はハルたちを全員、ユキも含めて全員を『使徒ではない』と判断した。
これは、例の認識を歪める魔法が正常に働いている結果である。
目に入ったハルたちの容姿情報をそのまま脳に処理させず、単純化した要素、例えば『美男美女』といった要素を当人がイメージしやすい姿として受け取っているのだ。
彼女にとって、美男美女は貴族なのだろう。少々偏ったイメージかも知れない。
「研究員ってことは、何か秘密の研究でもしてるのかな? まいったね、どうも」
「あー、いいのいいの。地下でやってるだけで、特に秘密の研究って訳でなし。むしろみんな知ってる。窓際だよ窓際。窓無いんだけどねーここ。ははっ」
「そうなんだ? まあ、誰にも言わないよ、それでも」
「だから君らのことも誰にも喋るなって? りょーかいりょーかい。私も、権力に消されたくはありませぬ。触らぬ神に祟りなしでさぁ」
「いや消しはしないが……」
「神々は、そのようなことでお怒りにはなりませんよ?」
「おっと失礼。そちらのお嬢様は敬虔な信者様であらせられたか。いやね? 別に神を軽んじてるって訳じゃなくってですな? つい言葉のあやというか……」
一言ひとことが長い人のようだった、彼女は。
なんとなく、メタに愚痴まじりに話しかけている人物というのも、彼女のような気がしてならない。
ハルはそんな口の軽そうな彼女から、ここで何を研究しているのかを聞き出すことに決めた。
向こうが勘違いした設定に乗り、国外の貴族として振る舞う。あながち間違ってもいない。
「それじゃあ、聞いても構わないかい? ここで何をしてるのか」
「おや、貴族のお坊ちゃまはこんなチンケなことにも興味おありで? 流石は勉強熱心でいらっしゃる! はっ! それとも、他国にこの情報を持ち帰って、軍事利用しちゃおうとか、かんがえちゃってたり!」
「いや、そういう雰囲気じゃなさそうだったから聞くことにしたんだけど……」
「いやはや冗談冗談。さっきも言いましたけど窓際も窓際。漏れたところで所長の給料が下がるだけ、誰も困りませんて」
「……所長さんは困るんじゃないかなあ」
どうやら喋ってはくれそうな雰囲気なのだが、別の意味で難儀しそうな流れであった。
人恋しいのか、どうも彼女の話は脱線しがちだ。今も、既に話は本筋から逸れようとしている。
しかし、ここで本題を急がしては、それこそスパイ目的だと言っているようなもの。
ハルは辛抱強く、この魔女ルックの研究員の話を聞くことにした。
◇
「という訳で、この猫が外の壁を教えてくれてね。何かと思って弄ってみたら、隠し扉になってたから」
「入って来ちゃったんですねぇ。好奇心旺盛だ。まさに猫をも殺す。死んじゃうような場所だったらどうするつもりだったんですかい坊ちゃま。闇の組織のアジトかもしれやせんぜぇ、へっへっへ」
「いや、使われてる形跡がなかったからね。人は居ないと思った」
「おや、目端が効くようで。人は見かけによらない。イケメンは無能と相場が決まっているものなのですけど」
「どの世界の相場だ……」
話は完全に彼女のペースで、もはやただの雑談となっているが、それでも得られる情報は多い。
ハルは彼女の言葉の端々から、この場所がどういった場所であるのか、それを繋ぎ合わせて浮き彫りにしていった。
それによると、この地下通路はやはり読み通り、王城の地下から伸びたもののようで、彼女も本来の勤務地は王城であるようだ。
だが自虐するとおりに、重要部署とは言いがたく、城内には大型の実験器具を置く場所を用意してもらえなかった。
そこで、使う者もおらず、また広い部屋もあるこの地下に居を構えているようである。
「貴族のお客さんは初めてでしてねぇ、不敬なもてなししか出来ず。あ、そのお茶お口に合います? ああいや、高級品じゃあねーんですけどね。それでも自信作で、はい」
「ええ、わたくし、気に入りましたよ。これは、今までまるで頂いたことの無い味です」
「でしょうでしょう!」
「うん、美味しいね。お屋敷で出るようなスッキリしたのとは全く違うよね。あ、分かった! 自分で混ぜたんだ!」
「正解っす大きいお嬢様! あと無意識に金持ちアピールするのは止めてー! 一種類だけでスッキリ飲めるような高級品は置いてないんですってばぁ!」
「あはは、君のオリジナルブレンドなんだね。研究の成果かな?」
「そのとーりなんでした! いやー、たまにやることなくって暇でしてね。こう、至高のお茶の研究などを……」
給料泥棒であった。仕事中に編み出したブレンドらしい。
しかし、味は確かだ。アイリも感心しているということは腕は本物だろう。むしろ、そんなに仕事が不満ならばそちらの才能を役立てれば良いのではあるまいか?
お茶屋が儲かるかどうかはハルも詳しくないので、余計な口だしはしないのだが。
「しかし良かったぁ。いやね? 使徒の皆さんにも振る舞ったんですが……」
「彼らの口には合わなかったの?」
「ああいや、美味しいとは言ってくれました。ただ、あの人たちこっちの味は何でも美味しいらしくて……」
「なるほど、通常の高級品と比べて是か非か、その判定が取れなかった訳だ」
「そゆことなんすよぉ」
口ぶりからすると、たまにプレイヤーはここを見つけるようだ。
きっとハルがやったように、壁を<透視>して隠し通路を発見するのだろう。
ここぞとばかりにレアスキルが役に立ち、そして、『いかにも』、といった謎の通路。ゲームプレイヤーとして、興味をそそられるのは間違いない。
きっと思い描いたような展開ではなかっただろうが、この研究員の彼女が重要なイベントキャラだと当たりをつけて、何度も足を運ぶ者もいるようだ。
彼女もお喋り好きなので喜んで相手をしているとのこと。
不法侵入の犯罪行為にあたらないのかと少し思ったが、隠し扉を正規の手順で開けるので、問題は出ないのだろう。
さて、何の研究なのかは未だに杳として知れてこないのだが、恐らく日本でも超能力が発現したプレイヤーも、その中の一人だろう。
ただ、この目の前の彼女、怪しいといえば怪しいのだが、観察すればするほどただの人間である。神と関係があるようには見えない。
まさか先ほどのお茶を飲むと超能力に目覚めるということもあるまい。
ハルはもう少し、彼女の話に付き合って情報を集めることとした。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/14)




